労働問題

実質的な懲戒処分として損害賠償請求が認められた事例【向島運送ほか事件】

会社には、労働者に対して業務上必要となる指示や命令等を行う権限があり、適法な指示や命令等である限り、労働者としては雇用契約上の義務として、これに従わなければなりません。

もっとも、いくらな指示や命令等を行ったとしても、全く聞く耳を満たず、業務命令違反を繰り返す労働者も存在します。
このような場合はどうしたらよいのでしょうか。

まず真っ先に思い浮かぶのは「懲戒処分」かもしれません。
ところが、懲戒処分は、懲戒事由があるだけでなく、当該処分を行う必要性、相当性、合理性などが求められるため、特に慎重にならなければなりません。
仮に懲戒処分の有効性が争われ、後の裁判で無効であるとの判断がなされてしまった場合には、会社が未払い賃金の支払いを求められたり、解雇していた場合には当該従業員を会社内に戻さなければならなかったり、更には慰謝料の支払いを求められたりするおそれもあります。

したがって、業務命令に従わない労働者に対しては、懲戒処分の前にまず必要かつ十分な注意指導を行い、一定期間は注意指導によって改善がみられるか否かを確認することから始める必要があります。

さて、今回は、そんな労働者の業務指示違反をめぐり、会社が従業員に対して行った処遇の適法性が争われた事件についてご紹介します。

向島運送ほか事件・横浜地裁令和5.3.3判決

事案の概要

本件は、Y1社でトレーラーを牽引するトラクターの運転手として勤務していたXさんが、Y1社がXさんに対して、出張手当及び早出手当が付く配車手当をしなくなり、損害を被ったと主張し、Y1社に対して損害賠償の支払いを求めた事案です。

事実の経過

Xさんの勤務状況

Xさんは、平成21年10月、一般貨物自動車運送事業等を目的とするY1社の子会社に入社した後、平成25年3月にY1社に移籍し、トレーラーを牽引するトラクターの運転手(けん引運転手)として勤務するようになりました。

Xさん
Xさん

トラクター運転手をしています

配車の指示

Y1社では、複数荷主の多様な運送、作業を請負い、その運送、作業を多数の運転手に配てんしていたところ、運転手は配車係の指示に従う必要があり、Y1社の乗務員服務規程2条1項には、
「運行管理者並びに補助者の命令指示は、社長を代行して発令されるものであることを銘記して作業に当たる」
との定めがありました。

この規程に基づき、Y1社A営業所では、運行管理者は同営業所所長のBさんほか1名であり、補助者は配車係が担当していました。

Y2さんは、平成28年頃から、Y1社A営業所配車係となり、Xさんに対する配車については、Y2さんが具体的に決定し、指示していました。

私は配車係です

Y2さん
Y2さん

運転手の給与

運転手の給与のうち、出張手当は、運転手が出張した場合に支払われる手当(出張手当が付く長距離運行は原則として片道が250㎞以上)であり、早出手当は、運転手が午前8時以前に出社した場合に支払われる手当でした。
配車係には、出張手当及び早出手当の金額を決定付ける配車を具体的に決定し、指示する権限もありました。

Xさんは、令和元年12月4日まで、出張手当及び早出手当の付く配車を受け、平成30年12月から令和元年12月4日までの期間を平均して、出張手当として月額10万3133円、早出手当として月額2万6435円の支給を受けていました。
これらの手当の合計額は、Xさんの月額賃金の約26%を占め、Xさんはこれらの手当によって生計を維持していました。

「24時降り」の協力

Y1社は、経費節減のため、労働組合の分会に対して、「24時降り」をするように協力を求めていました。

「24時降り」とは、高速道路上のサービスエリア等において24時まで駐車・待機した後、高速道路を降りるもので、これによって高速道路代が割引になるものでした。

Y1社からの協力依頼は、分会から各運転手に伝えられましたが、Y1社が各運転手に対して業務命令として24時降りを指示したり、24時降りをしなかった場合の報告を求めたりすることはありませんでした。

Xさんの対応①(24時降りについて)

平成30年2月5日、Xさんは大阪出張の際に24時降りをせず、その後、Y2さんから24時降りに協力するように指摘されたものの、「自分は間違ったことはしていない」と回答し、XさんとY2さんとの間に見解の相違が生じました。

Xさん、「24時降り」に協力してくださいよ

Y2さん
Y2さん
Xさん
Xさん

私は何も間違ったことはしてない!

