労働問題

解雇撤回したのに就労意思を喪失していた?【フィリップス・ジャパンほか事件】

当社は、横浜市内でコンサルティング会社を経営しています。このたび、パフォーマンスが上がらない従業員を解雇したところ、その従業員から解雇無効を理由に従業員の地位確認請求訴訟を提起されました。当社としてはもろもろの事情を考慮し、解雇を撤回することにしたのですが、どうやらこの従業員は、当社の解雇後に再就職をしていたようなのです。しかも、当社よりも待遇がいいとのこと。これはもはや復職の意思がないのではないかとおもうのですがどうでしょうか。
会社が従業員を解雇したときであっても、その解雇について、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められないような場合には、解雇が無効とされることがあります。したがって、いったん解雇を実施したとしても、解雇無効が見込まれるときには、その解雇を撤回して復職の命令をすることがあります。
ただ、既に当該従業員が別の会社に就職しているなど、もはや復職の意思がないと考えられるケースもあり、その場合、従業員の地位の確認の根拠を失っているのではないかと思われることもありえます。ただ、「一般に、解雇された労働者が、解雇後に生活の維持のため、解雇後直ちに他の就労先で就労すること自体は復職の意思と矛盾するとはいえず、不当解雇を主張して解雇の有効性を争っている労働者が解雇前と同水準以上の労働条件で他の就労先で就労を開始した事実をもって、解雇された就労先における就労の意思を喪失したと直ちに認めることはできない。」と考えられており、その他諸々の事情を併せて総合的に復職意思を考慮することになります。
詳しくは企業側労働問題に詳しい弁護士法人ASKにご相談ください。

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解雇には一定の制限があります

解雇とは、使用者側が一方的に労働者との間の労働契約を終了させることです。
契約自由の原則の下で、使用者はいつでも権利として、従業員を解雇できると思われるかもしれません。

しかし、解雇は、いつでも使用者が自由にできるというものではありません。
具体的には、その解雇について、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められないような場合には、解雇が無効となってしまうのです(労働契約法16条)。

また、この他にも、使用者は就業規則に解雇事由を定めておく必要があり、解雇の有効性が争われる場合には、解雇事由の該当性が問題になることがあります。
さらに、使用者は、例外的な場合を除いて、解雇をするにあたり、少なくとも30日前には解雇することを労働者に予告しなければならず(この予告がされないときには、労働者は30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払う必要があります)、これを欠いてしまうと手続違反となってしまいます。

このように解雇をめぐっては複雑なリスクが潜んでいます。
従業員の方の解雇をお考えの場合には、弁護士法人ASKにご相談ください。


裁判例のご紹介(フィリップス・ジャパンほか事件・東京地裁令和6年9月26日判決)

さて、今回は、解雇後に使用者側から解雇が撤回されたところ、その社員は、すでに別の会社で再就職していたという事案において、当該社員が就労意思を喪失したといえるのか?が争われた裁判例をご紹介します。

*労働判例2025.11.01(No.1337号)48ページ以下参照*

どんな事案?

この事案は、Y社に雇用されたXさんが、Y社から能力不足を理由として令和4年1月15日限りで解雇されたことにより、Xさんが同日以降にY社で労務を提供することができなかったと主張して、Y社に対し、月例賃金の支払いなどを求めた事案です。

何が起きた?

当事者について

Y社は、医療用機器の販売等を主たる事業とする株式会社です。
Xさんは、平成28年9月20日、期間を定めずに、Contract Specialist(パラリーガル、コーポレートグレード40)としてY社に採用されました。
丙川さんは、令和2年2月にY社に入社した弁護士であり、同月からY社の法務コンプライアンス部の部長であり、Xさんが育児休業からY社に復帰した当時、Xさんの上長でした。また、丁田さんは、令和3年12月当時、Y社の人事本部長でした。

Xさん
Xさん

Y社にパラリーガルとして働いていました。

Xさんの上長で弁護士です。

丙川さん
丙川さん

XさんとY社との間の雇用契約の締結

Xさんは、平成28年9月20日、Y社との間で、期間の定めのない雇用契約(本件雇用契約)を締結しました。

Xさんの休職前の業務等

Xさんは、本件雇用契約を締結後、平成28年10月16日から、Y社の法務部において、パラリーガルとして業務を開始しました。(*なお、Y社の法務部には、リーガルカウンセルとパラリーガルの職位があり、リーガルカウンセルは、パラリーガルより上位の職位でした。)
Xさんの休職前の業務は、社員向けのリーガルトレーニングや、コピークリアランス(製品のパッケージが不当景品類及び不当表示防止法等の法規上、問題がないか否かのチェック)など多岐にわたっていましたが、法務部のグループメールアドレスである「Contract SME」及び「Japan Legal」にて受信する契約書の検討をすることが主な業務でした。

