変形労働時間制は有効?【日本マクドナルド(変形労働時間制)事件】
Recently updated on 2025-03-07
- 川崎市で飲食店を経営しています。当社では、現場が不規則で長時間に及ぶことが多いので、1か月単位の変形労働時間制を採用したいと考えています。採用に当たって気をつけることはありますか?
- 1か月単位の変形労働時間の運用にあたっては、就業規則等によって、変形時間における各日、各週の労働時間を具体的に定める必要があります。その場合、各日の労働時間の長さだけでなく、始業及び終業時刻も定めなければなりません。さらに、業務の実態から月ごとに勤務割を作成する必要がある場合には、就業規則において各日勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法等を定めて置く必要があります。様々なシフトの種類がありうる場合は、全ての組み合わせを就業規則に網羅しなければなりません。
その上で、各日の勤務割は、それに従って変形期間の開始前までに具体的に特定することで足りることになります。
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変形労働時間制とは
制度の概要
変形労働時間制とは、単位となる一定の期間を平均して1週間の労働時間が法定労働時間を超えない範囲において、当該変形労働時間においては、1日及び1週間の法定労働時間の規制にかかわらず、これを超えて労働させることができる制度です。
・1か月単位の変形労働時間制
・1年単位の変形労働時間制
・1週間の変形労働時間制
という3種類があります。
1か月単位の変形労働時間制とは
1か月単位の変形労働時間制においては、1か月以内の一定期間を平均し、1週間当たりの労働時間が法定労働時間を超えない範囲内において、特定の日又は週に法定労働時間を超えて労働させることができます(労働基準法32条の2)。
この制度は、月末や月初に忙しく、月中との繁閑の差が顕著な事業に適しています。
1年単位の変形労働時間制とは
1年単位の変形労働時間制においては、1か月を超え1年以内の一定の期間を平均し、1週間当たりの労働時間が40時間以下の範囲内において、特定の日又は週に1日8時間又は1週40時間を超え、一定の限度で労働させることができます(労働基準法32条の4)。
この制度は、季節による業務の繁閑の差が大きい事業に適しています。
1週間単位の変形労働時間制(事業場の限定あり)とは
1週間単位の変形労働時間制においては、所定労働時間を1週間あたり40時間以内、1日あたり10時間以内と定め(特例事業も同様)、1週間単位で労働時間や休日を調整できる制度です(労働基準法32条の3)。
この制度は、日ごとの繁閑の差が激しく事前予測が難しい事業に適しています。
ただし、事業場における従業員数が常時30人未満の小売や旅館、料理店、飲食店の各事業においてのみ適用が可能な制度であるため、事業場の限定があります。
どの労働時間制を選んだらよいの?
このように変形労働時間制にはたくさんの種類があるため、一体どれが自社に最適なのか悩んでしまうこともあるかもしれません。
変形労働時間制を含めた適切な労働時間制の選択方法は、厚労省徳島労働局のHPにおいて、次のような図が示されていますので、参考にしてみてください。

【変形労働時間制(厚生労働省徳島労働局HP)参照】
変形労働時間制を導入するには?
