労働問題

職務手当が時間外労働対価にあたるか【国・渋谷労基署長(カスタマーズディライト)事件】

労働者が、業務や通勤が原因となる負傷や疾病によって療養する必要があり、これにより労働ができずに賃金を受けられない場合、4日目から休業補償給付等の支給を受けることができます(労働者災害補償保険法14条1項)。

休業補償給付がなされる場合、被災労働者は、休業1日につき給付基礎日額の6割の支給を受けることができます。
給付基礎日額は、原則として、当該労働災害が発生した日以前3か月間に被災労働者が支払いを受けていた賃金総額を、その期間の総日数で割った額として算出されます。

給付基礎日額

給付基礎日額= (当該労働災害が発生した日以前3か月間に被災労働者が支払いを受けていた賃金総額)/(その期間の総日数)

今回は、そんな給付基礎日額の算定をめぐり、使用者が労働基準法37条等に定められた方法以外の方法で算定される手当を時間外労働等に対する対価として支払うことの可否が問題となった事件を紹介します。

国・渋谷労基署長(カスタマーズティライト)事件・東京地裁令和5年1月26日判決

事案の概要

本件は、渋谷労働基準監督署長から平成29年12月14日付けで労働者災害補償保険法14条1項に基づく休業補償給付を支給する旨の決定(本件処分)を受けたXさんが、本件処分には、職務手当が労基法37条に基づく割増賃金に当たるとした点において、給付基礎日額の算定を誤った違法があると主張して、その取消しを求めた事案です。

事実の経過

Xさんの業務従事

Xさんは、平成24年8月15日付でY社との間で期間の定めのない労働契約を締結し、同年9月1日から勤務を開始し、ダイニング事業部の総料理長B店およびC店の料理長としての業務に従事しました。
平成26年7月には、本社営業本部D1部E事業部マネージャーとして、タイ料理「E」の運営、メニュー開発、店舗の運営管理等の業務に従事しました。
また、Xさんは、平成27年4月1日付で、Y社の子会社との間で本件出向契約を締結して出向しました。

疾病の発症

平成27年11月30日、Y社の子会社は、Y社と合併して解散し、これに伴って、Xさんの本件出向契約に基づく出向も終了しました。
Xさんは、Y社に対して労務を提供することになり、同月からE G店において、平成28年2月からはE F店において、それぞれ勤務しました。
もっとも、平成28年4月頃から、Xさんは気分(感情)障害を発症(本件疾病)し、同年7月1日以降、休職しました。

労働契約書の記載内容

XさんとY社との間の労働契約にかかる契約書や本件出向契約にかかる契約書には、Xさんの労働条件(給料)について、次の記載がありました。

また、Y社の就業規則には、第48条(見込み割増賃金)として、
「時間外労働、深夜労働及び休日労働に対しては、あらかじめ設定した見込み割増賃金を支給する。ただし、実際の労働時間がこれを超えた場合には、法令に基づいた割増賃金を加算する」
との記載がありました。

労使協約の内容

Xさんが勤務していたE F店およびE G店に勤務する従業員の代表者とY社との間の労使協定では、
「平成27年12月1日から平成28年11月30日までの間において、Y社は、急な宴会の受注または急なテレビ取材等による繁忙に限り、1年あたり360時間を上限として法定時間外労働の時間数を延長することができる旨が定められるとともに、特別条項として、上記の事由が存する場合に限り、労働者の同意を得て、1年間に6回まで、1か月あたり75時間まで上記の時間を超えて延長することができる」
旨が定められていました。

休業補償給付の支給決定

Xさんは、平成29年5月16日、渋谷労基署長(本件処分庁)に対して、Y社における業務によりうつ病を発症したとして休業補償給付の支給を請求しました。
これに対して、本件処分庁は、平成28年4月頃にXさんが業務に起因して本件疾病を発症したと認定したうえ、Xさんの平均賃金を1万1716円92銭と算定し、平成29年12月14日付でXさんに対し、給付基礎日額を1万1717円として休業補償給付を支給する旨の本件処分をしました。

不服申し立て

Xさんは、本件処分を不服として、平成30年3月6日、東京労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をしましたが、同審査官は、令和元年5月22日付で審査請求を棄却する旨の決定をしました。
また、Xさんは、同年6月12日、労働保険審査会に対して再審査請求をしたものの、同審査会は令和3年7月26日付で再審査請求を棄却する旨の裁決をしました。

訴えの提起

そこで、Xさんは、本件処分には、職務手当が労基法37条に基づく割増賃金に当たるとした点において、給付基礎日額の算定を誤った違法があると主張して、その取消しを求める訴えを提起しました。

争点

本件では、本件処分における給付基礎日額の算定に誤りがあるか否か、すなわち、Y社のXさんに対する職務手当の支払いによって、労働基準法37条の割増賃金の支払いがあったとはいえないものとして、これを割増賃金の算定基礎となる通常の労働時間の賃金に算入すべきであるか否かが争点となりました。

本判決の要旨

判断枠組み

労働基準法37条の趣旨

労基法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される(最高裁昭和47年4月6日第一小法廷判決・民集26巻3号397頁、最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決・裁判集民事256号31頁、最高裁平成30年7月19日第一小法廷判決・裁判集民事259号77頁、最高裁令和2年3月30日第一小法廷判決・民集74巻3号549頁参照)。

