レイシャルハラスメントとは?ハラスメント申告による解雇の有効性【モルガン・スタンレー・グループ事件】
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- 横浜市内でコンサルティング会社を経営しています。当社には多様な国籍の社員がおり、政治的な思想が合わない者もいるようです。会社としてなにか気をつけるべきことはありますでしょうか。
- 一般論として、ある人がどのような思想信条を持っていたとしても、その方の自由です。もっともその思想信条に従った言動が、他人に対する権利を侵害することはありえます。国籍や人種、民族に関する発言がハラスメント(レイシャルハラスメント)にあたることもあります。
発言した本人にそのつもりがなかったとしても、それを受け取った人、それを聞いていた人が人種や民族に関する差別だと感じる場合、思わぬ紛争に発展する可能性があります。会社としてそのような状態を放置すると安全配慮義務違反に問われることも考えられますので、こうしたハラスメントが起きないように対策すること、万が一ハラスメントが起きてしまったときであっても適切に対応することが求められます。
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レイシャルハラスメントとは
職場におけるハラスメントは、各企業が対策を迫られている大きな問題です。
特にパワーハラスメント(パワハラ)、セクシャルハラスメント(セクハラ)、マタニティハラスメントは、3大ハラスメントとして、よく知られています。
この他にも、近年では、カスタマーハラスメントや就活ハラスメントについても話題になることが多いため、耳慣れた言葉になってきたのではないでしょうか。
このような中で、あまり知られていない「レイシャルハラスメント」についても、実は課題として浮かび上がってきています。
レイシャルハラスメントとは、レイシャル(人権)にまつわるハラスメント(差別や嫌がらせ)のことです。言い換えれば、レイシャルハラスメントとは、特定の人種や民族、国籍に関わる不適切な言動のことを指します。
例えば、特定の人種や民族、国籍を理由として暴言を吐いたり、侮辱的な発言をしたり、嫌がらせをしたりすることなどが挙げられます。
この他にも、日本人しかいないことを前提としたような会話をしたり、業務遂行上のミスや考え方を特定のルーツに結びつけて評価することなども、これに当たります。
また、「外国人なのに日本語が上手いですね」といった、一見すると褒め言葉のように思える発言であっても、レイシャルハラスメントとなることがあるため、注意が必要です。

裁判例のご紹介(モルガン・スタンレー・グループ事件/東京地裁令和6年6月27日判決)
さて、今回は、職場におけるレイシャルハラスに関する申告後の解雇の有効性が争われた裁判例をご紹介します。
どんな事案か?
本件は、Xさんが、ハラスメントにかかる調査結果を受け入れず、Y社の命令や指導に従わず、Y社やその関係会社の経営陣に対し、メールを送信するなどしたことを理由として、2020年9月7日付の譴責処分を受け、2021年1月20日に、同年2月28日をもって普通解雇とする旨の意思表示を受けたところ、かかる解雇は無効であると主張し、Y社に対し、労働契約上の権利の地位を有する地位にあることの確認などを求めた事案です。
何が起きたか?
