労働契約申込みみなし制度による労働条件は?自白の撤回は許されるか?【アズビル事件】
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- 労働契約申込みみなし制度とはなんですか?
- 労働契約申込みみなし制度とは、労働者派遣において、派遣先等が違法派遣を受け入れた時点において、派遣先等が派遣労働者に対して、その派遣労働者の雇用主(派遣元事業主等)との労働条件と同じ内容の労働契約を申し込んだものとみなす制度です。
違法派遣が行われた場合に、派遣労働者が希望すれば派遣先企業で直接雇用させることで、違法派遣を是正する効果を見込んでいます。
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労働契約申込みみなし制度とは?
偽装請負とは
フリーランス保護法や下請法などの改正が続いていますが、やはり変わらずに規制の網目を抜けてグレーや違法な働き方を強いる会社があるようです。
そんな違法な働き方の一つが「偽装請負」です。
偽装請負とは、契約書上は請負契約の形がとられているものの、その実態は労働者派遣であるものをいいます。
請負契約と労働者派遣の違いは、「発注者と受託者の労働者との間に指揮命令関係が生じない」ことです(厚生労働省、東京労働局ウェブサイト「偽装請負について」参照)。
偽装請負では、労働者派遣法をはじめとする派遣元・派遣先の責任がきちんと果たされず、労働者側の安全衛生や雇用に関する権利が十分に守られないという問題があります。
労働派遣法が定める労働契約申込みみなし制度
そこで、労働者側の安全衛生や雇用に関する権利などを守る観点から、労働者派遣法では、労働契約申込みみなし制度を定めています。
労働契約申込みみなし制度とは、労働者派遣において、派遣先等が違法派遣を受け入れた時点において、時点において、派遣先等が派遣労働者に対して、その派遣労働者の雇用主(派遣元事業主等)との労働条件と同じ内容の労働契約を申し込んだものとみなす制度です(労働者派遣法(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律)第40条の6)。

仮に、派遣先等が労働契約の申込みをしたものとみなされた場合には、みなされた日から1年以内に派遣労働者がこの申込みに対して承諾する旨の意思表示をすることによって、派遣労働者と派遣先等との間の労働契約が成立することになります。
使用者としてはルールの潜脱に要注意
このように労働者派遣法では労働契約申込みみなし制度が定められています。
他にも労働者派遣法は、派遣元、派遣先がそれぞれ守らなければならない様々なルールが設けられています。くれぐれも偽装請負などにならないように注意が必要です。
人事・労務の問題についてお悩みがある場合には、弁護士に相談することもおすすめです。
裁判例のご紹介(アズビル事件・東京高裁令和6年11月19日判決)
さて、今回は労働契約申込みみなし制度の適用や同制度により成立する労働契約の労働条件などをめぐり、裁判上の自白の成立が問題になった裁判例をご紹介します。
労働判例第1333号(2025年9月1日)を参考にしています。

どんな事案?
この事案は、A社の従業員であったXさんが、A社との間で業務委託契約を締結していたY社の事務所におけるXさんの就労の実態は、無登録派遣または偽装請負であり、労働契約申込みみなし制度に基づいて、Y社はXさんに対して労働契約の申込みをしたものとみなされ、Xさんがこれを承諾したことによってXさんとY社との間で労働契約が成立したと主張し、Y社に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認などを求めたものです。
何が起きた?
Y社について
Y社は、電気ガス水道等のインフラ機器、計測器等の開発、納入、管理などを業とする会社です。
A社について
A社は、主に工場などの大型建物の空調メンテナンスなどを業とする会社です。
なお、A社は、派遣法5条1項所定の労働者派遣事業の許可を受けていませんでした。
業務委託契約の締結
Y社は、平成2年1月から令和3年3月31日までの間、D社から、熱供給設備の運転・保守管理業務などを受託していました。
そして、Y社は、平成2年1月、A社に対して、D社から受託した業務の一部(本件委託業務)を再委託する旨の契約(本件業務委託契約)を締結しました。
個別契約について
平成21年2月1日以降、Y社は、同日付業務請負基本契約書に基づいて、A社との間で一定期間ごとに本件委託業務を再委託する旨の個別契約を締結していました。
しかし、Y社は、平成30年9月をもって契約関係を終了させていました。
なお、Xさんが、本裁判において労働契約申込みみなし制度によるみなし申込みがあったと主張する同年7月2日時点においては、Y社とA社は、同年4月1日を着工日とする個別契約を取り交わしていました。
XさんとA社の労働契約
Xさん(二種電気工事士、一般ボイラー技士、消防設備士その他の資格を有する)とA社は、平成24年4月29日頃、就業場所をY社事務所、業務内容として空調機器・設備の運転・保守管理を行うこと、月額賃金を25万円とすることなどを内容とする労働契約(本件労働契約)を締結しました。
*本件労働契約における期間の定めの有無については争いがあります。
Xさんの就労状況
Xさんは、平成24年5月1日から平成30年7月2日までの期間、Y社事務所において就労していたが、同月3日からは傷病を理由に就労しませんでした。
Xさんは、同年8月2日から平成31年3月31日までの期間、労災保険の休業補償給付を受給しました。
労働局からの是正指導
Y社は、平成30年12月3日、神奈川労働局から本件業務委託契約について、無登録派遣(派遣法24条の2)に該当するとして、是正指導書及び指導票を受領しました。
そして、Y社は平成31年1月11日、神奈川労働局に対し、本件業務委託契約を平成30年9月30日付で終了させ、Y社事務所で就労していたA社の従業員については、同年10月1日付で労働者派遣契約に切り替えた旨の改善報告書を提出しました。
みなし申込み
Xさんは、平成30年12月20日、Y社に対して、同年7月2日の労働契約申込みみなし制度によるみなし申込みを承諾する旨の意思表示をしました。
そして、Xさんは、Y社に対して、令和2年10月2日到達の本件訴状をもって、みなし申込みを承諾したことにより、XさんとY社との間で成立した労働契約について、無期転換の申込みをする旨の意思表示をしました。
訴えの提起
そして、Xさんは、A社との間で業務委託契約を締結していたY社の事務所におけるXさんの就労の実態は、無登録派遣または偽装請負であり、労働契約申込みみなし制度に基づいて、Y社はXさんに対して労働契約の申込みをしたものとみなされ、Xさんがこれを承諾したことによってXさんとY社との間で労働契約が成立したと主張し、Y社に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認などを求める訴えを提起しました。

