一斉在宅勤務を申し出た従業員を解雇できる?【オフィス・デヴィ・スカルノ事件】
- 川崎市内で社員2名の小さな会社を営んでいます。小さな会社ですので私の言うことを聞いてくれないと会社運営がうまく行きません。あるとき、社員2名が、私の方針に逆らってきたため、うっかり「クビよ」と言ってしまいました。社員たちも「仕方ありません」と応じたので、退職の合意ができているとおもうのですが、認められるでしょうか。合意退職が認められない場合、解雇としては有効でしょうか。
- 合意退職といえるためには、労働者と使用者の退職に対する真摯な意思が合致している必要があります。ご質問のケースにおいて、退職という重大な意思決定に対して「クビよ」「仕方ありません」というやりとりのみで退職に向けた真摯な意思の合致というには十分とは言えないことが多いでしょう。
解雇についても、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められないような場合には、解雇は無効となってしまいます。
詳しくは、企業側労働問題に強い弁護士法人ASKにお問い合わせください。
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解雇とは?
解雇とは、使用者側が一方的に労働者との間の労働契約を終了させることです。
ただし、解雇は、いつでも使用者が自由にできるというものではありません。
仮に、その解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められないような場合には、解雇は無効となってしまいます(労働契約法16条)。
また、この他にも、使用者は就業規則に解雇事由を定めておく必要があったり、解雇予告手当を支払う必要があったりなど、解雇には複雑な問題が絡んでいます。
従業員の解雇をお考えの場合には、まず弁護士法人ASKにご相談ください。
裁判例のご紹介(オフィス・デヴィ・スカルノ事件・東京地裁令和6年12月12日判決)
さて、今回は、一斉在宅勤務を申し出た従業員らに対する解雇の有効性が問題になった裁判例をご紹介します。

どんな事案?
この事案は、Y社に雇用されていたXさんらが、合意退職はしておらず、会社による解雇も無効であるなどと主張し、Y社に対して、労働契約上の権利を有する地位あることの確認や未払い賃金などの支払いを求めたものです。
何が起きた?
Y社について
Y社(株式会社オフィス・デヴィ・スカルノ)は、Y社代表者をはじめとする芸能タレントのマネジメントやプロモート等を主な業務とする会社でした。
Y社の従業員の勤務場所は、東京都内にあるY社代表者の自宅を兼ねたY社事務所でした。
私自身も含めて、芸能タレントのマネジメントなどをしています!

Xさんらについて
X1さんは、Y社との間で無期雇用契約を締結し、Y社では、主にY社代表者のブログやSNSを含むさまざまな文書の原稿作成、公開、送付などの業務を担当していました。
また、X2さんは、Y社と無期雇用契約を締結し、Y社では、Y社代表者のマネージャー業務に従事していました。

私たちは、Y社で勤務していました!
コロナウイルスのまん延
令和3年2月当時、政府は、新型コロナウイルス感染症のまん延の防止などのため、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づいて、東京都等を対象とする緊急事態宣言を発出し、不要不急の外出を控えることなどを呼び掛けていました。
また、水際対策の一環として、海外からの入国者に対して、入国の翌日から起算して14日間の宿泊施設などでの待機を要請していました。
Y社代表者の帰国
このような中で、Y社代表者は、令和3年2月4日、娘婿の葬儀に参列するため、インドネシア・バリ島へ渡航し、同月12日に帰宅しました。
バリから帰ってきたわよ!

Xさんらの在宅勤務希望
そこで、Xさんらは、帰宅したY社代表者に対し、従業員の総意であるとして、2週間の在宅勤務をすると伝えました。
ところが、Y社代表者は激怒し、その場にいた従業員に対して、出社したくないなら全員解雇すると述べました。そして、Y社は、Xさんらに対して、令和3年3月分の給与を支払い、翌月分以降の給与を支払わなくなりました。

Yさん、私たちの総意として在宅勤務します!
出社したくないなら、もう全員解雇よ!給料も払わない!

労働審判の申立て
Xさんらは、令和4年3月29日、Y社に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認や未払い賃金等の支払いを求めて、東京地方裁判所に労働審判の手続きを申立てました。
そうしたところ、各労働審判の労働審判委員会は、Y社がXさんらに対して、それぞれ300万円を支払うこと、Xさんらが同年8月2日付でY社を合意退職することなどを内容とする審判を告知しました。
訴訟への移行
しかし、Y社はこれらの審判を不服として、異議を申立てました。
そのため、各労働審判は訴訟に移行しました。

