賃料の変更をするときは合意を明確にしましょう【不動産オーナーのみなさん】
賃貸借契約は合意内容が大切
不動産オーナーのみなさんにとって、一番の関心事は何といっても「賃料」ではないでしょうか。
賃借人がきちんと賃料を払ってくれるのか?
相場に比べて賃料が安くなってしまったときには増額できるのか?
賃料の滞納が続いたら出ていってもらえるのか?
などなど、悩みは尽きません。
賃料の回収以前の問題として、賃料額自体が争いになってしまうと、運用益の計算はおろか、修繕などのコスト計算もできなくなりかねません。
さて、今回は、そんな不動産賃貸借契約と賃料変更の合意内容が争われた裁判例をご紹介します。
裁判例のご紹介・徳島地裁令和6年6月19日判決
事案の概要
本件は、不動産の賃借人であるX社が、賃貸人であるY社に対して、令和4年1月1日以降の賃料につき、1か月17万6400円(消費税相当額を除く)とする合意があるとして、Y社に対し、その確認を求め、他方でY社が、X社に対して、令和4年1月から令和5年3月まで未払賃料として合計291万0600円(消費税相当額を含む)の支払いを求めた事案です。
事実の経過
X社とY社について
X社は、いわゆる第三セクターで、不動産の取得・処分、不動産の賃貸・仲介、不動産の維持管理等を業とする株式会社でした。
他方、Y社は、本件不動産を所有するオーナーでした。
賃貸借契約の締結
X社は、昭和57年5月17日、Y社との間で、以下の約定で、本件不動産を賃借する旨の賃貸借契約を締結しました。
そして、Y社は、X社に対して、昭和58年10月1日、本件賃貸借契約に基づいて、本件不動産を引渡しました。
本件不動産の賃料の推移
本件不動産の賃料(消費税相当額を除く。)は、昭和61年10月以降3年毎に増額され、平成4年10月には月額58万8100円となりました。
そして、賃料は、その後据え置きとなっていました。
もっとも、平成13年6月以降3回にわたる減額を経た後、平成28年9月以降は、月額35万2800円に減額されていました。
令和2年8月16日付け変更契約
X社とY社は、令和2年8月16日、本件賃貸借契約に基づく本件不動産の賃料について、以下のとおり、変更する旨の合意(本件変更契約)をしました。
令和4年1月から令和5年3月までの賃料支払額等
その後、X社とY社との間で、令和4年1月1日以降の本件不動産の賃料につき、協議は整いませんでした。
そのため、X社は、Y社に対して、令和4年1月1日以降の賃料につき、月額17万6400円(消費税相当額込みで19万4040円)しか支払いませんでした。
訴えの提起
そして、X社は、Y社に対し、令和4年1月1日以降の賃料につき、1か月17万6400円(消費税相当額を除く)とする合意があるとして、Y社に対し、その確認を求める訴えを提起しました。
これに対して、Y社は、X社に対して、令和4年1月から令和5年3月まで未払賃料として合計291万0600円(消費税相当額を含む)の支払いを求める訴え(反訴)を提起しました。
争点
本件では、
- ≪争点①≫ 本件変更契約に、本件不動産の賃料を令和4年1月以降も月額17万6400円とする旨の合意が含まれていたか否か?
- ≪争点②≫ X社とY社の間に、令和2年8月16日、本件不動産の賃料につき、本件変更契約とは別途、令和4年1月以降も月額17万6400円とする旨の黙示の合意が成立したか否か?
が争いになっていました。
本判決の要旨
≪争点①≫ 本件変更契約に、本件不動産の賃料を、令和4年1月以降も月額17万6400円とする旨の合意が含まれていたか否か?
X社の主張
X社は、X社とY社との間で令和2年8月16日に締結された本件変更契約には、本件不動産の賃料につき、令和4年1月以降も月額17万6400円とする旨の合意が含まれていたと主張していました。
裁判所の判断
もっとも、裁判所は、令和2年8月16日に締結された本件変更契約では、以下の定めがあったことを指摘し、
「本件変更契約の内容は、平成28年9月以降月額35万2800円と据え置かれていた本件不動産の賃料につき、令和2年9月1日から令和3年12月31日までに限って月額17万6400円とする旨であったことは明白であって、その後の賃料については協議の余地を残したものの、本件変更契約に抵触しない事項については引き続き効力を有するものとすると定めたものである」といえると示しました。
そして、裁判所は、X社とY社との間で、本件変更契約で定めたような「協議が未だ整っていない本件においては、本件不動産の賃料額は、従前どおり、月額35万2800円のままとなることは明らかというべきである。」として、X社の主張は認められないと判断しました。
≪争点②≫ X社とY社の間に、令和2年8月16日、本件不動産の賃料につき、本件変更契約とは別途、令和4年1月以降も月額17万6400円とする旨の黙示の合意が成立したか否か?
X社の主張
X社は、X社とY社との間で、令和2年8月16日、本件不動産の賃料につき、令和4年1月以降も月額17万6400円とする旨の黙示の合意が成立したと主張していました。
裁判所の判断
もっとも、裁判所は、争点①に関する判断と同様、X社とY社は、本件変更契約の締結により、本件不動産の賃料につき、令和2年9月1日から令和3年12月31日までに限り、月額17万6400円とすることを合意したとはいえるが、X社が主張するような“黙示の合意”が成立したとはいえず、X社の主張は認められないと判断しました。
結論
よって、裁判所は、以上の検討から、令和4年1月以降の本件不動産の賃料額は、従前どおり、月額35万2800円のままになるとことから、X社は、Y社に対して、本件不動産の令和4年1月から令和5年3月までの未払賃料合計291万0600円(消費税相当額を含む。)の支払い義務を負うと判断しました。
ポイント
本件では、令和4年1月以降の本件不動産の賃料がいくらであったかが問題となっていました。
この点、X社側は、本件変更契約を通じて、本件不動産の賃料につき、令和4年1月以降も月額17万6400円とする旨の合意が含まれていたなどと主張していました。
しかし、裁判所は、本件変更契約に、令和2年9月1日から令和3年12月31日までに“限って”月額17万6400円と記載されていることや、令和4年1月1日以降の賃料は、“別途協議”するとされていることなどを指摘し、X社側の主張を排斥しています。
すなわち、裁判所は、本件変更契約の記載内容に着目して、X社とY社との間の賃料に関する合意について判断しているのです。
仮に、本件変更契約の記載が曖昧なものであったり、そもそも変更の内容を記録していなかったりした場合には、X社側の主張が認められていた可能性もあります。
このような争いを避けるためには、「令和3年12月31日までに令和4年1月1日以降の賃料の協議が整わなかったときは、令和4年1月1日以降の賃料は、協議が整うまで1ヶ月あたり金●●円とする」という明確な合意をしておくべきでした。ただ、このような合意をすることができず、結論を先送りしたのかもしれません。
このように、賃料を変更する場合や何らかの合意を形成する場合には、当事者のみならず、裁判所を含めた誰が見ても、その合意内容が明らかになるよう注意が必要です。
弁護士にご相談ください
あらゆる契約において契約書や覚書、確認書などの書面はとても大切です。
中でも、不動産に関する賃貸借契約は、賃料の額が争われたり、不動産の利用方法が争われたり、明渡時の不動産の返し方について争われたり、などさまざまな問題が生じやすい契約類型の一つです。
賃貸借契約書の書き方に関する解説はこちらの記事をご覧ください。
賃貸借契約を締結する場合や更新する場合、賃料等の条件を変更する場合などの際には、事前に契約書の内容について弁護士に相談しておくことがおすすめです。