何が問題になったか?(争点)
Xさんが主張していたこと
この裁判で、Xさん側は、“Y社の事務所におけるXさんの就労の実態は、無登録派遣または偽装請負であり、労働契約申込みみなし制度に基づいて、Y社はXさんに対して労働契約の申込みをしたものとみなされ、Xさんがこれを承諾したことによってXさんとY社との間で労働契約が成立した”と主張していました。
裁判で問題になったこと
そこで、裁判では、
①労働契約申込みみなし制度の適用によりXさんとY社の間で労働契約が成立するのかどうか?
そして、仮に①が認められて、XさんとY社の間の労働契約の成立が認められるとしても、
②XさんとA社の本件労働契約に、当初、雇用期間の定めがあったのかどうか?
さらに、仮に②が認められて、本件労働契約に、雇用期間の定めがあったとして、
③本件労働契約が、黙示の更新により期間の定めのない契約となったのかどうか?
④XさんとY社との関係において、労働契約法19条各号(有期労働契約の更新)に該当する事情が認められるのか?
⑤本件労働契約が、労働契約法18条により雇用期間の定めのない労働契約へ転換(無期転換)したのかどうか?
など、さまざまな点が問題(争点)となりました。

Y社側の反論
これに対して、Y社側は、争点②(XさんとA社の本件労働契約に、当初、雇用期間の定めがあったのかどうか?)について、次のように反論していました。

ただ、Xさん側は、このY社の反論を否定していました。
第一審の裁判所の判断
まずは争点②について検討
そこで、まず、第一審の裁判所は、争点①(労働契約申込みみなし制度の適用によりXさんとY社の間で労働契約が成立するのかどうか?)の判断を一旦措いて、争点②(XさんとA社の本件労働契約に、当初、雇用期間の定めがあったのかどうか?)について検討をしました。
Xさんの主張には裁判上の自白が成立している
そして、裁判所は、Xさんは、「XさんとA社の間の、平成24年5月時点の当初の労働契約は11か月の有期とされていた(…)。しかしその後、一切契約の更新手続きなく、6年以上雇用が継続された。よって、黙示の更新により期間の定めのない契約となっている。」との記載がある訴状を令和2年11月17日に行われた第1回口頭弁論期日において陳述」しているところ、この記載は、「本件労働契約について当初は雇用期間の定めがあったが、その後、黙示の更新により期間の定めのない契約になった旨明確に主張」するものであるから、「裁判上の自白」が成立していると判断しました。
自白の撤回は許されない
そのため、裁判所は、Xさん側は、Y社の反論を否定しているものの、Xさんの上記主張には、「裁判上の自白」が成立しているため、この自白を撤回することは許されないと示し、労働契約申込みみなし制度の適用によりXさんとY社との間に成立し得る労働契約は、平成31年3月31日をもって終了することになる、としてXさんの請求をいずれも排斥しました。
第二審(本判決)の裁判所の判断
そこで、第一審の判決を不服としたXさんが、本件控訴を提起していました。
もっとも、本判決も、「原審と同様、本件制度の適用によりXさんとY社との間に成立し得る労働契約は、平成31年3月31日をもって終了するものと認められ」るとして、同日以降も同労働契約が存続していることを前提とするXさんの請求はいずれも認められない、と判断しました。
(上告・上告受理申立て)
弁護士法人ASKにご相談ください
さて、今回は、労働契約申込みみなし制度の適用や同制度により成立する労働契約の労働条件などをめぐり、裁判上の自白の成立が問題になった裁判例をご紹介しました。
主に裁判上の自白の成否の観点から判断されているため、直接的に労働契約申込みみなし制度が争われていたという感覚は受けなかったかもしれませんが、昨今、労働契約申込みみなし制度の成否は頻繁に争われる傾向にあります。
(例えば、野村證券・野村ホールディングス事件や竹中工務店事件などがあります。)
人事・労務に関する問題は、労使間の紛争に発展すると長引いてしまうこともあります。お悩みがある場合には、ぜひ弁護士法人ASKにご相談ください。
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