A営業所所長のBさんは、XさんとY2さんとのやり取りを聞いていましたが、特にXさんを注意することはありませんでした。
また、Xさんは、令和元年6月3日にもサービスエリア等で違法駐車をしなければ24時降りができない状況にあると判断し、24時降りをしませんでしたが、その後にXさんが24時降りについての指導や注意を受けることはありませんでした。

Xさんの対応②(早朝出荷について)

令和元年12月3日、Xさんは、早朝出荷のためにCセンターに到着したものの、受付担当者が不在のため、出庫者ナンバーを記載しないまま出庫受付表を受付けに提出し、同日午前5時30分頃にCセンターの敷地から約2㎞離れた場所に移動して駐車し、待機しました。
Xさんは、同日午前7時20分頃、Cセンターの受付担当者から連絡を受け、Y1社が予め送付すべきFAXが送られていないことを知らされたため、Y1社担当者に電話を掛け、FAX送信を依頼しました。
そして、同日午前7時30分頃、XさんはY2さんとやり取りをしたところ、早期にY1社のFAXを確認して連絡しなかったことを責められたものの、Xさんの考えとは異なっていたため、Y2さんでは話にならないとして、Bさんに電話の対応を替わるように求めました。

Xさん、どうしてFAXを確認しなかったんですか?

Y2さん
Y2さん
Xさん
Xさん

それは私の考えと違う!Y2さんでは話にならないから、Bさんに代わって!

Xさんの求めに応じ、Bさんは電話の対応を替わりましたが、この際に、XさんがY2さんの指示に従っていないことが問題である旨をXさんに伝えることはなく、その後も、Xさんに対して配車係の指示に従うように注意することはありませんでした。

本件処遇

Y2さんは、令和元年12月3日、Bさんと協議を行い、Xさんがこれまで24時降りをしなかったことや、同日におけるY2さんとの電話のやり取りが配車係の指示に従わない行動であり、信頼関係が損なわれているとして、出張等配車を止めることしました。
そして、Y2さんは同月5日以降、Xさんに対して出張手当や早出手当が付く配車をほとんどしなくなりました(本件処遇)。

もうXさんには出張手当や早出手当が付く配車はできないや

Y2さん
Y2さん

訴えの提起

その後、Xさんは本件処遇について不服申出を行い、令和2年2月28日、Y1社との間で会談が設けられましたが、解決に向けた話し合いは進みませんでした。
そこで、Xさんは、Y2さんがAさんを不当に差別し、出張手当及び早出手当の付く配車をしなくなったことにより、Xさんが損害を被ったと主張して、Y1社及びY2さんに対して損害賠償の支払いを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、Y1社らがXさんに対して本件処遇を行ったことについて、損害賠償責任を負うか否かが主要な争点となりました。

本判決の要旨

Y1社らの損害賠償責任の有無について

本件処遇に至る経緯

Y1社において、運転手への配車は、配車係の権限であり、その合理的な裁量に委ねられているものと考えられるところ、Y1社らは、(…)本件処遇をした理由として、Xさんが24時降りに協力せず、早朝出荷の際にFAXの確認や連絡を怠るなどし、配車係の指示に従わなかった旨主張し、これに加えて、Xさんが、令和元年12月3日におけるY1社との電話のやり取りにおいて、配庫係の指示に従わなかったという事情を考慮したことが認められる。

本件処遇の必要性

しかし、Xさんが24時降りをしなかったとして指摘されているのは、平成30年2月5日及び令和元年6月3日の2回にとどまり、本件処遇とは6か月以上の隔たりがある出来事である。また、Xさんは、その認識するところによれば、Y2さんからの指示やパーキングエリア等の駐車状況から24時降りをしなかったものであり、意図的に24時降りをしなかったとは認められない。そして、Y2さん及びBさんにおいて、24時降りをしなかったことについて、Xさんに対し、その問題点を指摘し、改善を促すための注意、指導を行っていない。

また、早朝出荷についても、令和元年12月3日の1回の出来事であり、同日の電話において、Y1社がFAXの確認や連絡について指摘したことは認められるものの、電話を替わったBさんにおいて、出荷時の作業内容について注意をしておらず、電話を替わる前のY2さんへの発言や態度についても注意をしていない。このように、早朝出荷や配車係への発言や態度についても、Y2さん及びBさんは、Xさんに対し、その問題点を指摘し、改善を促すための注意、指導を行っていない。

さらに、令和2年2月28日の会談において、休憩の際、Y2さんはXさんの発言や態度を理由に配車をしない旨発言し、Bさんはこれに同感である旨の回答をしている。仮に、勤務態度の一要素として、上司等への接し方を考慮して配車を指示することがあったとしても、Y2さん及びBさんが、Xさんに対し、日頃の発言や態度について具体的に注意、指導し、改善を促したとまでは認められない。

