労働問題

台湾での訓練期間について最低賃金法が適用されるのか?【中華航空事件】

当社は、台湾に本社を置く外国企業です。神奈川県内にも事業所があります。日本国内で採用された従業員から、台湾において研修した際の賃金について、賃金の額が日本の最低賃金法を下回っているのではないかという指摘を受けました。この場合、日本の最低賃金法が適用になるのでしょうか。
最低賃金制度は、低廉な賃金で働く労働者の最低額の賃金を保障することにより、労働条件の改善を図り、労働者の生活の安定や労働力の質的向上、事業の公正な競争の確保、国民経済の健全な発展に寄与することなどを目的として定められたものです。
他方、国際的な契約において、どこの国の法律が適用されるかは、まずは「当事者が当該法律行為の当時に選択した地の法」(法の適用に関する通則法第7条)、それがないときは、「当該法律行為の当時において当該法律行為に最も密接な関係がある地の法」(同8条)が適用になります。ただし、労働契約の場合、「労働者が当該労働契約に最も密接な関係がある地の法中の特定の強行規定を適用すべき旨の意思を使用者に対し表示したときは、当該労働契約の成立及び効力に関しその強行規定の定める事項については、その強行規定をも適用する。」とされています(同12条1項)。
ただし、最低賃金法の趣旨から、「国の枠を超えて国外の事業の労使関係に適用されることは予定されておらず、その適用範囲は日本国内の事業の労使関係に限定されているもの」と判断する裁判例があり、それを前提にすると国外の事業に関する賃金については日本の最低賃金法が適用にならない場合もあります。
詳しくは企業側労働問題に詳しい弁護士法人ASKにご相談ください。

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最低賃金法とは?

日本には、最低賃金法に基づく最低賃金制度というものがあります。
最低賃金制度は、低廉な賃金で働く労働者の最低額の賃金を保障することにより、労働条件の改善を図り、労働者の生活の安定や労働力の質的向上、事業の公正な競争の確保、国民経済の健全な発展に寄与することなどを目的として定められたものです。

最低賃金制度の下、使用者は、定められた最低賃金額以上の賃金を支払わなければなりません。
仮に、使用者が労働者との間で、最低賃金額より低い賃金額を賃金とする旨の合意をしても、最低賃金法に違反するものとして、無効になります。
この場合、その労働者の賃金は最低賃金額と同額の定めをしたものとされるため、使用者は、最低賃金額との差額を支払う必要が生じます。

また、使用者が、最低賃金額以上の賃金額を支払わない場合には、最低賃金法に基づく罰則や労働基準法に基づく罰則が科せられることになります(厚生労働省ウェブサイト:「最低賃金制度とは」参照)。

したがって、使用者として雇用契約を締結し、賃金の額を定める時には、最低賃金額に注意が必要です。労務問題についてお悩みがある場合には、弁護士法人ASKにぜひご相談ください。

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裁判例のご紹介(中華航空事件・東京地裁令和5年9月11日判決)

さて、今回は、台湾での訓練期間における最低賃金法の適用をめぐり、そもそも日本法が準拠法となるのかどうか?が争われた裁判例をご紹介します。

*労働判例2025.10.1(No.1335号)22ページ以下を参照しています*

どんな事案?

この事案は、台湾に本社を置く航空会社Y社と有期労働契約を締結し、国際線旅客便の客室乗務員として採用されたXさんらが、台湾で初期訓練を受けた後、Y社の日本支社に所属する客室乗務員として就労していたところ、Y社から契約期間の満了をもって労働契約を終了させる旨の通知を受けて、契約の更新を拒否されたことから、Xさんらが、Y社に対し、初期訓練中にY社から支払われた手当の額が最低賃金法上の最低賃金を下回ると主張して、未払賃金の支払いなどを求めた事案です。


何が起きた?

