契約期間の記載がない求人情報により無期労働契約が成立?【司法書士法人はたの法務事務所事件】
求人情報は、労働者(となろうとする者)が、当該企業に応募するか否か、採用された場合には当該企業で働くか否かを判断するうえで大きな意味をもちます。
ところが、
「求人情報を見て応募して採用されたら、実際の労働条件とは全然違った!」
こんな声が聞かれることがしばしばあります。
たとえば、
・求人情報では勤務先が東京本社限定とされていたにもかかわらず、実際には東京支社に限定されず、全国各地へ配転される労働条件であった
・求人情報では給与が月額40万円とされていたのに、実際には月額30万円であった
といったトラブルが発生しているのです。
もっとも、求人情報はあくまでも企業側からの「労働契約の申込みの誘引」であり、求人情報に掲載される条件は同時点での見込みにすぎないため、必ずしも求人情報と労働条件とがリンクして結び付くとは限りません(「申込みの誘引」について、詳しくは契約の成立に関する記事をご覧ください。)。
したがって、採用前の面接などで提示された実際の労働条件について、求職者側がこれに合意して労働契約を締結すれば、そこで示された内容の労働条件で契約が有効に成立することになります。
しかし、求職者を集めるためにわざと好条件を求人情報に記載し、求職者が応募してきたら意図的に著しく労働条件を低下させるなどの行為は、職業安定法第65条8号に違反する虚偽広告等として、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられることになるほか、労働者側から民事上の損害賠償請求をされるおそれもあるため、注意しなければなりません。
さて、今回は求人情報の記載内容をめぐり、司法書士法人が訴えられた事件を紹介します。
司法書士法人はたの法務事務所事件・東京高裁判令和5.3.23判決
事案の概要
本件は、司法書士法人であるY法人と労働契約を締結していたXさんが、Y法人から違法な解雇または退職勧奨を受け、以後、Y法人の責めに帰すべき事由により就労が不能になったと主張し、賃金請求権に基づく賃金の支払い等を求めた事案です。
事実の経過
XさんとY法人の労働契約
Xさんは、登記または供託に関する手続について代理すること等を目的とする司法書士法人であるY法人が求人サイトに掲載していた募集要項(本件募集要項)をみて、これに応募しました。
その後、平成30年3月16日、XさんとY法人は面接を経て労働契約を締結し、同月19日から平成30年6月6日までの間、Y法人事務所で庶務業務に従事しました。
本件募集要項の内容
本件募集要項には、「雇用形態」の欄に「正社員」と記載されていたほか、「試用期間3か月」との記載もありました。
また、Xさんは、本件面接において、契約期間についてY法人から何ら説明を受けていなかったものの、本件面接の状況から本件募集要項に記載のとおり正社員として採用されたものと認識していました。
そこで、Xさんは、平成30年3月19日、面接が予定されていた他社に対し、他から内定をもらったことを理由に面接を辞退する旨連絡をしました。
雇用契約書の内容
Xさんは、勤務開始後、追って作成する旨の説明を受けていた雇用契約書について、Y法人の事務局長Aに尋ねたところ、平成30年4月20日頃、雇用期間が同年3月19日から同年4月19日まで、及び同月23日から同年5月23日までと記載された雇用契約書をAから渡されました。
Xさんは本件雇用契約書に期間の定めがあることに気付いておかしいと思ったものの、Y法人において就労を開始した後であり、本件雇用契約書への署名押印を拒むことで解雇されることをおそれ、同年4月24日、同契約書に署名押印をしました。
退職勧奨
平成30年5月9日、Aは本件労働契約が有期契約であるという前提で、Xさんに対して、本件労働契約の終期を同年6月10 日まで延長するものの、以後は更新しないため、同日が最終出社日となる旨告げました。
そして、同月6日、Xさんが報告書を書いて帰宅しようとすると、Aを含むY法人の従業員5人が、Xさんが退職届を提出せずに帰宅しようとしていることに気付き、Xさんに対し、取り囲み暴言を吐きながら執拗に退職届を提出するように求めたうえ、Xさんが事務所から退出しようと非常階段に向かうと力づくでこれを阻止し、非常階段の踊り場で取り囲み、Xさんの襟首をつかんだりかばんを引っ張ったりして事務所に戻そうとしたりしました。
Xさんの就労意思の喪失
Xさんは、退職届は提出しなかったものの、平成30年5月7日以降出勤せず、事務所で就労しなくなりました。
