労働問題

事業場外みなし労働制度の有効性【最高裁令和6年4月16日判決】

みなし労働時間制とは、その日の実際の労働時間にかかわらず、あらかじめ定めておいた時間を労働したものとみなす制度です。

労働基準法第32条1項においては、労働者の法定労働時間を1日8時間、週40時間までと定めていますが、事業の性質や職種などによっては、使用者側にとって労働者の実労働時間を把握し、これを算定することが困難な場合もあります。
そこで、労働基準法は、みなし労働時間制として次の3つを定めています。
 ・事業場外労働
 ・専門業務型裁量労働制
 ・企画業務型裁量労働制

このうち事業場外労働とは、「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす」制度です(労働基準法第38条の2第1項)。
たとえば、外勤の営業職員や取材記者など常態的に事業場外で労働する場合や出張などによって臨時的に事業場外で労働する場合が想定されます。

では、「労働時間を算定し難いとき」とは、具体的にどのように判断すればよいのでしょうか。

この点について、令和6年4月16日、事業場外労働みなし制度の有効性をめぐり、最高裁が「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かが問題となった事件において、新しい最高裁判決が出されましたので、ご紹介します。

協同組合グローブ事件・最高裁令和6.4.16判決

事案の概要

本件は、B組合に雇用されていたAさんが、B組合に対して、事業場外労働みなし制度が無効であると主張し、時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する未払賃金の支払い等を求めた事案です。

事実の経過

Aさんの勤務状況

Aさんは、平成28年9月、外国人の技能実習にかかる管理団体であるB組合に雇用され、指導員として勤務していました。
Aさんは、自らが担当する九州地方各地の実習実施者に対して、月2回以上の訪問指導を行うほか、技能実習生のために来日時等の送迎、日常の生活指導や急なトラブルの際の通訳を行うなどの業務(本件業務)に従事していました。

B組合による業務の管理

Aさんは、本件業務に関して、実習実施者等への訪問の予約を行うなどして自ら具体的なスケジュールを管理していました。
Aさんは、B組合から携帯電話を貸与されていましたが、これを用いるなどして随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることはありませんでした。

Aさんの労働時間

Aさんの就業時間は午前9時から午後6時まで、休憩時間は正午から午後1時までと定められていましたが、Aさんが実際に休憩していた時間は就業日ごとに異なっていました。
また、Aさんは、タイムカードを用いた労働時間の管理を受けておらず、自らの判断により直行直帰することもできました。
ただし、Aさんは、月末には、就業日時の始業時刻、終業時刻及び休憩時間のほか、勤務先、訪問時刻及びおおよその業務内容等を記入した業務日報をB組合に提出し、その確認をうけていました。

訴えの提起

Aさんは、B組合を平成30年10月31日に退職しましたが、B組合における事業場外労働みなし制度は無効であると主張し、本件雇用期間中の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する賃金の支払いを求めるなどの訴えを提起しました。

争点

本件では、事業外労働みなし制度の有効性をめぐり、労働基準法第38条の2第1項に規定いう「労働時間を算定し難いとき」に該当するか否かが争点となりました。

原審の判断

まず、原審(福岡高等裁判所)は、次のとおり述べて、本件業務については、労働基準法第38条の2第1項にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たらないとし、Aさんの賃金請求の一部を認める判断を示しました。

「Aさんの業務の性質、内容等からみると、B組合がAさんの労働時間を把握することは容易でなかったものの、B組合は、Aさんが作成する業務日報を通じ、業務の遂行の状況等につき報告を受けており、その記載内容については、必要であればB組合から実習実施者等に確認することもできたため、ある程度の正確性が担保されていたといえる。現にB組合自身、業務日報に基づきAさんの時間外労働の時間を算定して残業手当を支払う場合もあったものであり、業務日報の正確性を前提としていたものといえる。
以上を総合すると、本件業務については、本件規定にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえない。」

最高裁(本判決)の判断

これに対して、最高裁は次のとおり述べて、業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を十分検討せずに同日報の報告のみを重視し、本件業務について「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないとした原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があるとして、原審に差し戻す旨の判断を示しました。

