出退勤記録の削除は損害賠償のリスクが!【ナチュラルポークリンク事件】
- 神奈川県内で建築業を営んでいます。今回、退職した従業員から過去3年分に遡って未払い残業代の請求をされました。これまで当社では出退勤の記録をタイムカードで取っていたのですが、給料を払った後は関係ないと思っていたので、前年分以前の記録は一部破棄してしまっています。裁判の中でタイムカードの開示を求められているのですが、破棄してしまったものについては出すことができません。なにかペナルティーはあるのでしょうか。
- 労働基準法109条では、「使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を5年間保存しなければならない。」と定められています。保存期間満了前にタイムカードを破棄することはこの義務に違反しますし、刑事罰もあります。また、労働者は自身にとって有利な解釈に基づいて労働時間の計算をした上で賃金の請求をすることが通常ですから、使用者は本来、証拠をもって反論したいところです。タイムカードの開示ができないと、この反論ができなくなってしまうおそれがあります。
雇用関係の書類は極めて大切なものです。管理は徹底しましょう。
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使用者には労働関係に関する記録を保存する義務があります
記録の保存義務
労働基準法第109条では、「使用者は、労働者名簿、賃金台帳及び雇入れ、解雇、災害補償、賃金その他労働関係に関する重要な書類を5年間保存しなければならない。」と定めています。
保存期間
以前は保存期間が「3年間」とされていました。
しかし、法改正により「5年間」に延長されているので注意が必要です。
保存の対象となる記録とは
使用者が保存義務を負う書類とは、以下のような記録をいいます。
① | 労働者名簿 | |
② | 賃金台帳 | |
③ | 雇入れに関する書類 | 例)雇入決定関係書類、契約書、労働条件通知書、履歴書、身元引受書など |
④ | 解雇に関する書類 | 例)解雇決定関係書類、解雇予告除外認定関係書類、予告手当または退職手当の領収書など |
⑤ | 災害補償に関する書類 | 例)診断書、補償の支払、領収関係書類など |
⑥ | 賃金に関する書類 | 例)賃金決定関係書類、昇給・減給関係書類など |
⑦ | その他労働関係に関する重要な書類 | 出勤簿、タイムカード等の記録、労使協定の協定書、各種許認可書、始業・終業時刻など労働時間の記録に関する書類(使用者自ら始業・終業時間を記録したもの、残業命令書及びその報告書並びに労働者が自ら労働時間を記録した報告書)、退職関係書類、休職・出向関係書類、事業内貯蓄金関係書類など |
破棄するとどうなる?
罰金の処せられます
使用者が、労基法第109条の記録の保存義務に違反した場合、労基法第120条1号により、30万円以下の罰金に処せられることになります。
使用者側の主張ができなくなります
また、労働関係に関する記録を破棄してしまうと、労使間に未払賃金などの紛争が生じた場合に、使用者側の主張を根拠付ける資料がなくなってしまいます。そのため、事実上、労働者側の言いなりの未払い賃金額が認定されてしまうおそれがあります。
損害賠償義務を負うリスクもあります
さらには、使用者による労働関係に関する記録の破棄に不当性が認められた場合、使用者が労働者に対して損害賠償をしなければならないことがあります。
労働関係の記録は十分に管理・保存をしましょう
このように、使用者には労働関係に関する記録の保存義務があります。
故意に破棄することはもちろん、誤って廃棄や消去してしまうことがないよう、労働関係の書類については、慎重に管理・保存するように注意が必要です。
裁判例のご紹介(ナチュラルポークリンク事件・さいたま地裁令和3年9月15日判決)
さて、今回は、使用者による出退勤記録の破棄(削除)をめぐり、使用者が労働者に対して損害賠償義務を負うと判断された判決をご紹介します。

事案の概要
本件は、Y社に勤務していたXさんらが、未払残業代などの支払いを求めるとともに、Y社が勤怠記録の不開示等をしたことなどを理由として、損害賠償を求めた事案です。
事実の経過
XさんらとY社の労働契約の締結
Y社は、総合食肉卸の事業を営む会社でした。
Xさんらは、それぞれY社との間で労働契約を締結し、Y社の食肉加工の工場で勤務していました(X1さんは平成27年10月頃に労働契約を締結/X2さんは平成30年2月14日に労働契約を締結)。
出退勤記録の開示請求
Xさんらは、Y社を退職した後、令和元年7月27日、Y社に対して、未払賃金の支払いと、出退勤記録等の開示を請求しました。
これに対して、Y社は、同年8月21日、Xさんらの出退勤時刻が一定となっているタイムカードを開示しました。
証拠保全手続の申立て
そのため、Xさんらは、さいたま地裁に対して、出退勤記録の証拠保全手続の申立てを行いました。
そして、同年10月3日、検証手続が実施されましたが、Xさんらの出退勤記録は削除されており、同日にX1さんの出退勤記録データは復元されたものの、X2さんの出退勤記録データは復元することができませんでした。
訴えの提起
そこで、Xさんらは、Y社に対して、未払残業代などの支払いを求めるとともに、Y社が勤怠記録の不開示等をしたことなどを理由として、損害賠償の支払いなどを求める訴えを提起しました。

問題になったこと
本件においては、Y社がXさんらの勤怠記録の不開示などをしたことが不法行為にあたり、損害賠償義務を負うのかどうかが問題となりました。
なお、Xさんらの実労働時間や未払割増賃金の額なども問題になりましたが、本解説記事では省略します。
裁判所の判断
裁判所は、Y社がXさんらの出退勤記録のデータを削除するなどした行為は、Xさんらに対する不法行為に当たるとして、損害賠償義務を負うものと判断しました。
判断のポイント
では、裁判所はなぜ上記のような判断をしたのでしょうか?