当事者(XさんとY社について)
Y社について
Y社は、MSMS(モルガン・スタンレーMUFG証券(株))の業務に従事する従業員等を雇用するための会社であり、MS米国本社(モルガン・スタンレー米国本社)と資本関係があり、MSMSの業務に従事する者は、Y社と雇用契約を締結して、MSMSに出向していました。
Xさんについて
Xさん(韓国(大韓民国)国籍の男性)は、2007年9月3日、Y社と労働契約を締結し、MSMSにアソシエイトとして出向しました。そして、資本市場統括本部(GCM)に配属され、GCMの一部門である債券資本市場部(FICM)に配属されました。
Xさんは、2008年12月1日にヴァイス・プレジデント(VP)に昇進し、2011年1月1日にエグゼクティブ・ディレクター(ED)に昇進しました。
Xさんの2017年から2019年までの報酬は年平均1億円程度で、MSMSのGCMのED 12名の上位6名に入っていました。

エグゼクティブディレクターをしています。マネージングディレクターへの昇進を目指しています。
MSMSの役職
MSMSのGCMの2020年3月31日当時の社員数は39名であり、そのうち最上位のマネージング・ディレクター(MD)は6名、その下のEDは12名、その下のVPは4名でした。MDの報酬はEDより相当高額であり、年額100万ドル以上といわれ、MSMSの従業員715名のうちMDは51名、MDの占める割合は約4%でした。
Y社における昇進の取り扱い
MSMS従業員のEDからMDへの昇進は、GCMや債券統括本部(FID)などといった全世界的な所属部門ごとに判断されていました。
MSMSのMDやEDの昇進や報酬は、所属部門の上げた収益を基準として、当該部門の従業員全員のコストやヘッドカウント(職位ごとの人数)が配分された後、配分されたコストやヘッドカウントの範囲内で、従業員それぞれの実績や期待値等に応じて各従業員の職員や報酬が決定されていました。
新たにMDが配置されたり、MDに昇進する者がいたり、当該MDが収益を上げないと、相対的に他のEDの MDへの昇進可能性は低くなり、報酬も抑えられる仕組みとなっていました。
MSMSのGCMでは、MDへの昇進は、各拠点のGCMの責任者やGCMグローバルのCOO、GCMのグローバル責任者等約20名で構成されるGCMグローバルMD昇進委員会(MD昇進委員会)において、候補となった全世界のED数十名について、昇進の可否が検討・決定されていました。
Xさんの昇進の否決
Fさんは、Y社のGCMの責任者(本部長)であり、2011年6月からMSMSの取締役を務めており、2008年途中からXさんの上司となりました。
Fさんは、2013年から2017年まで、MD昇進委員会にXさんをMDに連続して推薦していましたが、いずれの年もMD昇進委員会でXさんの昇進が否決されていました。
これらに関して、Xさんは2013年以降、Fさんから推薦した理由や否決された理由のフィードバックを受けていました。

上司のFさんから、MD昇進の推薦をしてもらっていましたが、昇進委員会で否決されていました。
ハラスメントの申告
Xさんは、2020年3月13日、Y社人事部のEさんに対して、口頭でFさんから人種的ハラスメントを受けている旨を申告しました(本件申告)。そして、同月16日、メールで、8年間のFさんによる人種的ハラスメント及び4年間の異常な人事について調査と説明を求めました。
また、Xさんは、同メールでFさんがオフィスのXさんの席の近くで、韓国に対する不満や政治的見解を積極的に表明したことは、不適切で侮辱的であることを伝えるとともに、Xさんが2015年の高収益にもかかわらず、2016年MDに昇進できなかったことや、GCMにFIDからK MDが配属されるといった異常な人事により、極度のストレスで眠れない夜が続いた、などと記載していました。

上司のFさんから、人種的ハラスメントを受けています。Fさんは韓国に対する不満や政治的見解を表明していますが、非常に不愉快です。
調査チームによる調査
Y社は、MS香港法人所属のアジア地域のER(従業員からの苦情申立調査担当)の責任者であるAさん、Y社人事部のA1さんらを調査チームとして組織し、2020年3月25日にXさんから事情聴取を行いました。
Aさんは、事情聴取に先立ち、Xさんに対して秘密保持契約書の書式を送付しました。
Xさんは、本件秘密保持契約書に対して同意したものの、署名したPDF文書をAさんに送付することはありませんでした。
その後、同年4月29日、AさんはXさんの質問(処分対象行為①)に対して、本件について誰にも話をしないように伝えました。

会社から事情聴取を受けた際、秘密保持契約書にサインしました。
Xさんに対する事情聴取の内容
事情聴取の際、Xさんは、Aさんに対して、Fさんから受けた人種的ハラスメントに係る発言の際にXさんが感じた恐怖・不快感等を伝え、当時同席していた可能性のある同僚の名前や、友人や元同僚等に出来事を伝えたりチャットしていたことなどを述べて、発言を聞いていた可能性がある元同僚や秘書への事情聴取やチャットの検索を依頼しました。
《Xさんの主張していた人種的ハラスメント》
※なお、Xさんが主張していたFさんによる人種的ハラスメントの内容は以下の通り5つの発言でした。
- 2012年8月、韓国の李明博大統領が竹島に上陸したり天皇は韓国に謝罪すべきだと発言した件について、FさんはXさんの席の近くに来て「天皇を侮辱すべきではない」旨の発言をした。
- 2014年の東京都知事選に関し「自分は田母神俊雄に投票した。田母神じゃなかったらどのように東京を中国人と韓国人から守ることができるんだ」旨の発言をした。
- 2018年の元徴用工に関する韓国大法院判決に関し「日韓請求権協定を尊重すべきだ、むしろ、韓国が日本に支払をすべきだ」などと発言した
- 2019年1月31日に韓国の海軍が日本の海上自衛隊の哨戒機にレーダーを照射したことについて「どうにかしてくれ。君の先輩だろ」旨の発言をした
- 2019年5月31日、韓国大法院が日本企業に徴用工に対する損害賠償を命じた判決に対する韓国の文在大統領の対応について、「日本はいったいどうすればいいんだ、韓国はなにをどうしてほしいんだ」などと発言した
この事情聴取において、Xさんは、調査チームに対して、MDへ昇進しなかったことは差別であると主張してはいなかったものの、FさんがXさんを辞めさせて、Xさんの収益の上がる業務をK MDに与えようとしているなどと述べました。

Fさんは、私を辞めさせて、Kさんに収益の上がる業務を与えようとしています!