XさんとY社の労働契約の締結

Xさんらは、令和元年9月22日、客室乗務員候補生としてY社に採用され、雇用期間を同日から令和2年9月30日まで、主に日本・台湾間の国際線旅客便(日本・台湾路線)の客室乗務員として稼働することなどを内容とする労働契約を締結しました(本件各労働契約)。

なお、本件各労働契約では、契約書に定めのない事項は、「中華航空公司日本地区 期間契約乗務員就業規則」(本件就業規則)に従う旨が合意されていました。
また、本件就業規則は、この規則に定めのない事項については、「労働基準法その他法令の定めるところによる」ことと規定していました。

契約の更新について

▶︎労働契約の定め

本件各労働契約によれば、勤務成績等に鑑み継続雇用することが必要と認められる者のみ1年の契約の更新を行うこと、更新手続きは最高2回までとすることが定められていました。

▶︎就業規則の定め

なお、本件就業規則には、同様の趣旨の定めがありましたが、ただし、3年間の勤務成績に鑑みて優れる者は引き続き雇用されることも規定されていました。

▶︎採用選考合格者向け説明会での説明

また、採用選考合格者向けの説明会などでは、3回更新をして4年を満了した場合には、正社員客室乗務員に登用されることがある旨の説明や、従業員に安全を軽視するような行動や大きなミスがあったり、会社が倒産の危機になるようなことがあったりしない限りは労働契約が更新されるといった説明がありました。

▶︎実際の例

現に、日本人客室乗務員について、1年間の有期契約で採用し、3回の更新を経て通算4年を満了した場合には、その翌年1月から正社員客室乗務員として登用するという方法が採用されていました。

Y社の初期訓練について

▶︎本件訓練の義務

Y社では、新規採用された客室乗務員候補生には、台湾本社で行われる初期訓練(本件訓練)が義務付けられており、同訓練を終了し、健康診断を受けて合格と判定されて初めてY社の客室乗務員として就労することができるものとされていました。

▶︎Xさんらの訓練の参加

実際、Xさんらも、同期採用の他の客室乗務員候補生らと共に、令和元年9月22日から同年11月26日までの間、台湾へ赴いて、同所に設けられていたY社の訓練施設において、本件訓練を受けました。

▶︎手当の支給

本件訓練期間中の手当としては、1日あたり1000台湾ドル、47日分として合計4万7000台湾ドルが台湾本社から支給されていました。
ただし、日本支社からの賃金の支給はありませんでした。

成田ベースへの配属

▶︎Xさんらの勤務開始

その後、Xさんらは、本件訓練中に実施された健康診断及び修了試験に合格し、令和元年12月から日本・台湾路線の旅客便への乗務を開始しました。

▶︎Xさんらの就業場所

本件各労働契約によれば、Xさんらの就業場所は、旅客機客室及び成田国際空港とされており、Y社の従業員のうちXさんらを含む日本人客室乗務員は、日本支社の貴族とされ、成田国際空港内に設けられた東京支店の事務所(成田ベース)に配置されていました。

▶︎Xさんらの業務内容

Xさんらの勤務内容は、本件就業規則によれば、東京をベースとして、日本・台湾路線および会社の指示した路線の客室乗務員として勤務すること、他に地上における業務を命じられた際にはその業務を行うこととされていました。
そして、Xさんらを含む日本人客室乗務員の1回の勤務は、2泊3日の旅程で構成されており、1日目は成田国際空港または東京国際空港(羽田空港)から台湾へ向かい、2日目は台湾の空港と日本の地方都市の空港(場合によっては海外の空港)を往復し、3日目に台湾の空港から成田国際空港または羽田空港に向かう旅客便に搭乗するという旅程とされていました。
なお、成田ベースに配置された日本人客室乗務員の管理業務は、日本支社の東京支店「EM」と呼称される部署が行っていました。

自宅待機の指示

ところが、Y社は、令和2年1月以降の新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大に起因して、航空旅客需要の減少および経営収支の急激な悪化に見舞われていました。
このような中で、台湾政府が外国人(非台湾籍)の入境制限を行ったことを受け、Y社は、成田ベースの日本人客室乗務員全員に対して、同年3月18日以降の日本・台湾路線への乗務の停止および自宅待機を指示しました。

契約終了の通知

さらに、Y社は、令和2年8月28日、日本支社を通じて、XさんらおよびXさんらと同期採用の客室乗務員全員に対して、労働契約を同年9月30日の期間満了をもって終了させる旨を通知しました。
これに対して、XさんらはY社に対し、本件各労働契約の更新の申込みをしましたが、Y社はこれを拒否しました(本件各雇止め)。

