労働問題

入試問題の漏洩は懲戒解雇事由にあたる?

毎年、高校や大学の入試の時期になると、必ずといっていいほど入試問題のミスや情報漏洩の問題がニュースに取り上げられるようになります。

試験問題の漏洩は、主に印刷所から試験問題が持ち出されるケースや試験を実施する学校内部の教員等が受験生や予備校に対して事前に試験問題を教えているケース、受験生が答えを知るために試験時間中にスマホ等を通じてSNS上に投稿しているケースなどが挙げられます。
いずれの場合であっても、試験問題が漏洩してしまうと、試験の実施者サイドは原因の究明や再発防止のための対策措置の強化、場合によっては警察に対する捜査協力、マスコミへの対応など様々な負担を強いられます。

では、仮に試験問題の漏洩が学校内部の教員の犯行であった場合、学校として当該教員を非違行為があったものとして懲戒解雇することはできるのでしょうか。
今回は、入試問題の漏洩と懲戒解雇の有効性が問題となった事件を取り上げます。

国立大学法人Y大学事件・東京地裁立川支部令和5.12.21判決

事案の概要

本件は、Y法人の設置・運営する大学院において准教授の地位にあったXさんが、入試問題を漏えい等したとして懲戒解雇されたことについて、当該懲戒解雇が無効であると主張して、Y法人に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と雇用契約に基づく賃金等の支払を求めた事案です。

事実の経過

Xさんの勤務

Y法人は、Y大学、同大学大学院等を設置・運営する国立大学法人でした。
Xさんは、平成19年4月1日、1年間の有期雇用契約でY法人の附属学校教員としてY法人に採用され、平成20年4月1日、無期雇用契約でY法人の附属学校教員となり、平成26年4月1日、研究等を行うY法人の大学教員に配置換えとなりました。
そして、Xさんは、平成27年4月から本件大学院において自身のゼミを持つようになり、平成31年4月1日以降、本件大学院教育学研究科の准教授の地位にありました。

本件雇用契約

Xさんは、平成26年4月1日、Y法人との間で、無期雇用契約を締結し、後述する懲戒解雇直前の本件雇用契約の内容は、以下のとおりでした。

入試試験に伴う通報と調査委員会の設置

令和元年12月25日、文部科学省入試不正対応窓口からY法人に対し、平成29年10月21日実施の大学院入学者選抜試験の英語の試験問題に関する不正について通報があった旨の連絡が入りました。
そこで、同月27日、Y法人は、事実関係を調査するため、特別調査委員会を設置しました。

Y法人は、本件特別調査委員会の調査結果報告を受けて、「国立大学法人Y大学職員就業規則」(以下「本件就業規則」という。)32条に定める懲戒事由の事実等について調査を行うため、令和2年6月2日付けで、「国立大学法人Y大学職員の懲戒手続等に関する細則」4条に定める調査委員会を設置しました。

調査委員会の認定

本件調査委員会は、令和2年10月2日付けで、Xさん及びXさんの代理人弁護士に対し、本件細則5条により、書面のみ、口頭のみ、又は書面及び口頭による弁明の機会を与える旨通知するとともに、本件調査委員会が同日時点で認定している事実を記載した文書を送付しました。
同文書には、次の事実が認定事実として記載されていました。

本件審査委員会の設置

その後、令和2年11月25日、Y法人の学長は、本件を本件細則6条に基づいて役員会の審査に付し、役員会は、本件細則7条に定める審査委員会を設置しました。
本件審査委員会は、これまでの調査報告及び関係資料に基づいて審査を行い、同年12月23日、役員会へ審査報告を行いました。

同日、役員会は、本件審査報告に基づき、本件漏えい及び本件調査妨害の各事実等を認定し、Xさんに対し、本件就業規則33条5号に定める懲戒解雇処分を行うことが相当である旨判断し、同月24日、かかる内容が記載された審査理由説明書をXさんに対して交付しました。

また、役員会は、令和3年1月15日、Xさんに対する口頭陳述の機会を付与しました。

本件懲戒解雇

役員会は、Xさんに対し、本件就業規則33条5号に定める懲戒解雇処分を行うことが相当である旨判断し、これにより、Y法人は、令和3年1月21日、本件就業規則32条1項3号、5号、6号及び8号により、懲戒処分としてXさんを懲戒解雇するとの決定を行いました。
そして、Y法人は、同日、これらが記載された懲戒処分書及び処分説明書をXさんに対して交付したうえ、Xさんに対して、「国立大学法人Y大学職員退職手当規則」17条に基づき、退職手当について不支給とする旨決定しました。

令和3年1月20日、Y法人は、文部科学省の担当部署に対し、Xさんへの懲戒処分が役員会で決定された旨や今後のスケジュール、プレスリリース・HP掲載案等について報告するメールを送信しました。

その後、令和3年1月22日に本件懲戒解雇の効力が発生しました。

訴えの提起

その後、Xさんは、令和3年9月19日、入試問題を漏えい等したとして懲戒解雇されたことについて、当該懲戒解雇が無効であると主張して、Y法人に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と雇用契約に基づく賃金等の支払を求める訴えを提起しました。

