労働問題

芸能事務所の専属マネジメント契約は労働契約に当たる?【ファーストシンク事件】

近年、いわゆる“芸能人”の権利について問題提起がなされることが増えてきました。
多くの芸能人は、個人事業主である場合が多く、芸能事務所とは、たとえばIT業界におけるフリーランスと会社の契約関係と同じように、業務委託契約の形がとられています。
業務委託契約では、契約当事者は対等な立場にあるとされるため、このような契約が締結されている場合には、芸能人は「労働者」ではないことになります。

しかし、実際には、芸能人が芸能事務所の指揮監督命令下に置かれているケースが多く、単に芸能事務所が労働関係法令の適用を免れるために、業務委託契約の形だけがとられていることもあります。
これまでの裁判例においても、芸能人の労働者性が争われた事案はありますが、これらは氷山の一角にすぎず、泣き寝入りしている芸能人も数多くいると考えられます。

さて、今回は、そんな芸能事務所の専属マネジメント契約が労働契約に当たるか否かが問題となった事件を取り上げます。

ファーストシンク事件・大阪地裁令和5.4.21判決

事案の概要

本件は、芸能事務所であるX社が、Yさんが専属マネジメント契約上の義務違反を5回行ったとして、同契約で約定した違約金から未払報酬を控除した金員の支払いを求めたのに対し、Yさんが、本契約は労働契約であると主張し、未払賃金の支払い等を求めた事案です。

事実の経過

X社とYさんの契約について

X社は、タレントの育成・マネジメント等を業とする会社でした。
Yさんは、X社に専属し、同社のマネジメントやプロデュースを受ける男性アイドルグループAのメンバーでした。
平成31年1月5日にX社とYさんが締結した専属マネジメント契約には、Yさんが2条1項、4項、10条12号、18条1項、2項のいずれかに違反した場合、YさんはX社に対して、本条2項の損害賠償とは別に、違約金として、1回の違反につき、200万円を支払わなければならない旨の規定がありました(本件違約金条項)。

Bさんによる指示

Bさんの地位

X社代表者と友人関係にあり、建設会社の代表取締役でもあるBさんは、X社の役員でも従業員でもありませんでしたが、グループAのメンバーからは、「B社長」という呼称で呼ばれていました。
Bさんは、X社代表者の依頼を受け、グループAの芸能活動に協力し、人脈を駆使してグループAの仕事をとってきたり、グループAの宣伝活動を行ったり、グループAのメンバーに指示を出したりしていました。

アニバーサリーライブに向けた指示

また、Bさんは、令和2年2月28日に開催されるグループA結成6周年のアニバーサリーライブにレコード会社を招待しており、同ライブを成功させて、レコード会社との契約に持ち込もうと考え、客として500人を動員させることを目標とすることをメンバーに伝え、そのために1日8時間、週6日間活動することを要請しました。
これを受けて、メンバーは路上ライブをやったり、チケットの手売りをしたりするなど、アニバーサリーライブで500人を集客するための活動を行いました。

Yさんの活動

また、メンバーのYさんは、Bさんの提案により、真冬にふんどし一丁で滝行をしたり、中国語の勉強が進んでいないとしてYさんが上半身裸の上にザリガニを乗せられたりするなどの罰ゲームを受け、これらの内容がユーチューブの動画として撮影されました。

Yさんの脱退の意思表示

Yさんは、令和元年12月23日、メンタルクリニックを受診し、適応障害と診断されました。
そして、Yさんは、令和2年2月28日のアニバーサリーライブが終わった頃から、グループAを脱退したいと思うようになり、同年6月15日、コンサートを欠席した後、グループAを脱退したい旨を伝えました。

Bさんの対応

Yさんは、令和2年7月4日、Bさんに、適応障害と診断されており、精神的にグループAの活動を続けていけない旨を伝えました。
これに対して、Bさんからは、本件契約の契約期間である3年間グループAのメンバーとして活動するか、違約金を支払って辞めるかの2択であるとか、辞めてもいいけれど違約金を払い終わるまでの間は、リハーサルやレコーディングは出なくていいから、ライブの本番だけ出るように言われたりなどしました。

Yさんの脱退

Yさんは、令和2年8月18日、X社に対し、本件契約の解除を通知し、グループAを脱退しました。

訴えの提起

X社は、Yさんが専属マネジメント契約上の義務違反を5回行ったとして、本件契約で約定した違約金1000万円から未払報酬11万円を控除した989万円等の支払いを求める訴えを提起しました。
これに対して、Yさんは、本件契約は労働契約であると主張し、未払賃金11万円等の支払いを求める反訴を提起しました。

争点

本件においては、本件違約金条項が労働基準法16条に違反して無効であるか、すなわち、Yさんの「労働者」に当たるか否か、が争点となりました。

本判決の要旨

本件では、本件違約金条項の有効性が争われている(…)。そして、労働基準法における労働者に該当するかについては、契約の形式ではなく、実質的な使用従属性の有無に基づいて判断されることになるから、以下、検討する。

指揮監督下の労働か否か

仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由

前記前提事実のとおり、本件契約上は、Aの芸能活動の選択及び出演依頼等に対する諾否は、YさんX社が協議のうえ、決定するものとするとされていた(本件契約2条3項)。
しかしながら(…)Yさんは、Bの指示どおりに業務を遂行しなければ、1回につき違約金200万円を支払わされるという意識のもとで、タイムツリーに記入された仕事を遂行していたものであるから、これについて諾否の自由があったとは認められない。

