解雇前休職期間は満額の賃金支払義務があるか【ウィンアイコ・ジャパン事件】
- 川崎市でコンサルティング会社を経営しています。このたび、従業員が副業でライバル会社の案件を受け持っていることが分かり、競業避止義務違反として懲戒処分をする必要が生じました。そのため、その従業員に自宅待機を命じ、その間に調査を行い、最終的に懲戒解雇処分をしました。自宅待機期間は、賃金の60%を支払っていました。そうしたところ、その従業員から、「自宅待機命令期間の賃金は100%支払われるべきだ」との請求がなされました。これに応じる義務はあるのでしょうか。
- 労働基準法26条では、「使用者の責に帰すべき事由による休業」をしたときは労働者にその平均賃金の100分の60以上の賃金を支払わなければならないとされています。他方、民法536条2項では「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったとき」は、債権者は、「反対給付の履行を拒むことができない。」とされており、満額の賃金支払義務が生じます。両者の関係ですが、労働基準法26条の「使用者の責に帰すべき事由」のほうが民法536条2項の「債権者の責めに帰すべき事由」より広い概念とされており、使用者の故意、過失その他これに準ずる事由が生じてはじめて民法536条2項の適用があると考えられています。ご質問の件については、自宅待機命令に会社側の過失がないのであれば、100%の賃金請求に応じる義務はないことになります。詳しくは弁護士にご相談ください。
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休業期間中の賃金の扱い
ノーワーク・ノーペイの原則とは、従業員の労務提供がなければ、会社は従業員に対して賃金を支払う必要がないという原則です。
そのため、不就労日や不就労時間に対する賃金の支払いについては、原則として賃金を支給する必要はありません。
労働基準法26条の規定
ただし、労働基準法は、労働者の最低生活を保障する観点から、使用者の責めに帰すべき事由により労働者を休業させた場合には、使用者が、休業期間中、平均賃金の60%の休業手当を支払わなければならないと定めています(労基法26条)。
平均賃金とは、原則として、休業期間初日の直前の賃金締切日から遡る3か月の賃金の総額(通勤手当、皆勤手当、時間外手当など諸手当を含み税金や社会保険料などの控除をする前の賃金の総額)を総日数で除した賃金のことをいいます。
平均賃金額=直近3か月間の賃金の総額÷直前3か月間の総日数
ただし、賃金が時間額や日額、出来高給で決められており、労働日数が少ない場合などにおいて、最低保障額と比較し、その高い方を適用することになります。
最低保障額=(直近3か月間の賃金の総額÷直近3か月間の労働日数)×0.6
民法536条2項の規定
他方、民法536条2項は、「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」と定めています。
つまり、債権者(会社)の責めに帰すべき事由によって債務(労務)を履行することができなくなったときは、会社は労務の提供を受けていなくても、満額の賃金を支払わないといけません。
自宅待機を命じたときに支払うべき賃金は6割か全額か
そうすると、「いずれにしても使用者の責任で休業させるなら、労働基準法26条の適用が優先されて、100分の60(6割)の賃金相当額を支払えばいいのでは?」というもっともな疑問が浮かんでくるでしょう。
そこであらためて、労基法26条と民法536条2項の関係について確認をしておきます。
労基法26条は民法536条2項の適用を排除しない
労働基準法26条は労働者の生活をその限度で保障しようという「手当て」の問題、民法536条2項は債権者に対する「賃金請求権」を失わせるかどうかの問題であって、両者は競合すると考えられています。つまり、労働基準法26条があるからといって民法536条2項の適用が排除されることにはなりません。
労基法26条のほうが民法536条2項より広く適用される
次に問題になるのが、適用される範囲です。
労基法26条は「使用者の責に帰すべき事由」、民法536条2項は「債権者の責に帰すべき事由」というほぼ用語を使っていますが、労基法は生活保障という立法趣旨から、民法536条2項よりも広く「使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと解するのが相当」と考えられています(以上、最高裁昭和62年7月17日判決「ノース・ウェスト事件」)。
使用者の故意・過失と同視できる事由による休業かどうかがポイント
以上をまとめると、次のとおりになります。
「使用者の責に帰すべき」休業とはいえない | いずれも適用なし | 原則ゼロ | |