労働審判の申立てと訴訟への移行

そこで、Xさんらは労働審判の申し立てを行いましたが、審判に対するY社による異議申し立てがあったことから、本件の訴訟へ移行しました。

裁判で問題になったこと(争点)

この裁判において問題になったことは多岐にわたりました。

中でも、Xさんらは、Y社に対して、初期訓練中にY社から支払われた手当の額が最低賃金法上の最低賃金を下回ると主張して、未払賃金の支払いなどを求めていたところ、Xさんらは、令和5年2月20日の口頭弁論期日において、Y社に対し、法の適用に関する通則法(通則法)12条1項に基づき、本件各労働契約に基づく賃金請求について最低賃金法4条1項が適用されるべきであるとの意思表示を行っていました。

そこで、この裁判では、本件訓練期間中のXさんらの労働契約に関して、日本の最低賃金法が適用されるのかどうか?が問題(争点)になりました。


裁判所の判断

裁判所は、本件訓練期間中のXさんらの労働契約に関して、日本の最低賃金法は適用されない、として未払い賃金の支払いを求めるXさんらの請求を却ました。(確定)


本判決の要旨(ポイント)

裁判所はなぜこのような判断をしたのでしょうか?
以下では本判決の要旨をご紹介します。

本件各労働契約の成立及び効力に関する準拠法は?

まず、裁判所は、XさんらとY社との間の本件各労働契約の成立と効力について適用される法律(準拠法)について検討し、主観的にも客観的にも日本法が準拠法になる、と判断しました。

▶︎主観的にみて日本法が準拠法になる

「(…)XさんらとY社は、本件各労働契約において、契約書に定めのない事項は本件就業規則に従う旨を合意したこと、本件就業規則は、この規則に定めのない事項については、「労働基準法その他法令の定めるところによる」と定めていること(同規則1条2項)が認められる。しかるところ、本件各労働契約が日本において締結されたものであること、本件就業規則は、Y社が日本において雇用する有期雇用客室乗務員に適用されるものとして定められていること(同規則1条1項)に照らすと、本件就業規則1条2項所定の「労働基準法その他法令の定めるところによる」という規定は、日本の労働基準法その他法令を意味するものと解するのが整合的であり、他方で、XさんらとY社との間で、本件各労働契約に係る準拠法について中華民国法等、日本法以外の国や地域の法律を選択したことをうかがわせる的確な証拠はない。
以上によれば、XさんらとY社は、本件各労働契約の締結当時、当該労働契約が日本法により規律されるとの意思を有していたものといえるから、これらの労働契約の成立及び効力についての準拠法として日本法を選択したものと認められる。」

▶︎客観的にみても日本法が準拠法となる

「(…)仮にXさんらとY社との間で準拠法の選択がなかったとしても、以下のとおり、本件各労働契約の最密接関係地法は日本法であると認められるから、本件各労働契約の成立及び効力についての準拠法は日本法であると解するのが相当である。
前提事実等によれば、Y社に雇用されたXさんらを含む日本人客室乗務員は、日本支社の東京支店に所属し、成田ベースを拠点として客室乗務業務に当たっていたこと、成田ベースの客室乗務員の1回の勤務は、成田国際空港又は羽田国際空港を基点とする旅程で構成されていたこと、成田ベースの客室乗務員は、東京支店のEMによって労務管理がされていたことが認められ、これらの諸事情からすれば、Xさんらが乗務する日本・台湾路線が複数の法域にまたがっていることを踏まえても、Xさんらの主たる労務提供地は日本であったと認めるのが相当である。
(…)以上のとおり、Xさんらの主たる労務提供地は日本であると認められ、そうすると、通則法12条3項により、本件各労働契約についての最密接関係地法は日本法であるものと推定されるのであって、他に本件全証拠を検討しても、上記の推定を覆すに足りる的確な証拠はない。したがって、通則法8条1項により、本件各労働契約の成立及び効力についての準拠法は日本法であるものと認められる。」

本件訓練期間中のXさんらの労働契約に日本の最低賃金法は適用されるか?