業務遂行上の指揮監督の有無

前記認定事実によれば、X社は、Bに委任して、Aの芸能活動がうまくいくように、Bが仕事を取ってきて、Aのメンバーに対して、主にCを通じて、仕事のスケジューリングを決めて、ある程度、時間的にも場所的にも拘束した上、Cを通じて又は直接、その活動内容について具体的な指示を与えており、前記のとおり、その指示に従わなければ、違約金を支払わされるという状況にあったから、X社のYさんに対する指揮監督があったものと認められる。

拘束性の有無

前記認定のとおり、(…)Bが取ってきた仕事を中心に、それに合わせてスケジューリングを組んでおり、そのとおりの行動を要請されていたものであるから、その限度において、X社によるYさんの時間的場所的拘束性もあったと認められる。

代替性の有無

また、Yさんは、アイドルグループのメンバーとして芸能活動をしていたものであるから、労務提供に代替性はない。

まとめ

以上のとおり、Yさんは、X社の指揮監督の下、ある程度の時間的場所的拘束を受けつつ業務内容について諾否の自由のないまま、定められた業務を提供していたものであるから、X社の指揮監督下の労務の提供であったと認められる。

報酬の労務対償性

前記認定のとおり、Yさんは、X社から、(…)報酬を月額で定額支払われており、A加入当初低かった月額が、在籍期間が長くなるにつれて漸次増額されているものである。
そうすると、前記のとおり、週に1日程度の休日を与えるほかは、あらかじめスケジューリングをして、時間的にも場所的にもある程度拘束しながら、労務を提供させていたものであるから、その労務の対償として固定給を支払っていたものと認めるのが相当である。

その他

その他、本件契約上では、諸経費がYさんの負担とされている(本件契約4条1項参照)ものの、前記認定のとおり、実際には、本件契約4条1項による報酬から諸経費を控除すると赤字になることから、実質的な負担はX社がしていたこと、交通費等は、本件契約上もX社の負担であったこと(本件契約7条1項)、Yさんの芸能活動により生じた諸権利がX社に帰属すること(本件契約3条)、本件契約上では、副業、アルバイト等はX社に事前に届け出ることにより就業することができる(本件契約11条)とされているものの、前記認定のとおり、実際には、アルバイト等をすることはスケジュール的に困難であったこと、前記のとおりYさんには固定給が支払われており、生活保障的な要素が強かったことなども使用従属性を肯定する補強要素となる。

まとめ

以上によれば、Yさんは、X社の指揮監督の下、時間的場所的拘束を受けつつ業務内容について諾否の自由のないまま、定められた業務を提供しており、その労務に対する対償として給与の支払を受けており、Yさんの事業者性も弱く、YさんのX社への専従性の程度も強いものと認められるから、YさんのX社への使用従属性が肯定され、Yさんの労働者性が認められる。
したがって、本件違約金条項は、労働基準法16条に違反して無効である(…)。

結論

よって、裁判所は、以上の検討から、X社の請求には理由がなく、Yさんの請求が認められることから、X社はYさんに対して未払賃金等の支払義務があると判断しました。

ポイント

本件は、芸能事務所の専属マネジメント契約の労働契約該当性が問題となった事案でした。

芸能活動者の労働者性については、

①当人の提供する歌唱、演技等が基本的に他人によって代替できず、芸術性、人気等当人の個性が重要な要素となっており、
②当人に対する報酬は、稼働時間に応じて定められるものではなく、
③リハーサル、出演時間等スケジュールの関係から時間が制約されることはあっても、プロダクション等との関係では時間的に拘束されず、
④契約形態が雇用契約ではない場合

は労働者性が否定されるとする行政解釈(昭和63年7月30日基収355号)があります。

芸能活動者の労働者性が否定される要素

①当人の提供する歌唱、演技等が基本的に他人によって代替できず、芸術性、人気等当人の個性が重要な要素となっており、

②当人に対する報酬は、稼働時間に応じて定められるものではなく、

③リハーサル、出演時間等スケジュールの関係から時間が制約されることはあっても、プロダクション等との関係では時間的に拘束されず、

④契約形態が雇用契約ではない場合

これまでにも、上記①の要素を認めるに足りる証拠がないことや、上記②の時間拘束性がないとまでは認められないことを理由として労働者性が肯定された事例のほか、出演に関する諾否の自由があったとはいえないとして労働者性が肯定された事例などもあります。

本件においても、指揮監督下における労働か否か、報酬の労務対償性が認められるか否か、その余の補強要素の有無などについてそれぞれ詳細に検討したうえで、労働者性を認める旨の判断がなされており、実質的な使用従属性の有無に基づいた判断は注目されます。

なお、被告代理人の公表によりますと、本件についてはその後原告側が控訴し、大阪高裁で控訴棄却となったとのことです。

弁護士にもご相談ください

本件では、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」という労働基準法16条(賠償予定の禁止)に違反するか否かをめぐり、X社とYさんとの間の専属マネジメント契約が「労働契約」の該当性が問題となりました。
しかし、「労働契約」の該当性、すなわち労働者性が問題となる事案は、このような違約金条項の有効性に関することだけではありません。
たとえば、契約の解除や報酬の支払いなどの場面でも、同様に問題となってきます。
他方で、労働者性を検討するうえでは、本判決で述べられているような様々な要素を多角的に検討する必要もあります。偽装フリーランスに関する記事もご覧ください。

労働者ではなくフリーランスにあたるとしても、フリーランス保護法により一定の保護がなされる必要があります。

この契約は労働契約に当たるの?どんな法律に気を付けるべき?などについてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。