また、平成31年2月1日、XさんはY法人以外の企業等で就労を開始し、Y法人における就労の意思を喪失しました。
Xさんの就労中の労働時間管理
なお、Y法人は、従業員の労働時間管理のためにタイムカードを導入していましたが、従業員に対し、出勤時のみタイムカードの打刻を認め、退勤時には打刻をしないように指導していました。
そこで、Xさんは、Twitter(現「X」)において、自身の労働管理をしようと考え、平成30年3月23日以降、Twitterで出勤とツイートしたり、退勤とツイートしたりしていました。
訴えの提起
Xさんは、Y法人に対して、
①Y法人から違法な解雇または退職勧奨を受け、以後、Y法人の責めに帰すべき事由によって就労が不能になった旨主張して、主位的には賃金請求権に基づく約155万円の賃金の支払いを求め、予備的には不法行為に基づく損害賠償請求として同額の逸失利益の支払いを求めるとともに、
②Y法人の従業員から違法な退職勧奨があった旨主張して、不法行為に基づく約220万円の損害賠償を請求し、
③労働契約に基づく未払残業代として約111万円の支払いを求める
訴えを提起しました。
争点
本件では、①本件労働契約の終了時期および原因、②XさんのY法人に対する平成30年6月7日から平成31年1月31日までの賃金請求権の有無等、③平成30年6月6日の退職勧奨による不法行為の成否および損害額、④未払残業代の有無および金額が争点となりました。
原審の判断
原審(一審判決)は、各争点について次のように判断しました。
争点①本件労働契約の終了時期及び原因
本件労働契約の期間の定めについて
前記認定事実(…)によれば、Xさんは、契約期間について特段の記載がなく「正社員」と記載された本件募集要項を見て、本件募集要項が掲載されていた求人サイトを通じて応募したこと、その後、平成30年3月16日のY法人との本件面接を経て、同月19日から本件事務所において就労を開始したことが認められる。
これらの事実によれば、本件募集要項は無期契約を前提としていると読めるものであり、Xさんは、それを前提として本件面接に臨んだということができる。Y法人においても、Xさんが本件募集要項が掲載されていた求人サイトを通じて応募してきたことから、Xさんが上記を前提としていたことは認識していたということができる。これに加えて、本件面接時のやり取りに関する直接証拠はXさんの供述等しかなく、前記認定事実(…)のとおり、Xさんが本件面接の際にY法人から契約期間について何ら説明を受けなかったと認められる(…)ことも併せ考慮すれば、Xさんは本件面接において本件募集要項どおりに期間の定めのない労働契約を申込み、Y法人はこれを承諾したものと認められるから、本件労働契約は本件面接において期間の定めのないものとして成立したと認めるのが相当である。
期間の定めのない労働契約が成立していますね
本件退職合意について
Y法人は、Xさん及びY法人が平成30年6月6日に警察官が本件事務所から引き上げる前後に、同日付けでXさんがY法人を退職する旨の合意(本件退職合意)をした旨主張する。
しかしながら、前記認定事実(…)によれば、Xさんは、Y法人から退職届を記入の上提出するように執拗に指示されたものの拒否したこと、警察沙汰になっても、最終的にはY法人に対し退職届を提出しなかったことが認められる。これらの事実によれば、Xさんは退職の意思表示をすることを強く拒んでおり、Y法人との間で同日に口頭で本件退職合意をしたとは考え難いというべきである。
したがって、本件退職合意を認めることはできず、Y法人の上記主張は理由がない。
退職の合意も成立していませんね
本件雇用契約書について
なお、Y法人は、本件労働契約について、契約締結当初から有期契約であった旨主張し、本件雇用契約書の作成によって、無期契約であったものが途中から有期契約に変更された旨の主張はしていない。
仮に、この点について主張があったとしても、当該主張を前提とすると、本件雇用契約書によって正社員を非正規雇用に転換したことになるから、本件雇用契約書はXさんにとって不利益な内容のものとなる。ところが、Aは、本件労働契約は契約締結当初から有期契約であると認識していたことが認められる(…)から、本件雇用契約書がXさんの労働条件を不利益に変更するものであることを認識していなかったというべきであり、Y法人が、本件雇用契約書の作成に当たり、Xさんに対し、本件労働契約を無期契約から有期契約に変更すること等についての説明、すなわち、本件労働契約が現状は無期契約であること、それを有期契約に変更すること、変更する理由及び必要性があること、契約期間満了後に雇止めがあり得ること等について説明したと認めることはできない。
