CIO解任後の処遇変更は許されるか?【リス事件】
- 当社は、川崎市内でイベント運営の会社を営んでいます。先般、当社の飛躍的な発展を期待して、転職エージェントを通じ、執行役員として新しい社員の採用を行うことにしました。彼に対しては執行役員として月200万円の給料を支払う代わりに相応のパフォーマンスを求めていましたが、数か月経っても期待通りの結果が生まれなかったことから、執行役員としての待遇から一般管理職への変更を打診しました。彼はこの打診に渋々ながら応じたため、当社は、一般管理職として月50万円を支払うことを内容とする労働条件通知書兼雇用契約書を渡しましたが、彼はこれに押印することを拒みました。ただ、一般管理職に変更する合意は得ているので、彼に対しては翌月から50万円の給料を支払っています。そうしたところ、彼から、1か月あたり差額の150万円を支払うよう請求が来ました。これに応じる必要はありますか。
- 労働条件の変更をするには、労働者との合意が必要です(労働契約法8条)。お尋ねの件については、単に「執行役員としての待遇から一般管理職への変更の打診」に応じたといっても、いつ執行役員としての雇用契約を終了するのか、新しく就く一般管理職の労働条件はどのようなものか、その他の労働条件についての変更はどのようなものか、など労働条件の「合意」に至っているといえるためには相応の粒度が必要になってきます。こうした点の合意の有無が認められるかどうかがポイントになってきます。
詳しくは企業側労働問題に詳しい弁護士法人ASKにご相談ください。
労働条件の不利益な変更は許されません
労働者にとって、労働条件はその会社で働く前提となる、とても重要な事柄です。
そのため、労働契約法をはじめとする労働関係法令では、労働条件に関する様々なルールが定められています。
たとえば、労働条件の変更について、労働契約法では、使用者が、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働条件を不利益に変更することができない旨を規定しています(労働契約法9条)。
労働者と使用者が合意をすれば、労働条件を変更することができます(労働契約法8条)、合意によって変更する場合であっても、就業規則で定めている労働条件を下回ることはできません。
また、仮に就業規則により労働条件を変更したい場合には、①その内容が合理的であること、②労働者に周知させることが求められるので注意が必要です(労働契約法10条)。
労働条件の変更や就業規則の見直しなどについてお悩みがある場合には、弁護士法人ASKにご相談ください。
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裁判例のご紹介(リス事件・東京地裁令和7年2月14日判決)
さて、今回は、CIO(最高情報責任者)の役職を解任された後の処遇変更の有効性が争われた裁判例をご紹介します。

*労働判例2025/12/01(No.1339号)95ページ以下参照*
どんな事案?
この事案は、Y社との間で雇用契約を締結していたXさんが、退職後に、Y社に対して、雇用契約に基づき、在職中の未払給与の支払いなどを求めた事案です。
何が起きた?
Y社について
Y社は、労働者派遣事業、総務・営業・経理等の業務委託処理、有料職業紹介事業などを業とする会社です。
Xさんについて
Xさんは、令和4年12月頃、Y社にCIO(最高情報責任者)の役職で採用されました。
Xさんに対して交付された同月15日付採用通知書には、「職種 CIO」「職員 取締役」という記述のほかに、待遇として「月額200万円」「社内規程に基づき試用期間中の給与は月額150万円となります。」という記載がなされていました。
拠点長会議での発言
▶︎Y社代表者の発言
令和5年5月9日、オンラインを通じて拠点長会議が行われたところ、Y社代表者は、XさんがCIOとして期待された能力を発揮しておらず、システム開発が約束通りの期日に完成しないことや完成したシステムに問題があることを指摘し、XさんにはCIOの役職を外れてもらう必要がある、Xさんにとって適切なポジションについて皆に判断してもらいたいなどと述べました。
