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売買契約とは?気をつけたい売買契約条項【弁護士が解説】

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これまで、契約に関する一般的な条項について説明してきました。
今回からは、例えば売買契約や賃貸借契約、請負契約など、各契約ごとの個別の解説をしていきます。

まずは、最も身近な売買契約について。
売買契約は、日常生活におけるちょっとした買い物から企業間の取引にいたるまで最も頻繁に行われている契約といっても過言ではありません。
今回は、そんな売買契約において気をつけたいポイントや契約条項について解説します。

なお、この記事で想定しているのは、継続的な取引を前提とした取引基本契約ではなく、個別の売買契約です。
取引基本契約についてはまた別に記事で取り上げる予定です。

売買契約とは

売買契約とは何でしょうか?
例えば、コンビニでお菓子を買ったり、スーパーで食料品を買ったりするのが「売買契約」に当たるということは、何となくイメージがつくと思います。
では「売買契約」とは一体何をすることなのでしょうか。

まず、民法の規定から見てみましょう。

(売買)
第555条 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

売買の要素

民法の規定によると、売買(契約)の要素は、
①当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し
②相手方がこれに対してその代金を支払うことを約すること
です。
この合意があれば売買契約は成立します。
したがって、売買契約を締結する際に作成する売買契約書で最も意識すべきは、この①と②の2点になります。

「なんだ、そんなことか。簡単じゃないか!」と拍子抜けしてしまった方もいるかもしれません。
しかし、実は世の中の売買契約書には、この2点がしっかりと記載されていないものが多いのです。

なお、売買契約においては、必ずしも書面がなくとも成立します(諾成契約)。
例えば、普段のコンビニでの買い物は、特に契約書を取り交わすことなく行っていますよね(現物売買)。お茶やお菓子を買うのに、コンビニに行って、売買契約書に署名押印して、ようやく購入にたどり着くという人はいないでしょう。
これは、商品の所有権を買主に移転させる約束、代金を支払う約束を合意しつつ、同時に所有権の移転、代金の支払いも完了させてしまうところまでその場で行う、という一連の行為をレジの前でしているからなのです(※余談ですがこの現物売買は民法上の売買契約ではないという見解もあるそうです。)。

財産権の移転の合意

さて、売買の要素に話を戻しましょう。
まず、要素①「当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し」について。

目的物である「財産権」

「財産権」とは、財産上の権利のことを言います。
動産や不動産はもちろん、債権や、特許権、著作権などの無体財産権なども含みます。
他人の権利であっても「財産権」の対象となります(民法561条参照)。
特定物(モノの個性を重視するもの。1点ものなど「それ」というものなど)でも、不特定物(「リンゴ」や「みかん」など、その種類であればどれでもいいというもの)でも、いずれであってもかまいません。

(他人の権利の売買における売主の義務)
第561条 他人の権利(権利の一部が他人に属する場合におけるその権利の一部を含む。)を売買の目的としたときは、売主は、その権利を取得して買主に移転する義務を負う。

売主の義務

売主は、契約の目的物である財産権を引き渡す義務を負います。

この「契約の目的物」の理解について、売主と買主の理解が異なっていた場合、紛争が起こるリスクが飛躍的に高まります。
そのため、売買契約書においては、少なくとも売主と買主との間で理解の齟齬がない程度には契約の目的物を特定しておく必要があります。
具体的な契約条項の例は後述のとおりです。

また、上述の通り、他人の権利であっても「財産権」の対象となります。
他人の権利を目的物とした場合、引渡日までに、売主がその権利を当該他人から取得して、買主に移転する義務を負います(民法561条)。

このほかにも、売主は、目的物である財産権について、登記、登録その他権利の移転について対抗要件(第三者に対して自己が権利者であることを主張できる要件)を備えさせる義務を負います(民法560条)。

(権利移転の対抗要件に係る売主の義務)
第560条 売主は、買主に対し、登記、登録その他の売買の目的である権利の移転についての対抗要件を備えさせる義務を負う。

売主が、財産権の引渡を怠った場合、買主は売主に対して、履行を請求したり、債務不履行による損害賠償請求、契約の解除をすることができます。

損害賠償請求契約の解除について、詳しくは各解説記事をご覧ください。

なお、売主が買主に対して、契約の目的物を引き渡せば、それで売主の義務は履行したことになるように思えますが、引き渡された目的物が契約の内容に適合していなかった場合には、売主は契約不適合責任を負うことになるため、注意が必要です。
契約不適合責任について、詳しくは各解説記事をご覧ください。

代金の支払合意

そして、要素②は「相手方がこれに対してその代金を支払うことを約すること」です。
売主が先ほど述べたような義務を負うのに対して、買主は反対給付としての金銭の支払い義務を負います。
なお、仮に金銭以外の反対給付を設定した(例えば、壺を譲ってもらうかわりに、絵画を渡すなど)場合には、売買ではなく交換契約となります(586条)。