したがって、Xさんが、本件雇用契約書の内容について、自由な意思に基づいて合意をしたとは認められないから、本件雇用契約書によっても、Xさん及びY法人間に、本件労働契約を無期契約から有期契約に変更する旨の合意が成立したということはできない。
有期契約に変更した、ともいえませんね
小括
以上によれば、本件労働契約についてY法人の主張する終了原因はいずれも認められないことから、本件労働契約は、前記認定事実(…)の事実によってXさんがY法人を退職したと認められる平成31年2月1日までの間は存続していたものということができる(…)。
争点②XさんのY法人に対する平成30年6月7日から平成31年1月31日までの賃金請求権の有無等について
就労不能及び責めに帰すべき事由について
前記(…)とおり、XさんとY法人との間の本件労働契約は平成30年6月7日から平成31年2月1日までの間存続していたものといえる。
Xさんは、上記期間について、Y法人の責めに帰すべき事由によって就労が不能であった旨主張するため、以下検討する。
前記認定事実(…)によれば、Y法人は、本件労働契約が有期契約と認識していたことから、平成30年5月9日、Xさんに対し、本件労働契約の終期を同年6月10日まで延長するものの以後更新しないため同日が最終出社日となる旨告げたことが認められる。これらの事実によれば、Y法人は、Xさんに対し、同年6月10日をもって雇止めにする旨の通知をしたものということができる(…)。
上記雇止めの通知については、本件労働契約の期間の定めに関しY法人が誤った認識をしていたことによるものである。また、同月6日の退職勧奨についても、Y法人は、本件労働契約の終期が近いという誤った認識に基づいて安易に翌日以降の就労を拒否しているし、XさんがY法人の顧客データ及び従業員の給与を含む財務会計等のデータに不正にアクセスしたことを認めるに足りる証拠もない。
したがって、Xさんの平成30年6月7日から平成31年1月31日までの間のY法人における就労不能については、Y法人の責めに帰すべき事由によるものということができ、Xさんは上記期間の賃金請求権を失わない。
争点③退職勧奨による不法行為の成否及び損害額について
不法行為の成否について
前記認定事実(…)によれば、本件Y法人従業員5名は、退職届をその場で提出することを拒否しているXさんに対し、退職届を出させるために取り囲み暴言を吐いたり罵倒したりしており、退職を強要しようとしたものということができる。暴言の内容については、(…)暴力的な言葉遣いも含まれている。一部有形力を行使していることも併せ考慮すれば、本件Y法人従業員5名の上記行為は、退職勧奨における説得のための手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱した違法なものというべきである。
したがって、Y法人は、Xさんに対し、その使用者として不法行為責任を負う。
損害額について
Y法人が上記退職勧奨をするに至った経緯、退職勧奨の態様、時間及びその結果等に加え、本件に表れた一切の事情(…)を考慮すれば、Xさんの精神的苦痛を慰謝するための慰謝料額は20万円、弁護士費用はその1割の金額として2万円と認めるのが相当である。
争点④未払残業代の有無及び金額について
Xさんの労働時間について
前記認定事実(…)によれば、Y法人は、従業員の労働時間の管理のためにタイムカードを導入していたこと、従業員に対し、出勤時のみタイムカードの打刻を認め、退勤時にはタイムカードの打刻をしないように指示しており、Xさんのタイムカードについても退勤時の時間の打刻がないこと、Xさんは、ツイッターで自身の労働時間を管理しようと考え、ツイッターで出勤とツイートしたり退勤とツイートしたりしていたことが認められる。
➣終業時間について
上記(…)とおり、Xさんは、ツイッターにおいて退勤とツイートしていたことが認められる(…)ところ、Xさんは、Fからタイムカードを打刻しないように言われた翌日にツイートを開始しており、その経緯は自然である。また、Xさんが退勤とツイートした時刻を見ると、所定終業時間である午後7時(…)ちょうどのものや所定終業時間から数分後のものもあるし、出勤のツイートについてもタイムカード上の出勤時間と一致ないし近接していたことが認められる。残業代請求に備えて過大な時間を記録していたといった事情はうかがわれない。さらに、Xさんの業務内容を見ても(…)Xさんは、Aから業務を翌日に回してもいい旨の指示を受けることがあるなど、所定労働時間内に業務が終わらないことがあったと推認することができる事情もある。
