労働問題

出張日当の支給は固定残業代の支払いになる?

労働基準法37条は、使用者が、労働者に時間外労働、休日労働、深夜労働を行わせた場合には、法令で定める割増率以上の率で算定した割増賃金を支払わなければならないことを定めています。
具体的には、1時間あたりの賃金額×時間外労働、休日労働または深夜労働を行わせた時間数×割増率によって算定した割増賃金を支払う必要があります。

時間外労働法定時間(1日 8 時間・週 40 時間)を超えたとき  2 割 5 分以上(1 か月 60 時間を超える時間外労働については 5 割以上
休日労働法定休日(週 1 日)に労働させたとき3割5分以上
深夜労働22時から5時までの間労働させたとき2割5分以上

これに対して、企業によっては、固定残業代制を導入している場合もあります。
「固定残業代」とは、支払いにかかる名称にかかわらず、一定時間分の時間外労働、休日労働および深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金のことをいいます。
固定残業代制を導入する場合には、就業規則等において、具体的な規定を設ける必要があるほか、現に労働させた時間数よりも固定残業代の方が低いという事態が生じた場合には、差額の割増賃金を加算して支払うことも必要となります。

さて、今回はそんな割増賃金の未払いをめぐり、出張日当が固定残業代に該当するか否かが問題となった事案を取り上げます。

未払賃金等請求事件・福岡地裁令和6年4月24日判決

事案の概要

本件は、Yとの間で期間の定めのない労働契約を締結していたXさんが、Yから支払われるべき令和2年4月分から令和4年7月分までの残業代に未払があるほか、Yから令和4年9月30日付けでされた解雇は無効であると主張して、Yに対し、令和2年4月分から令和4年7月分までの未払残業代の支払いやYの従業員としての地位確認、本件解雇日以降の賃金の支払い等を求めた事案です。

事実の経過

XさんとYの労働契約

Xさんは、平成30年4月から、Yとの間で期間の定めのない労働契約を締結し、Yの事務局員として稼働していました。
Yは、昭和46年1月1日に設立された、九州地区内における公益財団法人日本ゴルフ協会主催競技の運営及び同協会からの委託を受けた事業を行っている権利能力なき社団でした。

Xさんの賃金単価

Xさんの賃金は、基本給29万円及び職務手当1万5000円の合計30万5000円でした(毎月20日締め・25日払い)。
また、労働契約上のXさんの月平均所定労働時間数は、138.8時間であり、各月の算定基礎賃金を各月の月平均労働時間数で除したXさんの1時間当たりの残業代の単価は、2197円でした。
そして、割増賃金の割増率は、労働基準法所定のとおり、時間外割増賃金125%、深夜早朝割増賃金25%、法定休日割増賃金135%でした。

事務局員の作業時間

ゴルフ大会出張時における事務局員の概ねの作業時間は、

  • 競技前日 12時から18時まで(6時間)
  • 競技実施日(最終日以外) 6時から約19時まで(約12時間)
  • 競技実施最終日 6時から約16時まで(約10時間)

でした。

本件解雇

Yは、令和4年7月19日付け解雇予告通知書により、Xさんに対し、同年8月30日をもってXさんを解雇する旨予告したが、Xさんが保有していた有給日数に鑑み、解雇年月日は同年9月30日とされました。

令和4年8月22日付け解雇理由証明書には、YがXさんを解雇した理由として、
①Xさんにおいて、組織内における相互協力意識が欠落し、コミュニケーション能力が低く、Y事務局のA事務局長からの再三の注意にもかかわらず改善されなかったこと
②令和4年6月1日及び同月22日にXさんから退職の意思表示があり、YがXさんの退職に伴う事務作業を進めていた後にXさんが翻意してYに混乱を生じさせたこと
が記載されていました。

本件解雇後の事情

なお、Yは、令和4年10月31日、Xさんの口座に退職金として128万1800円(原告手取り額102万0057円)を振り込みました。
他方、Xさんは、令和4年11月21日以降、給与の6割相当の失業保険の仮給付を受けましたが、本件訴訟で解雇無効が確定すれば返還する意向を示していました。

訴えの提起

Xさんは、Yから支払われるべき令和2年4月分から令和4年7月分までの残業代に未払があるほか、Yから令和4年9月30日付けでされた解雇は無効であると主張し、Yに対し、令和2年4月分から令和4年7月分までの未払残業代の支払いやYの従業員としての地位確認、本件解雇日以降の賃金の支払い等を求める訴えを提起しました。

争点

本件では、①出張日当が未払残業代に充当されるか否か、また、②本件解雇が無効か否かが争点となりました。

本判決の要旨

争点①出張日当が未払残業代に充当されるか否かについて

Yの主張

Yは、就業規則・附属規則8条と旅費規則8条の規定の整合性を合理的に解釈すれば、出張日当は固定残業代であると解すべきであるし、仮に固定残業代に該当しなくても、出張日当の実質を考慮すれば未払残業代に充当すべきである旨主張する。

出張手当が固定残業代に該当するか

しかし、出張日当はYの旅費規則8条において、残業時間の有無や長短にかかわらず一定金額が支払われるものと定められていること、Yの賃金規則2条では役職者には残業手当が支払われないと規定されているのに、Yの旅費規則8条では事務局長・次長にも旅費日当が支給されると規定されていることに照らすと、出張日当が残業代の趣旨で支払われていたとは考え難い(対価性を有しない)
また、出張日当が固定残業代の趣旨であることをYからXさんに説明し、Xさんがそれに同意していた事実を認めるに足りる証拠はない(明確区分性を有しない)ことからすれば、出張日当の支払によりXさんは相応の経済的利益を得ていることを踏まえても、出張日当は、Yの従業員がゴルフ大会等の出張の際に必要とする交通費及び宿泊費以外の経費を補填するために支払われるものであり、形式的にも実質的にも固定残業代に該当するとはいえず、未払残業代には充当されないと解される。
よって、被告の上記主張を採用することはできない。