その後の経過
Xさんに対する事情聴取後の事情は以下のとおりでした。
時期 | 内容 | 概要 |
3月25日〜4月29日 | 調査チームが調査を実施。Xさんの主張する5発言について、Fさんら3名から事情聴取を行う(ただし、元同僚や秘書などからの聴取は実施せず)。 | |
6月2日 | XさんがMS米国本社のL1CEOにメールを送信し、自分がFさんから人種的ハラスメントを受け、会社に調査を要請したこと、会社はハラスメントはなかったという結論に至ったこと、GCMの責任者から説明する必要はない旨の返事がきたことについて、CEOの考えを聞かせてほしい等と記載した。 | 処分対象行為② *なお、このメールは、Aさん、A1さん、Eさんなどにも同報された。 |
6月3日 | XさんがMS米国本社のGCM席にねhさのOさんに対してメールを送信し、Fさんの人種的な発言や差別と考えられる扱いについて適切な説明を受けない限り、差別は許されない旨のOさんのメールの記載は信じられない、K MDの人事についてXさんに説明するよう再考して欲しいなどと伝えた。 | 処分対象行為③ |
6月3日17時過ぎ | Xさんが、Fさんに対してメールを送信した。 | 処分対象行為④ *なお、このメールはEさんにも同報された。 |
6月4日 | 人事部長のBさんが、Xさんに電話で、L1CEOに依頼された調査を行ったところ、本件申告に関して行われた調査は満足すべきものであること、Bさんが会社を代表しており、この件について会社はこれ以上の説明をXさんに対してはしないことを伝えた。 Xさんは、調査結果は受け入れられないと述べ、もう一人の上司であるPさんにFさんの言葉のハラスメントを伝えたいと述べたところ、Bさんは、Xさんに対して、本件申告に関する事項について、他のものと話さないよう命じた(B人事部長命令)。 | |
6月10日 | MSMSの勤務弁護士であるCも、Xさんからメールを送信されたことを受けて、上記と同趣旨の通知を行った(C弁護士通知)。 | 処分対象行為⑤(C弁護士へのメール) |
6月19日 | Xさんが、D人事部長にメールで、モルガン・スタンレーの元従業員で人種差別を理由に訴訟を提起したO1さんに連絡したい、これが行為規範に反するかを確認したいと連絡した。 | 処分対象行為⑥ |
7月8日 | Xさんが、MSMSのGCMのECMの共同責任者であるP1MDに対し、対面で、Fさんの言葉によるハラスメントとK MDに関するFさんの非合理的な説明でXさんが苦しんだことを話した。 | 処分対象行為⑦ |
7月9日 | Xさんが職場に復帰し、Fさんの部屋において、Fさんに対し、本件申告に関する話をした。 | |
7月9日 | Xさんが、米国本社のISGのグローバル・ヘッドであるQ1さんに対し、メールで、Xさんが主張する上記5発言、K MDの人事及びこれによる被害について具体的に伝え、Xさんが傷病休暇をより療養していること、日本では韓国民族に対する長年の差別の歴史があること等を訴えた。 | 処分対象行為⑧ |
7月10日 | Xさんが、MSMSのF1社長、MS米国本社経営委員のN1さん、MS韓国法人の責任者、MS香港法人のPに対し、Q1さんに送ったものと同じ旨のメールを送信した。 | 処分対象行為⑨及び追加解雇理由①〜③ |
7月10日 | Bさんが、Xさんに対し、就業しつつ本件についてのメールを送り続けることは容認できないこと、これは正式な通知であること、本件秘密保持契約書の本質はXさんが話さないことであり、調査で話したことは留めておかなければならないことを伝えた。 これに対して、Xさんは、再び、Bさんと話すまで、メールは送らない旨述べた。 | |