「使用者の責に帰すべき」休業 | それ以外(経営上・管理上の障害を含む) | 労基法26条のみ適用 | 100分の60以上 |
故意・過失またこれと同視すべき事由(債権者の責に帰すべき事由) | 労基法26条・民法536条2項の競合 | 原則満額 |
このとおり、まず、労働者に対して一定の手当を支払う必要があるかどうかのポイントは休業が「使用者の責に帰すべき」といえるかどうか。
使用者の責めに帰すべき事由であっても、それが債権者の故意・過失またこれと同視すべき事由(債権者の責に帰すべき事由)による場合は、原則満額。それに至らない場合は100分の60以上、という整理となります。
さて、今回はそんな休業手当の支給と賃金の支払いをめぐり、元従業員が会社を訴えた事案をご紹介します。

ウィンアイコ・ジャパン事件・東京地裁令和3.5.28判決
事案の概要
本件は、Y社との間で労働契約を締結していたXさんが、平成30年9月分及び同年10月分の日割り給与が未払いであるとして、賃金の支払いを求めるとともに、Y社から解雇されたにもかかわらず解雇予告手当が支払われないとして、解雇予告手当の支払いを求めた事案です。
事実の経過
労働契約の締結
XさんとYは、平成26年6月23日に、給与月額45万8333円(年俸550万円)、賃金支払時期を当月分25日払いとする旨の雇用契約を締結しました。
以後、XさんはYの従業員として稼働していました。
自宅待機命令による休職
Yは、平成30年9月4日、Xさんに対し、自宅待機命令を出しました(本件休職命令)。
これによって、Xさんは同日以降、就労しなくなりました。
本件解雇
その後、Y社は、平成30年10月15日、Xさんに対し、解雇の意思表示を示しました。
本件金員の支払い
Yは、平成30年12月20日、Xさんに対し、63万7520円を支払いました(本件支払済金員)。
訴えの提起
これに対して、Xさんは、Yに対して、平成30年9月分及び同年10月分の日割り給与が未払いであるとして、賃金の支払いを求めるとともに、Y社から解雇されたにもかかわらず解雇予告手当が支払われないとして、解雇予告手当の支払いを求める訴えを提起しました。

争点
Xさんの主張
Xさんは、
- ・本件支払済金員は退職金として支払われたものであり、休業手当及び解雇予告手当として支払われたものではないこと
- ・XさんはY社の責めに帰すべき事由により休業しているので、民法536条2項により給与全額を請求することができること
などと主張していました。
Y社の主張
他方で、Y社は、
- ・Y社は、平成30年9月4日から同年10月15日までの休業手当24万0770円(=平均賃金1万5434円×0.6(労働基準法26条に定める下限)×出勤すべき日数26日)、及び解雇予告手当46万3020円(=平均賃金1万5434円×30日)の合計70万3790円から源泉徴収額6万6270円を控除した63万7520円をXさんに支払済みであること
- ・本件支払済金員は退職金ではなく、休業手当及び解雇予告手当であること
- ・Y社は、Xさんが本件雇用契約に定められた競業避止義務に反した行為を反復継続して行ったことからXさんを懲戒解雇にしたところ、懲戒解雇処分が妥当か否かを調査するためにXさんに休職を命じていたこと(本件休職命令)
- ・本件休職命令による休職は、民法536条2項の「債権者の責に帰すべき事由」には該当しないため、休業期間については、労働基準法26条に基づき平均賃金の60%を支払えば足りること
などと主張していました。
争われたこと
XさんとY社の主張を踏まえて、本件では
- ①本件支払済金員が休業手当及び解雇予告手当であるかどうか?
- ②本件支払済金員が休業手当及び解雇予告手当である場合の未払額がいくらか?
が争点となりました。
本判決の要旨
争点①本件支払済金員が休業手当及び解雇予告手当であるか否かについて
まず、本件支払済金員の法的性質について、裁判所は、Y社に退職金制度がなく、退職金規程も存在しないこと、労働基準監督署長に対しても休業手当及び解雇予告手当を支払った旨の報告をしていることなどからすれば、本件支払済金員が休業手当及び解雇予告手当であると認められると判断しました。
「前記前提事実及び弁論の全趣旨によれば、Y社には退職金制度がなく、退職金規程も存在しなかったことが認められる。
また、Y社、労働基準監督官から休業手当及び解雇予告手当の不払の指摘を受けていたところ、B労働基準監督署長に対し、平成30年12月20日に休業手当及び解雇予告手当を支払った旨を報告している(…)。
以上によれば、Y社がXさんに対して交付した退職金明細書(…)において、「退職金」として70万3790円が支払われたことが明記されているとしても、本件支払済金員は休業手当及び解雇予告手当であると認めざるを得ず、これを退職金と認めることはできない。」
争点②本件支払済金員が休業手当及び解雇予告手当である場合の未払額がいくらか
休業手当の未払い額があるか?