争点

本件では、Xさんに対する懲戒解雇の有効性が争点となりました。

本判決の要旨

前記(…)のとおり、本件漏えいは、秘密が守られるべき入試試験問題を開示し、入学者選抜試験において一部の受験者に有利な取扱いを行って入試試験の公平性・公正性を害するとともに、適格な力量の受験生を入学させるという大学運営を妨げ、大学の外部からの信頼を失墜させる行為であると形式上はいい得るから、本件就業規則32条1項3号(本件大学に損害を与えた場合)、5号(本件大学の名誉又は信用を傷つけた場合)、6号(本件大学の秩序又は風紀を乱した場合)及び8号(秘密漏えいの禁止等)に該当するものといえ、懲戒事由は存する。

もっとも、本件漏えいは、いまだ正式に入試試験問題文が確定される前の段階で入試試験問題の出題範囲のみを示唆したにすぎないものである。また、その後のDの言動が判然としないところからみても、Dがその時点でその示唆を入試試験問題の開示として理解したかどうかは本件証拠上定かではないというほかなく(試験問題の漏えいに該当するか否かは試験問題であることが分かるような言動を相手に示さなければならないが、実際に相手方がどのように認識したかには左右されない。)、その対策をとっていたかどうかも定かではなく、形式的には、外部に開示した以上は試験問題の漏えいに該当すると評価はできるものの、具体的な事情の下において入試試験の公平性・公正性について実質的危険性を生じさせ得たものとはいい難い。また、動機としても、他大学からわざわざ自分の研究室を訪問してくれた熱心な学生に対する感謝としての意味合いの下に行ったものとうかがわれ、自己の名誉声望の獲得や金銭的な利益の確保という欲得に直結する動機からされたものとはうかがわれない。
このような面からみて、本件就業規則に懲戒解雇以外にも相当に重い懲戒処分が列記されていることにも鑑みると、本件漏えいを理由として直ちにXさんを懲戒解雇することは、明らかに、重きに失するといわざるを得ない。

そして、本件漏えいに、事情として本件調査妨害を加えるとしても、大学教員の職にある者が同じ大学の学生の身分にある者に自己の保身のために口止めを要求することはいかにも見苦しい行為といい得るとしても、その点をとらえただけでは、当人の資質の問題につながるとしても懲戒処分の問題につながるわけではないから、処分の量定にはさほど影響はしないというほかない。

以上からみて、本件漏えいに本件調査妨害を事情として加えても本件懲戒解雇処分の相当性についての上記判断は左右されない。

以上のとおりであるから、本件懲戒解雇は、客観的合理的な理由又は社会通念上の相当性を欠くものと認められ、その余の点について判断するまでもなく、裁量権の濫用として無効であるというべきである。

結論

裁判所は以上の検討より、Xさんは、令和3年1月22日以降もY法人との間で本件雇用契約上の権利を有する地位にあり、賃金請求権等を有するとして、Xさんの請求を認めました。

ポイント

本件は、Y法人と雇用契約を締結して準教授として勤務していたXさんが、入試問題を漏えい等したとして懲戒解雇されたことについて、当該懲戒解雇は無効であると主張して、Y法人に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と雇用契約に基づく賃金等の支払を求めた事案でした。

裁判所は、本件漏えい行為が、入試試験の公平性・公正性を害するとともに、適格な力量の受験生を入学させるという大学運営を妨げ、大学の外部からの信頼を失墜させる行為であるといえ、就業規則上の懲戒事由には該当するとしつつも、入試試験の公平性・公正性について実質的危険性を生じさせ得たものとはいい難いことや自己の名誉声望の獲得や金銭的な利益の確保という欲得に直結する動機からされたものとはうかがわれないこと、就業規則に懲戒解雇以外にも相当に重い懲戒処分が列記されていることなどを指摘し、本件漏えいを理由として直ちにXさんを懲戒解雇することは、明らかに、重きに失するといわざるを得ないとして、懲戒解雇が無効であると判断しました。

懲戒解雇は客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当として是認され得る場合に有効とされます。
本件のように、仮に非違行為が認められるとしても、当該非違行為との関係で懲戒処分の程度が重すぎた場合には、かかる相当性を欠くものとして無効になり得るため注意が必要です。

弁護士にもご相談ください

懲戒解雇は労働者にとっても特に不利益の大きいものです。
この手段をとるか否か、とるとしても十分な懲戒事由が存在するか、その手続に問題がないか否かなど、さまざまな事情を総合的に検討していかなければなりません。
仮に懲戒事由が存在していたとしても、プロセスを踏み誤ってしまっただけで、懲戒解雇が無効になる場合もあるため、慎重な判断を要します。

弁護士
弁護士

懲戒手続は慎重な対応が必要です。

従業員の懲戒処分を検討している場合や懲戒事由に該当するか否か疑問がある場合などにおいては、弁護士に相談することがおすすめです。

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