労働問題

福岡から福島への配転命令は無効?【学校法人コングレガシオン・ド・ノートルダムほか(明治学園)事件】

神奈川県において学習塾を経営しています。当塾は全国展開をしており、北は北海道、南は九州まで教室があります。川崎教室で国語科を担当している講師が現場での折り合いが悪くなってしまったようです。この講師に対して、ちょうど国語科の担当講師が足りない札幌教室に異動する配転命令を出そうとおもうのですが、問題はないでしょうか。
まず、この講師との間で勤務先を限定する合意があるかどうかを確認する必要があります。文書になっていなくても、採用時の状況やこれまでの会社の対応、実績等から限定合意が認定されることもあります。また、配転命令について業務上の必要性が存しない場合や、業務上の必要性がある場合であっても当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものと評価されるとき、講師に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなど特段の事情がある場合は、当該配転命令は権利濫用として無効とされるおそれがあります。弁護士と相談しながら慎重に対応しましょう。

配転とは

配転とは、同一の会社内で従業員の職務内容や職務場所を相当の期間にわたって変更することをいいます。

一般的には、
・同一事業所内で部署等を変更する場合 ➝ 「配置転換
・配転の結果、従業員の転居を伴う場合 ➝ 「転勤
と呼ばれています。

会社は、個々の従業員の適正や人間関係の状態、社内の人員配置状況などを考慮しつつ、従業員に対して配転を命じることがありますが、
最近では、使用者と労働者との間で職種限定の合意がある場合、使用者が職種限定の合意に反して、一方的に配転命令を行使することが許されるのか?という点をめぐって、新しい最高裁判決(最高裁令和6年4月26日 第二小法廷判決)も出されており、配転の問題はかなり注目されています(詳しくはこちら)。

さて、今回はそんな配転をめぐり、福岡県から福島県への配転が有効か否か、が争われた事案をご紹介します。

学校法人コングレガシオン・ド・ノートルダムほか(明治学園)事件・福岡地裁小倉支部令和5.9.19判決

事案の概要

本件は、Y1法人が設置、運営していた本件学校等(北九州市所在)において教員として勤務していたXさんが、Y1法人から、桜の聖母学院等への配転命令を受けたことについて、かかる命令は無効であると主張し、桜の聖母学院等での就労義務のないことの確認などを求めた事案です。

事実の経過

XさんとY法人の雇用契約

Xさんは、平成5年4月1日、消滅法人である旧Y2学園に常勤講師として採用され、平成6年4月1日、期間の定めのない労働契約(本件労働契約)を締結し、北九州市に所在する本件学校のB学科教員として勤務をしていました。
Y1法人は、福島市に所在する桜の聖母学院等を設置する学校法人であり、平成20年9月8日、北九州に所在する本件学校等を設置していた学校法人Y2学園(消滅法人旧Y2学園)を吸収合併し、法人名称もY2法人に変更しました。
なお、Y2法人は、平成5年4月3日に成立した学校法人であり、現在本件学校等を設置、運営しています。

Y1法人による解雇等

Y1法人は、平成29年8月22日付けで、Xさんに対する解雇の意思表示をしました。

Xさん、解雇ね

Y1
Y1

これに対して、Xさんは、解雇を不服として解雇無効・地位確認訴訟を提起したところ、二審で勝訴した後、令和3年1月19日の最高裁上告不受理決定により、同判決は確定しました。

Xさん
Xさん

そんな解雇無効です!訴えてやる!

Xさんの解雇は無効です!

裁判所
裁判所
Xさん
Xさん

よかった!

しかし、その後、Xさんが本件学校での教職員としての就労を命じられることはなく、Y1法人の理事長からは、本件学校の敷地内への立ち入りの禁止を命じられていました。

Xさん、給料払うけど、うちの敷地に入ってこないで

Y1
Y1

配転命令

ところが、Y1法人は、令和3年10月16日付で、Xさんに対し、福島市に所在する桜の聖母学院においてB学科教員として勤務することを命じる配転命令(本件配転命令)を行いました。

Xさん、福島の「聖母学院」に行ってくれる?

