労働問題

降格に伴う減給の有効性【シーエーシー事件】

いわゆる降格処分には、役職・職位を引き下げるものや、職能資格制度における職能資格や資格等級を引き下げる2種類があります。
また、降格処分の根拠にも、懲戒処分としての降格といわゆる人事権の行使としての降格の2つのパターンがあります。

一般的に、降格処分には、賃金の減額を伴うことが多く、労働者に与える不利益の程度も大きいといえます。
そのため、降格処分を行うには、その前提として、就業規則等において、かかる降格処分の根拠となる規定を定めておくことが大切です。

実際に、懲戒処分については、多くの企業が最も気にしている場面であることから、就業規則等に記載されていますが、人事権の行使に基づく降格については、記載がなされていないこともあります。

たしかに人事権の行使に基づく降格は、使用者側の裁量権行使の問題ではありますが、やはり労働者に対する予見可能性を高める観点からも記載しておくべきでしょう。

さて、今回は、そんな人事権行使による降格処分と減給が争われた事件をご紹介します。

シーエーシー事件・東京高裁令和4年1月27日判決

事案の概要

本件は、Y社に勤務していたXさんが、在職中に2度の降格とこれに伴う減給を受けたことについて、いずれの降格も無効であると主張して、賃金請求権に基づき差額賃金の支払い等を求めた事案です。

事実の経過

Xさんについて

Xさんは、人事のシステム構築サービス、システム運用管理サービス、BPO(企業の業務を外部に委託すること)サービスを提供するY社との間で期間の定めのない労働契約を締結していました。
平成27年12月当時、Xさんは、A本部のサービスプロデューサーの地位にあり、月額賃金は職責給53万200円、役職給7万円でした。

Y社による降格処分

Y社は、平成28年1月、Xさんをサービスプロデューサーからチーフプロジェクトマネージャーに降格しました(本件第一降格)。
本件第一降格により、Xさんの役職給は7万円から3万5000円に減額されました。
もっとも、サービスプロデューサー、チーフプロジェクトマネージャーをはじめとする書く役職に対する役職手当の額は、Y社の就業規則や賃金規程においては定められていませんでした。

その後、Y社は、同年2月にも、Xさんをチーフプロジェクトマネージャーから役職がない者に降格しました(本件第二降格)。
本件第二降格により、Xさんの役職給は3万5000円から0円に減給されました。

Xさんの退職

Xさんは、令和元年8月31日、Y社を退職しました。

訴えの提起

Xさんは、Y社在職中の2度にわたる降格とこれに伴う減給について、各降格の無効を理由として、減給された差額賃金の支払いを求めるとともに、各降格の違法を理由として、不法行為に基づく損害賠償の支払いを求める訴え等を提起しました。

争点

本件では、①本件第一降格及び本件第二降格の有効性および②本件第一降格及び本件第二降格の不法行為の成否が主要な争点となりました。
なお、裁判の中では、Xさんの退職が自己都合退職であったか否かも争点となりましたが、今回の解説では省略します。

原審の判断

争点① 本件第一降格及び本件第二降格の有効性について

判断枠組み

本件第一降格は、前記のとおり、役職給を7万円から3万5000円に減額し、本件第二降格は、前記のとおり、役職給を3万5000円から0円に減額するものであるが、いずれも基本給である職責給53万0200円を減額するものではない。また、被告の職務権限規程においては、前記のとおり、職位としてサービスプロデューサーやチーフプロジェクトマネージャーが定められている。これらによれば、本件第一降格及び本件第二降格は、人事権の行使に基づく、昇進の反対概念としての降格、すなわち職位の引き下げとしての降格であるものと認められる。

人事権の行使に基づく職位の引き下げとしての降格については、使用者は、就業規則等に規定がなくても、人事権の行使として行うことが可能であり、使用者には広範な裁量が認められるが、業務上の必要性の有無、程度、労働者の能力、適性、労働者が受ける不利益等の事情を考慮して、人事権の濫用があると言える場合には、無効となるというべきである。

  本件第一降格の検討

Y社は、Xさん、平成27年12月期、平成26年12月期ともに売上目標に到達することはできなかったし、顧客先で顧客寄りの発言をしたり、営業案件を決めきれず、営業向きでないという評価もされていた旨主張(…)する。
しかし、(…)Y社の前記主張に沿う証拠を採用することはできず、他にY社の前記主張を認めるに足りる証拠はない。

また、Y社は、本件第一降格について、本件BPO業務をてこ入れする必要があるところ本件BPO業務の営業部門にはサービスプロデューサーが1名である必要があるため、Xさんをサービスプロデューサーから降格して、Bを本件BPO業務の営業部門のサービスプロデューサーとした旨主張する。
しかし、前記のとおり、Xさんが営業向きでないことを認めることはできないところ、Xさんを降格させてまで他の部門の者をサービスプロデューサーに交代させる必要性を認めるに足りる証拠はない(…)。

そして、本件第一降格によって、Xさんは、月額賃金60万0200円のうち3万5000円という約5.8%の減額を受けたことになるが、これは必ずしも小さな減額幅ではないといえる。