Xさんの休職

Xさんは、令和元年9月10日、司法試験に合格し、同年11月から司法修習のため、同修習修了まで、Y社においてEducational Leaveを取得し、Y社を休職しました。
Xさんは、司法修習を経て、令和2年12月、司法修習生考試に合格しました。
また、Xさんは、司法修習中に第一子を懐妊したことから、同月からEducational Leaveに続けて、Y社において産前休暇を取得し、令和3年2月1日に第一子を出産し、産後休暇及び育児休業を取得した後、同年5月1日にY社に復職しました。
なお、Xさんは、同復職と同時期に、東京弁護士会に弁護士登録をしました。

Xさん
Xさん

司法試験に合格したため、司法修習のために休職しました。その後、産前休暇、育児休暇を経て、復職しました。

Xさんの復職と本件解雇に至るまでの経緯

Xさんは、令和3年5月1日にY社に復職し、Y社の法務コンプライアンス部で業務に従事しました。
しかし、Xさんは、令和3年6月4日、丙川さんから、このままのパフォーマンスではY社にいるのは厳しいので、年末に向けて向上の必要があるとして、法律事務所に転職する方がXさんのためであるなどと伝えられました。
そして、丙川さんは、令和3年7月5日、Xさんに対し、パフォーマンス・インプルーブメント・プラン(PIP)を実施する旨を通知しました。
実際に、Y社において、Xさんに対するPIPは令和3年7月頃から同年11月頃まで行われ、Xさんと丙川さんとの間では、1か月ごとに合計4回にわたってPIPのフィードバック面談がウェブ会議の形式で行われました。

Xさん、いまのままのパフォーマンスでは厳しいですよ。PIPを実施します。

丙川さん
丙川さん

Y社による本件解雇

Y社は、令和3年12月13日、同日付けの解雇通知書をもって、Xさんに対し、
・Y社の就業規則59項(2)「技能または能率が極めて低く、かつ上達または回復の見込みが乏しいか、もしくは他人の就業に支障をおよぼす等、現職または他の職務に就業させるに著しく適さないと認めたとき、または勤務成績が劣悪であるとき」
・Y社の就業規則59項(8)「その他前各号に準ずる事由があるとき」
に該当する事由があるとして、Y社の就業規則60項に基づいて、Xさんを令和4年1月15日限りで本件解雇とする旨の解雇予告をしました。
そして、Y社は、令和4年1月15日、Xさんを本件解雇としました。
なお、本件解雇の前月である令和3年12月のXさんの月例賃金額は、基本給41万2200円、みなし勤務手当10万3100円の合計51万5300円でした。

Xさん、解雇します。

Y社
Y社

解雇無効の訴え(本件訴え)

この解雇予告を受けたXさんは、本件解雇に先立つ令和4年1月12日、東京地方裁判所に対し、Xさんの能力不足を理由とした本件解雇が無効であることなどを主張して、Y社に対する地位の確認や解雇後の月例賃金の支払いなどを求める訴えを提起しました。

Xさん
Xさん

Y社の解雇は無効です!

その後のXさんの再就職

その後、Xさんは、令和4年3月1日、業務内容をコアビジネスサービス業務とするA社に入社しました(現在も同社に勤務)。

Xさんは、A社での業務を開始した後、第二子を懐妊したことから、令和5年7月6日からA社において産前休業を取得し、同年8月4日に第二子を出産し、同月5日から同年9月29日まで産後休業を取得しました。また、Xさんは、産後休業中の同年8月22日、同年9月30日から令和6年8月3日までの期間、育児休業の取得を申請し、実際に同年9月30日からA社において育児休業を取得していましたが、上記申請した育児休業期間の途中である令和6年4月1日に、同社に復職しました。

Xさん
Xさん

A社に再就職しています。

Y社による本件解雇の撤回

ところが、Y社は、令和6年2月7日、「本日付で、貴殿に対し2022年1月15日付で通知された解雇を撤回し、法務コンプライアンス部リーガルスタッフの職務への復職を命ずる。勤務開始日を、貴殿の希望する育児休業期間の終了日の翌日と定める。」などと記載された同月5日付けの復職命令通知書をもって、Xさんに対し、本件解雇を撤回し、Y社に復職することを命じました。