変形労働時間制を導入するためには、次のようなステップが必要です。
1か月単位の変形労働時間制の場合 | 労使協定を締結して所轄労働基準監督署に届け出るか、就業規則またはこれに準ずるものに制度の定めをする。 |
1年単位の変形労働時間制の場合 | 労使協定を締結して所轄労働基準監督署に届け出る。 |
1週間単位の変形労働時間制の場合 | 労使協定を締結して所轄労働基準監督署に届け出る。 |
変形労働時間制を定めても割増賃金の支払いは必要
なお、よく誤解されることが多いのですが、変形労働時間制を採用していれば、残業代をまったく支払わなくてよいということではありません。
仮に法定労働時間を超える所定労働時間が定められた期間において、労働者を所定労働時間を超えて働かせた場合などにおいては、会社は依然として労働者に対して残業代を支払う必要がありますので、注意が必要です。
日本マクドナルド(変形労働時間制)事件・名古屋高裁令和5年6月22日判決
さて、今回は、「マクドナルド、勤務シフト数を大幅増 4種類から200種類に」(毎日新聞)などと各メディアでも取り沙汰された変形労働時間制の有効性をめぐる裁判(日本マクドナルド事件)をご紹介します。
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事案の概要
本件は、Y社との間で雇用契約を締結していたXさんが、Y社が、XさんとY社との間の労働契約が平成31年2月10日付の退職条件通知書兼退職同意書による合意解約により終了したと主張しているとして、Y社に対し、Xさんが雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、労働契約に基づく賃金の支払いや時間外労働にかかる未払割増賃金の支払いなどを求めた事案です。
事実の経過
XさんとY社
Y社は、ハンバーガーショップを運営する株式会社でした。
そして、Xさんは、Y社の従業員であった者でした。
Y社の就業規則の定め
Y社の就業規則においては、変形労働時間制に関する以下の定めがなされていました。

Xさんの休職と復職
Xさんは、平成29年8月3日、労作性狭心症のため自宅療養を要するとの診断を受け、同月4日から同年9月28日まで年次有給休暇を取得し、その間、心臓の手術を受けました。
その後、Xさんは、同月29日に復職しました。
Xさんのパフォーマンス評価
Xさんは、パフォーマンス改善プロセスを実施することとなり、3つの目標を課されましたが、結果として、うち2つの目標が未達成であり、Xさんのパフォーマンスはいまだ改善の余地が多いとの評価を受けました。
退職同意書の署名押印
その後、Xさんは、平成31年2月10日、Y社の東海西・北陸エリアのオペレーションマネージャー(OM)であるH OMと面談し、退職条件通知書兼退職同意書(本件同意書)に署名押印しました。
本件同意書には、Xさんの退職日を同年4月30日とし、最終出社日を同年3月31日、通常退職金244万3338円、割増退職金を317万円とすることが書かれていました。
また、本件同意書には、このほかにも、「私は、上記の内容を確認の上、理解、納得しましたので、本書記載の退職条件に基づき、2019年4月30日に退職することに同意します」との記載がありました。

Y社による退職の取扱い
Xさんは、平成31年2月12日、精神科を受診し、うつ病により約1か月間の休養加療が必要であると診断され、翌日以降、欠勤しました。
Y社は、その後、Xさんを同年4月30日付で退職扱いとしました。
本件訴えの提起
そこで、Xさんは、Y社に対して、雇用契約上の地位確認及び賃金相当額の支払い、未払割増賃金の支払い、付加金の支払いなどのほか、労作性狭心症およびうつ病の発病ならびにパワーハラスメント等による人格的利益の侵害を理由とする損害賠償金の支払いなどを求める訴えを提起しました。

争われたこと(争点)
本件においては、
・XさんとY社との間の労働契約が合意解約により終了したといえるか否か
・Xさんの賃金請求権が認められるか否か
・Xさんに対する未払の割増賃金があるか否か
・Y社の不法行為または安全配慮義務違反が認められるか否か
などがさまざまな点が争われましたが、中でも、Xさんの未払割増賃金請求権の有無などとの関係で、Y社の定める変形労働時間制の有効性が問題となりました。
本解説ページでは、“ Y社の定める変形労働時間制の有効性 ”に焦点を当てて、裁判所の判断の内容をご紹介します。
本判決の判断
本判決は、Y社の就業規則においては、労働者の各日、各週の労働時間が具体的に特定されているとはいえず、労働基準法の定めを充足していないとして、Y社の定める変形労働時間制は無効であると判断(一審判決の判断を引用して維持)しました。
変形労働時間制が有効であるための要件