BさんがXさんに対して、退職のオプションについて、会社の提案は117万ドルであると述べた。 これに対して、Xさんは、受け入れることはできず、モルガン・スタンレーに十分な痛みをもたらし、ハラスメントが続く心配が内容、メディアに出ることもできるなどと伝えた。 | 処分対象行為⑩ | |
7月14日 | Xさんは、F1社長がMSMSの全MD、ED、VPに対して周年行事に関して送ったメールの質問用リンクを利用し、同日、F1社長に対して、7月10日のメールの返答を待っている旨を送った。 | 処分対象行為⑪ |
7月14日 | Xさんが、30人のMDに連絡する予定であるとBさんに伝えた | 処分対象行為⑫ |
7月15日 | D人事部長がXさんに対し、Xさんが人事部による調査結果を受け入れず、メールを送り続けたこと、Xさんが、30人のMDに連絡する予定であるとBさんに伝えたことは、「行動規範に違反し、当社の業務への明かに容認できない妨害であり、特定の個人の名誉毀損の可能性がある。これは、あなたへの公式の警告である。この警告にかかわらず、あなたがあなたの主張に関して、BまたはD人事部長以外の誰かに電子メールを送信するか、他の手段で連絡した場合、当社はあなたに対し、解雇を含む正式な懲戒処分を行う。当社は、更に、あなたが、あなたの申立てに関して、上記の者以外に連絡しないことに同意するまで、仕事を提供する義務から開(ママ)放することを決定した。給与は引き続き支払われ、会社から連絡があった場合は対応する義務がある。この期間中、システムへのアクセスは停止する」との警告書を発出した。 | |
8月4日 | Xさんが、C弁護士に対し、ハラスメント等についてL1CEOやOさんらに連絡をとり、さらに韓国のMDや経営メンバー等に連絡をとることを伝えた。 | 処分対象行為⑬ |
8月19日 | Xさんが、Bさんにメールで、Xさんを職場から切り離したことについて抗議し、FさんがXさんに対して行った発言はハラスメントであること、Fさんが日本のモルガン・スタンレーのダイバーシティ&インクルージョン評議会のメンバーであることは恥であること、本件警告書には署名せず、まず韓国のMDに連絡を行い、その後C弁護士に提供したリストに記載された連絡先に連絡すると伝えた。 | 処分対象行為⑭ |
8月29日 | Xさんが、L1CEOの参謀者であるQさんに対して、メールを送信した。 このメールは、L1CEO、Q1さん、N1さん、F1社長にも同報されていた。 | 処分対象行為⑮ |
Xさんの行為は、秘密保持契約に違反しています!

Y社による譴責処分
上記のような経緯を踏まえ、Y社は、2020年9月7日、Xさんに対して、就業規則45条1項に基づき、業務命令及び会社のルール、ポリシー、原則に違反したとして、書面による譴責処分を行う旨の意思表示を行いました。
本件処分の通知書には、本件警告書にさらに違反した場合には、解雇を含む懲戒処分の対象となることが記載されていました。
Y社による解雇
その後、Y社は、2021年1月20日、Xさんに対して、同年2月28日をもって普通解雇とする旨の意思表示を行いました。
訴えの提起
そこで、Xさんは、Y社による解雇は無効であると主張し、Y社に対し、労働契約上の権利の地位を有する地位にあることの確認などを求める訴えを提起しました。

争われたこと(争点)
本件では、
①そもそも本件秘密保持契約書が有効であるかどうか?
(※処分対象行為①~⑮が、本件秘密保持契約書の合意に基づく守秘義務に違反したことを懲戒事由とするものであるため、前提として問題となりました。)
②Y社による本件譴責処分が有効であるかどうか?
③Y社によるXさんの解雇の有効であったかどうか?
④Xさんの本件申告についてのY社の調査・判断が不法行為に当たるかどうか?