裁判所
裁判所

Xさんに対して問題点の指摘や、改善を促す指導がなされていたとはいえませんね

このように、24時降り及び早朝出荷に関するXさんの言動や、Y2さん及びBさんが対応した状況に鑑みると、Y2さん及びBさんにおいて、Xさんに対し、具体的な注意、指導の機会を設けることなく、本件処遇をするほどの業務上の必要があったとは認め難い。

Xさんの不利益

他方で、Xさんは、事前に、収入が減少するおそれがある旨の注意や警告を受ける機会を付与されないまま、突然、本件処遇を受け、令和元年12月以降、期限の定めのないまま、長期間にわたり、出張等配車がされない状態が継続した。令和元年11月までのXさんの賃金額やこれに含まれる出張手当及び早出手当の額を考慮すると、減収の額は減給処分を受けた場合よりも大きくなっており、Xさんは、著しい不利益を被っているものと認められる。

裁判所
裁判所

Xさんの不利益は、減給処分を受けた場合よりも大きいので、著しい不利益を被っているといえますね

賠償責任の有無

これらの事情を考慮すると、運転手への配車が配車係の裁量に委ねられていることを考慮しても、本件処遇は、合理的な裁量の範囲を逸脱した違法なものというべきである。
したがって、Y2さんは、Xさんに対し、不法行為による損害賠償責任を負い、Y2さんは、その事業の執行について、本件処遇をしたことから、Y1社は、Xさんに対し、使用者責任による損害賠償責任を負う。

Xさんの損害額について

Xさんは、本件処遇がされなければ、出張等配車を受け、出張手当及び早出手当を受給できたものと認められ、これらの手当に相当する額の損害を被ったものと認められる。

(…)以上によれば、本件処遇に係る損害賠償請求は、Xさんが、Y1社らに対し、325万7669円及びこれに対する令和4年8月1日から民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

結論

裁判所は、以上の検討により、本件処遇は配車係の合理的な裁量の範囲を逸脱した違法なものであるとして、Y1社らがXさんに対して出張手当及び早出手当に相当する額の損害を賠償する義務を負うものと判断しました。

ポイント

本件のまとめ

本件は、Y2さんがXさんに対して、出張手当や早出手当の付く配車をほとんどしなくなった(本件処遇)ことから、Xさんが損害を被ったと主張し、Y1社とY2さんに対して損害賠償の支払いを求めた事案でした。

Y1社らは、本件処遇の合理的な理由として、Xさんが24時降りに協力せず、早朝出荷の際にFAX確認や連絡を怠るなどしたうえ、配車係Y2さんとの電話のやり取りにおいて、Y2さんの指示を従わなかったことを挙げていました。
もっとも、裁判所は、いずれの点についても、Y2さんやBさんがXさんの問題点について指摘し、改善のための注意や指導を行っていなかったと指摘し、Xさんに対し、具体的な注意、指導の機会を設けることなく、本件処遇をするほどの業務上の必要性があったとは認めがたいとしました。
また、Xさんが事前の注意等を受けないまま、突然に本件処遇を受けて、出張等配車がない状態が続き、減収の額は減給処分を受けた場合よりも大きいという著しい不利益を被っていることからすれば、配車が配車係の裁量に委ねられていることを考慮しても、本件処遇は合理的な裁量の範囲を逸脱した違法なものというべきであると判断しました。

本件は、労働者の言動に問題があることを理由とする不利益処遇であり、いわゆる懲戒権の行使ではありませんでしたが、Xさんに与えられる不利益の大きさにかんがみれば、懲戒処分に類似の機能を有するものでした。
裁判所は、Xさんに言動等の問題点を指摘し、注意・指導を行い改善の機会を与えていたか否かに着目しており、このような判断過程にかんがみると、業務指示による不利益処遇についても、従業員に対する懲戒処分の場合と同様、慎重に検討する必要があるといえます。

弁護士にもご相談ください

従業員が業務命令違反などの規律違反行為を行った場合、その内容や程度によっては、懲戒処分に踏み切らなければならないケースも出てきます。

本判決においても指摘があるように、特に指導・注意の結果、改善がみられるか否かは懲戒処分の判断において重要なメルクマールとなるほか、従業員にとって懲戒処分は制裁であり、もらされる不利益も多大なものとなることから、規律違反行為の態様、程度、処分事由に対する懲戒処分とのバランス、妥当性、手続の適正性などの点も考慮しなければなりません。

懲戒手続については、こちらもご覧ください。

弁護士
弁護士

懲戒は手続が重要です。

一度プロセスを踏み間違ってしまうと懲戒処分が違法・無効なものとなってしまうおそれもあるため、従業員の問題言動等から懲戒処分についてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。