発明の名称を「レーザ加工装置」とする発明と特許法102条2項の適用の可否【東京地裁令和4年12月15日判決】
発明や考案は、目に見えない思想、アイデアです。
いわゆる世の中にある不動産や車などとは異なり、形あるものではありません。
そのため、目にみえる形で支配したり占有したりすることができないため、誰かに不正に利用されてしまったり、盗まれてしまったりするおそれがあります。
それにもかかわらず、発明や考案をした人の権利を保護するために、適切な保護の制度がなければ、せっかくの発明や考案は世のため人のために利用されることなく、発明者がひっそりと抱えているものになってしまいます。
そこで、特許法は、「発明者には一定期間、一定の条件のもとに特許権という独占的な権利を与えて発明の保護を図る一方、その発明を公開して利用を図ることにより新しい技術を人類共通の財産としていくことを定めて、これにより技術の進歩を促進し、産業の発達に寄与しよう」という特許制度を設けています(特許庁HP「特許・実用新案とは」参照)。
特許権は、技術的思想の創作である「発明」が保護の対象であり、権利の対象となる発明の生産、使用、販売などを独占することができます。
また、権利侵害者に対しては、特許法に基づき差し止めや損害賠償を請求することができます。
権利期間は、出願から20年です(特許庁HP「初めてだったらここを読む~特許出願のいろは~」参照)。
なお、契約書チェックで実は見過ごされがちな「知的財産権」に関する条項については、こちらの記事で解説していますので、こちらもぜひご覧ください。
さて、今回は、そんな特許をめぐり、特許法102条1項及び2項の適用が問題となった事案をご紹介します。
特許権侵害差止請求事件・東京地裁令和4年12月15日判決
事案の概要
本件は、発明の名称を「レーザ加工装置」とする特許、及び発明の名称を「レーザ加工方法及びレーザ加工装置」とする特許の特許権者であるX社が、Y社によるY社製品の製造・販売等がX社の各特許に係る特許権の侵害を構成すると主張し、Y社に対し、特許法100条1項に基づくY社製品の製造・販売等の差止め及び同条2項に基づくY社製品の廃棄を求めるとともに、損害賠償金の支払いを求めた事案です。
事実の経過
当事者
X社は、光半導体、光学応用機器等の開発・製造を主たる業務とする技術開発型の企業であり、Y社は、精密計測機器と半導体製造装置のメーカーでした。
X社の特許
X社は、本件各特許を有していました。
このうち、本件特許1(特許番号:特許第3867108号)は、レーザ加工装置に関するものであり、その内容は以下のとおりでした。
A | ウェハ状の加工対象物の内部に、切断の起点となる改質領域を形成するレーザ加工装置であって、 |
B | 前記加工対象物が載置される載置台と、 |
C | レーザ光を出射するレーザ光源と、 |
D | 前記載置台に載置された前記加工対象物の内部に、前記レーザ光源から出射されたレーザ光を集光し、そのレーザ光の集光点の位置で前記改質領域を形成させる集光用レンズと、 |
E | レーザ光の集光点が前記加工対象物の内部に位置するように、前記加工対象物のレーザ光入射面を基準として前記加工対象物の厚さ方向に第1移動量だけ前記集光用レンズを移動させ、レーザ光の集光点が前記加工対象物の切断予定ラインに沿って移動するように、前記加工対象物の厚さ方向と直交する方向に前記載置台を移動させた後、レーザ光の集光点が前記加工対象物の内部に位置するように、前記レーザ光入射面を基準として前記加工対象物の厚さ方向に第2移動量だけ前記集光用レンズを移動させ、レーザ光の集光点が前記切断予定ラインに沿って移動するように、前記加工対象物の厚さ方向と直交する方向に前記載置台を移動させる機能を有する制御部とを備え、 |
F | 前記加工対象物はシリコンウェハであることを特徴とするレーザ加工装置。 |
ステルスダイシング技術とは
ステルスダイシング技術は、X社が世界で初めて開発した技術であり、半導体基板を切断(ダイシング)するために用いられるものでした。
ステルスダイシングによる加工工程は、
- シリコンウェハ(「ウェハ」や「ウエハー」ともいう)の切断予定ラインに沿って、レーザ光を走査して照射し、ウェハの内部に加工領域を形成するレーザ加工工程
- ウェハに引っ張り応力を加え、加工領域を起点としてウェハを分割する分割工程
に区別されるところ、ステルスダイシングにおいては、ウェハ表面を加工しないため、ウェハ表面に形成された機能素子を損傷するような粉塵を発生させることがなく純水での洗浄工程も不要となるほか、加工箇所を最小限に抑えることができるため、フラッシュメモリ等の精密な機能素子のチップを切り出すために有用な技術となっていました。
X社は、このステルスダイシング技術を用いて半導体基板をダイシングするための装置(「SDダイサー」)の中核モジュールであるステルスダイシングエンジンユニット(「SDエンジン」)を製造し、Y社を含む半導体製造装置メーカーに供給してきました。
X社とY社の業務提携
X社とY社は、平成14年9月18日に業務提携準備に係る契約(「本件業務提携準備契約」)を締結し、また、平成15年9月18日に業務提携に関する契約(「本件業務提携契約」)を締結しました。
そして、X社は、本件業務提携契約に基づき、Y社に対し、X社製SDエンジンを供給するとともに、Y社によるSDダイサーの製造・販売につき、本件各特許を含む特許ポートフォリオ及びステルスダイシング技術のノウハウに係る包括ライセンスを付与しました(「包括ライセンス契約」)。
これを受けて、Y社は、本件業務提携契約に基づき、Y社自らが製造したSDダイサー本体に、X社製SDエンジンを搭載した製品(「従来Y社製品」)を製造し、エンドユーザである半導体メーカーに販売していました。
