教授の懲戒解雇処分の有効性【国立大学法人横浜国立大学事件】
近年、大学がHPのお知らせページなどで、大学の教員や職員について懲戒処分を行った場合、懲戒理由の概要と処分について公表することが増えています。
特に多いのは、アカデミックハラスメント(アカハラ)や入試情報の漏洩などです。
このようなニュースを目にすると、悲しい気持ちになりますが、公表の背景には、社会のコンプライアンス意識の高まりもあるのではないかと考えられます。
以前は、大学内において不祥事があっても、内部的に注意をしてひっそりと処理してしまったり、そもそも何の処分もせずに有耶無耶されたりしているケースが多かったのかもしれません。
今でも公開されるケースは一部にすぎないと推測されますが、やはり組織としての透明化の観点からは、問題があった場合には、十分な調査の上、明確な処分基準に基づく相当な処分を行い、公表まで行うことが求められているように感じます。ただし、公表の際には関係当事者のプライバシーへの配慮も忘れず注意を向けておく必要があります。
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さて、今回は大学教授に対する懲戒解雇処分の有効性が争われた事案をご紹介します。
国立大学法人横浜国立大学事件・横浜地裁令和6.2.8判決
事案の概要
本件は、Y法人との間で期間の定めのない労働契約を締結して教授として勤務していたXさんが、Y法人から入試不正や成績不正・課題捏造などを理由として懲戒解雇処分を受けたところ、かかる処分は無効であると主張して、Y法人に対して、雇用契約上の地位の確認を求めるとともに雇用契約に基づく賃金等の支払を求めた事案です。
事実の経過
XさんとY法人の雇用契約
Y法人は、主たる事務所が横浜市にある国立大学法人であり、横浜国立大学を運営していました。
Xさんは、平成24年4月1日、Y法人に非常勤講師として採用され、同年8月1日、Y法人との間で、期間の定めのない労働契約を締結し、以後は教授として勤務していました。
YCCSとは
YCCSは、次世代グローバル人材育成を目的として、英語を使用言語とする教育により学士(学術)の学位が取得できる学部横断教育プログラムであり、Y法人のD学部D1学科に設けられ、E機構が運営を担っていました。
YCCSの募集人員は12名であり、学生が入学する時期は、原則として秋学期の初めとされていました。
学長は、入学を志望する者について、別に定めるところにより、E機構運営委員会の議を経て合格者を決定することになっていました。
Xさんは、Y法人に採用されて以来、YCCSの立ち上げから一貫して関わっており、委員会(当該教育課程の編成、学生の入学、卒業その他学生の在籍に関することについて審議する組織)の委員を務め、他の教員と異なりYCCSを主たる業務として担当している唯一の教員でした。
私だけがYCCS専属の教員でした
YCCSの入試
Xさんの状態と入試への関わり
Xさんは、平成26年には年間約20科目の担当でしたが、平成31年(令和元年)には、年間約40科目の授業担当をしており、過重労働により抑うつ状態であるとの診断がありました。
令和2年度入試では採点時間が取れないため、Xさんは受験生から提出された小論文やビデオレターなどは見るものの、採点まではしないことになりました。
うつがつらい… 入試では、採点まではしないでおこう
Oさんからの修正の求め
同年度入試の合格判定を行うYCCS委員会の打ち合わせに参加しなかったY法人教務課のOさんは、この内容を聞き、YCCS委員会の申し合せに則らない方法での選考が行われていることに気づき、Xさん及び他の関係者に確認と修正を求めました。
具体的には、GPAが2.7未満の受験生についてこれを理由に不合格にはできず、GPAに0点をつける必要があること、追加課題を提出した者に0点をつけるのは説明がつかず、追加課題を提出しない者のほうが提出している者より点数が高いことがないよう点数を修正する必要があることなどでした。
Xさんが勝手な採点方法を採用している! 確認と修正をしないと!