争点②本件解雇が無効か否かについて

解雇事由①について

Yは、少人数の事務局の中でコミュニケーションや協調性が重要であるにもかかわらず、それに反していたXの就業態度や言動が就業規則22条5号の「技能低劣で業務の遂行に必要な能力を欠く」の解雇事由に該当する旨主張する。

確かに、Yの事務局は、正社員6名又は正社員5名と派遣社員1名という少数の職員が各業務を分担して遂行する体制であり、業務多忙時、特にゴルフ大会の準備運営時には事務局員の相互協力が必要不可欠であり、職員には他の職員の仕事量を慮って助け合う協調性が求められるところ、(…)Xさんが大会時に役員等へ挨拶をしないことや些細なことで不機嫌になったり、出張時の旅費精算について自分勝手な申出をしたりするなど、周囲との協調性に欠ける面があったことが認められる
しかし、(…)特に令和4年4月25日以降Xさんは周囲との協調性やA局長等の上司や関係者に対する礼儀や配慮に欠ける面があったものの、自らの守備範囲と考える業務は特段の問題なく遂行し、Yのインスタグラムを更新するなどしており、A局長もXさんの事務処理能力はプラス評価していたこと、A局長からの令和4年6月22日及び同年7月1日の指導に対し同月6日に反省ないし改善の意向を示すメールを送っていたことが認められ、これらの事実に照らすと、(…)XさんがYの業務を行うための技能が低劣であり、Yの業務の遂行に必要な能力を欠いていたとまではいえない。

よって、Yの上記主張を採用することはできない。

解雇事由②について

Yは、Xさんは一旦退職の意思を示しており、そのために後任の選任や被告の事務作業に深刻な混乱を生じさせたことから、就業規則22条4号の「業務の都合上やむを得ないとき」の解雇事由に該当する旨主張する。

しかし、XさんはYに正式に退職届を書面で提出したわけではないし、(…)令和4年7月19日に本件解雇予告通知が書面でされる前にXさんはA局長に対し自らの待遇に係る不満を繰り返し述べているが、それは、自らの貢献度に比して年収約366万円という自らの給与が低いと感じており、入社から4年経過した令和4年4月期の時点でも昇給額が自らの期待に沿うものではなかったために、退職ないし就労意欲の減退(給与分しか働かない)を示唆ないし仄めかしていたにすぎないことがうかがわれ、明示的な退職意思を示していたとはいえない。また、Yは本件解雇後にXさんの後任者を雇用しておらず(…)、Yの事務作業に深刻な混乱が生じたかは定かでないことに照らすと、本件解雇がYの業務の都合上やむを得ないときにされたとまではいえない。

よって、Yの上記主張を採用することはできない。

まとめ

したがって、本件解雇は無効であるというべきである。

結論

よって、裁判所は、以上の検討から、出張日当は固定残業代ではなく未払残業代に充当されないうえ、本件解雇も無効であるとして、XさんのYに対する令和2年4月分から令和4年7月分までの未払残業代の支払、Yの従業員としての地位確認並びに本件解雇日以降の賃金、遅延損害金等の支払請求にはいずれも理由があると判断しました。

ポイント

本件は、Yとの間で期間の定めのない労働契約を締結していたXさんが、Yから支払われるべき令和2年4月分から令和4年7月分までの残業代に未払があるほか、Yから令和4年9月30日付けでされた解雇は無効であると主張して、Yに対し、令和2年4月分から令和4年7月分までの未払残業代の支払いやYの従業員としての地位確認、本件解雇日以降の賃金の支払い等を求めた事案でした。

Yは、Xさんに対しては、出張手当を支給していたところ、出張手当は固定残業代に該当することから、未払い残業代に充当されると主張していました。
もっとも、裁判所は、①出張日当が残業代の趣旨で支払われていたとは考え難い(対価性を有しない)こと、また、②出張日当が固定残業代の趣旨であることをYからXさんに説明し、Xさんがそれに同意していた事実を認めるに足りる証拠はない(明確区分性を有しない)ことを指摘し、出張日当は固定残業代に該当しないと判断しています。

これまでの判例により、①固定残業代が残業代の支払いとして有効になるための要件としては、基本給と残業代との区分が明確であること(明確区分性)、②名称を問わず当該手当等が残業代として支払われる旨の合意があること(対価性)が必要であるとされています。(日本ケミカル事件国際自動車事件ほか)。

本判決もかかる要件に照らして検討されており、固定残業制を導入する場合には、これらの要件に即して有効な制度設計をするように注意が必要です。

弁護士にもご相談ください

固定残業制については、労働者との間の合意なく、「これは残業代の趣旨で支払っている」という使用者側だけの一方的な思惑で、一定額の手当を支給し、それによって残業代を支払ったつもりになっていることがあります。
しかし、労働者から未払い残業代の請求がなされた場合には、裁判所において、明確区分性・対価性という要件を基準として判断がなされることになります。

仮に使用者からの何らかの手当の支払いによって、労働者が経済的な利益を得ていたとしても、形式的かつ実質的に残業代の趣旨で支払われていなければ、固定残業代制として有効なものとは判断されません。

固定残業代についてはこちらの記事もご覧ください。

割増賃金の支払いや賃金規程の定め方などについてお悩みがある場合には、弁護士に相談することがおすすめです。