労働問題

就業規則や規程の改定をするときには従業員の同意が必要【あさと物流事件】

当社は川崎市内で運送業を経営しています。当社では、従来、基本給と歩合給という賃金構成をとっており、歩合給にいわゆる時間外手当てを含んでいました。このたび、社労士の先生から「歩合給という名称で時間外手当てを支給するのはよくない」というアドバイスを受け、就業規則や賃金規程を見直すこととなりました。基本的には賃金の名称と考え方が変わるだけで、従業員にとって不利益な変更ではないと考えています。何か気をつけることはありますか?
就業規則を労働者に不利益に変更するには、労働者の同意が必要です。労働者の同意を取得するに当たっては、労働者が真にその不利益を理解していなければならず、説明が不十分だと「真摯な同意がない」と判断される可能性があります。また、労働者の同意を得ていたとしても就業規則を不利益に変更すること自体に合理性がなければ無効とされるおそれがあります。
賃金体系の変更は、通常、どのような場合でも不利益変更に当たらないとするのは難しく、会社側がいかに不利益変更ではないと考えていたとしても、労働者の真摯な同意を取得しておくべきです。真摯な同意を取るに当たっては、真摯な説明が必要ですが、その説明にあたって労働者にとって不利益に作用する想定を説明しておかないと、「不利益性をあえて矮小化して説明した」と判断され、同意が無効とされることもあります。
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就業規則について

就業規則とは

労働基準法89条では、「常時10人以上の労働者を使用する使用者は、就業規則を作成し、行政官庁に届けなければならない」と定められています。
就業規則には、必ず記載しなければならない絶対的記載事項と、定めをする場合に記載をしなければならない相対的記載事項があります。

絶対的記載事項始業及び終業の時刻休憩時間休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項
賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定計算及び支払の方法賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
退職に関する事項解雇の事由を含む。)
相対的記載事項退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
臨時の賃金等(退職手当を除く。)及び最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項
・労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項
安全及び衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項
職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項
災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項
表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
・前各号に掲げるもののほか、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項

就業規則の変更

就業規則を変更する場合には、変更の都度、労働基準監督署にその届出をする義務があります(労働基準法89条)。

また、労働契約法9条では、「使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。」とされているため、就業規則の変更には原則として労働者の同意が必要です。
なお、会社側が、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が合理的なものであるときには、労働者の同意がなかったとしても、就業規則を変更することができることもあります労働契約法9条ただし書同法10条)。

しかし、やはり従業員にとって就業規則の変更は、労働契約に関わる非常に大きな出来事です。
会社としては、全従業員に対して、真摯に変更の内容と必要性を説明した上、納得をしてもらうことが大切です。

就業規則の周知義務

加えて、労基法106条1項では、使用者が、就業規則を「常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によつて、労働者に周知させなければならない。」と定められています。
したがって、就業規則は、各事業場ごとに備え付けなどにより、従業員に対して周知することが求められます。
たとえば、事業場ごとに掲示をしたり全従業員に配布したり社内LANでいつでも見られるような状態にしたりして周知することが考えられます。

裁判例のご紹介(あさと物流事件・神戸地裁令和6年5月13日判決)

さて、今回は、そんな就業規則に付随する賃金規定の改定をめぐり、改定の有効性が争われた裁判例をご紹介します。

どんな事案?

本件は、Y社に雇用されているXさんが、Y社に対して、賃金規定の改定が無効であるなどと主張し、雇用契約に基づく未払割増賃金の支払い等を求めた事案です。

何が起きた?

XさんとY社の雇用契約

Y社は、貨物自動車運送事業、自動車運送取扱事業などを目的とする会社でした。
Xさんは、平成14年9月頃、Y社との間で期間の定めのない雇用契約を締結し、大型・牽引車の運転手として、主に長距離輸送業務に従事していました。

Y社の旧賃金規定の定め

従前、Y社の賃金規定(旧規定)では、大型・牽引車の運転者について、次のように定められていました。

旧規定下では、Y社の運用として、時間外労働等に対する割増賃金は歩合給に含まれるものとされ、時間外労務手当や休日出勤手当の項目での割増賃金は支給されていませんでした。

Y社による賃金規定の改定

その後、Y社は、平成26年5月19日から、賃金規定(本件規定)を改定しました。
本件規定では、大型牽引車の運転者について、次のように定められていました。

このように、賃金規定の改定により、Y社では運行時間外手当が導入されることになりました。

賃金規定の改定に至る経緯

Y社は、平成25年頃に生じた解雇紛争において、時間外手当等を歩合給に含むとする運用が旧規定の内容に反しており、未払の割増賃金が生じているとの指摘がされたことから、そのような状況を改善するために、賃金規定の改定を行うこととしました。
そして、平成25年12月頃から、外部の専門家に依頼するとともに、労働基準監督署とも相談しながら、改定案を作成しました。

