労働問題

再雇用拒否と定年後再雇用契約の成否【アメリカン・エアラインズ事件】

厚労省は、急速な少子高齢化と人口減少が進行する我が国においては、すべての年齢層の人が、個々人の特性等を活かしながら、経済社会の担い手として活躍できる環境を整備することが必須であるとしています。
中でも、人生100年時代の今日の状況を踏まえ、「働く意欲がある高年齢者がその能力を十分に発揮できるよう、高年齢者齢者が活躍できる環境整備を図っていくことが重要である」とされています。

そこで、高年齢雇用安定法第8条では、従業員の定年を定める場合には、定年年齢を60歳以上にする必要があることを定めています。
また、定年年齢を65歳未満に定めている場合には、雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保する観点から、
・65歳までの定年の引上げ
・65歳までの継続雇用制度の導入
・定年の廃止
のいずれかの高年齢者雇用確保措置を実施する必要があるとされています(高年齢雇用安定法第9条)。

継続雇用制度とは、雇用している高年齢者を、本人が希望した場合に定年後も引き続いて雇用する再雇用制度などを意味します。
従前、継続雇用制度の対象者は、労使協定で定めた基準によって限定することが認められていましたが、平成25年度以降は希望者全員を対象とすることが必要となっています。

では、使用者が継続雇用制度を拒否できる場合はないのでしょうか。
今回は、定年後の再雇用を申し込んだところ、拒否されてしまったとして、労働者が会社を訴えた事件を取り上げます。

アメリカン・エアラインズ事件・東京令和5.6.29判決

事案の概要

本件は、Y社に勤務していたXさんが、満60歳の定年に達したことをもって退職する予定になったことを受けて、定年後再雇用にかかる労働契約の締結を申し込んだところ、Y社から再雇用拒否をされたとして、Y社に対し、損害賠償等の支払いを求めた事案です。

事実の経過

XさんとY社の労働契約

Xさんは、昭和62年、旅客および貨物の航空運送等を業とするY社との間で労働契約を締結し、正社員としてY社に入社しました。
令和2年当時、XさんはY社が成田国際空港に設置していた成田空港事務所の旅客・運航部門において、旅客業務、旅客便・貨物便のオペレーション業務等に従事していました。
もっとも、令和2年12月17日に満60歳に達したことから、Y社の就業規則に基づき、同月31日をもってY社を定年退職するものとされていました。
なお、令和2年12月当時のXさんとY社との間の労働契約の内容は次のとおりでした。

Y社の就業規則

Y社の就業規則には、次のような定めがそれぞれ置かれていました。

コロナウイルスによるY社の方針

新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる世界の航空旅客需要の著しい減少の下、Y社日本支社は、労務費の削減を目的として、正社員を含めた人員削減施策を押し進めていました。
令和2年9月頃、就業規則67条2項に基づく定年退職者の定年後再雇用の制度を中止ないし一時的に凍結し、今後は、定年に達した従業員が退職しても同じポジションには後任者を補充せず、当該定年退職者のポストは廃止する旨の方針(本件方針)を定めました。
Xさんは、本件方針を策定されて以降、日本支社において最初に定年を迎える従業員でした。

Xさんの再雇用の希望

Xさんは、就業規則67条2項本文に基づき、定年後もY社に継続して雇用されることを希望し、令和2年9月23日、成田空港事務所のエアポートサービス部のマネージャーであるAさんに対し、令和3年1月以降の定年後再雇用の希望がある旨を伝えました。

これに対して、当時、Y社の日本地区統括空港支店長であった乙山さんは、令和2年10月9日、Xさんに対し、再雇用はしない旨を通告(本件再雇用拒否)し、同月13日、改めてXさんの定年後再雇用の希望には応ずることができない旨を記載したメールを送信しました。

定年退職との取扱い

Xさんは、乙山さんに対し、令和2年12月9日、就業規則67条2項に定めるとおり定年後再雇用を希望する旨のメールを送信しましたが、同月10日、乙山さんは、再度、定年後再雇用は行わず、Xさんの勤務継続の希望には応じかねる旨の返答をしました。
その後、Xさんは、同月31日をもってY社を定年退職したものとして取り扱われました。

なお、日本支社では、令和2年に定年後再雇用された者が存在したものの、令和3年には本件方針に基づき再雇用されず退職しました。
また、同年に定年退職した者らも再雇用はされませんでした。

