法人格否認の法理とは?【法人格否認の法理の適用が争われた裁判例も紹介】【千葉地松戸支令和6年12月23日判決】
Recently updated on 2025-07-03
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法人格否認の法理とは
会社法3条では、「会社は、法人とする。」と定められています。
このように会社は法人格を有していることから、権利・義務の主体となります。
逆に、当該会社が負担している義務を、他の第三者が負うことはありません。
ところが、会社の法人格を認めると、会社を隠れ蓑にして義務(負担)から逃れようとする人が出てきます。これでは公正が図られません。
そこで、判例では、①法人格がまったくの形骸にすぎない場合、または、②法人格が法律の適用を回避するために濫用される場合には、法人格を否認するべきであるとしています。
法人格が否認される場合 | 例 |
---|---|
法人格の形骸化(法人格がまったくの形骸に過ぎない場合) | 会社の実質が個人企業であるような場合(=会社の取引相手からすれば、当該取引が会社としてなされたのか、個人としてなされたのか不明な場合) |
法人格の濫用(法人格が法律の適用を回避するために濫用される場合) | 会社の法人格を意のままに利用している株主が、違法・不当な目的のために法人格を濫用する場合 |
法人格が否認された場合には、会社とその背後にいる個人、または株主、他の会社などを同一視し、妥当な処理を図ることになります。
なお、法人格否認の法理に対しては、学説上、批判も強いところではあります。

裁判例のご紹介・千葉地松戸支判令和6年12月23日判決
どんな事案?
XさんとAさんの離婚
XさんとAさんは、平成25年に婚姻して3子をもうけました。
しかし、令和2年9月22日に別居し、婚姻費用分担調停において、AさんがXさんに対して婚姻費用を支払うことを合意しました。
その後、XさんとAさんは、本件訴訟において離婚し、AさんがXさんに対して養育費及び解決金を支払う旨の和解をしました。
AさんのY設立
Aさんは、歯科医師であり、平成26年12月、Y肩書地に「E・F歯科」の名称で歯科医院(本件歯科医院)を開設し、経営していました。
Yは、令和4年10月3日、Y肩書地において「F歯科」を経営すること等を目的として設立された医療法人社団であり、設立時から現在まで、Aが理事長を務めていました。
Aさんによる債務の未払い
Aさんは、婚姻費用分担調停及び本件訴訟において、婚姻費用や養育費、解決金の支払い義務を負うことが定められていたにもかかわらず、本件養育費及び本件解決金を支払いませんでした。また、婚姻費用についても未払いがありました。
訴えの提起
そこで、Xさんは、法人格否認の法理の適用などに基づき、Aさんが理事長を務めるYに対し、本件各債務の支払いなどを求めるとともに、AさんがYに財産を移転してYを設立した行為は不法行為に当たると主張して、Yに対し、本件債務相当額の損害賠償金などの支払いを求める訴えを提起しました。

何が問題になったか?