問題になったこと(争点)
Y社側の反論
Xさんらの訴えに対して、Y社側は、
- ・そもそもXさんらには退職の意向があり、Y社代理人弁護士との電話協議において、令和3年3月20日付で退職することを明確に合意していた。
- ・仮に、合意退職が成立していなかったとしても、Y社はXさんらを有効に解雇している。
などと反論していました。
争点
そこで、この裁判では、
問題①XさんらはY社を合意退職していたのかどうか?
問題②Xさんらに対する解雇は有効か?
などが争点となりました。
※なお、本解説記事では、その他の争点については省略しています。
裁判所の判断
この点について、裁判所は、それぞれの争点について、次のように判断をしました。
問題(争点) | 裁判所の判断 |
---|---|
①XさんらはY社を合意退職していたのかどうか? | 合意退職は成立していない |
②Xさんらに対する解雇は有効か? | 解雇事由が認められず、解雇は無効 |
本判決のポイント(要旨)
では、本判決ではどのようなことが述べられているのでしょうか?
問題①XさんらはY社を合意退職していたのかどうか?
裁判所は、XさんらがY社との間で合意退職をしていたのかどうか、という点について、X1さん、X2さんが示す姿勢の経過、話し合いの状況などに照らせば、いずれも合意退職していたとはいえない、と判断しました。
≪X1さんについて≫
「Y社は、令和3年3月12日にX1と電話協議を行った際、X1は同月20日付けで退職することを合意した旨主張する。
しかしながら、前記認定によれば、X1は、同年2月28日以降、Y社と退職条件をめぐる交渉を行う中で、有給休暇の買い取り、未払残業代の支払、慰謝料の支払を要求しており(…)、また、同年3月12日にも、これを前提とした話し合いがされ、X1は、Y社の代理人弁護士に対し、同月20日付けで退職することはやむを得ないとしつつも、金銭解決の要望を伝え、Y社の代理人弁護士も、ソフトランディングが一番良いと考えている旨を述べ(…)、X1の上記要望を検討する姿勢を見せていたところである。そうすると、X1が退職はやむを得ない旨述べたのは、同年2月12日の出来事があった以上、Y社に復職することは現実的ではないとの認識の下、退職条件に関する協議を行う過程で、納得できる退職条件が示されればY社を退職するとの考えを述べたにとどまるものというべきであり、金銭的条件について合意に至らない状況でY社を退職するとの意思表示をしたとは認められない。
したがって、X1とY社が金銭的条件について合意に至っていない本件においては、X1がY社を合意退職したとはいえず、Y社の上記主張は採用できない。」
≪X2さんについて≫
「Y社は、令和3年3月4日にX2と電話協議を行った際、X2は同月20日付けで退職することを合意した旨主張する。
しかしながら、前記認定によれば、X2は、同月4日の電話協議において、退職はやむを得ないが、金銭面での問題が残っている旨を述べたのに対し、Y社の代理人弁護士は、要望があれば書面で提出してほしい旨を伝え(…)、また、同月5日の協議でも、X2は、給与1年分の解決金等の支払を求め、Y社の代理人弁護士は、同月20日までの給与相当額を支払うとの提案をする(…)など、金銭面での交渉を行っていたところである。そうすると、X2が退職はやむを得ない旨述べたのは、同年2月12日の出来事があった以上、Y社に復職することは現実的ではないとの認識の下、退職条件に関する協議を行う過程で、納得できる退職条件が示されればY社を退職するとの考えを述べたにとどまるものというべきであり、金銭的条件について合意に至らない状況でY社を退職するとの意思表示をしたとは認められない。
したがって、X2とY社が金銭的条件について合意に至っていない本件においては、X2がY社を合意退職したとはいえず、Y社の上記主張は採用できない。」
問題②Xさんらに対する解雇は有効か?について
次に、裁判所は、Y社側が主張する各解雇事由についても検討しましたが、X1さん、X2さんいずれについても解雇事由は認められず、解雇は無効である、と判断しました。
≪X1さんについて≫
➤Y社の主張する解雇事由
「Y社は、X1には、①Y社代表者がインドネシア・バリ島から帰国した令和3年2月12日、X2と共に、その影響力を利用して、Y社の他の従業員との間で出勤拒否の合意を成立させ、職場の秩序の紊乱及び業務妨害に及んだ、②Y社代表者を新型コロナウイルスの濃厚接触者あるいは保菌者であると決めつけて侮辱し、職場の秩序を著しく乱した、③X1はY社代表者名義の原稿の作成、ブログやSNSへの書き込みを担当していたところ、仕事が遅く、誤字脱字も多いなど、原稿作成等の業務を遂行する能力が不足していたとの解雇事由が存在した旨主張する。」
➤解雇事由①について
「(…)Xらを含むY社の従業員は、令和3年2月11日、Y社代表者がインドネシアから帰国した際、空港から自宅への移動には国が指定するタクシーを使用するのが望ましいとY社代表者に伝えたこと(…)、同月12日には、Y社代表者の帰国後2週間は全従業員が在宅勤務をするという方針を話し合い、これをX1がY社代表者に伝えたこと(…)が認められる。