訴えの提起

≪主位的請求≫

Xさんは、Y社に対し、
(1)就業規則上、Y社はXさんの定年後の再雇用にかかる労働契約の締結の申し込みを承諾する義務があるから、Y社による同契約の締結拒否は無効であり、XさんとY社との間ではXさんの定年後も契約期間が有期となること以外は定年前と同一の労働条件で労働契約が成立している
(2)上記(1)に基づいてXさんとY社との間で定年後の再雇用にかかる労働契約が成立していないとしても、Xさんにおいては、定年に達した後もY社に係属雇用されるものと期待することについて合理的な理由があり、また、Y社による定年後の再雇用契約の締結拒否には客観的に合理的な理由はなく、社会通念上も相当であるとはいえないから、労働契約法19条2号の適用ないし類推適用により、XさんとY社との間ではXさんの定年後も契約期間が有期となること以外は締結前と同一の労働条件で本件契約が成立している
として、労働契約に基づき、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、労働契約に基づく未払賃金の支払いを求めました。

≪予備的請求≫

また、Xさんは、Y社に対し、主位的請求が認められない場合に備え、
(3)Y社が就業規則に基づきXさんを65歳まで継続して雇用する義務を負っていたから、Y社がXさんの定年後の再雇用にかかる労働契約の締結を拒否したことは債務不履行または不法行為を構成するところ、これによりXさんは65歳に達するまで継続して就労する機会を奪われ、その間の賃金相当額の損害および精神的苦痛を被ったとして、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償の支払いを求めました。

争点

本件では、①XさんとY社との間で就業規則67条2項本文に基づき本件契約が成立したといえるか、②XさんとY社との間で労働契約法19条2号に基づき本件契約が成立したといえるか、③本件再雇用拒否がY社の債務不履行または不法行為を構成するかが争点となりました。

本判決の要旨

争点①XさんとY社との間で就業規則67条2項本文に基づき本件契約が成立したといえるかについて

Xさんは、Y社は、就業規則67条2項に基づき、特段の事由がない限り定年後再雇用を希望する定年退職者を再雇用する義務があり、その際、定年後再雇用時には定年前と同一の業務内容、労働時間、賃金で再雇用するという慣行が存在したから、XさんとY社との間では、契約期間が1年とされる部分を除いて、定年前と同一の労働条件で労働契約が成立したと主張していました。

就業規則67条2項に本文に該当する事由の有無

まず、裁判所は、次のとおり就業規則67条2項本文に該当する事由があると判断しました。

「就業規則67条1項は、「社員が60歳に達した日に属する月の末日をもって定年とする。」と、同条2項本文は「前項による定年到達者が引き続き勤務を希望した時は、1年契約の更新制とし再雇用する。」とそれぞれ規定していること、Ⅹさんは、令和2年12月31日に定年に達することになっていたところ、これに先立つ同年9月頃からY社に対して定年後再雇用の申込みをしたことが認められる。
以上によれば、Xさんについては、就業規則67条2項本文に該当する事由があるものと認められる。」

再雇用後の労働条件が定年前の労働条件と同一となるか

次に、裁判所は、次のとおり再雇用後の労働条件が定年前の労働条件と同一になるとはいえないと判断しました。

「Y社においては、定年に達した従業員から再雇用の申出を受けた場合、当該従業員について、いったん定年退職の扱いとし、再雇用後の労働条件について協議・合意した上で新たに労働契約を締結していたこと、その際、その時点のフライト数や業務内容、号務量等によって再雇用後のポジションや労働時間数、労働条件のオファーをし、定年後再雇用を希望する従業員との間で再雇用後の労働条件について調整し合意した上で個別に労働条件が決定されていたことが認められる(…)。
したがって、Y社の定年後再雇用の制度が適用された場合に再雇用後の労働条件が定年前の労働条件と同一となるとはいえず、そのような慣行があったと認めることも困難といわざるを得ない。」

就業規則67条2項ただし書所定の事由があったといえるか

これに対して、Y社は、Xさんについては就業規則67条2項ただし書所定の事由が存在するから、Xさんによる定年後再雇用の申入れに対し、これに応じる義務は負わない旨を主張していました。
この点について、裁判所は、次のとおりXさんには就業規則67条2項ただし書所定の事由があったものと認めました。

