営業秘密保護のための訴訟記録閲覧制限の可否【テレビ宮崎事件・最高裁決定】
憲法82条1項は、「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。」と規定し、裁判の公開原則を定めています。
かかる裁判公開の原則を受けて、民事訴訟法91条1項では、「何人も、裁判所書記官に対し、訴訟記録の閲覧を請求することができる。」と規定し、訴訟記録の公開の原則を定めています。
意外と知られていませんが、このとおり、訴訟の記録はだれでも閲覧ができるのです。報道などで、やたら詳細な内容が記載されることがありますが、これは記者が訴訟記録を閲覧した結果であることが多いんですね。
もっとも、あらゆる訴訟記録が公開されてしまうと、訴訟当事者のプライバシーや営業秘密などもすべての人に明らかになってしまう恐れがあります。
そこで、民事訴訟法92条1項は、訴訟記録中に当事者の私生活上の重大な秘密や当事者が保有する営業秘密などが記載・記録されている場合、当該部分の閲覧もしくは謄写、その正本、謄本もしくは抄本の交付または複製の請求をすることができる者を、訴訟当事者のみに限定することを求めることができることを定めています。
この訴訟記録の閲覧等制限の申立ては、申立書を提出することによって行います(民事訴訟規則34条1項)。
申立書では、訴訟記録中の秘密記載部分を特定するとともに(民事訴訟規則34条1項),民事訴訟法92条1項各号に定められた事由を疎明する必要があります(同項)。
この申立てを行った場合、閲覧等制限を認める旨の裁判所の決定があった場合だけでなく、申立てからその裁判が確定するまでの間においても暫定的に閲覧等制限の効果が発生します(民事訴訟法92条2項)。
したがって、準備書面や書証などを裁判所に提出する際、プライバシーや営業秘密などが記載されていると考える場合には、提出と同時(または提出後速やかに)まずは閲覧等制限の申立てを行う必要があります。
さて、今回は、退職慰労金支給の委任を受けた取締役会が基準額を減額することはできるか否かが争われた事件に付随してなされた閲覧等の制限申立てについて示された最高裁決定(最高裁令和6年7月8日 第一小法廷決定)を取り上げます。
閲覧等制限の申立て事件(テレビ宮崎事件)・最高裁令和6年7月8日決定
事案の概要
本件は、Y1社の代表取締役社長を退任したXさんが、Y1社の株主総会においてY1社の取締役退任慰労金内規に基づいて取締役会が決議した退任慰労金をXさんに支払うことを委任する旨決議されたのに、Y1社の代表取締役であるY2さんが故意又は過失によってこの委任の範囲又は本件内規の解釈・適用を誤ったため、Y1社の取締役会においてこの委任の範囲を超える減額を行う旨の決議がされたなどと主張し、Y1社に対しては会社法350条等に基づき、Y2さんに対しては民法709条等に基づき、損害賠償の支払いなどを求めた事案(最高裁令和6年7月8日 第一小法廷判決)に付随して、Y1社が訴訟記録の一部の閲覧等の制限を申立てた事案です。
訴訟の経過
XさんがY1社及びY2さんに対して提起した訴訟に関する経過についてはこちらをご覧ください。
本申立ての経緯
Y1社は、上記訴訟との関係において、上告受理申立て理由補充書に記載した部分のうち、調査委員会の作成に係る最終報告書の記載部分(本件記載部分)について、
同記載部分には、
・XさんがY1社の代表取締役在任中にした行為の悪質性
・同行為がY1社に与えた損害の重大性
・同行為の存在を理由とする退職慰労金不支給決定の正当性
が記載されているところ、不正競争防止法2条6項に規定する営業秘密に該当するものであること
これが「訴訟記録の閲覧等によって外部に知られるところになると、競合他社によって容易にY1社の事業情報等が利用され、Y1社の業界内における地位は相対的に低下するおそれがあり、その場合のX社の将来にわたる営業上の損失ははかりしれないものとなる。」こと
を主張し、本件記載部分の閲覧等の制限の申立てを行いました。
争点
本件では、本件記載部分が民事訴訟法92条1項2号の営業秘密に該当することについて、Y1社により疎明があるといえるか否かが問題となりました。
本決定の判断
裁判所は、Y1社による本件記載部分の閲覧等の制限の申立てには理由がないとして、この申立てを却下する決定をしました。
また、この決定について、深山卓也裁判官が以下のとおりの補足意見を示しています。
判断枠組み