その後のY社の行為
本件業務提携契約は、平成29年9月18日をもって終了しました。
その後、Y社は業として、Y社製のSDダイサー本体に、Y社製のSDエンジンを搭載した製品(Y社製品)を製造し、譲渡し、輸出し、及び譲渡の申出をしました。
訴えの提起
そこで、X社は、Y社製品の製造・販売等がX社の本件各特許権の侵害を構成すると主張して、Y社に対し、特許法100条1項に基づくY社製品の製造・販売等の差止め及び同条2項に基づくY社製品の廃棄を求めるとともに、損害賠償金の支払いを求める訴えを提起しました。
参照条文
特許法
第百条 特許権者又は専用実施権者は、自己の特許権又は専用実施権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
2特許権者又は専用実施権者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物(物を生産する方法の特許発明にあつては、侵害の行為により生じた物を含む。第百二条第一項において同じ。)の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の予防に必要な行為を請求することができる。
(損害の額の推定等)
第百二条 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、次の各号に掲げる額の合計額を、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。
一 特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額に、自己の特許権又は専用実施権を侵害した者が譲渡した物の数量(次号において「譲渡数量」という。)のうち当該特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた数量(同号において「実施相応数量」という。)を超えない部分(その全部又は一部に相当する数量を当該特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量(同号において「特定数量」という。)を控除した数量)を乗じて得た額
二 譲渡数量のうち実施相応数量を超える数量又は特定数量がある場合(特許権者又は専用実施権者が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての通常実施権の許諾をし得たと認められない場合を除く。)におけるこれらの数量に応じた当該特許権又は専用実施権に係る特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額
2 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。
3〜5 (略)
争点
本件の争点は、侵害論、損害論ともに多岐にわたるところ、損害論における主たる争点として、特許法102条1項または2項の適用の可否が問題となりました。
本判決の要旨
①特許法102条2項が適用されるか?
特許法102条2項の適用について
まず、裁判所は、特許権者において販売等する製品が、侵害品の部品に相当するものであり、侵害品とは需要者を異にするため、市場において競合関係に立つものと認められない場合には、特許法102条2項による損害額の推定はすることができないとの判断を示しました。
「特許法102条2項は、民法の原則の下では、特許権侵害によって特許権者が被った損害の賠償を求めるためには、特許権者において、損害の発生及び額、これと特許権侵害行為との間の因果関係を主張、立証しなければならないところ、その立証等には困難が伴い、その結果、妥当な損害の填補がされないという不都合が生じ得ることに照らし、侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは、その利益の額を特許権者の損害額と推定するとして、立証の困難性の軽減を図った規定である。そして、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められると解すべきである。
そして、特許法102条2項の上記趣旨からすると、同項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額とは、原則として、侵害者が得た利益全額であると解するのが相当であって、このような利益全額について同項による推定が及ぶと解すべきである。もっとも、上記規定は推定規定であるから、侵害者の側で、侵害者が得た利益の一部又は全部について、特許権者が受けた損害との相当因果関係が欠けることを主張立証した場合には、その限度で上記推定は覆滅されるものということができる(知的財産高等裁判所平成30年(ネ)第10063号令和元年6月7日特別部判決参照)。
もっとも、特許権者において販売等する製品が、侵害品の部品に相当するものであり、侵害品とは需要者を異にするため、市場において競合関係に立つものと認められない場合には、当該侵害品の市場においては、侵害品の代わりに部品が購入されるものとはいえない。それにもかかわらず、上記場合において、上記部品が、侵害品と市場において競合関係に立つ第三者の製品に使用され得ることをも重ねて推認した上、特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在するものと認めるのは、明らかに特許権者が受けた損害の額以上の額を推認することになるから、特許法102条2項の趣旨に鑑み、同項の推定の範囲を超えるものであって、相当であるとはいえない。
