労働問題

無断で録音した会話は裁判で証拠にできるか?【大阪地裁令和5年12月7日判決】

川崎市で建築業を営んでいます。従業員との面談などや日常業務などで、従業員が録音をしているのではないかと感じることが多くなりました。直接の対話や会議などの発言はもちろんのこと、従業員用の休憩所や喫煙所など、かなりプライベート空間においても録音されている可能性もあります。仮に今後、何らかの裁判になったとき、こうした録音は裁判で証拠になるのでしょうか。
民事訴訟においては、原則としてどんなものであっても証拠になり得ます。しかしながら、その証拠の収集の方法及び態様、その証拠収集によって侵害される権利や利益がどの程度保護に値するか、その証拠の訴訟における証拠としての重要性等、諸般の事情を総合考慮し、その証拠を採用することが訴訟上の信義則に反するといえる場合には、例外として、無断録音の証拠能力が否定されると考えられています。
その証拠の重要性と、証拠収集の違法性(プライバシー侵害の程度)などのバランスで、違法収集証拠として証拠として考慮されないケースもあるということです。
詳しくは、弁護士に相談しましょう。

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多くの人がスマートフォンを携帯している時代。
誰でも簡単に録音や録画をすることができるようになりました。
ちょっと気になる会話や音声、画像、場面などがあれば、すぐにスマートフォンを取り出して録音、録画ができてしまいます。

会社の運営との関係では、特に職場内で問題意識や不満を抱えている従業員が、上司との面談や同僚との会話などを録音しているケースが増えています。
日々これ録音におびえる必要はありませんが、何らかの社員対応を要する場合には、常に「相手から録音されていてもおかしくはない」ことを意識しておくことも大切です。

さて、今回は、そんな職場において無断で行われた録音データについて、裁判で証拠として用いることができるのか?が争われた裁判例をご紹介します。

裁判例のご紹介・大阪地裁令和5年12月7日判決

どんな事案?

本件は、A社の従業員であるXさんらが、同じ会社の従業員であるYさんらに対し、ホワイトボードへの書き込みや休憩室での会話、文書配布といった行為により、Xさんらの名誉感情が傷つけられ、社会的評価をおとしめられたと主張して、不法行為に基づく損害賠償金の支払いなどを求めた事案です。

何が起きた?

XさんらとYさんらについて

XさんらとYさんらは、いずれもA社の従業員であり、A社の阪神支店大阪海上コンテナ営業所(本件営業所)でトラックの運転手として勤務していました。

本件営業所の休憩室

本件営業所では、所長1名、配車係3名並びにトラック運転手9名が勤務していました。
所長及び配車係は主に本件営業所の2階事務所において勤務し、トラック運転手はトラックの運転のために所外に出ているとき以外は、主に本件営業所の1階休憩室(本件休憩室)で待機や休憩等をしていました。

Yさんらによるホワイトボードの書き込みと撮影

本件休憩室内の壁には、ホワイトボードが2枚設置されており、それぞれB労働組合とC労働組合が使用していました。
そして、Yさんらが、本件休憩室内のCのホワイトボードに書き込みを行ったところ、X1さんは、平成27年11月18日、平成28年4月19日、平成30年3月23日、令和元年9月5日に各書き込みを撮影しました。

Yさんらの会話

令和元年7月26日、Y1さんは、本件営業所でトラックの運転手として勤務するD、E、Fとの本件休憩室での会話において、X2さんが労働組合費で書籍を購入し、売却して代金を着服しているという内容の発言をしました。

X1さんとY1さんによる文書の交付

令和2年2月頃、X1は、本件営業所の所長に対し、「サイコパス(精神病質者)の10の特徴」という表題の文書や、「いい人のふりしてあなたを攻撃してくる人への対処法」という表題の文書を交付しました。
令和2年頃、Y1さんは、「(X1)人間失格」という記載をはじめとする文書を作成しました。