「令和2年当時、新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大を受けて航空旅客需要は大きく低下し、全世界に定期路線を設定していたY社も大幅な減便を余儀なくされるなど収益が著しく悪化し、多額の営業損失が生じたこと、Y社は経営悪化に対応するべく経費の削減に取り組み、その一環として従業員の雇用に要する労務費の削減を図ることとし、日本支社においても間接部門の正社員を約30%削減するなどの人員削減施策を講じ、併せて、同年9月頃、定年退職者の再雇用についても、これを中止ないし一時的に凍結することとし、定年退職する従業員が生じてもその後任者は補充せずそのままそのポジションを廃止するという方針(本件方針)を決定したことが認められる。
以上によれば、Xさんについては、定年に達した令和2年12月の時点において、就業規則65条5号の「事業縮小、人員整理、組織再編成等により社員の職務が削減されたとき」という退職事由が存在していたものといわざるを得ないから、Xさんには就業規則67条2項ただし書所定の事由があったものと認められる。
したがって、Y社の上記主張には理由がある。」

まとめ

以上の検討から、裁判所は、Xさんについては、就業規則65条5号の「事業縮小、人員整理、組織再編等により社員の職務が削減されたとき」に該当する事由があったものと認められるため、本件再雇用拒否は無効になるとはいえず、また、XさんとY社との間で本件契約について明示的・黙示的に合意が成立したと認めることも困難であるとして、本件契約が成立したとのXさんの主張を退けました。

争点②XさんとY社との間で労働契約法19条2号に基づき本件契約が成立したといえるか

Xさんは、定年後もY社に継続雇用されるものと期待することについて合理的な理由があり、また、本件再雇用拒否は客観的に合理的な理由はなく、社会通念上も相当であるとはいえないから、労働契約法19条2号の適用若しくは類推適用により、XさんとY社との間には本件契約が成立しているといえると主張していました。

労働契約法19条2号の適用の適用可能性

まず、裁判所は、次のとおり労働契約法19条2号の適用ないし類推適用の余地があることは認めました。

「そこで検討するに、期間の定めのない労働契約が定年により終了した場合であっても、労働者からの申込みがあれば、それに応じて期間の定めのある労働契約を締結することが就業規則等に明定されていたり、確立した慣行となっており、かつ、その場合の労働条件等の労働契約の内容が特定されているということができる場合には、労働者において労働契約の定年による終了後も再度の労働契約の締結により雇用が継続されるものと期待することにも合理的な理由があり得、そのような場合において、労働者から再度の労働契約の締結の申込みがあったにもかかわらず、使用者が労働契約を締結せず、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には、使用者が再雇用契約を締結しない行為は権利濫用に該当し、労契法19条の基礎にある法理や解雇権濫用法理の趣旨ないし労働者との間の信義則に照らして、期間の定めのない労働契約が定年により終了した後に、上記の特定されている契約内容による期間の定めのある再度の労働契約が成立するとみる余地はあるものと解される。」

本件の具体的な検討

もっとも、裁判所は、次のとおり、定年後再雇用によって確定される労働契約の内容が再雇用契約の締結時に特定されていたとは解し難いと判断しました。

「これを本件についてみるに、(…)Y社における定年後再雇用の制度は、定年に達した従業員につき、いったんY社を退職したものと取り扱った後に、あらためてY社と当該従業員との間で協議・合意をした上で有期の労働契約を締結することを内容とするものであったことが認められるところ、その際、再雇用契約の内容は、就業規則等において特定の労働条件が示されていたものではなく、かえって、当該契約を締結する個々の定年退職者との個別の協議により合意されることとされていたことが認められるから、定年後再雇用によって確定される労働契約の内容(労働条件等)が再雇用契約の締結時において特定されていたとは解し難いものといわざるを得ない。」

本件再雇用拒否が客観的な理由を欠き社会通念上相当と認め難いものであるか

さらに、裁判所は、上記の点を除いたとしても、Xさんが定年後再雇用について有していた期待が合理的な理由に基づくものでは言い難い上、Y社の本件方針に基づき定年後再雇用されなかったことが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当とは認め難いとはいえないと判断しました。

「上記の点を措くとしても(…)、就業規則の退職事由である「事業縮小、人員整理、組織再編成等により、社員の職務が削減されたとき」に該当する場合は前示の定年後再雇用の制度は適用されないことが明示されていたことが認められる。(…)そして、Y社は、令和2年度において、Y社の日本支社の従業員全員に送られる社内ニュースを介して、新型コロナウイルス感染症の拡大により世界規模で経営が急激に悪化し、経費削減の必要が高い状態にあること、これに対応するための施策として役員等の報酬の削減や米国本社における人員削減を行っており、インターナショナル部門も各国ごとに、人員削減を行うことをそれぞれ説明していたことが認められる。
以上の事情に照らせば、Xさんにおいて就業規則67条2項本文に基づく定年後の再雇用について一定の期待を有していたとしても、そのことが合理的な理由に基づくものとは言い難い。加えて、(…)本件再雇用拒否は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大によりグローバル企業であったY社の経営状態が世界規模で悪化したことに対応するための労務費の削減政策として日本支社で計画された定年後再雇用の制度の中止ないし一時的な凍結という社内施策(本件方針)に基づいて行われたものであるところ、そのような理由で定年後再雇用がされなかったことが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当とは認め難いとは断じ得ない。」

