会社の運営

会社の詐欺被害の責任は役員にも? 【取締役の任務懈怠責任】

土地所有者に成りすまし、土地の売却を持ち掛けて、多額の代金を騙し取る地面師。
バブル期に横行した地面師詐欺ですが、不動産登記法・不動産登記規則の改正などに伴い、登記申請時の確認も年々厳しくなっていることもあって、一時は消滅したものと思われていました。
しかしながら、地面師たちは、いわゆる道具屋を使って精巧な登記申請書類を偽造したり、時には司法書士などの専門家すら抱き込んだりしながら、未だに暗躍を続けています。
言葉巧みに近付いてくる地面師には要注意です。

さて、今回は、そんな地面師に騙され、約55億円もの損害を出してしまった大手不動産会社の取締役が、会社の株主らに損害の賠償を求められた事件をご紹介します。元となった事件は、当時大々的に報道され、多数の逮捕者を出したことで話題になっていますので、ご記憶の方も多いのではないでしょうか。

積水ハウス株主代表訴訟事件・大阪地裁令和4.5.20判決

事案の概要

大手ハウスメーカーとして国内に広く知られる上場会社のZ社は、東京都内の土地と同土地上の建物(本件各不動産)について、所有者Gが中間業者A社に売ることを前提として、これをA社からマンション事業用に買い受ける売買契約(本件売買契約)を締結することにしました。

Z社の代表取締役Bさんは、本件売買契約締結の承認を求める稟議書を承認決済し、Z社の従業員は、Gと名乗る者やA社の代表者との面談を通じて、Gと名乗る者が本件各不動産の真の所有者であると考えていました。

Z社は、A社と本件売買契約を締結し、A社に対して手付金を支払い、所有権移転請求権仮登記をしました。

その後、Z社の下に本件各不動産の真の所有者であるという者から本件各不動産を売却していないなどと主張する内容証明郵便が到達するなどしたことから、これを本件売買契約の実行妨害の企みであると考えたZ社の従業員は、本登記を得て所有権を公示するため、残代金の決済日を約2か月繰り上げて行うこととし、Bさんはこの方針を承認しました。

そして、Z社は、期限を繰り上げて残代金をA社に支払いました。

ところが、本登記申請は却下され、所有者Gを振舞っていた者はGではなく、本件売買契約は第三者が仕組んだ詐欺行為であることが判明し、Z社には約55億円の損害が生じてしまいました。

そこで、Z社の株主は、Bさんに対して、本件売買契約を稟議書によって承認したことや残代金決済前倒しを承認したことが経営判断上の誤りであることなどを理由として、Bさんに対して、Z社に生じた損害をZ社に賠償するよう求めて訴えを提起しました。

争点

本件の主要な争点は、Bさんが本件売買契約を事前に承認した上、残代金決済前倒しについても事前に承認していたことから、会社が目的とする事業を遂行する上で取締役が行った判断が、取締役として負う任務に違背するものであったといえるか否かです。

本判決の要旨

代表取締役Bによる稟議書の決済を経てZ社による本件各不動産の購入が決定され、その結果、Z社に損害が生じた場合における任務懈怠責任

本件では、取締役による決裁を経て不動産を購入するに至ったが、それによって当該会社に損害が生じた場合、かかる意思決定に関与した取締役が当該会社に対して善管注意義務違反ないし忠実義務違反による責任を負うか否かについては、取締役に求められる上記の判断が、当該会社の経営状態や当該不動産の購入によって得られる利益等の種々の事情に基づく経営判断であることからすれば、取締役による当時の判断が取締役に委ねられた裁量の範囲に止まるものである限り、結果として会社に損害が生じたとしても、当該取締役が上記の責任を負うことはないと解され、当該取締役の地位や担当職務等を踏まえ、当該判断の前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程が合理的なものである場合には、かかる事実等による判断の推論過程及び内容が著しく不合理なものでない限り、当該取締役が善管注意義務違反ないし忠実義務違反による責任を負うことはないというべきである。

会社が大規模で分業された組織形態になっている場合の経営判断

会社によっては、その組織の規模等のために、各種の業務を種々の部署で分担し、その部署に知見や経験を集積して、権限も適宜委譲することによって、専門的知見を要する業務も含めて広汎な各種業務に効率的に対応することを可能とするものもあり、当該会社がこのような大規模で分業された組織形態となっている場合には、取締役がこれらの各部署で検討された結果を信頼してその経営上の判断をすることは、取締役に求められる役割という観点からみても、合理的なものということができる。

そうすると、当該会社が大規模で分業された組織形態となっている場合には、当該取締役の地位及び担当職務、その有する知識及び経験、当該案件との関わりの程度や当該案件に関して認識していた事情等を踏まえ、下部組織から提供された事実関係やその分析及び検討の結果に依拠して判断することに躊躇を覚えさせるような特段の事情のない限り、当該取締役が上記の事実等に基づいて判断したときは、その判断の前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程は合理的なものということができる。

