労働問題

大学医局入局の内定と大学法人との雇用契約【国立大学法人東京大学(医局内定取消し)事件】

内定とは、労働契約の効力の発生日を定めて、会社から当該応募者(候補者)に対して、労働契約締結の意思表示をすることです。

労働契約もいわゆる民法上の契約であり、契約は、原則として、一方当事者の申込みに対して相手方が承諾をしたときに成立します(民法522条)。

そのため、労働契約についても、通常は、会社の求人に対する応募が「申込み」、会社がこれに応じて内定通知を発することが「承諾」にあたり、これによって労働契約が成立することになります。

内定では、労働効力の発生日が設定されており、その日までは会社は内定を取り消す権利があるため、この労働契約は「始期付解約権留保労働契約」と呼ばれることもあります。
しかし、内定の取消しは、労働者となろうとする者に与える影響も大きいことから、採用内定を取り消すことができるのは、使用者が内定当時知ることができないか、知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認できる場合に限られると解されています。

さて、今回は、そんな内定の取消しをめぐり、大学医局への入局の内定が大学法人との雇用契約の内定に当たるか否かが問題となった事案をご紹介します。

 国立大学法人東京大学(医局内定取消し)事件・東京地裁令和3年11月9日判決

事案の概要

本件は、Y大学整形外科医局(本件医局)への入局が内定したものの、最終的に入局を拒絶されたXさんが、Y法人に対して、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めた事案です。

事実の経過

Y法人とY大学医学部付属病院の関係性

Y法人は、国立大学であるY大学を設置することを目的として国立大学法人法の定めるところにより設置された法人で、Y大学を設置していました。
Y大学には、Y大学医学部附属病院が置かれていました。

Xさんの医局への内定

Xさんは、B大学を卒業し、平成14年5月10日、医師免許を取得した医師でした。
そして、Xさんは、平成19年、Y大学整形外科医局(本件医局)への入局試験を受験して合格し、同年11月27日、本件医局への入局が内定しました。

Y大学医学部付属病院専門研修プログラムへの合格

その後、Y大学医学部附属病院長は、平成20年3月13日付けで、Xさんに対し、「平成20年度Y大学医学部附属病院専門研修プログラム」に合格したことを通知しました。

医局内定の取消し

本件医局の医局長であるCは、平成20年3月25日頃、Xさんを呼び出し、本件医局への入局の内定を取り消す旨伝えました。

Y大学整形外科医局規約の定め

本件医局に関し、Y大学整形外科医局規約(本件規約)が定められていました。

医局内規の定め

また、本件医局に関しては、医局内規(本件内規)が定められていました。

訴えの提起

これに対して、Xさんは、本件医局は、実質的に、Y法人の職員の雇用を決定し、少なくとも雇用決定に強い影響力を有している団体であることから、本件医局はY法人と一体であると主張し、Y法人に対して、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める訴えを提起しました。

争点

本件では、本件医局への入局の内定がY法人の雇用契約の内定に当たるか否かが争点となりました。

本判決の要旨

Xさんの主張

Xさんは、前記のとおり、本件医局はY法人と一体であってY法人の一部門というべきであり、本件医局への内定は、Y法人との雇用契約の内定に当たる旨主張する。

本判決の判断

しかし、前提事実及び証拠(‥)によれば、本件医局は、会員相互の親睦をはかり、資質の向上に努め、関係活動および情報提供をなし、Y大整形外科の発展に資することを目的とする私的な団体であること、Y法人は、組織図上本件医局をY法人の一部門と位置付けていないことが認められる

確かに、Xさんが平成20年4月から同年9月までD病院、同年10月から平成21年3月までY大学医学部附属病院に勤務と記載された人事表を交付されるなどしたことは、当事者間に争いがないが、本件医局がD病院の任命権者であるはずもないことからすれば、これはあっせんする就職先を提示したものと解するほかなく、本件医局が行っていることは飽くまでも就職の仲介、あっせんにとどまるものと認められる。また、前提事実によれば、本件内規において「大学助手postを提供する」などと定められていること、本件内規4項によって本件医局の医局員は、大学の諸設備、研究費を利用し得るという権利が与えられていること、本件医局の事務局がY大学医学部整形外科学教室内に置かれていることが認められるが、これらは本件医局がY大整形外科の発展に資することを目的とする医師による私的な団体であるというその性格に基づくものといえ、これをもって、本件医局がY法人と一体であってY法人の一部門であると認めることはできない。また、証拠(‥)によれば、本件医局への入局の内定を通知する書面には、本件医局の医局長だけでなくY大学医学部外科の教授も連盟となっていることが認められるが、同書面は、「Y大医学部附属病院専門研修プログラム」参加に関する書面も兼ねていることも認められることからすれば、これをもって、本件医局がY法人と一体であってY法人の一部であると認めることはできない(…)。

以上によれば、本件医局がY法人と一体であってY法人の一部門であると認めることはできず、本件医局への内定がY法人との雇用契約の内定に当たるということもできない

結論

裁判所は、以上の検討から、本件医局はY法人と一体であるとはいえず、本件医局への内定がY法人との雇用契約の内定に当たるとはいえないとして、XさんのY法人に対する請求は認められないと判断しました。

ポイント

どんな事案だったか?

Y大学整形外科医局(本件医局)への入局が内定したものの、最終的に入局を拒絶されたXさんが、Y法人に対して、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めた事案でした。

何が問題となったか?

本件では、Xさんが、本件医局はY法人と一体であってY法人の一部門というべきであり、本件医局への内定は、Y法人との雇用契約の内定に当たると主張していたことから、本件医局への入局の内定がY法人の雇用契約の内定に当たるといえるか否か、が問題となりました。

裁判所の判断

これに対して、裁判所は、
・本件医局は会員相互の親睦を図り、資質の向上に努め、関係活動および情報提供をなし、Y大外科の発展に資することを目的とする私的な団体であること
・Y法人は、組織図上、本件医局をY法人の一部門と位置付けていないこと
からすれば、本件医局への内定がY法人との雇用契約の内定にあたるとはいえないと判断しました。

解説

医局とは、大学医学部や歯学部における医師の組織集団であり、診療科ごとに教授をトップとするピラミッド型構造になっています。
主に教員・医員・大学院生・研修医や関連病院の医師などにより構成され、医局に所属する医師(医局員)は、大学や関連病院において臨床、教育、研究に携わります。
いわゆる、医療法人、社会福祉法人、公益法人などの市中病院では、それぞれの病院が医師の採用選考活動を行い、採用した医師と直接に雇用契約を締結します。
これに対して、大学病院や医局の関連病院においては、人事権を医局が有しており、医師は医局人事によってそれぞれの病院へ配属されることになります。
本判決は、このような医局という組織の性質に照らし、本件医局の内定が、XさんとY法人との雇用契約の内定にあたるとはいえないと判断されたといえます。
なお、医局人事においても、医師と勤務先の病院との間で雇用契約が締結されることになりますが、原則として医局人事(人事異動)には従わなければならないため、最近では、医局に属さない医師も増えてきているようです。

弁護士にもご相談ください

本件は、そもそもXさんとY法人との間で雇用契約の内定にあたるということができないという事案でしたが、労働者(となろうとする者)と使用者との間の雇用契約の内定がある場合に内定を取消すことは、解雇に等しいものと解されています。
そのため、採用内定者の内定を取消す場合には、客観的に合理的であり、かつ、社会通念上相当と是認できる理由が必要です。

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採用活動や内定取消しなどについてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。