秘密保護のための閲覧等の制限の制度趣旨
民事訴訟92条が規定する秘密保護のための閲覧等の制限の制度は、憲法上の裁判の公開原則(憲法82条)をより徹底する趣旨から設けられた訴訟記録の公開制度(民事訴訟法91条)の重大な例外であることから、保護されるべき秘密を必要最小限のものに限定しており、同法92条1項2号括弧書きが営業秘密を「不正競争防止法第2条第6項に規定する営業秘密」、すなわち、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」をいうとして概念を明確にしているのもその現れである。
検討の要素
このような民事訴訟法92条1項2号の趣旨に照らすと、訴訟記録中の一部分が同号の営業秘密に該当するとして閲覧等の制限の申立てがされた場合には、裁判所は、申立てに係る部分が同号の営業秘密に該当すること、すなわち、①秘密として管理されていること(秘密管理性)、②生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること(有用性)、及び③公然と知られていないものであること(非公然性)の三要件を具備していることの疎明があるか否かを慎重に検討する必要がある。
本件の検討
これを本件申立てについてみると、本件記載部分は、その内容自体から有用性の要件を具備していないことが明らかである上、Y1社は、本件記載部分が上記三要件を具備していることの根拠となる具体的な事情を主張しておらず、何らの疎明資料も提出していない。
したがって、本件申立ては、民事訴訟法92条1項2号の営業秘密に該当することの疎明を欠くものであり、理由がないものとして却下を免れないというべきである。
なお、Y1社が閲覧等の制限の必要性があることの理由として主張するところは、単に本件記載部分が第三者に閲覧等されることによりY1社に営業上の損失が生じかねない旨を指摘するものにすぎず、本件記載部分が 営業秘密に該当することの根拠となる事情とはいえない。
補足意見の理由
近年、民事訴訟法92条1項2号による訴訟記録の閲覧等の制限の申立てにおいて、申立てに係る部分が営業秘密に該当することの疎明が十分にされていない事案が少なからず見受けられることに鑑み、本件申立てが却下を免れない所以を補足した次第である。
旨に照らして不合理である場合に限られると解するのが相当である(原審は、本件減額規定は特に重大な損害を与えた在任中の行為によって生じた損害相当額のみを減額し得る旨を定めたものとするが、本件減額規定がそのような趣旨のものであるとは解されない。)。」
ポイント
本件は、Y1社が前述したXさんに対する基本事件との関係において、上告受理申立て理由補充書に記載した部分のうちの一部が、不正競争防止法2条6項に規定する営業秘密に該当すると主張し、閲覧等の制限の申立てを行った事案でした。
これに対して、最高裁はY1社の申立てに理由がないとして、申立てを却下しましたが、深山裁判官からは、近年、不正競争防止法2条6項の営業秘密に該当することの疎明が十分になされないまま、これに該当するとして申立てされる事案が少なからず散見されるとして苦言が呈されています。
同裁判官の補足意見にあるとおり、秘密保護のための閲覧等の制限の制度は、憲法が保障する裁判の公開の原則に基づく訴訟記録の公開制度の例外を定めるものであり、特に慎重は判断を要します。
したがって、このような閲覧等の制限の申立てをする場合には、漫然と申立てをするのではなく、本決定でも示されているように
- 秘密管理性:秘密として管理されていること
- 有用性:生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であること
- 非公然性:公然と知られていないものであること
の3要件を具備しているか否かを十分に検討し、各要件に関して疎明しなければなりません。
弁護士にもご相談ください
本件決定に照らして考えた場合、やはり秘密保護のための閲覧等の制限の申立てはかなりハードルが高いといえます。
他方で、仮に真にこれらの要件に該当すると考えられるのであれば、適時かつ適切に閲覧等の制限の申立てをしておかなければ、競合他社に事業情報が利用されるなど、営業上の損失の危険もあります。
よって、訴訟を提起する場合や提起された場合には、訴訟記録の閲覧等の制限の申立てという制度があることも念頭において、弁護士に対応を相談することがおすすめです。