まとめ

裁判所は、以上の検討から、Xさんにおいて、定年退職後に本件契約と同内容の労働契約で雇用関係が継続すると期待することに合理的な理由があるとはいえず、また、Y社においてXさんに対して本件再雇用拒否をしたことが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当と認め難いものともいえないとして、Xさんの主張を退けました。

争点③本件再雇用拒否がY社の債務不履行または不法行為を構成するか

Xさんは、Y社が高年法9条の趣旨及び就業規則67条2項に基づき65歳までXさんを継続して雇用する債務及び注意義務を負っていたにもかかわらず、同義務を履行せずに本件再雇用拒否を行ったとして、Y社がXさんに対して債務不履行又は不法行為責任を負うと主張していました。
もっとも、裁判所は、次のとおり、Y社がXさんを定年後も雇用すべき債務又は注意義務を負っていたとはいえないとして、Xさんの主張を退けました。

「Xさんには就業規則67条2項ただし書に該当する事由が認められ、Y社は、これを理由にXさんに対し定年後再雇用の申出には応じられない旨の本件再雇用拒否をしたことが認められるから、Y社においてXさんを定年後も雇用すべき債務又は注意義務があったものとは認めがたいものといわざるを得ない。
したがって、Xさんの上記主張は採用することができず、Xさんの予備的請求としての損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。」

結論

よって、裁判所は、以上の検討から、Xさんの請求はいずれも認められないと判断しました。

ポイント

本件は、Y社に勤務していたXさんが、定年後再雇用にかかる労働締結を申し込んだところ、Y社から定年後再雇用契約の締結を拒否されたことから、Y社に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、未払賃金等の支払いを求めた事案でした。

本件では、コロナウイルスの流行を背景とする経営悪化による人員削減の方針に基づいて行われた定年後再雇用拒否の適否が争われました。

労働契約法19条は、

①次のいずれかに該当し(労働契約法19条1号or2号)
・有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあり、契約期間満了時に当該有期労働契約をせずに終了させることが、無期雇用契約を終了させる(解雇)と社会通念上同視できること(1号)
・契約期間満了時に、当該労働者が契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があること(2号)
②労働者が、有期労働契約の期間が満了する前または期間満了後遅滞なく、有期労働契約の締結を申し込んだときであって
③使用者が、②の申し込みを拒否することが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められない場合

には、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で労働者申込みを承諾したものとみなすと規定しています。

同条は、有期雇用契約の更新に関する規定ですが、裁判所は、期間の定めのない労働契約が定年により終了した場合であっても、

①労働者からの申込みがあれば、それに応じて期間の定めのある労働契約を締結することが就業規則等で明定されていたり、確立した慣行となっており、かつ、労働条件等の労働契約の内容が特定されているということができる場合において、
②労働者が労働契約の定年による終了後も再度の労働契約の締結により雇用が継続されるものと期待する合理的な理由が存在し、
③この場合に、労働者から再度の労働契約締結の申込みがあったにもかかわらず、使用者が労働契約を締結しなかったことについて客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合

には、使用者による再雇用契約拒否は、労働契約法19条の基礎となる法理や解雇権濫用法理の趣旨、労使間の信義則に照らし、当該特定された労働契約内容による期間の定めのある再度の労働契約が成立するとみる余地があるとしています。

このように解雇権濫用法理の趣旨は、有期雇用契約の契約更新の場面だけでなく、無期雇用契約の定年後再雇用の場面でも大きく問題となり得ることから、再雇用制度の運用においては、特に慎重に判断することが必要といえます。

弁護士にもご相談ください

高年齢者雇用安定法は、65歳までの雇用確保義務に加え、65歳から70歳までの就業機会を確保するための高年齢者就業確保措置を講ずる努力義務が定めらており、今後はますます高齢者の雇用に関する問題が顕著になるおそれがあります。

また、定年後再雇用をめぐっては、再雇用後の労働条件や各種手当の支給等に関して争いになるケースが多々みられます。

定年後再雇用に関してお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。