まず、Y社による本件休職命令による休職が、Y社の責めに帰すべき事由による履行不能(民法536条2項)に当たるか否かについて、裁判所は、本件休職命令は、Y社がXさんに対して解雇が妥当か否かを調査するために行われたものであり、合理的な理由に基づくとして、Y社の帰責事由には当たらないと判断しました。
そして、Y社は、労働基準法26条に基づいて平均賃金の60%を支払えば足りるところ、すでに休業手当はXさんに対して支払われていることから、未払いはないと判断しました。
「前記前提事実のとおり、Y社は平成30年9月4日にXさんに対し自宅待機命令を出し(本件休職命令)、Xさんは同日から就労していない。
この点、(…)Y社がXさんに対して解雇が妥当か否かを調査するためにXさんに対して本件休職命令をもって休職を命じたのは合理的というべきであり、平成30年9月4日以降のXさんの休職はY社の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によるものとは認められない。
Y社は、Xさんに対して、その休業期間につき労働基準法26条に基づき平均賃金の60パーセントを支払えば足りたものであり、それを超える責任は負わない(…)。」
解雇予告手当の未払い額があるか?
次に、Y社から解雇予告手当の未払いがあるか否かについて、裁判所は、解雇予告手当についても、Y社からXさんに対して支払われていることから、未払いはないと判断しました。
結論
よって、裁判所は、以上の検討から、「Y社は、平成30年12月20日、Xさんに対し、63万7520円を支払っているから、休業手当及び解雇予告手当の未払はない。」として、Y社が未だ支払っていない(※XさんとY社に争いなし)平成30年9月1日から同月3日までの日割給与の支払請求権についてのみを認められるとの判決を示しました。
解説
本件事案のおさらい
本件は、Y社との間で労働契約を締結していたXさんが、平成30年9月分及び同年10月分の日割り給与が未払いであるとして、賃金の支払いを求めるとともに、Y社から解雇されたにもかかわらず解雇予告手当が支払われないとして、解雇予告手当の支払いを求めた事案でした。
何が問題になったか?
本件では
①本件支払済金員が休業手当及び解雇予告手当であるかどうか?
②本件支払済金員が休業手当及び解雇予告手当である場合の未払額がいくらか?
が問題となりました。
本判決のポイント
本件においては、Y社が、Xさんに対して、平均賃金の60%に相当する金員を支払っていたところ、この法的性質が争われていました。
この点、裁判所は、
・Y社に退職金制度がなく、退職金規程も存在しないこと、
・労働基準監督署長から指摘を受けたY社が、同署長に対して、休業手当及び解雇予告手当を支払った旨の報告をしていること
などの点を挙げ、本件支払済金員が休業手当及び解雇予告手当であると判断しています。
また、Y社がXさんに対して交付した退職金明細書では、「退職金」として支払ったことが明記されていたことも問題視されていたところ、裁判所は、この明記があったとしても、認定した事実からすれば、「本件支払済金員は休業手当及び解雇予告手当であると認めざるを得ず、これを退職金と認めることはできない」としている点でも注目されます。
弁護士にご相談ください
労働契約において、使用者は、労働者から労務の提供を受け、これに対して賃金等を支払う義務を負います。
冒頭でも説明したとおり、ノーワーク・ノーペイの原則の下、労務の提供を受けなかった場合には、支払いの必要は生じません。
もっとも、使用者の責めに帰すべき事由により労働者を休業させた場合には、使用者が、休業期間中、平均賃金の60%の休業手当を支払わなければならないため、注意が必要です。また、本件でも争われていたように、労働者に対して金員を支払う場合には、その性質について明記し、労使間双方にとって誤解のないようにしておくことも大切です。
休業手当に関しては次の記事もご覧ください。
休業手当や使用者の責に帰すべき事由などについて、お悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。
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