Xさん、解雇を撤回するので復職を命じます。

Y社
Y社

解雇無効の訴え(本件訴え)の一部取下げ

そして、Y社は、同年5月30日、Xさんに対し、本件解雇から令和4年2月末日分までのXさんの未払賃金及び遅延損害金として合計83万5024円を支払いました。
そこで、Xさんは、令和6年7月18日、Y社に対する本件訴えのうち、地位確認請求と令和4年1月から同年2月までの賃金の支払請求については取り下げをしました。

問題になったこと(争点)

Y社の主張

この裁判において、Y社は、Xさんが本件解雇後、令和4年3月1日にA社に就職した時点で、XさんはY社に対する就労意思を喪失しており、これによってXさんとY社との間では黙示の退職合意が成立した、と主張していました。

X社の反論

他方で、Xさんは、令和6年1月31日までは、Y社での就労意思を有していた、と反論していました。

裁判で問題になったこと(争点)

そこで、この裁判では、Xさんが、令和4年3月1日にA社に就職した時点で、Y社に対する就労意思を喪失していたのかどうか?(あるいは、XさんとY社との間で黙示の退職合意が成立していたといえるのか?)が問題(争点)になりました。

*なお、その他の争点については、本解説記事では省略しています。


裁判所の判断

この点について、裁判所は、令和4年3月1日時点でXさんがY社への就労意思を喪失していたとはいえない、としてY社の主張を排斥しました。
ただし、Xさんは、令和6年1月31日をもってY社における就労意思を喪失したことについては認めていたことから、Xさんが同日をもって就労意思を喪失し、Y社による本件解雇の撤回に先立つ同日時点で、XさんとY社との間での黙示の退職合意が成立していた、と判断しました。(控訴)


本判決の要旨(ポイント)

以下では、本判決の要旨をご紹介します。

本件訴訟に至る経緯

「(…)Xさんは、令和4年3月1日に、賃金月額77万9200円、所定労働時間7時間などの労働条件でA社に就職したものであるが、一般に、解雇された労働者が、解雇後に生活の維持のため、解雇後直ちに他の就労先で就労すること自体は復職の意思と矛盾するとはいえず、不当解雇を主張して解雇の有効性を争っている労働者が解雇前と同水準以上の労働条件で他の就労先で就労を開始した事実をもって、解雇された就労先における就労の意思を喪失したと直ちに認めることはできない。(…)これらの事実に加え、第一子の保育園への入所ができないとXさん自身がずっと仕事に復帰することができなくなってしまうので、何でもよいから職を探していた旨のXさんの供述(…)を併せて考慮すると、Xさんにおいては保育園の入所資格を確保し自らの職歴を確保するとの観点から直ちに就職活動を行う必要性に迫られ、その就職活動の結果として、A社への就職が決まったと認めるのが相当であるから、たとえ賃金額や所定労働時間に関してA社での労働条件がY社よりも良好なものであるとの評価をし得るとしても、Xさんにおいて、A社に就職した時点で、Y社への就労意思が喪失したものとは認め難い(…)。

したがって、XさんがA社に就職した令和4年3月1日時点で、XさんのY社への就労意思を喪失していたと認めることはできない(…)。

以上によれば、令和4年3月1日時点でXさんがY社への就労意思を喪失したなどとするY社の主張を採用することはできない。もっとも、Xさんは、令和6年1月31日をもって就労意思を喪失したと自認しており、遅くとも同日の時点では、XさんがY社への就労意思を喪失したことについて当事者間に争いがないので、同日をもっての就労意思の喪失と、Y社による本件解雇の撤回に先立つ同日時点で、XさんとY社との間での黙示の退職合意の成立を認めるのが相当である。」

弁護士法人ASKにご相談ください

さて、今回は、解雇後に使用者側から解雇が撤回されたところ、その社員は、すでに別の会社で再就職していたという事案において、当該社員が就労意思を喪失したといえるのか?が争われた裁判例をご紹介しました。

冒頭でもご説明したとおり、従業員の解雇をする場合には、解雇に潜む様々なリスクを考慮する必要があります。仮に手続違反をしてしまったり、実質的な理由がないまま解雇をしてしまったりすると、解雇が無効になってしまいます。

従業員とのトラブルを未然に防止するためにも、解雇を検討する場合には、事前に弁護士に相談することがおすすめです。
解雇についてお悩みがある場合には、弁護士法人ASKにご相談ください。

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