Xさんは、法人格否認の法理の適用を主張し、AさんとYを同一視し、Yに対してAさんが負う債務の支払いを求めていました。
そこで、本件では、法人格否認の法理に基づくYの支払義務の有無が問題になりました。
裁判所の判断
裁判所は、AさんとYは実質的に同一であり、Yは本件婚費を免れる目的で医療法人社団制度を濫用して設立され、本件各債務の支払いを免れるために濫用されているとして、法人格否認の法理の適用を認め、Yが本件各債務の支払義務を負うと判断しました。
判決の要旨
裁判所はなぜこのような判断をしたのでしょうか。
以下では、本判決の要旨をご紹介します。
AさんとYの経済的一体性
「前提事実(…)によれば、Aさんは、令和4年10月3日、本件歯科医院の名称の主要な部分である「F歯科」を続用して、本件歯科医院と同一の場所にYを設立し、Yにおいて、本件歯科医院と同一の電話番号を用い、本件歯科医院のときと同じく院長として、歯科治療に従事したこと、Yは、本件歯科医院からの組織変更として保険医指定を受けたことが認められる。また、Yは、Aさん一人の拠出によって成立しているだけでなく(…)、Aさん名義の電話加入権をその名義のまま用い、Aさんの自宅の家賃をYの経費として処理しており、経済的に一体となっていることも認められる(…)。」
実質的な運営もAさんによって行われていること
「Yには、Aの外に3名の役員がいるが(…)、同人らの給与ないし報酬は0円であり、理事長兼管理者であるAの給与ないし報酬は、設立認可申請時には月額42万円(本件婚費の月額と同額である。)とされていたのに、Yを設立するや否や、給与ないし報酬を月額1万円に変更されたことが認められる(…)。Aは、院長という立場にあり、唯一の常勤の歯科医師として現に治療に従事していることに照らすと(…)、Aの給与ないし報酬が月額1万円であるというのは不合理というほかなく、かかる決議がされたこと自体、A以外の役員は名目上のものにすぎないことを推認させるというべきである。このほか、Aと他の役員とは、親しい間柄にあること(…)、事業計画と実際の経営状況に乖離が生じているのに、これについて役員から意見等もないこと(…)が認められる一方、上記推認を覆すべき事情は認められない。
以上によれば、形式的に社員総会や理事会議事録が作成されているとしても、Yは、本件歯科医院のときと変わらず、Aさん一人の意思決定によって運営されており、実質的にはAさんと同一であると認めるのが相当である。」
Aさんが支払いを免れる目的でYを設立していること
「そして、本件婚費及び本件養育費は、Aさんの収入を源泉とする性質のものであるが、Aは、(…)Yの設立後は、診療報酬債権をYに帰属させただけでなく、給与ないし報酬を月額1万円という異常に低廉な額に定め、現にXさんはYからの報酬等に対する差押えにより本件婚費を回収することができなくなったことが認められる(…)
また、Yの設立後の本件訴訟において、Aさんは、本件歯科医院を法人化したことにより収入が減ることや、その具体的な理由を全く説明しないまま、本件婚費の算定時の基礎収入を用いて本件養育費を算定し、その額を月額合計35万7000円とすることに合意したきり、一切支払をしていないし、夫婦共有財産を形成していたA名義の多額の財産をYに拠出又は解約し、本件解決金も一切支払っていないことからすると(…)、本件訴訟の和解の当時から、履行意思もなかったと認めざるを得ない。
これらの事情に照らせば、Aは、本件婚費の支払義務を負ったことを受けて、不払による執行を想定し、これを免れるという不当な目的をもって、自らが支配するYを設立し、本件養育費及び本件解決金の支払を合意した当初から、Yを利用して執行を免れる目的であったと認めるのが相当である(…)。」
法人格否認の法理の適用が認められる
「以上を踏まえると、AさんとYは実質的に同一であり、Yは本件婚費を免れる目的で医療法人社団制度を濫用して設立され、その後も本件養育費及び本件解決金を免れるために濫用されているものと認められるから、法人格否認の法理を適用し、Yは、信義則上、YがAさんと別人格であることを主張できず、Xさんに対し、本件債務(…)についての責任を負うものと認められる。」
ポイント
今回ご紹介した裁判例では、Xさんが法人格否認の法理の適用を主張して、Aさんが負っている債務の支払いを、Aさんが理事長を務めるYに対して求めた事案でした。
本判決は、AさんとYの経済的一体性が認められること、YはAさん一人の意思決定によって運営されていること、AさんがYを利用して、債務の執行を免れる目的であったと認められることを指摘し、法人格否認の法理の適用を認めました。
このように、法人格がまったくの形骸にすぎない場合、または、法人格が法律の適用を回避するために濫用される場合には、法人格が否認され、背後にいる個人と会社(法人)とを実質的に同一視されることがあります。
会社を設立する場合には、くれぐれも会社の法人格が認められる趣旨を損なうことが内容に注意が必要です。
弁護士にもご相談ください
会社を経営していると、取引先や債権者などから法人格否認の法理の主張をされることがあります。
冒頭でも述べたとおり、法人格否認の法理は厳格に理解されるものではありますが、適用が認められる場合には、会社が負う債務を経営者が負うことになったりすることもあります。
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