売買契約において記載するべき条項

さて、これまでの説明してきた売買に関する一般論や、契約全体に共通して注意すべきポイント(契約の総論)をもとに、売買契約において記載するべき契約条項について解説していきます。

目的物の特定

先ほども述べたとおり、売買契約では、少なくとも売主と買主との間で理解の齟齬がない程度には契約の目的物を特定しておく必要があります。

参考条文例

第1条(目的)

売主及び買主は、売主が●●(以下「本件製品」という。)を売り渡し、買主がこれを買い受けることを目的として本件契約を締結し、各々信義誠実の原則に従って、本件契約に基づく権利を行使し、義務を履行するものとする。

第2条(適用範囲)

本件契約の対象となる製品は、以下のとおりとする。

【品名、数量、単価、仕様等】

引渡方法

売主にとって最も重要な義務は目的物を買主に引き渡すことにあリます。
そのため、売買契約書では、目的物をどのように引き渡すかを定めておくことも非常に大切です。

参考条文例

第●条(引渡)

1.売主は、買主により指定された引渡期日までに、買主が指定した引渡場所に本件製品を納入する。納入費用は売主の負担とする。

2.売主が、定められた引渡期日までに本件製品を納入できないことが予想される場合には、速やかにその旨を買主に通知し、買主の指示を受けるものとする。

検収

では、目的物の引き渡しを受けた買主としては、何をすべきでしょうか。
仮に、引き渡された目的物に何か問題があれば、売主に対して交換や返品を請求したいですよね。
そのため、買主は、目的物の引渡後、目的物の品質や数量に問題がないかをチェックする必要があります。
逆に売主としては、この検収をクリアして一旦は契約の義務を果たしたことになるため、検収の規定を定めておくことが不可欠です。

参考条文例

第●条(検収)

1.買主は、本件製品の納入を受けたときは、速やかに検査を行い、●日以内に検査の結果を売主に通知する。

2.前項の検査に合格した時をもって、引渡の完了とし、検収とする。

3.検査の結果が不合格の場合、売主は、買主の指示に基づき、速やかに不足品もしくは代品を納入し、または修理をしたうえで、買主の再検査を受けるものとする。

4.買主が売主に検査の結果を通知しないまま、または検査期間の延長の申し出をすることなく、第1項の期間が経過したときは、検査に合格したものとする。

契約不適合責任

また、目的物に契約不適合が発見された場合の規定も重要です。
契約不適合責任について、詳しくはこちらの記事をご覧ください。

参考条文例

第●条(契約不適合責任)

買主は、本件製品の全部または一部について、種類、品質又は数量その他本契約の内容との不適合を発見したときは、本件製品引渡後●か月に限り、本件製品の修補、代替物の引渡し又は不足分の引渡しによる履行の追完を求めることができる。

所有権の移転時期

そして、売主が引き渡した目的物の所有権がいつ売主から買主に移転するか(所有権の移転時期)も、売買契約において合意しておくべきポイントの一つです。
売主と買主との間で特段の合意がない場合、所有権は契約成立時に移転するのが原則です。
しかし、契約成立時に所有権が移転するというのは、特に企業間の取引では、実態に合わないことも多いのではないでしょうか。

買主としては所有権移転時期をできるだけ早くしたいと考えますし、売主としては遅くしたい(確実に買主から代金が支払われるまでは所有権を移転したくない)と考えるのが通常です
(ただし、危険負担の面では有利不利が逆転することがありますので、所有権の移転時期はバランス感覚を持って定める必要があります。危険負担については、後述のとおりです)。

以下の条項例では、所有権移転時期を、引渡時/検収時/代金完済時の3パターンで記載しています。
所有権の移転時期は一般に引渡時▶︎検収時▶︎代金完済時の順に遅くなり、遅くなるほど売主側にとって有利といえます。

参考条文例

第●条(所有権の移転)

本件製品の所有権は、第●条に定める本製品の【引渡/検収/代金完済】の時をもって、売主から買主に移転する。

危険負担

危険負担とは、債務者(売主)の責任ではない事由によって契約の履行ができなくなってしまった場合のリスクを債権者(買主)・債務者(売主)のいずれが負担するかという問題です。

たとえば、ある機械の売買契約において、売主が買主に引き渡す前に地震によって機械が壊れてなくなってしまったという場合、危険負担を債務者(売主)が負うとしたときは、買主は売主に対して代金の支払いを拒むことができます(債務者主義。つまり、売主はその機械を再度調達するなどして買主に引き渡さないと代金の回収ができなくなります。)。
他方、危険負担を債権者(買主)が負うとしたときは、買主は売主に対して代金の支払いを拒むことができません(債権者主義。つまり、買主としては機械を現実に手に入れられないのに代金を支払うことになります。)。