行政解釈(昭和63年1月1日基発1号、同年3月14日基発150号)に照らすと、「1か月単位の変形労働時間制が有効であるためには、①就業規則その他これに準ずるものにより、変形時間における各日、各週の労働時間を具体的に定めることを要し、②就業規則において定める場合には労働基準法89条により各日の労働時間の長さだけでなく、始業及び終業時刻も定める必要があり、③業務の実態から月ごとに勤務割を作成する必要がある場合には、就業規則において各直勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法等を定めておき、各日の勤務割は、それに従って、変形期間の開始前までに具体的に特定することで足りる」。
Y社の就業規則は具体的に特定されていない
そして、「Y社は就業規則において各勤務シフトにおける各日の始業時刻、終業時刻及び休憩時間について「原則として」4つの勤務シフトの組合せを規定しているが、かかる定めは就業規則で定めていない勤務シフトによる労働を認める余地を残すものであ」り、「現にXさんが勤務していたE店においては店舗独自の勤務シフトを使って勤務割が作成されている(…)ことに照らすと、Y社が就業規則により各日、各週の労働時間を具体的に特定したものとはいえ」ない。
Y社の定める変形労働時間制は無効
そうすると、Y社の変形労働時間制は労働基準法「32条の2の「特定された週」又は「特定された日」の要件を充足するものではな」く、「Y社の定める変形労働時間制は無効である」。
結論
本判決は、上記のとおりY社の定める変形労働時間制が無効であることを前提として、Xさんの時間外労働時間数について検討し、Y社に対して、時間外割増賃金及び付加金を支払うべきことを命ずる旨の判断を示しました。
なお、本判決は、時間外労働時間数の検討にあたって、「Xさんは、各出勤日において、パソコンで出勤日及び退勤時刻並びに休憩時間を入力しており(…)これに基づいて作成された勤務表(…)は、Xさんの労働時間を記録したものとして基本的には信用することができるというべきである。」とした上、Xさんが午前0時から午後8時の勤務を前日のシフトとして記載したために勤務表に「公休」と記載された日とXさんの勤務予定がない日が一致しない点については、勤務表等において「指定された休日を前提として、これが週に複数ある場合には、そのうちの後の日を法定休日とするのが相当である」として、時間外労働時間数を認定しています。
ポイント
事案のおさらい
本件は、Y社との間で雇用契約を締結していたXさんが、Y社が、XさんとY社との間の労働契約が平成31年2月10日付の退職条件通知書兼退職同意書による合意解約により終了したと主張しているとして、Y社に対し、Xさんが雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、労働契約に基づく賃金の支払いや時間外労働にかかる未払割増賃金の支払いなどを求めた事案でした。
何が問題になったか
本件の争点は多岐にわたりましたが、特にY社の定める変形労働時間制の有効性が問題となりました。
本判決のポイント
本判決(一審判決を引用)は、1か月単位の変形労働時間制の運用にあたっては、
- ・就業規則その他これに準ずるものにより、変形時間における各日、各週の労働時間を具体的に定めること
- ・就業規則において定める場合には労働基準法89条により各日の労働時間の長さだけでなく、始業及び終業時刻も定める
- ・業務の実態から月ごとに勤務割を作成する必要がある場合には、就業規則において各日勤務の組合せの考え方、勤務割表の作成手続及びその周知方法等を定めておき、各日の勤務割は、それに従って、変形期間の開始前までに具体的に特定することで足りる
との行政解釈を引用し、Y社の定める変形労働時間制の有効性を判断しています。
このように変形労働時間制の運用において、勤務割を用いる場合には、あらかじめ就業規則に「各日勤務の組み合わせの考え方」をすべて網羅した上で、対象従業員に対しては、起算日の前までに就業規則に定めた中から各日の労働時間を定めた勤務割(いわゆるシフト表)を作成して、通知する必要があることに注意が必要です。
報道によれば、本判決で、「就業規則で定めていない勤務シフトによる労働を認める余地を残すもの」と指摘された日本マクドナルドは、就業規則を改訂し、考えられる各日勤務の組み合わせを全て網羅しようとしたため、200ページに及ぶことになったということです。
1か月単位の変形労働時間の運用について、厚労省労働局がリーフレットを作成しています。
弁護士にもご相談ください
変形労働時間制については、特に人件費についてお悩みの経営者の方々から、「同制度を自社に導入を検討できないか?」とのご相談をいただくことが増えています。
しかし、本判決でも述べられているとおり、変形労働時間制が有効であるための要件は非常に厳しいものです。
安易に“変形労働時間制”を定めてしまうと、実は法的には無効な制度を運用してしまうことにもなりかねません。
こちらの記事もあわせてご覧ください。
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