労働基準法37条等が定めた方法以外の方法による支払いの可否

また、割増賃金の算定方法は、労基法37条並びに政令及び厚生労働省令(以下、これらの規定を併せて「労基法37条等」という。)に具体的に定められているが、労基法37条は、労基法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、使用者が、労働契約に基づき、労基法37条等に定められた方法以外の方法により算定される手当を時間外労働等に対する対価として支払うこと自体が直ちに同条に反するものではない(最高裁平成29年2月28日第三小法廷判決・裁判集民事255号1頁、前掲最高裁平成29年7月7日判決、前掲最高裁平成30年7月19日判決、前掲最高裁令和2年3月30日判決)。

労基法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かの判断基準

他方で、使用者が労働者に対して労基法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労基法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である(最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁、最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁、前掲最高裁平成29年2月28日判決、最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決・裁判集民事256号31頁、前掲最高裁令和2年3月30日判決参照)。

本件の検討

Xさんの賃金に関する検討

Xさんの基本給は(…)調理師として一定の職務経験を有する労働者としてY社に雇用され、本社E事業部のマネージャーとして、調理業務のみならず、E各店舗の管理運営に関する業務等も担当してきたXさんの地位及び職責に照らし、不自然なまでに低額であると言わざるを得ない(…)。

労使協定について

また、平成27年12月以降、Y社からXさんに支給された賃金の内訳は、基本給16万円及び職務手当19万円又は基本給17万円又は職務手当18万円である(…)。この職務手当の全額が労基法37条に基づく割増賃金として支払われるものであると仮定したとき、前者の場合は164時間((190,000/(925×1.25))≒164.3)、後者の場合は147時間((180,000/(983×1.25))≒146.5)の時間外労働に対する割増賃金に相当する(…)。

ところで、労基法36条は、労使協定が締結されている場合に、例外的にその協定に従って同法32条により制限された労働時間の延長等をすることができる旨定めるところ、労使協定における労働時間の上限は、平成10年12月28日労働省告示第154号「労働基準法第三十六条第一項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準」において、1か月当たり45時間と定められている。また、厚生労働省労働基準局長が発出した平成13年12月12日付け基発1063号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」は、脳・心臓疾患の発症が業務上と認定されるための具体的要件を定めたものであるところ、発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断すると定められている。

これに加え、(…)Xさんが平成28年1月から3月まで勤務していた事業場における労使協定においても、平成27年12月1日から平成28年11月30日までの間、Y社が上記事業場の従業員に対して命ずることができる1か月当たりの法定時間外労働時間数の上限は45時間とされ、1年に6回までは1か月当たり75時間までの法定時間外労働を命ずることができるものとされているのであるから、1か月当たり80時間を超える法定時間外労働を命ずることは予定されていないというべきである。

そうすると、1か月当たり150時間前後という、80時間を大きく超える法定時間外労働は、上記の法令及び労使協定の趣旨に反することは明らかであって、本件労働契約において、このような恒常的な長時間労働を想定して職務手当を支払う旨の合意が成立したと認めることは、労働契約の当事者の通常の意思に反するものというべきである(…)。

まとめ

以上で説示したところによれば、職務手当は、その全額が労基法37条に基づく割増賃金として支払われるものと認めることはできず、通常の労働時間の賃金として支払われる部分が含まれると認められ(…)本件労働契約に係る契約書においても、本件会社の就業規則においても、職務手当に含まれる労基法37条に基づく割増賃金に対応する時間外労働等の時間数は記載されておらず、その他本件全証拠に照らしても、本件労働契約において、職務手当における通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないものといわざるを得ない。

結論

したがって、職務手当の支払をもって、Y社がXさんに対し労基法37条に基づく割増賃金として支払ったとする前提を欠くことになるから、結局のところ、職務手当の全額を通常の労働時間の賃金に当たるものとして給付基礎日額を算定するよりほかないというべきである。

以上によれば、その余の点について検討するまでもなく、職務手当の全額が労基法37条に基づく割増賃金として支払われたものとして給付基礎日額を算定した上で行われた本件処分は違法であり、取消しを免れない。

ポイント

本件は、Y社における業務従事により、うつ病を発病したXさんが、処分庁から業務災害として認められ、休業補償給付の支給決定を受けたものの、その計算の基礎となる給付基礎日額において、Y社からの固定残業代の支払いを有効なものとして取り扱われた点について不服があるとして、処分取消の訴えを提起した事案でした。

裁判所は、労働基準法37条の趣旨について、使用者に割増賃金の支払義務を負わせることによって、時間外労働等を抑制し、労働時間に関する労働基準法の定めを遵守させ、老小津者への補償を行おうとする趣旨であると指摘したうえで、同法37条等に定められた方法以外の方法により算定される手当を時間外労働等に対する対価として支払うこと自体が直ちに同条に違反するものではないと示しています。

他方で、同条に定める割増賃金を支払ったといえるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、労基法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討する必要があり、前提として、労働契約における賃金の定めについて、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できることが必要であるとしています。

このように、割増賃金の支払いについては、労働基準法37条等に定める算定方法以外の方法により算定された額を支払うことも許容されています。
もっとも、割増賃金としての支払いとして認められるためには、①当該手当が時間外労働等に対する「対価」として支払われるとの合意があること(対価性)と②賃金と割増賃金部分との判別が可能であること(明確区分性)が求められることに注意が必要です。

弁護士にもご相談ください

近年、固定残業代の有効性をめぐり、会社が労働者から訴えを起こされるケースが増えています。
上述のとおり、固定残業代が有効として認められるためには、各要件を検討する必要がありますが、有効か否かを判断するに際しては、労働契約書の記載内容のほかにも、当該労働者の勤務状況や労働時間など個別具体的な事情を総合的に検討しなければなりません。

残業代に関しては、こちらの記事もご覧ください。

賃金や手当、残業代の支給等についてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。