▶︎Xさんの発言
これに対して、Xさんは、「CIOとして不適格と言われれば、もはや私はもう去るしかないと思ってます。CIOのポジションをですね。」などと述べました。
他方で、「今後この会社でCIO以外として残ってやっていくかは、正直今のところはわからないんですけど。」「正直ここの皆さんと一緒に働く、拠点長の皆さんの働くこととこのシステムを良くしてビジネスを良くしていきたいという気持ちは結構強くあります。」などと述べました。
▶︎Y社代表者の質問
その後、他の出席者からXさんの働きぶりについて意見や質問が出る中で、Y社代表者は、「CIOにはふさわしくないということは私もそう思うし、営業現場からもやっぱり何人かから声が出たと思う。」、とXさんがCIOとして不適格であることを述べました。
その上で、Y社代表者は、Xさんに対し、自分ではどのようなポジションが適正だと思うか?という質問をしました。
▶︎Xさんの回答
これに対して、Xさんは、「ピンポイントで何がいいですっていうのはちょっと言いづらいところがありますが、全体推進はしたいので、メンバーレベルよりは管理レベルの方がいいんじゃないかなと思ってます。」「私がCIOを降りるのであれば、その上位に責任を持っていただける方がついていただけるのであれば、別に私はどこでもいいです。」などと答えました。
▶︎その後のやり取り
出席者の発言の中で、Xさんのポジションとして「チーフ」という案が出たことなどから、Y社代表者は、Xさんより上の立場の責任者は会社で採用すると前置きした上で、Xさんに対し、「チーフ」というポジションで自分の責任を明確にしてもらいたいと述べました。
これに対して、Xさんは異議を述べず、また、自身がCIOの役職を辞した後のシステム部門の人員構成について意見を述べるなどしました。
そして、Y社代表者は、本件拠点長会議の終盤において、システム部門の責任者とデザイナー1名、システムエンジニア1名を採用する方針を示して、会議は終了しました。
採用通知書と労働条件明示書兼雇用契約書の提示
本件拠点長会議の後、Y社はXさんに対して、令和5年5月12日付け「採用通知書」及び同年4月21日付け「労働条件明示書兼雇用契約書」を提示しました。
採用通知書には、「入社日 2023年4月21日」「職種 システム」「職位 チーフ」「月額50万円(内訳:基本給25万円、管理職手当25万円)」などの記載がされていました。また、労働条件明示書兼雇用契約書には「雇用形態 正社員」「業務内容 システム」「給与 月給制」などの記載がありました。
Y社はXさんに対し、これらの労働条件明示書兼雇用契約書へ署名・押印するよう求めましたが、Xさんはこれに応じませんでした。
Xさんの退職
Xさんは、その後も業務を続け、拠点長会議にも出席していましたが、令和5年6月6日、Y社に退職届を提出し、同月20日付けでY社を退職しました。
なお、XさんはY社に在職中、取締役に就任することはなく、支給された給与額についてY社に問い合わせたり、不服を述べたりすることもありませんでした。
給与の支払状況
Xさんは、令和5年1月5日からY社において勤務を開始していたところ、Y社は、Xさんに対し、Xさんが退職する同年6月20日までの間、同年1月分給与から4月分給与までの基本給は月額150万円、同年5月分給与及び6月分給与の基本給は月額50万円とした上で、各月のXさんの欠勤日数分を日割計算して控除し、通勤手当を加算した金額を毎月の給与として支給していました。
訴えの提起
その後、Xさんは、Y社に対して、雇用契約に基づき、在職中の未払給与の支払いなどを求める訴えを提起しました。

問題になったこと(争点)
争点
この裁判では、いくつかの点が問題(争点)になりました。その中の一つが、
“令和5年5月分給与及び6月分給与について未払いがあったのかどうか?”