が争われました。
裁判所の判断
裁判所は、上記の各争点について、以下のとおり判断しました。
争点 | 裁判所の判断 |
---|---|
①秘密保持契約書が有効か? | 有効である |
②譴責処分が有効か? | 有効である |
③解雇が有効か? | 有効である |
④Y社の調査・判断は不法行為か? | 不法行為ではない |
裁判所はなぜこのような判断に至ったのでしょうか?
以下、本判決のポイントをご紹介します。
判決のポイント①秘密保持契約書の有効性
裁判所は、調査チームからXさんに対して、「本件秘密保持契約書の目的が、調査中の情報漏洩・情報交換によって情報が歪められるのを防止することのみならず、情報漏洩による関係者に対する報復・嫌がらせなどを防止し、もって関係者に安心して調査に応じさせ、調査の真実性・信頼性を高めることであることが説明されている」こと、また、「後者の目的は、調査中の守秘義務のみでは果たせないことは明らかであるから、本件秘密保持契約書に基づく守秘義務は、調査終了後にも及ぶと当然理解できる」ことからすれば、「本件秘密保持契約書の合意に基づく守秘義務は、調査期間中のみならず調査終了後にも及ぶものであり、調査の内容のみならず本件申告の被害事実を含む」ものであるとして、本件秘密保持契約書の有効性を認めました。
判決のポイント②譴責処分の有効性
処分対象行為①~⑮は有効な業務命令である
その上で、裁判所は、処分対象行為①~⑮は、Xさんに対して、「Xさんに対し、本件申告の被害事実、Y社がこれを調査した事実及びY社の調査結果(以下「本件申告の被害事実等」という。)を、調査担当者及び人事担当者(以下「人事担当者等」という。)以外の者に伝達しないよう求める業務命令及びこの業務命令に従うよう求める注意指導」であり、「不当な目的ではなく、業務上の必要性があり、Xさんに著しい不利益を与えるものではない」ため、有効であると判断しました。
Xさんの違反行為は懲戒事由に該当する
そして、裁判所は、「本件秘密保持契約書の合意は有効であり、かつ、Xさんに対し、本件申告の被害事実等を人事担当者等以外の者に伝達しないよう求める業務命令は有効であるから、これらに違反する行為は、就業規則45条本文の懲戒事由(会社の業務命令違反、秘密情報を不当に漏らす行為)に該当し、原則として懲戒処分の対象となると解される」と示しました。
処分対象行為①、⑤、⑥は懲戒事由には該当しない
もっとも、裁判所は、処分対象行為①、⑤、⑥は、本件申告の調査担当者、C弁護士、D人事部長に、自らの伝達行為の可否について事前に問い合わせたものであり、制止に従ってその時点においては伝達行為を行なっていないことから、「本件秘密保持契約書の合意やY社の業務命令に違反する点はなく、懲戒事由に当たらない」と判断しました。
処分対象行為②〜④、⑦〜⑨、⑪は懲戒事由に該当する
他方で、裁判所は、処分対象行為②〜④、⑦〜⑨、⑪は、本件秘密保持契約書の合意やAよる命令、Y社の業務命令等に違反するものであり、「就業規則45条本文の懲戒事由に該当する」と判断しました。
本件譴責処分は有効である
したがって、裁判所は、上記の検討等を踏まえて、本件譴責処分が有効であると判断しました。
(※なお、本判決では、Xさんによる本件申告の被害事実に公益通報者保護法の「通報対象事実」が含まれることを踏まえて検討も行われましたが、処分対象行為①〜⑮(①、④、⑤、⑥、⑨、⑩、⑪を除く)は、「〈ア〉これにより伝達した通報対象事実等は、真実と認められず、真実と信じるに足りる相当な理由があるといえる根拠がなく、特に、YMDの人事に関し不合理な説明がされた事実及び昇進差別の疑いについては根拠が全くなく、〈ウ〉手段方法が相当であるとは全くいえず」「不正の目的が認められないとしても、違法性が阻却されるとはいえ」ないとされています。
判決のポイント③解雇の有効性
Xさんの解雇理由となる行為
まず、裁判所は、解雇理由となる行為として、処分対象行為(①、④〜⑥、⑨〜⑪を除く)という懲戒事由に該当する行為を繰り返し、また、追加懲戒理由①〜③(7月10日、MS米国本社のダイバーシティ&インクルージョン責任者、MSA国法人のMD(及びアジア地域のGCM責任者に対し、メールで、本件申告の被害事実等について伝達した)を行ったことなどを認定しました。