Y1さんによる発言

さらに、令和3年3月4日、Y1さんは、F、D及びY2さんとの会話において、X1さんがA社の指示に反し、普段の運送業務で高速道路を利用してはならないとされている区間についても高速道路を利用しているという内容の発言をしました。
また、同年5月11日、Y1さんは、D及びFとの会話において、X1さんに人格障害や高次脳機能障害があるという内容の発言をしました。

訴えの提起

そこで、Xさんらは、Yさんらに対し、ホワイトボードへの書き込みや本件休憩室での会話、文書配布といった行為により、Xさんらの名誉感情が傷つけられ、社会的評価をおとしめられたと主張して、不法行為に基づく損害賠償金の支払いなどを求める訴えを提起しました。


何が問題になったか?

Yさんらが主張していたこと

Xさんらの訴えに対して、Yさんらは、Xさんらが主張するYさんらの会話は、Xさんらが本件休憩室内に録音機を設置して従業員の会話を無断録音したり、対面での相手との会話を無断で録音したりしていたものであり、違法収集証拠に当たる(=証拠能力が認められない)と主張していました。

問題になったこと

そこで、本件では、Xさんらが行った無断録音による会話について、証拠能力が認められるかどうか?(=違法収集証拠として排除されるかどうか?)が問題になりました。

裁判所の判断

この点について、裁判所は、以下のように判断しました。

証拠証拠採用の可否理由
本件休憩室での従業員の会話×信義則に反して許されない
対面での相手との会話信義則には反しない

判断のポイント

では、裁判所はなぜこのような判断をしたのでしょうか。

無断(秘密)録音の証拠能力とは

まず、裁判所は、無断録音の証拠能力について、「訴訟法上の信義則に反するといえる場合」には証拠能力が否定される、という判断枠組みを示しました。

「民事訴訟法が自由心証主義を採用し、証拠能力を制限する規定を何ら設けていないことからすれば、無断録音というだけで、原則として直ちに証拠能力が否定されることはないというべきであるが、当該証拠の収集の方法及び態様、当該証拠収集によって侵害される権利利益の要保護性、当該証拠の訴訟における証拠としての重要性等の諸般の事情を総合考慮し、当該証拠を採用することが訴訟上の信義則に反するといえる場合には、例外として、無断録音の証拠能力が否定されると解するのが相当である。」

本件休憩室における無断録音は証拠能力が認められない

そして、裁判所は、本件休憩室における無断録音について、「4か月間で合計20回程度1回当たり3時間程度、録音機を他の人に気付かれないように本件休憩室内に設置して、会話の有無、会話者、会話内容のいかんにかかわらずこれを録音した」ものであること、また、本件休憩室は「利用者が、その場に居合わせた者を確認した上で、私事にわたる事柄に限らず、それ以外の事項についてもその場限りのものとして発言することができ、あるいは、自由に個人的な行動に及ぶことができるという意味において、一定のプライバシー権が認められる場所」であることなどからして、著しく違法性の高い行為であるといえ、証拠として採用することは、訴訟法上の信義則に反すると判断しました。