以上の事情を総合考慮すると、本件第一降格は、人事権の濫用に当たり無効である。

本件第二降格の検討

Y社は、Xさんが、担当した田辺三菱製薬の社宅業務につき、見積りを上長へ報告せず、所定の社内承認を得ることもなく顧客に提示するなどの問題が生じたため、チーフプロジェクトマネージャーとしての役割を十分に果たしていないと判断し、本件第二降格を行った旨主張する。
しかし、Y社の前記主張に沿う証拠はない(…)。

そして、本件第二降格によって、Xさんは、月額賃金56万5200円のうち3万5000円という約6.2%の減額を受けたことになるが、これは必ずしも小さな減額幅ではないといえる。

以上の事情を総合考慮すると、本件第二降格は、人事権の濫用に当たり無効である。

争点② 本件第一降格及び本件第二降格の不法行為の成否

本件第一降格について

Xさんは、本件第一降格は、理由がなくされたものであり、無効であるにとどまらず違法であり、Xさんに対する不法行為に当たる旨主張する。
しかし、Y社が有する人事権は広範なものであることからすれば、本件第一降格については、前記のとおり人事権の濫用として無効とはなるものの、これを超えてY社に故意、過失があるということはできない。したがって、Xさんの前記主張を採用することはできない。

本件第二降格について

Xさんは、(…)本件第二降格は、育児を理由とする不利益措置に当たらないとしても、理由がなくされたものであり、無効であるにとどまらず違法であり、Xさんに対する不法行為に当たる旨主張するところ、Y社は、賃金減額を伴う本件第一降格を行った後わずか1か月の後に、賃金減額を伴う本件第二降格を行っており、賃金減額を伴う降格を行うにつき明らかに慎重さを欠くものというほかなく、Y社が有する広範な人事権を考慮しても、少なくとも過失があるものといえる。本件第二降格は、Xさんに対する不法行為に当たる(…)。

証拠(…)によれば、Xさんは、本件第一降格及び本件第二降格により精神的苦痛を受け、食欲不振等の症状が出て、本件第二降格から約1か月が経過した平成28年2月29日、Eメンタルクリニックを受診し、その後、月1回程度通院し、適応障害の診断を受けたこと、家庭不和にも陥ったことが認められる。Xさんが受けた精神的苦痛を考慮すると慰謝料は30万円と認めるのが相当である。

結論

原審は、以上の検討より、第一降格処分及び第二降格処分はいずれも無効であり、Y社はXさんに対して、賃金支払請求権に基づき減額された未払賃金及び不法行為による慰謝料等の支払い義務を負うと判断しました。

本判決の要旨

本判決は、原審の判断は是認できるとして、これを維持する旨の判断を示しました。

なお、控訴審において、Xさんは、本件第二降格が育児介護休業法25条2項に違反し違法であると主張していましたが、Xさんの長女は小学校に入学するため、そもそも育児休業取得の要件を満たしておらず、Xさんが上司であるFに対して長女の通学の付添の必要性があることを説明し、それに対してFがXさんは大阪に赴任する意思がない旨を述べて面談を打ち切ったとしても、この面談が育児介護休業法25条1項の「相談」に当たるとも、Fの言動が同条2項に違反するものとも認めることはできないと判断しています。

ポイント

本件は、Y社に勤務していたXさんが、在職中に2度の降格とこれに伴う減給を受けたことについて、いずれの降格も無効であると主張して、賃金請求権に基づき差額賃金の支払い等を求めた事案でした。

裁判所は、役職や職位を引き下げる降格については、職務適性の欠如や成績不良等の業務上の必要性があり、原則として、使用者は裁量(人事権の行使)によりこれを行うことができるとしています。
もっとも、かかる使用者の裁量の行使は無制限に認められるものではなく、法律上禁止される差別・不利的取扱いや権利濫用に当たる場合には、無効と判断されます。

具体的な判断の基準としては、業務上・組織上の必要性の有無およびその程度、能力・適性の欠如等の労働者側における帰責性の有無およびその程度、労働者の受ける不利益の性質およびその程度、当該企業体における昇給・降格の運用状況等の諸般の事情を総合的に考慮して判断されることになります。

能力や適性の欠如に基づく職位等の引き下げが争われた場合、会社は当該社員の能力や適性の欠如について自ら立証しなければなりません。
そのため、仮に能力や適性に欠くと判断する場合には、そのような判断に至った合理的な理由が説明できるような資料を十分にそろえておく必要があるといえるでしょう。

弁護士にもご相談ください

本件において、裁判所は、第二降格処分について、Y社は、賃金減額を伴う本件第一降格を行った後わずか1か月の後に、賃金減額を伴う本件第二降格を行っていたことを指摘し、「賃金減額を伴う降格を行うにつき明らかに慎重さを欠くものというほかなく、Y社が有する広範な人事権を考慮しても、少なくとも過失がある」として、Xさんの不法行為に基づく損害賠償請求を認めています。

このように、賃金減額を伴う降格処分については、後に当該処分が無効であると判断された場合、差額部分の未払い賃金等の支払い義務を負うだけでなく、慰謝料等の損害賠償義務を負う場合もあるため注意が必要です。

弁護士
弁護士

人事権の行使は、懲戒に比べて安易にされがちです。不利益も考慮して慎重に行いましょう。

懲戒処分としての降格、人事権の行使としての降格いずれであっても、降格処分を行う場合には、弁護士に相談しながら慎重に進めていくことが大切です。

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