Y1
Y1

なお、Y1法人の本件学校における就業規則には、以下の定めがありました。

また、Y1法人の理事長は、本件配転命令の必要性について、
・本件学校においては、B学科の教員を現在必要としていないこと
・桜の聖母学院においては翌年4月1日からB学科教員に1名欠員が出る予定であること
・欠員にかかる授業時間としては数時間であり皆でやりくりすればなんとか対応は可能であること
などと説明していました。

Y2法人への事業譲渡

Y1法人の評議員会は、令和5年2月17日、同年3月31日現在の本件学校等の部門に属する一切の資産、負債、雇用契約およびその他の権利義務を設立後のY2法人に移管、譲渡することを承認し、同日開催の理事会においてもその旨を承認、議決しました。

Y1の事業は全部Y2が引き継ぎます

Y2法人
Y2法人

本件訴えの提起

Xさんは、本件配転命令(桜の聖母学院においてB学科教員として勤務することを命じる配転命令)は無効であると主張して、
・Y1法人に対して、桜の聖母学院での就労義務がないことの確認
を求めるとともに、本件学校の設置者がY1法人からY2法人へ変更されたことに伴い、Xさんの労働契約上の権利関係がY1法人からY2法人に承継されたと主張して、
・Y2法人に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び桜の聖母学院での就労義務がないことの確認
を求める訴えを提起しました。

争点

本件では、①本件労働契約が職務地限定契約であるか否か、また、②本件配転命令が権利の濫用として無効であるか否か、が主要な争点となりました。

判決の要旨

争点①本件労働契約が職務地限定契約であるか否か

Xさんの主張

Xさんは、本件労働契約において、Xさんの勤務地を北九州市に所在する本件学校に限定する旨の黙示の合意が存在したと主張していました。

本件の検討

これに対して、裁判所は、

・学校法人の合併や学校の新設などに伴い、採用時に存在しなかった新たな職場で勤務する可能性が事後的に生ずることは、一般的にあり得ること
・Y1法人の本件学校における就業規則には、業務の都合による配置転換等の異動に関する定めがあり、Xさんは、消滅法人旧Y2学園に対し、配置換えや勤務場所の変更があっても異議がない旨記載された誓約書を提出していること
・Y1法人が消滅法人旧Y2学園を吸収合併した際にも、本件学校から桜の聖母学院への異動に関して、特段の協議がなされた形跡はないこと

からすれば、Xさんと被告Y1との間でXさんの勤務地を本件学校に限定する旨の黙示の合意が存在したと認めることはできず、本件労働契約が勤務地限定契約であるとするXさんの主張は理由がないと判断しました。

争点②本件配転命令が権利の濫用として無効であるか否か

判断枠組み

まず、裁判所は、配転命令の有効性について、

「使用者による配転命令権は無制約に行使することができるものではなく、当該配転命令について業務上の必要性が存しない場合、又は業務上の必要性が存する場合であっても当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなど特段の事情が存する場合は、当該配転命令は使用者が権利を濫用したものとして無効となると解される(労働契約法3条5項、最高裁昭和61年7月14日第二小法廷判決・裁判集民事148号281頁参照)。」

との従来の判例の見解を引用する形で、判断枠組みを示しました。

本件の検討
本件配転命令の必要性

その上で、裁判所は、本件配転命令の必要性については、

・Xさんが保有する免許が中学校及び高等学校の数学のみであること
・Y1法人が設置する中学校・高等学校は、本件配転命令当時、本件学校及び桜の聖母学院のみであったこと
・令和3年度から令和4年度にかけて、桜の聖母学院の数学科においては異動により欠員が生じた一方、本件学校において欠員は生じておらず、総授業時間も減少していること

などからすれば、本件配転命令時において、本件学校よりも桜の聖母学院のほうが、数学科教員をより必要としていたといえるから、本件配転命令に業務上の必要性がないとはいえないと判断しました。