したがって、Xさんのツイートは基本的に信用することができるといえる。本件においては、Y法人が退勤時にタイムカードを打刻させないといった著しく不当な労働時間の管理をしていることによって、Xさんの終業時間を示す客観的証拠が他になく、上記ツイートの信用性を覆すに足りる証拠がないことを考慮すれば、Xさんの終業時間について、Xさんが退勤とツイートした時間と認めるのが相当である。
➣始業時間について
(…)出勤時間から所定始業時間までの時間についてはXさんがY法人の指揮命令下にあったということはできず、労働時間と認めることはできないから、上記期間については、Xさんの始業時間をいずれも所定始業時間である午前10時と認めるのが相当である。
未払残業代の額について
以上によれば、Y法人のXさんに対する未払残業代は、別紙1「割増賃金計算書」の「合計」欄記載のとおり9万2225円となる(…)。
結論
裁判所は、以上の検討より、Xさんの平成30年6月7日から平成31年1月31日までの間のY法人における就労不能については、Y法人の責めにきすべき事由によるものであるとして、同期間の賃金請求権を認めたほか、違法な退職勧奨による損害賠償請求権、未払い残業代請求権をそれぞれ認める旨の判決をしました。
本判決の要旨
本判決は、争点①について、Y法人の雇止め通知をもって試用期間中の留保解約権行使の趣旨と理解することもできると指摘し、この点に関する検討を加えましたが、留保解約権行使に合理的な理由等の存在を具体的に明らかにする事情もうかがれないため、留保解約権の行使に基づく雇用関係の終了を認めることはできないと判断しました。
また、その余の点については、一審判決と同様の判断を示しました。
ポイント
本件は、Y法人と労働契約を締結し、勤務していたXさんが、Y法人から違法な解雇または退職勧奨を受け、以後、Y法人の責めに帰すべき事由により就労が不能になったと主張し、賃金請求権に基づく賃金の支払い等を求めた事案でした。
本件では、Y法人の求人に契約期間の記載がなかったにもかかわらず、雇用契約書には期間の定めが記載されていたことから、XさんとY法人との間の労働契約が無期雇用労働契約であったのか否かが問題となりました。
冒頭でも述べたとおり、求人情報はあくまでも企業側からの「労働契約の申込みの誘引」であり、求人情報に掲載される条件は同時点での見込みにすぎないため、必ずしも求人情報と労働条件とが一致するものではありません。
もっとも、裁判例の中には、「求人票の真実性・重要性、公共性等からして、求職者は当然求人票記載の労働条件が雇用契約の内容になるものと考えるし、通常求人者も求人票に記載した労働条件が雇用契約の内容になることを前提としていることに鑑みるならば、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなど特段の事情がない限り、雇用契約の内容になるものと解するのが相当である」と判断するものもあります(千代田工業事件・大阪高判平2・3・8判決)。
一般的に賃金や労働時間、勤務地などについては、求人と実際の雇用契約の条件が変わり得るものですが、期間の定めのある契約か否かという点については、求人と実際の雇用契約の条件が変わることが想定し難いものであり、また、面接の際にもY法人からXさんに対して期間の定めのある契約であることの説明がなかったことからすれば、本件においては、やはり求人情報に記載された労働条件の内容になると考えるのが合理的な解釈といえます。
また、仮に求人情報の内容で労働条件が成立した後に、使用者が労働者との間の労働条件を不利益に変更したいと考える場合には、労働者の同意を得る必要がありますが、労働者が使用者の指揮監督下におかれていることから、同意が労働者の真の意思に基づくものであるか否かについては慎重に検討されることになるため、労働者から同意を得る場合には、特に注意が必要です。
弁護士にもご相談ください
本件では、雇用契約の期間の問題だけでなく、Xさんの労働時間も問題となりました。
本判決では、労働時間の認定にあたり、Xさん自身のツイートが根拠とされています。
仮に、会社側が十分な労働時間の管理を行っておらず、他に労働時間を示す客観的証拠がない場合には、労働者本人の提出した証拠が労働時間算定の根拠ともなり得るため、労働時間の管理には注意を払う必要があります。
雇用する従業員の労働条件や労働時間、残業代請求などについてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士にもご相談ください。