したがって、上記場合には、侵害者が侵害品の販売等により受けた利益の額は、特許権者が受けた損害の額と推定することはできないと解するのが相当である。」
本件の検討
その上で、裁判所は、本件においては、X社はSDエンジンメーカーであるところ、X社の販売するSDエンジンは、Y社等が販売するSDダイサーの部品に相当するものであり、市場において競合関係に立つとは認められないことから、Y社がSDダイサーの販売等により受けた利益の額は、X社が受けた損害の額と推定することはできないと判断しました。
「これを本件についてみると、前記認定事実によれば、X社は、SDエンジンメーカーであり、SDダイサーの一部を構成するSDエンジンを製造し、Y社やディスコ社等のSDダイサーメーカー(半導体製造装置メーカー)に対し、これを販売するものである。これに対し、前記認定事実によれば、Y社はSDダイサーメーカーであり、X社から購入し又は自ら製造したSDエンジンを搭載したSDダイサーを製造し、サムスン社等の半導体製造業者や半導体加工業者(エンドユーザ)に対し、これを販売するものであることが認められる。
そうすると、特許権者であるX社が販売する製品(SDエンジン)は、侵害品であるSDダイサーの部品に相当するものであり、SDダイサーとは需要者を異にするため、市場において競合関係に立つものと認めることはできない。
したがって、本件においては、Y社が、侵害品であるSDダイサーの販売等により受けた利益の額は、X社が受けた損害の額と推定することはできないと解するのが相当である。」
②特許法102条1項が適用されるか?
また、裁判所は、特許法102条1項の適用についても、前記①と同様の観点から適用を否定しました。
特許法102条1項の適用について
「特許法102条1項は、民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり、特許法102条1項本文において、侵害者の譲渡した物の数量に特許権者又は専用実施権者(以下「特許権者等」という。)がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた額を、特許権者等の実施の能力の限度で損害額とし、同項ただし書において、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が販売することができないとする事情を侵害者が立証したときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものと規定して、侵害行為と相当因果関係のある販売減少数量の立証責任の転換を図ることにより、より柔軟な販売減少数量の認定を目的とする規定である。
上記にいう特許法102条1項の文言及び趣旨に照らせば、特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは、侵害品と需要者を共通にする同種の製品であって、市場において、侵害者の侵害行為がなければ販売等することができたという競合関係にある製品をいうものと解するのが相当である(知的財産高等裁判所平成31年(ネ)第10003号令和2年2月28日特別部判決参照)。」
本件の検討
「これを本件についてみると、前記(…)において説示したとおり、SDエンジンはSDダイサーの部品であるところ、特許権者であるX社が販売する製品(SDエンジン)は、侵害品であるSDダイサーの部品に相当するものであり、SDダイサーとは需要者を異にするため、市場において競合関係に立つものと認めることはできない。
そうすると、SDダイサーであるY社製品は、X社において侵害行為がなければ販売することができた物には該当せず、特許法102条1項は、本件に適用されないと解するのが相当である。」
結論
裁判所は、以上のとおり、特許権者が侵害品と市場において競合関係に立たない場合には、特許法102条1項または2項が適用されないとの解釈を示した上で、本件において、X社の販売するSDエンジンは、侵害品であるSDダイサーの部品に相当するものであり、SDダイサーとは需要者を異にするため、市場において競合関係に立つものと認めることはできないとして、同項の適用を否定する判断を示しました。
解説
どんな事案だったか?
本件は、発明の名称を「レーザ加工装置」とする特許、及び発明の名称を「レーザ加工方法及びレーザ加工装置」とする特許の特許権者であるX社が、Y社によるY社製品の製造・販売等がX社の各特許に係る特許権の侵害を構成すると主張し、Y社に対し、特許法100条1項に基づくY社製品の製造・販売等の差止め及び同条2項に基づくY社製品の廃棄を求めるとともに、損害賠償金の支払いを求めた事案でした。
何が問題になったか?
本件では、損害論における主たる争点として、特許法102条1項または2項の適用の可否が問題となりました。
ポイント
本判決では、特許権者において販売等する製品が、侵害品と市場において競合関係に立たない場合には、特許法102条1項または2項が適用されないことを示しています。
なお、本判決は、最終的に特許法102条3項及び4項に基づき実施料30%を乗じて15億円を超える損害金を認めており、この点でも注目されます。
弁護士にご相談ください
特許権侵害は、会社にとって大きな損害をもたらします。
競業他社等により権利侵害を受けた場合には、差止請求や損害賠償請求など必要な措置を講ずる必要があります。
どんな対応を採ることができるかについては、まず弁護士をはじめとする専門家に相談することがおすすめです。