本件配転命令の動機、Xさんに対する不利益の程度

他方で、裁判所は、

・Xさんは、20年以上にわたって本件学校で数学教員として勤務してきたところ、Y1法人から本件解雇を通知され、本件学校から排除され、本件解雇が無効である旨の判決が確定し、本件学校に復帰すべき状況が明らかになったにもかかわらず、その後も約9か月間にわたり、本件学校に復帰させてもらえず、本件学校への敷地内への立入りすら禁じられた状態が継続していたこと
・これまでシスターを除く一般の教職員が本件学校から桜の聖母学院へ異動となった例はうかがわれない中で、異動についての何らの意向の聴取等も行われずに本件配転命令を受けるに至ったこと
・本件配転命令の業務上の必要性はないとはいえない程度にとどまること

などに照らせば、本件配転命令が、業務上の必要性とは異なる、不当な動機・目的をもってなされたことが強く疑われる上、Xさんに対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものといわざるを得ない、と判断しました。

まとめ

これらの検討により、裁判所は、本件配転命令は、権利を濫用したものとして無効となるというべきであると判断しました。

結論

以上より、本件配転命令は無効であることから、
・Y1法人に対して、桜の聖母学院での就労義務がないことの確認を求める訴え
・Y2法人に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める訴え
について、それぞれXさんの請求が認められました。

ポイント

どんな事案だったか?

本件は、Y1法人が設置、運営していた本件学校等(北九州市所在)において教員として勤務していたXさんが、Y1法人から、桜の聖母学院等への配転命令を受けたことについて、かかる命令は無効であると主張し、桜の聖母学院等での就労義務のないことの確認などを求めた事案でした。

何が問題となったか?

本件では、
①本件労働契約が職務地限定契約であるか否か、
②本件配転命令が権利の濫用として無効であるか否か、
が問題となりました。

本判決のポイント

勤務地限定の合意は認められない?

まず、本件において、Xさんは、Xさんの勤務地を北九州市に所在する本件学校に限定する旨の黙示の合意が存在したと主張していました。

しかしながら、裁判所は、学校法人の合併や学校の新設などに伴い、採用時に存在しなかった新たな職場で勤務する可能性が事後的に生ずることは、一般的にあり得ることや就業規則の定めなどに照らし、黙示の勤務地限定は認められないと判断しています。
このように、裁判所において、勤務地限定の合意の認定のハードルは非常に高いといえます。

他方で、労働条件は、労使間において後に紛争になりやすい問題でもあります。
また、2024(令和6)年4月1日からは、労働基準法施行規則と有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準の改正に伴い、労働条件の明示事項等が変更されています(労働条件明示ルールについては、こちらをご覧ください)。
したがって、後々、「本当はこんな黙示の合意があった!」などの争いを招くことがないようにするためにも、労働契約の締結時に、労働条件を明らかにしておくことが大切です。

業務上の必要性があっても配転命令は無効になり得る

配転命令は、①業務上の必要性が存しない場合、又は②業務上の必要性が存する場合であっても当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、若しくは③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるときなど「特段の事情」が存する場合には、権利濫用として無効になります。
本判決は、本件配転命令について、業務上の必要性がないとはいえない、としつつも、業務上の必要性とは異なる、不当な動機・目的をもってなされたことが強く疑われる上、Xさんに対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものといわざるを得ないとして、結果的に無効であるとの判断に至っています。
このように、仮に業務上の必要性が肯定される場合であっても、その他の事情から配転命令が無効となることもあるため、注意が必要です。

弁護士にご相談を

冒頭でも少し触れましたが、本年(令和6年)4月26日、職種限定の合意がある場合、使用者が職種限定の合意に反して、一方的に配転命令を行使することが許されるか否かをめぐり、重要な最高裁判決が出されました(詳しくはこちら)。

同判決では、
・黙示の職種限定合意の存在が認定されたほか、
・職種限定合意がある場合において、使用者が労働者の個別的合意なく配置転換を命ずる権限がないことが示されており、
今後の労働契約の締結について、特に影響が大きいと考えられています。
この機会に、改めて労働条件について見直してみることも良いかもしれません。

職種限定合意や配転命令などについてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。