本件の検討

➣Z社の規模とBさんの地位等

Z社は、経営規模の極めて大きな会社であり、その組織形態についてみても、組織的な事務分掌の定めや役職を置いて業務を分担させ、その分担状況に応じて権限も委譲され、具体的な事務内容やよるべき手続についても定められていたため、大規模で分業された組織形態となっていたといえる。

Bさんは、Z社の最高執行責任者(COO)として、その各部門の業務を総合運営し、業務執行全般を指導統制することなどが求められていた代表取締役社長であったのであり、Z社において販売用不動産の購入についてBさんの決裁が必要であるのは購入総額10億円以上のものであったことからみても、Z社においてBさんの判断に求めていたのは、多額の資金を要する不動産購入について経営全体を総括する立場からの検討であり、個別の契約内容を具体的に点検することを求めていたものではないといえる。

➣事実等の認識や評価に至る過程

Bさんは、本件稟議書を決裁し、その際に本件稟議書の内容を確認することができたが、本件稟議書に記載されていた事項は、いずれの点においても、これに依拠して判断することに躊躇を覚えさせるようなものではなかった。

また、本件各不動産の所有者の本人性については、Z社の従業員もG本人であることの信用性は高いと考えており、本件稟議書にも、その信用性に疑義を生じさせるような事情は一切現れていないうえ、Bさんが現地を視察し、本件各不動産の説明を受けた際の説明内容にも不自然ないし不合理な点があったとはいえない。

➣判断の推論過程及び内容

Bさんは、本件稟議書の内容、現地視察の際に直接得た印象、その際に受けた説明内容に基づき判断をしているところ、本件稟議書の内容や現地視察の際の説明内容等からは、A社を通じて本件各不動産を購入する偽Gが真実は本件各不動産の所有者ではなかったという事情は一切うかがわれないのであり、かかる事実等により本件各不動産を真の所有者から購入することができると考えたBさんの判断の推論過程及び内容に不合理というべき点はない。

結論

以上のとおり、本件稟議書を決裁したBさんの判断は、その前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程が合理的なものであり、かつ、かかる事実等による判断の推論過程及び内容が著しく不合理なものではなかったのであるから、経営判断としてBさんに許された裁量の範囲に止まるものであったということができ、Bさんが、本件稟議書を決裁したことを理由に善管注意義務違反ないし忠実義務違反による責任を負うということはできないと判断されました。

また、Bさんが残代金決済前倒しの方針を事前に承認したことについても、同様の判断方法により、経営判断としてBさんに許された裁量の範囲にとどまるものであったとの判断がなされました。

ポイント

経営判断原則と任務懈怠責任

本件は、不動産業者であるZ社の不動産取引に関して、代表取締役であるBさんの経営に関する判断事項について、その善管注意義務違反の成否が問題となりました。

この点、取締役の経営判断には、常にリスクが伴うものであり、それぞれの判断においては各業界における専門的な知識や知見も必要となってきます。

もっとも、取締役に過度の責任を負わせてしまうと、取締役はその責任の重さから、萎縮して、柔軟な経営判断を行うことができず、会社の発展が却って阻害されてしまいます。

そこで、経営判断については、ある程度の広い裁量を認めながら、その情報収集過程に不合理さがないか否か、判断過程に著しい不合理性がないか、を基準として善管注意義務違反の有無を判断するという手法がとられるようになってきました。

本件においても、「当該取締役の地位や担当職務等を踏まえ、当該判断の前提となった事実等の認識ないし評価に至る過程が合理的なものである場合には、かかる事実等による判断の推論過程及び内容が著しく不合理なものでない限り、当該取締役が善管注意義務違反ないし忠実義務違反による責任を負うことはない」との判断枠組みの下、Bさんの経営判断の前提となった事実等の認識や評価に至る経緯、判断の推論過程及び内容にそれぞれ着目しながら、Bさんの任務懈怠の有無を検討しています。

本判決における具体的な検討の内容は、取締役の経営判断を考える上で、非常に参考になるのではないでしょうか。

常に顧問弁護士に相談を

本件事件後にZ社が公表した「総括検証報告書」には、本件が発生した一因として、「本件取引でも、…社長からの指示があったにもかかわらず、顧問弁護士への直接確認や法務部顧問弁護士にセカンド・オピニオンとしての意見を求めることなどをせず、また、実際の本人確認をどのように実施したかを確認することなく、事業部門の判断に追従しただけに終わっている。」という点が挙げられています。

会社における取引は常にリスクと隣り合わせであり、少しの油断が会社に大きな損害をもたらします。

違和感を覚えたときはもちろんですが、それ以前に、会社の役員、従業員を含め、日ごろから顧問弁護士に相談するという習慣があると、弁護士との何気ない会話の中からリスクを察知することができ、発生し得る危険因子を未然に取り除くことができます。

弁護士
弁護士

「あやしい」話と普段から接している弁護士との会話は、「あやしい」話から貴社を救ってくれるかも知れません

顧問弁護士は何かが起きてから頼るものではありません。どんな些細な情報であっても常に相談しておくことがおすすめです。