民法改正によって、危険負担について、原則として債務者主義によるものとし(民法536条)、引渡しによって危険が債権者(買主)に移転することとなりました(民法567条)。
仮に民法の定めと異なる取り決めをする場合には、売買契約の契約条項にきちんと定めておく必要があります。

(債務者の危険負担等)
第536条 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

(目的物の滅失等についての危険の移転)
第567条 売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この条において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、買主は、代金の支払を拒むことができない。
2 売主が契約の内容に適合する目的物をもって、その引渡しの債務の履行を提供したにもかかわらず、買主がその履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、その履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその目的物が滅失し、又は損傷したときも、前項と同様とする。

なお、所有権の移転時期と危険負担の移転時期は理論上別の問題です。
しかし、所有権は移転したが危険は移転しない(もしくはその逆)という事態が発生することは想定しておかなければなりません。
特に危険負担の移転時期を引渡後に設定した場合、目的物の支配が買主の元に移ったにもかかわらず、責任だけ負うことにもなり得ます
そして、所有権の移転時期を遅く(例えば代金完済時)、危険負担の移転時期を早め(引渡し時)に設定しておけば、売主に有利な取り決めになります
したがって、所有権の移転時期については、慎重に定めることが大切です。

参考条文例

第●条(危険負担)

本件製品について生じた滅失、毀損その他の危険は、【引渡し/検収/代金完済】前に生じたものは買主の責めに帰すべき事由がある場合を除き売主の、【引渡し/検収/代金完済】後に生じたものは売主の責めに帰すべき事由がある場合を除き買主の負担とする。

代金支払

買主側の最も一番大きな義務は代金の支払いです。

代金支払義務についても、売主と買主との間で解釈が分かれないような明確な書き方をしておく必要があります。

具体的には

  • 売買代金(消費税込みか否か、消費税率、総額の表示か単価の表示か)
  • 支払い方法(一括か分割か、内金か手付けか、現金か振込か手形や小切手か)
  • 支払期日(特定の日付か、引渡や検収後一定の期間経過後か、分割の場合は毎回の支払期限を明確に)
  • 支払に関する費用の負担(振込手数料を売主の負担にするか買主の負担にするか)
  • 振込の場合、振込口座

などを明示しておく必要があリます。

また、買主が支払いを怠ったときの遅延損害金について、法定利率(現在は3%)を超える約定をする場合には契約条項で明示しておく必要があります。

参考条文例

第●条(売買代金)

1.本件製品の売買代金は総額金●万円(消費税額●円、消費税率10%込み)とする。

2.買主は売主に対し、前項の売買代金を、本件製品引渡後●営業日以内に、売主指定の銀行口座まで振り込んで支払う。振込手数料は買主の負担とする。

第●条(遅延損害金)

買主が代金の支払を怠った場合には、売主に対し、支払期日の翌日から完済に至るまで、年14.6%の割合による遅延損害金を支払うものとする。

手付け

特に不動産の売買契約などにおいては、高額な取引で、さらに契約時と決済時が異なることが多いため、手付けが設定されることがほとんどです。

手付金は反対の合意がない限り解約手付けと推定されます。
そのため、具体的な取り決めがなければ「当事者の一方が履行に着手するまで」売主は手付けの倍額を買主に支払い、買主は手付けを放棄することによって契約を解除することができます。
実務上は、決済日ないしその数日前の特定の日を解除の期限と設定することが一般的です。

参考条文例

第●条(手付金)

1.買主は、売主に対し、本契約締結と同時に、手付金として金●万円を支払い、乙は、これを受領した。

2.手付金は、第●条に定める売買残代金の支払いのときに売買代金の一部に充当する。ただし、手付金の充当に当たっては利息を付さないものとする。

3.手付金は、解約手付とし、●年●月●日まで、売主は、手付金の倍額を現実に提供し、買主は、手付金を放棄して、本契約を解除することができる。

その他一般的な条項

その他、契約の終了に関する条項損害賠償条項知的財産に関する条項紛争解決に関する条項などを盛り込んでおく必要があります。
これらの条項については、各解説記事で詳しく説明していますので、それぞれの記事をご覧ください。

弁護士にご相談ください

一見シンプルに思える売買契約でも、実は検討しなければならない条項やポイントがたくさんあることがお分かりいただけたのではないでしょうか。
冒頭でも述べたとおり、世の中に出回っている売買契約書では、売買の基本的な要素である
①当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し
②相手方がこれに対してその代金を支払うことを約すること
の2点が十分に記載されていない契約書が散見されます。

また、売買契約と一言でいっても、契約にはそれぞれ個性があります。
そのため、それぞれの契約の内容に沿って必要かつ十分な契約条項を定めておくことが大切です。
売買契約を締結する際には、「よくある契約だから大丈夫」と思わず、事前に弁護士に相談することがオススメです。

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