説明会の開催(1回目)

Y社は、平成26年2月14日、15日及び19日に、職種ごとに従業員を集めて、賃金規定の改定についての1回目の説明会を開催しました。

1回目の説明会では、
・旧規定と実際の運用との間に乖離があり法的に問題があること
・Y社としては労働者との共通認識の下での運用で賃金の支払がなされていた以上、未払の割増賃金はないと解釈しているが、法的に問題のない内容に賃金規定を改定する必要があること
などを説明した上で、改定後の内容について説明を行いました。
Xさんも上記説明会に参加していました。
また、説明会の参加者からは、改定について理解が示される一方、複数の参加者から、未払の割増賃金の清算を要求する意見が出されていました。

説明会の開催(2回目)

Y社は、平成26年2月26日、2回目の説明会を開催しました。
2回目の説明会では、参加者に対する本件規定の案の内容を説明とともに、未払の割増賃金の問題についても協議が行われました。
そうしたところ、参加者からは、和解金を支払うことによる待遇の悪化等を懸念する意見や、支払を受ける者と受けない者との間の不公平感について述べる意見などが出されました。

合意書の取り交わし

かかる経緯を踏まえて、Y社は、平成26年3月17日、Xさんを含む従業員との間で、
〈1〉旧規定下における運用について、時間外手当が変動給に含まれており、過去の計算結果において未払賃金は発生していないこと、
〈2〉Y社は、旧規定の内容と運用が異なることから、従業員に誤解を招いたことへのお詫びとして迷惑料を支払うこと、
〈3〉本件合意書を取り交わさない従業員に対しては迷惑料を支払わないこと、
〈4〉賃金規定を運用方法のとおりに改定すること、
〈5〉現行の給与計算を不利益変更しないこと、
などを内容とする本件合意書を取り交わしました。

説明会の開催(3回目・4回目)

その後、Y社は、平成26年3月18日、3回目の説明会を開催するとともに、欠席者に対しても別途対応を行いました。
また、Y社は、平成26年4月17日及び18日、4回目の説明会を開催するとともに、欠席者に対しても別途対応を行いました。

説明会でのシナリオ

上記の説明会におけるY社側の担当者は、説明会のシナリオを検討し、
〈1〉現行金額と変わらないこと、
〈2〉時間外手当の考え方
の2点がポイントであるとして、賃金規定の新旧対比表を投影して〈1〉のポイントを強調し、〈2〉の点についても資料を投影して詳細な説明を行うこととしていました。

Y社の実際の説明

Y社が、実際に各説明会において説明に利用された資料では、
・「給与計算(総額)に変更はありません」、「労働基準監督署に相談、検証は済んでいます」などの記載とともに、
・旧規定における歩合給等が、運行時間外手当に「名称変更」されてその計算根拠となることなどが記載され、
・新旧対対比表においても、同様の記載がなされていました。
そして、Y社からは、シミュレーションを行った結果、旧規定下の支払総額から低下がないことを確認していることなどが説明されました。

労基署への提出

Y社は、上記各説明会を経た上で、従業員から選出された代表者からの意見書とともに、本件規定を労働基準監督署に提出しました。

訴えの提起

Xさんは、令和2年3月22日から令和4年6月20日まで、労務を提供し、Y社から本件規定に基づく賃金の支払いを受けました。

これに対して、Xさんは、旧規定から本件規定への賃金規定の改定は無効であるなどと主張し、雇用契約に基づく未払割増賃金の支払いを求める訴えを提起しました。

問題になったこと(争点)

本件では、運行時間外手当を導入する賃金規定の改定(旧規定から本件規定への改定)が有効であるかどうか?が問題になりました。

裁判所の判断

裁判所は、「本件における賃金規定の改定は、不利益変更として無効」であることから、「本件規定における運行時間外手当は、これに対応する旧規定における歩合給等と同様に、割増賃金の算定の基礎に含まれる一方、割増賃金への充当は認められないというべき」であり、「運行時間外手当のうち運賃収入に一定割合を乗じて算出する部分は、旧規定の歩合給に対応するものであるから、歩合給としての割増賃金の算定の基礎とし、その余の部分は固定給として取り扱うべきである。」として、Y社に対し、未払割増賃金の支払いを命じました

本判決のポイント

では、裁判所はなぜこのような判断をしたのでしょうか?