「(…)本件無断録音は、X1さんが自身に対する悪口を言っている者を特定して証拠を得るという、専ら自己の個人的利益を実現するにすぎない目的の下、令和3年3月頃から同年7月頃までの4か月間で合計20回程度、1回当たり3時間程度、録音機を他の人に気付かれないように本件休憩室内に設置して、会話の有無、会話者、会話内容のいかんにかかわらずこれを録音したというものであり、長期間にわたって不特定多数の者の会話を対象として包括的網羅的に証拠を収集するという点で、対面者との特定の会話を承諾なく録音するにとどまる場合とは全く異質の行為というほかない。そして、本件無断録音が行われた場所はいずれも本件休憩室であり、(…)本件休憩室には鍵が掛かっておらず、複数人が出入りする可能性があるとしても、公共の場所とは異なり、基本的に本件会社の関係者しか出入りすることはない。また、本件休憩室内には、畳敷きの部分、ロッカー室、台所、洗濯室及びシャワー室があるほか、長テーブル及び椅子も置かれており、これらの設備を利用して本件会社の従業員が長距離のトラックによる運送業務のない間に休憩・休息や仮眠をとったり、気分転換のために雑談をしたり、業務に必要な話合いや会議をしたりできるようになっている。このような本件休憩室の特徴に照らすと、本件休憩室は、不特定多数の者が自由に出入りできる公共の場所とは異なり、その利用者が、その場に居合わせた者を確認した上で、私事にわたる事柄に限らず、それ以外の事項についてもその場限りのものとして発言することができ、あるいは、自由に個人的な行動に及ぶことができるという意味において、一定のプライバシー権が認められる場所ということができる。そうであるにもかかわらず、本件無断録音によって、本件休憩室を利用する従業員の休憩中の雑談や生活音、話合いの内容等が、本人が知らない間に長期間にわたって包括的網羅的に録音されていたのであるから、本件休憩室の利用者のプライバシー権は、本件無断録音により著しく侵害されたといわざるを得ず、その侵害の程度は対面者との特定の会話を承諾なく録音する場合とは比べることができないくらい深刻なものであったというべきである。
その上、本件無断録音は、企業秩序の観点から本件会社が許容するとは考え難く、建造物侵入罪に該当して刑事罰の対象となり得る行為であり、社会的に到底許容されない違法性が著しく強い行為というべきである(…)。
したがって、甲第6号証(※注:本件休憩室における無断録音)を採用することは訴訟上の信義則に反し、許されない。

対面での会話の無断録音は証拠能力が認められる

他方で、裁判所は、対面で行われた会話の無断録音については、「決して適切な態様であるとはいえない」ものの、「会話の相手方のプライバシー権」が侵害されたにとどまることから、証拠として採用することは、訴訟法上の信義則に反するものではない、と判断しました。

「(…)日常的、習慣的に録音していることから、その総数は膨大であると考えられ、決して適切な態様であるとはいえないが、Eは、自身が参加している対面での会話において録音行為を行っているのであり、これにより侵害される権利利益は、会話の相手方のプライバシー権にとどまる。そして、会話の相手方は、Eに対して発言内容の口外を禁じていたわけではなく、録音されたものか否かによって多少の差異があることは否定できないが、人を介して第三者に伝わることは容認していたのであるから、発言内容又は会話内容の処分を委ねているとも評価できるのであって、その要保護性が高いとまではいえない(…)。
したがって、Eによる無断録音行為の態様、甲第8号証(※注:対面で行われた会話の無断録音)の証拠としての重要性の高さとこれを採用することによって生じる弊害の程度を考慮すれば、甲第8号証を採用することが訴訟上の信義則に反するということはできない。」

録音するときは相手の許可をとりましょう

今回ご紹介した事案では、無断で録音された会話の証拠能力が問題になりました。

本判決は、休憩室内で行われた会話については、証拠として採用することが訴訟法上の信義則に反するとして証拠能力を否定しています。
このように無断(秘密)録音は、証拠として裁判所に提出したとしても、証拠能力が認められないことがあります。

たとえば労働者との間の面談や社内での調査などにおいて、録音をしたい場合には、やはり会話の相手方に対して、面と向かって録音の許可をとるべきでしょう。
また、録音をとりたい場合には、机の上に録音機を置き、録音の理由についても明確に示すことが大切です。

弁護士にもご相談ください

会社内の人間関係問題は多くの人が抱える悩みです。
従業員同士がグループになって対立してしまうと、深刻な事態に発展してしまいます。
どんな人にとっても働きやすい職場環境を整えることが重要です。

休憩室での無断録音の証拠能力が問題になった事例として、こちらもご覧ください。こちらは結論として証拠能力を肯定しています(ただし、請求棄却で終わっています。)。

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