Xさんへの検討依頼
もっとも、OさんとXさんで合意形成をしてほしい旨を依頼されたことから、OさんはXさんに対して、当該受験生についてXさんの基準によるとより高いGPAの点数になるのであれば、GPAが2.7未満でも0点扱いにしないという例外を作るのではなく、Xさんの採点基準に差し替えて、2.7より高い状態にすることができるか、検討を依頼しました。
Xさんによる再送付
Xさんは、令和2年3月12日、受験生の評価点を記載した合否判定資料をOさんやYCCS委員長のNさんらに再送付しましたが、この合意判定資料に記載された評価点は、Sさんなどの他の採点者による評価点がXさんによって変更されたものでした。
Xさんは、追加合格者を出すことがY法人にとって負担となることから、入学辞退をしないと考えられる受験生を高順位とする必要があると考えており、合格圏となった受験生のビデオレターや小論文などの資料を精査し、追加資料の提出の有無などを勘案して他の教員による評価点に変更を加えました。
入学辞退をしないであろう受験生には、他の先生が付けた点数を変更しておこう
Xさんが他の教員による評価点を変更した結果、同じ中国籍の受験生間で順位の入れ替えが生じ、1名しかいなかったシンガポール国籍の受験生が合格ではなく補欠合格となる順位となりました。
最終的な合否判定
最終的な合否判定がされた際、Xさんから提示された資料は1種類のみであり、Xさんが他の教員の採点結果を変更したことを説明しなかったこともあり、Sさんは、その資料を見た時点では、自らがつけたものとは異なる評価点が記載されていることに気付きませんでした。
Xさん担当の科目の成績評価
本件科目③の採点方法
Xさんは、非常勤講師Hさんが担当していた本件科目③について、英語通訳等の授業補助をしていました。
受講生は、毎回の授業で制作した作品などを課題として提出していましたが、大量であったため、一時保管の後、返却または処分されていました。
Hさんが課題を採点してアシスタント学生がデータ入力をし、これをHさんとXさんが共有して、Xさんが集計することになっていました。
計算方法の変更
シラバスの成績評価基準では、提出課題の評価平均×クラス発表の評価平均×最終発表の評価平均×出席率+クラス貢献となっていましたが、意欲や実力があっても、病欠や他の授業との重複から出席率が悪いために高い評価が得られない者も出現し、他の授業との調整が不十分なことや新型コロナウイルス感染症拡大の中で出席率が悪い学生が増加したことから、HさんはXさんに確認した上で、出席率を除外して計算する方法に変更しました。
学生による申し入れ
令和2年2月26日、YCCSに所属する学生が、Y法人の人権委員会委員長に対し、Xさんについて救済措置を申し出ました。
これによると、学生はXさんによるハラスメントに苦しんでおり、授業において適正な評価をしてもらうこと、卒業論文の指導教員をXさん以外の教員へ変更することなどが求められていました。
X先生のハラスメントがヒドいので他の先生に変更してください!
Fさんによる提出の求め
E機構長であるFさんは、人権委員会からの要請を受けて、Xさんに本件科目①、②及び③の成績判定関連資料の提出を求めました。
Xさんは、本件科目③についてシラバスの内容の通りの授業の概要、成績評価基準を記載したものの、具体的な成績評価には、課題提出回数と期末テストの評価を用い、出席率をどのように反映させたのかは明らかではない計算式を用いていました。
そこで、Fさんは、Xさんに対し、定期試験、レポート、出欠状況などの全ての資料を速やかに提出するように連絡しました。
これに対して、Xさんは、課題は保存できるものが少なく、すべての資料が揃っていないと伝えましたが、Fさんは資料がなかったとしても提出しなければならない旨、資料の提出を強く督促しました。
Xさん!どうしてこのような評価をしたのか根拠資料を提出してください!
課題の捏造
本件科目③では、提出された課題ごとに成績をつけていなかったため、提出済みの最終成績に整合するように、課題の提出があったものと取り扱う必要が生じました。
そのため、Xさんは、アシスタント学生に、「ない課題を作るしかない」旨を伝えました。
資料がない。
ない課題を作るしかない!
Xさんは、新たな課題の作成、過去に提出された課題の加工、編集で作りかえる方法、提出物が優秀であった場合の課題免除といった架空の制度の利用など、いかなる課題についていかなる方法を用いるか、について学生に指示していました。
そして、令和2年3月25日の成績評価再提出後、XさんはHさんに問い合わせはしているにもかかわらず、資料の提出を求められていることは相談していませんでした。
Xさんに対する自宅待機命令
令和2年6月18日、Y法人の学長は、成績評価に不正があり単位を取得できなかった旨の学生の申告を端緒として、Xさんに対し、終期は追って通知することとし、自宅待機を命じました。
懲戒解雇処分
令和3年2月18日、Y法人は、Xさんを懲戒解雇とすることを決定し、同月19日、Xさんに懲戒処分書及び処分説明書を交付しました。
また、Y法人は、同月18日、Xさんについて、退職金不支給を決定しました。
なお、処分説明書に記載された非違事由としては、成績不正・課題捏造(非違事由1)や入試不正問題(非違事由4)などが記載されていました。
Xさんを懲戒解雇します
訴えの提起
そこで、Xさんは、本件懲戒処分は無効であると主張して、Y法人に対し、雇用契約上の地位の確認を求めるとともに雇用契約に基づく賃金等の支払いを求める訴えを提起しました。
争点
本件では、Xさんに対する懲戒解雇の有効性が問題となりました。
特に、成績不正・課題捏造(非違事由1)および入試不正問題(非違事由4)をめぐり、①懲戒解雇事由に該当するか否か、また、②仮に①が認められるとして、本件解雇が社会通念上相当であるか否か、が主要な争点となりました。