B組合がAさんの事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが容易であったか否かについて

「前記事実関係等によれば、本件業務は、実習実施者に対する訪問指導のほか、技能実習生の送迎、生活指導や急なトラブルの際の通訳等、多岐にわたるものであった。また、Aさんは、本件業務に関し、訪問の予約を行うなどして自ら具体的なスケジュールを管理しており、所定の休憩時間とは異なる時間に休憩をとることや自らの判断により直行直帰することも許されていたものといえ、随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることもなかったものである。
このような事情の下で、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等を考慮すれば、Aさんが担当する実習実施者や1か月当たりの訪問指導の頻度等が定まっていたとしても、B組合において、Aさんの事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが容易であったと直ちにはいい難い

原審が重視した内容について

「しかるところ、原審は、AさんがB組合に提出していた業務日報に関し、
〈1〉その記載内容につき実習実施者等への確認が可能であること、
〈2〉上告人自身が業務日報の正確性を前提に時間外労働の時間を算定して残業手当を支払う場合もあったこと
を指摘した上で、その正確性が担保されていたなどと評価し、もって本件業務につき本件規定の適用を否定したものである。

規定の解釈適用を誤った違法について

「しかしながら、上記〈1〉については、単に業務の相手方に対して問い合わせるなどの方法を採り得ることを一般的に指摘するものにすぎず、実習実施者等に確認するという方法の現実的な可能性や実効性等は、具体的には明らかでない
上記〈2〉についても、B組合は、本件規定を適用せず残業手当を支払ったのは、業務日報の記載のみによらずにAさんの労働時間を把握し得た場合に限られる旨主張しており、この主張の当否を検討しなければB組合が業務日報の正確性を前提としていたともいえない上、B組合が一定の場合に残業手当を支払っていた事実のみをもって、業務日報の正確性が客観的に担保されていたなどと評価することができるものでもない

以上によれば、原審は、業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく、業務日報による報告のみを重視して、本件業務につき本件規定にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないとしたものであり、このような原審の判断には、本件規定の解釈適用を誤った違法があるというべきである。

本判決のポイント

本件では、事業場外みなし労働制度の有効性をめぐり、本件業務について労働基準法第38条の2第1項(本件規定)にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かが問題となりました。

まず、本判決は、本件規定の「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かの判断にあたり、「業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等」を考慮しています。
この考慮要素については、本件規定に関して判断を示した阪急トラベルサポート事件(平成26年1月24日最高裁判決)が列挙している考慮要素が踏襲されており、裁判所としての判断枠組みはある程度確立したといわれています。

この阪急トラベルサポート事件を受けて、厚生労働省が、「事業場外労働に関するみなし労働時間制の適正な運用のために」というパンフレットを出しています。これを見ると、厚生労働省は事業場外みなし労働の適用範囲を極めて限定的に考えていることがわかります。ここで紹介されている「民事裁判例」はすべて適用を否定された事案ばかりでした。

本判決は、業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく、業務日報による報告のみを重視して「労働時間を算定し難いとき」には当たらないと判断した原審の判断を本件規定の解釈適用を誤った違法があると判断しています。
この具体的な意味合いとしては、本判決に付された林道晴裁判官の補足意見が非常に参考になります。

「いわゆる事業場外労働については、外勤や出張等の局面のみならず、近時、通信手段の発達等も背景に活用が進んでいるとみられる在宅勤務やテレワークの局面も含め、その在り方が多様化していることがうかがわれ、被用者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認められるか否かについて定型的に判断することは、一層難しくなってきているように思われる。こうした中で、裁判所としては、上記の考慮要素を十分に踏まえつつも、飽くまで個々の事例ごとの具体的な事情に的確に着目した上で、本件規定にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かの判断を行っていく必要があるものと考える。」

すなわち、働き方のバリエーションが増えている昨今の事業場外労働においては、使用者側が労働時間や労働状況を具体的に管理・把握することが困難になりつつあるのに対し、現代では誰でもスマホやパソコンを保有し、「労働時間を把握しようと思えばできないこともない」状況にはおかれています。
もっとも、このように解してしまうと、およそ「労働時間を把握し難いとき」という要件にあてはまらないことになってしまい、本件規定の形骸化を招きかねません。
本判決は、業務日報による報告のみを重視した原審の判断を一蹴していますが、まさに前記考慮要素に列挙された事情を個々の事案に即して丁寧に検討し、「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かを判断すべきことを改めて示唆しているものと考えられます。

弁護士
弁護士

適用が難しいと考えられていた「事業場外みなし労働制度」の適用範囲が合理化されるかも知れません

今後、差戻審において、業務日報の正確性の担保に関する具体的事情などについてさらに審理が尽くされることになりますので、その判断についても注目していく必要がありそうです。