その上で、裁判所は、本件訓練期間中のXさんらの労働契約に関して、最低賃金法(4条1項)が適用されるかどうかについて検討し、最低賃金法4条1項は適用されない、と判断しました。

▶︎最低賃金法の適用範囲は日本国内の事業の労使関係に限定

「(…)最低賃金法の法的性質や具体的な最低賃金の水準が我が国における地域ごとの労働実態や賃金水準を踏まえた上で個別に決定されるものとされていることに照らせば、最低賃金法は、我が国において就労する労働者に係る労働条件のうちの賃金に関し、社会政策的見地から所要の地域ごとに賃金の最低水準を定め、これを個別の労働契約の効力要件とするという立法政策に基づいて措定されたものと解し得るから、前示のような最低賃金の私法上の効力(同法4条)も、国の枠を超えて国外の事業の労使関係に適用されることは同法の予定するところのものではなく、同規定の適用範囲は日本国内の事業の労使関係に限定されているものと解するのが相当である。」

▶︎本件訓練期間中のXさんらは日本国内の事業に関して使用されている労働者であったとはいえない

「(…)本件訓練は、Y社に客室乗務員候補者として採用された労働者に対し初期訓練として実施されたものであるところ、〈1〉Xさんらを含む410期の客室乗務員の採用計画の策定及び採否の判断は、いずれも台湾本社が行っており、本件訓練の企画・立案及び実施も全て台湾本社の担当部署が台湾本社の施設や設備を用いて行っていたこと、〈2〉本件訓練期間中の客室乗務員訓練生への宿泊施設の提供や、本件訓練の修了判定及び不合格者に対する退職手続も台湾本社が行っていたこと、〈3〉本件訓練期間中の客室乗務員訓練生に対する手当の支給も台湾本社の計算において行われ、支給された手当も現地通貨である台湾ドルで支給されていたこと、〈4〉Y社及び日本支社は、本件訓練期間中のXさんらを含む410期の客室乗務員訓練生を「Trainee」(訓練生)として扱い、同訓練に合格して日本に帰国するまでは日本支社の客室乗務員室(EM)に所属する従業員としての処遇は行っておらず、日本支社も本件訓練期間中にXさんらに対して業務指示をすることはもとより、連絡を取ることすらなかったこと、〈5〉本件訓練期間中、Xさんらを含む410期の客室乗務員訓練生に対して日本支社から賃金等は支払われておらず、日本の社会保険の加入手続もされていなかったことが認められる。
これらの諸事情を総合すれば、本件訓練は、日本支社としての取組みではなく、台湾本社の取組みとして、Xさんらを含む410期の客室乗務員訓練生に対しY社の客室乗務員として要求される知識や技能を修得させ、台湾本社が設定する水準の資質を有する客室乗務員を確保するために実施されたものといえるのであって、その期間中、Xさんらは台湾本社の指揮命令下にあったものと認められる。したがって、本件訓練期間中、Xさんらは、専ら台湾本社の事業に従事、使用されていたものであり、日本国内の事業に従事、使用されていたとは認め難いものといわざるを得ない。したがって、最低賃金法4条1項は本件訓練期間中のXさんらとY社との間の本件各労働契約には適用されないものと認められる。

結論

よって、裁判所は、このような検討を踏まえて、本件訓練期間中のXさんらの本件各労働契約に関して最低賃金法4条1項が適用されないため、未払い賃金の支払いを求めるXさんらの請求は認められないとの結論を導きました。

「以上のとおり、本件訓練期間中のXさんらの本件各労働契約に関して最低賃金法4条1項が適用されるものとは認め難く、(…)本件各労働契約に基づく本件訓練期間中の未払賃金として、最低賃金と訓練手当の支払額との差額相当額の支給を求めるXさんらの本件請求は、(…)理由がないというべきである。」

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さて、今回は、台湾での訓練期間における最低賃金法の適用をめぐり、そもそも日本法が準拠法となるのかどうか?が争われた裁判例をご紹介しました。
この事案は、被告となったY社が台湾に本社を置く航空会社であったことから、そもそもとして適用される法律がどこの国の法律なのか、というところから問題になったものです。

ただ、冒頭でもご紹介したとおり、最低賃金法については、使用者が労働者との間の雇用契約を締結するにあたり、特に注意しなければならない法律の一つです。
労務問題についてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士法人ASKにご相談ください。

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