賃金規定の改定は不利益変更にあたる

まず、裁判所は、Y社の賃金規定の改定は、割増賃金の算定おいて、労働者にとって不利益な変更にあたると判断しました。

「(…)本件における賃金規定の改定は、旧規定においては通常の労働の対価として規定され、割増賃金の基礎とされるべき歩合給が、同一の計算方法であるにもかかわらず、時間外手当等への充当の対象とされる基準外手当である運行時間外手当として取り扱われるように変更するものであるところ、旧規定においては、基本給及び歩合給を基礎として算定された割増賃金が、歩合給とは別に支払われることになる一方、本件規定においては、運行時間外手当は基準外賃金となることから割増賃金算定の基礎から除外されるだけでなく、さらに、運行時間外手当が、基準内賃金を基礎として算定された割増賃金に充当されることになるから、上記賃金規定の変更は、労働者に支払われるべき割増賃金の算定において、大きな不利益変更となるというべきである。」

Y社から真摯な説明がなされたとはいえない

次に、Y社は、賃金規定の改定について、必要性について従業員の理解を得た上で、従業員らの合意に基づいて行われているから、有効であると反論していました。
しかし、裁判所は、Y社による説明は「賃金規定の改定における不利益性の理解を妨げるもの」であり、「真摯かつ正確な説明がなされたものとは認め難い」、と判断しました。

「しかしながら、旧規定下で行われていた歩合給に時間外手当等を含むものとする運用は、旧規定の内容に反するものであって、このような運用による割増賃金の支払が有効といえないことは明らかであるにもかかわらず(…)説明会においては、Y社は未払の割増賃金はないものと解釈している旨の説明がなされ、本件合意書においても、あくまで上記運用について誤解を招いたこと対する迷惑料との名目での金員の支払が約束されている上、本件合意書を取り交わさない者には迷惑料も支払われないこととされているのであり、これらのY社の対応は、旧規定における割増賃金の算定方法や支払の有効性について誤解を生じさせ、ひいては、賃金規定の改定における不利益性の理解を妨げるものというべきであって、Y社から真摯かつ正確な説明がなされたものとは認め難い。
また、Y社は、説明会のシナリオにおいて、賃金規定の改定によっても賃金の支払総額が変化しないことを強調することとし、説明会で用いた資料も、そのような点が強調され、歩合給から運行時間外手当への変更が単なる名称変更にすぎないとの理解を促すような記載となっているところ、このような説明内容は、(…)不利益性をあえて矮小化して説明するものであるといわざるを得ない。

賃金規定の改定は無効である

したがって、裁判所は、本件賃金規定の改定が無効であると判断しました。

「以上によれば、本件における賃金規定の改定については、Xさんを含む従業員との間で取り交わされた本件合意書の内容を踏まえても、改定によって生じる不利益性についての労働者の十分な理解を得てなされたものとは認め難く、既に改定から相当期間が経過していることを考慮しても、労働者の自由な意思に基づくとみられる客観的合理的な理由は認められない最二小判平成28年2月19日・民集70巻2号123頁)から、上記改定による不利益変更は無効であるというべきである。」

合理性も認められない

なお、Y社は、仮に合意が自由な意思に基づくものでなかったとしても、賃金規定の改定は合理性が認められるため有効であると主張していました。
もっとも、裁判所は、この点についても、Y社の主張を排斥しています。

「しかしながら、旧規定下における運用に合わせる形で賃金規定を改定するという目的に一定の必要性は認められるものの、(…)不利益性の程度に加え、(…)改定に至る経緯におけるY社の対応を踏まえれば、上記改定による不利益変更が合理的なものであるとまでは認められない。」

弁護士にもご相談ください

今回ご紹介した裁判例では、賃金規定の改定の有効性が争われました。

たしかに、労働契約法上、会社が変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が合理的なものであるときには、労働者の同意がなかったとしても、就業規則を変更することができるとされています。

しかし、従来から、裁判所は、変更の合理性の有無を判断するに当たり、就業規則変更による労働条件の不利益変更は、不利益を労働者に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた内容でなければならず、かかる必要性に基づいた合理的な内容か否かは、諸般の事情を総合的に考慮して判断しなければならないという厳しい考え方を示しています。

就業規則等を変更する場合には、後に従業員から有効性を争われることがないよう、専門家に相談し、慎重に進めていくことが重要です。
就業規則や賃金規定の改定、変更などについてお悩みがある場合には、弁護士法人ASKにご相談ください。

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