本判決の要旨
争点①懲戒解雇事由に該当するか
入試不正問題(非違事由4)について
まず、裁判所は、YCCSの入試不正問題について、以下のとおり、懲戒解雇事由に該当すると判断しました。
「Xさんは、令和2年度入試の合否判定に係る他の教員の評価点を無断で改ざんしたものと認められ、Xさんの行為は入試における公正な選考を妨げるものであり、「誠実かつ公正な職務を遂行」することを怠り、Y法人の「不名誉となる」ものであるから、就業規則41条及び43条に違反したものである。Xさんがこのような評価点の改ざんを行ったことは、Xさん個人の利益を図る目的であったとは認められないが、Xさんの行為は、「故意または重大な過失により本学に損害を与えたとき」など、就業規則36条1号から3号までに掲げる行為に準ずるものであるから、就業規則36条4号に該当するものと認められる。」
成績不正・課題捏造(非違事由1)について
次に、裁判所は、本件科目③の課題に関する捏造などについても、以下のとおり、懲戒解雇事由に該当すると判断しました。
「独立行政法人大学改革支援・学位授与機構が定めた大学評価基準(…)は、大学の学位課程における教育活動を中心として、大学設置基準等の法令適合性を含めて、大学として適合していることが必要であると同機構が考える内容を示したものであるが、教育課程と学習成果に関する基準として、教育課程方針に即して、公正な成績評価が厳格かつ客観的にじっしされていることが挙げられている。
また、大学教員の職務は研究及び教育であるところ、課題・試験の採点や成績評価は、学生の単位認定、進級査定や卒業査定等に影響し、学生の教育・指導の根幹部分に当たる、重要かつ基本的な職務である。
Xさんの行為は、成績評価の公正を著しく害するものであり、学生との間の信頼関係が(ママ)損なわせ、ひいては学生とY法人との信頼関係を損なうものである。
したがって、Xさんの行為は、「誠実かつ公正に職務を遂行」することを怠り、Y法人の「不名誉となる」ものであるから、就業規則41条及び43条に違反したものであり、就業規則36条4号に該当する。」
争点②本件解雇が社会通念上相当であるか
そして、裁判所は、上記の争点①の判断を前提として、以下のとおり、本件解雇は社会通念上相当でないとはいえないと判断しました。
「入試の採点及び授業の成績評価は大学教員として重要かつ基本的な職務であり、入試の結果や授業の成績評価が学生のその後の進級、卒業、学位取得に影響を与え、ひいては、学生の就職、転職等に際しても人物評価のための判断材料となり得ることを踏まえれば、Xさんの行為(非違事由1及び4)は、大学の教員として、Y法人が提供する大学教育に対する信頼を根本的に損ねる重大な行為であり、Y法人の社会的信頼性に(ママ)大きく害するものといわざるを得ない。
Xさんがこれまでに懲戒処分を受けたことがなかったこと、非違事由1及び4については、Xさん自身の利益を図るものでなかったことを考慮しても、Xさんの行為の態様、結果の程度等を総合考慮すれば、本件解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でないということはできない。」
結論
よって、本件懲戒解雇は有効であり、Xさんの請求は認められないと判断されました。
ポイント
どんな事案だったか?
本件は、Y法人との間で期間の定めのない労働契約を締結して教授として勤務していたXさんが、Y法人から入試不正や成績不正・課題捏造などを理由として懲戒解雇処分を受けたところ、かかる処分は無効であると主張して、Y法人に対して、雇用契約上の地位の確認を求めるとともに雇用契約に基づく賃金等の支払を求めた事案でした。
何が問題となったか?
本件では、Xさんが行った成績不正・課題捏造(非違事由1)および入試不正問題(非違事由4)をめぐり、
争点①懲戒解雇事由に該当するか否か、
争点②(仮に①が認められるとして)本件解雇が社会通念上相当であるか否か、
が問題となりました。
ポイント
懲戒解雇は、労働契約法15条に基づき、当該懲戒にかかる労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とされます。
本件においても、裁判所は、成績不正・課題捏造(非違事由1)および入試不正問題(非違事由4)が懲戒解雇事由に該当することを認定したうえで、Xさんの各行為は、大学教員としてY法人が提供する大学教育に対する信頼を根本的に損ねる重大な行為であり、社会的信頼性を大きく害するものと言わざるを得ないことを指摘し、本件解雇を有効であると判断しています。
なお、大学の准教授が入試問題を漏洩したとして懲戒解雇されたことをめぐり解雇の有効性が争われた事案(国立大学法人Y大学事件)では、非違行為が認められるとしても、当該非違行為との関係で懲戒処分の程度が重すぎるとして、懲戒解雇処分が無効であると判断されています。
本件では、懲戒解雇が有効であると判断されていますが、懲戒処分を行う場合には、そもそも懲戒事由に該当するか否かだけでなく、処分として相当であるか否かも注意しなければなりません。
弁護士にもご相談ください
懲戒解雇は労働者にとっても特に不利益の大きく、使用者として懲戒処分を行う場合には慎重な判断が求められます。
また、懲戒処分においては、実体面だけでなく、手続面もとても重要です。
プロセスなんてどれも同じだと思っていると、後で懲戒処分が無効と判断されることもあります。
従業員の問題行動などを原因として懲戒処分を検討する場合には、事前に弁護士に相談することがおすすめです。
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