出退勤記録の不開示や削除、改ざんは不法行為になる
まず、裁判所は、労働基準法は、使用者に労働関係に関する重要な書類についての保存義務を課しているところ、使用者は、かかる労働基準法の規制を受ける労働契約の付随的な義務として、労働者からタイムカード等の開示を求められた場合、特段の事情がない限り、これを開示すべき義務があると判断しています。
そして、裁判所は、使用者が正当な理由なく労働者にタイムカード等の打刻をさせないことや、特段の事情なくタイムカード等の開示を拒絶すること、記録された出退勤記録を削除したり改ざんしたりすることはいずれも不法行為に当たると判断しています。
「労働時間について厳格な罰則を置き,使用者に労働関係に関する重要な書類についての保存義務を課している労働基準法の規定の趣旨に加えて,一般に労働者は,労働時間を正確に把握できない場合は発生している割増賃金の支払を求めることができず,大きな不利益を負うのに対し,使用者がデータを蓄積保存したり,そのデータを開示することは容易であることに照らせば,使用者は,労働基準法の規制を受ける労働契約の不随義務として,信義則上,労働者からタイムカード等の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情がない限り,保存しているタイムカード等を開示すべき義務を負うものと解すべきである。そして,使用者がその義務に違反して,タイムカード等の機械的手段によって労働時間の管理をしているのに,正当な理由なく労働者にタイムカード等の打刻をさせなかったり,特段の事情なくタイムカード等の開示を拒絶したときは,その行為は違法性を有し,不法行為を構成すべきものである。また,記録された出退勤記録を削除したり,改ざんする行為も違法性を有し不法行為を構成するものである。」
Y社はX1さんの出退勤記録のデータを削除するなどしていた
そして、裁判所は、X1さんから出退勤記録の提出を求められたY社が、出退勤記録とは異なる内容の出退勤記録を提示したり、X1さんの出退勤記録のデータを削除したりしていたことは、タイムカード等の開示を拒絶したものと同視できる行為であり、不法行為に当たると判断しています。
なお、X1さんについては、後に出退勤記録データが復元されていますが、そのことを踏まえても、X1さんに生じた精神的苦痛は、金銭に換算すれば10万円を下回るものではないとされています。
「本件において,証拠及び弁論の全趣旨によれば,Y社は,X1さん退職後に,X1さんの出退勤記録のデータを削除したこと(…),X2さんが退社後約2週間程度の令和元年7月26日,Xさんらの代理人が出退勤記録の提出を求めたのに対し,Y社は,社会保険労務士を通じて,Xさんら代理人に対し,後にX1さんについて復元された出退勤記録のデータとは異なる内容の出退勤記録を提示したこと(…)が認められる。
このように,Y社は,X1さんに対して,出退勤記録を開示しているものの,それは,真正な出退勤記録ではなく,Y社は,X1さんの真正な出退勤記録のデータを削除したものである。かかるY社の行為は,タイムカード等の開示を拒絶したものと同視できるものである。そして,X1さんの開示要求が濫用にわたるような特段の事情も認められないことに照らせば,このようなY社の行為は違法性を有するものと言わざるを得ず,X1さんに対する不法行為が成立するものであって,X1さんの出退勤記録データが後に復元されたことを踏まえても,それによって生じたX1さんの精神的苦痛を金銭に換算すると,10万円を下るものではない。」
Y社はX2さんの出退勤記録のデータも削除するなどしていた
また、裁判所は、Y社がX2さんの出退勤記録のデータを削除していたことは、X1さんの場合と同様、不法行為に当たると判断しています。。
そして、X2さんについては、出退勤記録データが復元されず、このことを踏まえると、X2さんに生じた精神的苦痛は、金銭に換算すれば30万円を下回るものではないとされています。
「X2さんに対するY社の損害賠償責任についても,前記(…)と同様のことが当てはまるところ,本件においては,Y社は,X2さんの出退勤記録のデータを削除していること(…),X2さんについては,その後の証拠保全手続においても復元はできなかったこと(…)が認められ,これらの事情に照らせば,Y社の不法行為によって,X2さんの被った精神的苦痛を金銭に換算すると,30万円をくだるものではない。」
出退勤記録を含む労働関係の書類の取扱いには十分注意しましょう
今回ご紹介した裁判例では、会社側が出退勤記録を開示しなかったり(開示したものは真正な記録ではなかった)、データを削除していたりしたことから、不法行為性が認められ、会社が労働者に対して損害賠償義務を負うことになりました。
本判決が示すように、使用者は、タイムカードなどの出退勤記録を含め、労働関係に関する重要な書類を保存する義務があります。そして、労働者から開示を求められた場合には、労働者側の要求が権利の濫用に当たるといった特段の事情がない限り、これを開示する義務もあります。
労働関係の書類の取扱いにはくれぐれも注意(過失によって削除されることがないようにも注意)し、労働者から開示を求められた場合には、真摯に対応することが重要です。
弁護士にもご相談ください
退職した従業員が、後になってタイムカードの開示を求めてきたり、その他の労働時間を示す資料の開示を求めてきたりすることは多々あります。
突然、元従業員や元従業員の代理人である弁護士から、このような開示請求を受けた場合、驚いてしまうかもしれません。
しかし、慌てたからといって無視したり、捨ててしまったりすることは危険です。
まずは弁護士法人ASKにご相談ください。
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