Xさんの行為は解雇理由に当たる
そして、裁判所は、Xさんは本件処分において警告書に違反した場合には解雇を含む処分の対象となることを警告されていたにもかかわらず、処分対象行為⑯を行っており、これらの行為は、「本件秘密保持契約の合意及び業務命令に違反する行為であり、企業秩序を乱すほか、Y社における苦情申立ての調査の秘密に対する信頼を失わせ、今後の同調査における真実発見を阻害し、正常な苦情申立てを抑制し、Y社の事業に支障を生じさせ」、また、Y社の「関連会社であるMS米国本社の経営陣に対する誹謗中傷、攻撃であり、経営陣の業務を妨げ、事業に支障を生じさせる」ものであることから、「就業規則(…)の解雇事由に該当する」と判断しました。
解雇には客観的合理的な理由があり社会通念上相当である
その上で、裁判所は、Xさんの各言動等に照らせば、「Xさんを職場に戻し、業務に従事させると、Xさんが、モルガン・スタンレー・グループのシステムを通じてメールで又は対面で、モルガン・スタンレー・グループの経営陣及びMDら従業員に対し、本件申告の被害事実等及びモルガン・スタンレー・グループの経営陣がハラスメントの被害者の口を塞ごうとしており、これに逆らうと処刑されるなどといったXさんの主張を再度伝達するおそれが客観的にあるといえ」、「これによる業務の支障を回避するためには、今後、Xさんを職場に戻すことはできず、解雇するよりほかはないといえる」ことから、本件解雇には、客観的合理的な理由があり、社会通念上相当であると判断しました。
判決のポイント④Y社の調査・判断の不法行為該当性
Y社は雇用管理上必要な措置を講ずる義務がある
まず、裁判所は、Xさんによる「本件申告は、人種的なハラスメントという重大な人権侵害を含むものであるから」、使用者であるY社としては、「Xさんの相談に応じ、雇用管理上必要な措置を講じる義務がある」としました。
Y社の調査・判断に違法性はない
その上で、裁判所は、
- ・本件申告に関するY社の調査の範囲や証拠の評価について違法があるとはいえない
- ・Fさんの発言について、AがXさんの要求するチャットの開示を拒絶した行為も違法とはいえない
- ・調査チームが、Fさんに対する懲戒に関するXさんの質問に経営陣が必要な措置を取る旨以外を伝えなかったことやFさんが反省していたことを伝えなかったこと、Xさんに本件秘密保持契約書に同意させたことなども違法とはいえない
- ・A命令、B人事部長命令、C弁護士通知、本件警告書なども違法とはいえない
などとして、Y社の調査・判断に違法性はなく、不法行為は成立しないと判断しました。
ハラスメントの申告を受けた場合には慎重に対応を
今回ご紹介した裁判例では、Xさんによるレイシャルハラスメント(人権的ハラスメント)に関する申告をめぐり、Y社が行なった譴責処分や普通解雇の有効性が争われました。
この点、本判決は、人権的ハラスメントに関する申告について、「重大な人権侵害を含むものである」ことから、労働者の「相談に応じ、雇用管理上、必要な措置を講ずる義務がある」と示しています。
会社の運営上、従業員からハラスメントに関する申告がなされることもあります。レイシャルハラスメントだけでなく、ハラスメントは被害者らの尊厳等を傷つける重大な問題です。従って、このような場合には、本判決が示すように、使用者として、当該従業員を含む関係者のプライバシーに注意を払いながら、事情聴取を含む必要な対応を適時・適切に行う必要があります。
「うちの会社にはハラスメントなんてあるはずないよ」「そんな大事にはならないはず」などと安易に考えることは危険です。ハラスメントの申告を受けた場合には、くれぐれも慎重に対応を行なうよう注意しましょう。
弁護士ASKにご相談ください
近年ハラスメントに関する規制がますます厳しくなっています。
ハラスメントに対する知識、理解を深め、常に意識をアップデートしていくことが大切です。
また、上述の通り、従業員からハラスメントの申告を受けた場合には、速やかに対応策を検討し、調査等を行う必要があります。
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職場におけるハラスメントについてお悩みがある場合には、弁護士法人ASKにご相談ください。