という点です。
Xさんの主張
Xさんは、Y社と改めて雇用契約を締結した事実はないから、Xさんの給与は令和5年5月以降も月額200万円のままであり、令和5年5月分給与及び6月分給与について未払いがある、と主張していました。
Y社の反論
これに対して、Y社側は、XさんとY社との間の従前の雇用契約は合意により終了し、XさんはY社との間で、令和5年4月21日(ないし遅くとも同年5月9日)から給与を月額50万円とする新たな雇用契約を締結しており、Y社は同年5月分・6月分給与を支給しているから未払いはない、と反論していました。
裁判所の判断
この点について、裁判所は、XさんとY社との間で、Xさんの職位を「チーフ」・給与を月額50万円とする新たな雇用契約が締結されたとは認められないとして、令和5年5月分給与及び6月分給与について未払いがあった、と判断しました。
判決の要旨
以下では、裁判所がこのような判断に至った判決の要旨をご紹介します。
Xさんは確かにチーフの職位の提示に対して異議を述べていない
「(…)確かに、Xさんは、本件拠点長会議において、Y社代表者やその他の出席者からCIOの役職にふさわしくない、外れてもらう必要があるなどの意見を述べられたことに対し、CIOの役職を辞することを受け入れたこと、その上で、CIOを辞職した後のポジションとして「チーフ」の職位を提示されたことに対し、特段異議を述べていないことが認められる。
CIOを辞めることや従前の雇用契約を終了することを合意していない
「しかし、Xさん本人は、その尋問において、直ちにCIOから降格するとは思っていなかったが、どこかのタイミングでCIOの役職でなくなることは受け入れていたとの供述をするところ、本件拠点長会議におけるXさんの発言をみても、(…)CIOの役職から外れることについて「上位に責任を持つ人が就くのであれば」との留保を付す趣旨の発言もしており、直ちにCIOの役職を辞すると明言しているわけではない。本件拠点長会議後のXさんの業務内容についてそれ以前と特段変わった形跡はなく、Y社代表者が、本件拠点長会議の結果もふまえてシステム部門の責任者を新たに採用する方針を示していることも考慮すれば、本件拠点長会議のやりとりをもって、XさんとY社との間に、直ちにXさんがCIOの役職を辞することや、従前の雇用契約を終了することについてまで合意が成立したとは認め難い。」
CIOを辞めてただちにチーフの職位で働く意向も示していない
「また、Xさんは、本件拠点長会議で示された「チーフ」という職位については特段異議を述べておらず、Xさん自身、その尋問において、CIOを辞職し、いずれチーフになること自体は受け入れていた旨供述するものの、他方で、その時期については、代理の人が来て引継ぎが終わったらとも述べているところ、本件拠点長会議におけるXさんの発言をみると、(…)Xさんは「皆さんと一緒に働きたい」との意欲は見せつつも、CIOを辞職した場合にY社との間で雇用契約を継続するか否かについては曖昧な発言もしており、CIOの役職を辞して直ちに「チーフ」の職位で働き続ける意向を示したとはいい難い。」
雇用契約を締結し直す合意も成立していない
「さらに、本件拠点長会議においては、Y社代表者との間で、Xさんがチーフに降格する時期や給与額について具体的なやりとりは全くなされていない。新たな雇用契約を締結するに当たり、給与額は重要な労働条件であるところ、(…)Y社の給与規程による給与テーブル(…)によれば、チーフ職の場合でも、その月額給与は等級によって42万円から54万5000円まで幅があるのであるから、仮にXさんがチーフ職に降格することを受け入れたからといって、自動的にチーフ職としての給与額が定まるわけでもなく、給与額に関する具体的な協議のないまま、Xさんの給与を月額50万円として雇用契約を締結し直す旨の合意が成立したと認めることはできない。」
結論
「以上のことからすると、本件拠点長会議において、XさんとY社との間に、Xさんの職位を「チーフ」として給与を月額50万円とする新たな雇用契約が締結されたとは認められない。なお、Xさんは、令和5年4月21日付けの雇用契約書(…)には署名・押印しておらず、同書面をもって新たな雇用契約が成立したということもできない。」
弁護士法人ASKにご相談ください
さて、今回は、CIO(最高情報責任者)の役職を解任された後の処遇変更の有効性が争われた裁判例をご紹介しました。
この事案では、会社側が労働者との間で、労働条件を変更した新たな雇用契約を締結したと主張していたのに対し、裁判所は、会社の主張を退けています。
労働条件は、労働者にとって特に重要な要素です。特に労働条件を労働者に不利益な方向で変更する場合には、労働者との間で真摯な合意が成立しているのかどうかを確認することが大切です。
労働条件の変更や就業規則の変更などについてお悩みがある場合には、弁護士法人ASKにご相談ください。
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