このようなY社の従業員らの判断は、新型コロナウイルスの感染拡大を理由に緊急事態宣言が発出され、海外からの入国者においては、帰国後2週間の自宅等での待機や検疫所への誓約書の提出が求められる(…)など、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ行動が求められている当時の社会情勢を前提としたものであり、これをもってY社の職場の秩序に影響を及ぼすものと評価することはできない。Y社では、これまで従業員全員が同時に在宅勤務をしたことはなく(…)、これによりY社の業務に一定の支障が生じることは否定できないものの、このような事態は、Y社代表者が、海外から帰国したにもかかわらず、帰国後にY社の事務所と一体となっている自宅(…)での生活を希望し、新型コロナウイルスの感染防止のための措置を検討又は提案しなかったことに起因するものというべきである。
Y社は、Y社代表者が滞在したインドネシアでの感染状況は落ち着いており、空港でPCR検査を受け、陰性であることが確認されている旨主張するが、PCR検査の精度には限界があり(甲共16)、新型コロナウイルスの感染可能性を完全に否定できるものではないこと、インドネシアでも相当数の感染者が存在したこと(…)に照らせば、Y社の従業員らの対応はやむを得ないものであったといえる。
以上によれば、X1に上記①の解雇事由があるとは認められない。」
➤解雇事由②について
「(…)Xらを含むY社の従業員は、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ行動が求められている当時の社会情勢を前提に、Y社代表者の帰国後2週間は全従業員が在宅勤務をするという方針を立て、X1が、この方針をY社代表者に伝えたものである。そして、当時の社会情勢のほか、インドネシアでも相当数の感染者が存在し(…)、Xらを含むY社の従業員において、Y社代表者が新型コロナウイルスに感染している可能性があるのではないかと懸念を抱くこと(…)もやむを得ない状況にあったといえること、PCR検査の精度には限界があり(…)、陰性の検査結果が出ても、新型コロナウイルスに感染している可能性を否定できるものではないことからすれば、X1を含むY社の従業員において、Y社代表者が新型コロナウイルスに感染している可能性があることを前提とした行動をとることには合理的な理由が存在したというべきであるから、これをもってY社代表者を侮辱したとか、職場の秩序を乱したものと評価することはできない。
したがって、X1に上記②の解雇事由があるとは認められない。」
➤解雇事由③について
「本件全証拠によっても、軽微なミスが生じていたことは別として、原稿作成等の業務に関し、X1に解雇事由となるような能力不足があることを示す事実は認められない。
したがって、X1に上記③の解雇事由があるとは認められない。」
➤X1さんの解雇は無効であること
「以上によれば、Y社の主張する解雇事由はいずれも認められず、X1に対する解雇は客観的に合理的な理由を欠き、無効である。」
≪X1さんについて≫
➤Y社の主張する解雇事由
「Y社は、X2には、①Y社代表者がインドネシア・バリ島から帰国した令和3年2月12日、X1と共に、その影響力を利用して、Y社の他の従業員との間で出勤拒否の合意を成立させ、職場の秩序の紊乱及び業務妨害に及んだ、②Y社代表者を新型コロナウイルスの濃厚接触者あるいは保菌者であると決めつけて侮辱し、職場の秩序を著しく乱した、③X2はマネージャー業務に従事していたところ、マネージャーとしての能力が不足していたとの解雇事由が存在した旨主張する。」
➤解雇事由①について
「(…)Xらを含むY社の従業員による在宅勤務という判断は、新型コロナウイルスの感染拡大防止という当時の社会情勢に基づくものであって、これをもってY社の職場の秩序を乱したと評価することはできない。また、Y社の従業員全員が在宅勤務をすることにより、Y社の業務に一定の支障が生じることは否定できないが、このような事態は、主にY社代表者の行動に起因するものというべきである。
したがって、X2に上記①の解雇事由があるとは認められない。」
➤解雇事由②について
「(…)Xらを含むY社の従業員は、Y社代表者が新型コロナウイルスに感染した可能性があることを前提とした行動をとっているが、このような行動をとることには合理的な理由が存在したというべきであり、これをもってY社代表者を侮辱したとか、職場の秩序を乱したものと評価することはできない。
したがって、X2に上記②の解雇事由があるとは認められない。」
➤解雇事由③について
「(…)本件全証拠によっても、軽微なミスが生じていたことは別として、Y社代表者のマネージャー業務に関し、X2に解雇事由となるような能力不足があることを示す事実は認められない。
したがって、X2に上記③の解雇事由があるとは認められない。」
➤X2さんの解雇は無効であること
「以上によれば、Y社の主張する解雇事由はいずれも認められず、X2に対する解雇は客観的に合理的な理由を欠き、無効である。」
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さて、今回は退職合意の成否や解雇の有効性が争われた事案をご紹介しました。
本判決では、Xさんらが退職も「やむを得ない」と述べていたことが認められていますが、他方で、これは「退職条件に関する協議を行う過程で、納得できる退職条件が示されればY社を退職するとの考えを述べたにとどまる」と判断されており、注目されます。
退職などをめぐる労使間の協議の中では、さまざまな意見や考えが双方から出てくることになります。会社側の一方的な判断で「この発言は従業員の退職の意思表示だ」などと決めてしまうと、後にトラブルに発展してしまうことにもなりかねません。
従業員の方との退職に関する話し合いは丁寧に行うことが大切です。
お悩みがある場合には、ぜひ弁護士法人ASKにご相談ください。
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