パプリシティ権とは?芸能事務所との専属契約終了後に芸名が使えない?
パプリシティ権という言葉を聞いたことがある方もいらっしゃるかもしれません。
そもそも、人の氏名や肖像等は、個人の人格の象徴であることから、当該個人は、氏名や肖像等をみだりに利用されない権利を有すると解されています。
他方で、たとえば芸能人の芸名や肖像などの場合には、その氏名や肖像それ自体に商業的な価値を有しています。
そのため、このように人の氏名や肖像等が、商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合には、社会の耳目を集めるなど、その氏名や肖像等が報道されたり、論説や創作物等において使用されたりすることを受忍しなければならないこともあります。
このような顧客吸引力を排他的に利用する権利は、「パブリシティ権」と呼ばれます(最高裁平成24年2月2日第一小法廷判決)。
しかし、パブリシティ権も、人格権に由来する権利の一内容を構成していることに変わりはありません。
そこで、パブリシティ権が侵害されている場合には、当該個人は、人格権の侵害を理由とする差止めや不法行為に基づく損害の賠償などを求めることができます。
さて、今回は、そんなパブリシティ権をめぐり、芸能事務所との間の専属契約終了後にも無期限に芸能人自身の芸名使用を当該事務所の承諾に係らしめる旨の契約条項の有効性が問題となった事案をご紹介します。
芸名使用差止請求事件・東京地裁令和4.12.8判決
事案の概要
本件は、Yさん(芸能人)との間で専属契約を締結していたX社(芸能事務所)が、Yさんが、本件契約にかかる契約書の条項に違反して、X社の承諾なくYさんが従前使用していた「A」という名称を使用して芸能活動を行っていると主張し、Yさんの芸能活動における「A」という芸名の使用の差止めを求めた事案です。
事実の経過
X社について
X社は、演劇・音楽のタレント養成及びマネージメント、音楽録音物の企画・制作・宣伝及び販売、演劇・音楽の興業の企画制作、並びにアーティストに関連するキャラクター商品の企画、制作、宣伝、販売等を業とする会社でした。
なお、X社の同じ企業グループに属する会社として、B社がありました。
YさんとB社の専属契約の締結
Yさんは、平成11年5月20日、B社との間で、本件専属契約を締結しました。
本件専属契約にかかる契約書には、次のような条項が定められていました。
移籍契約の締結
その後、平成16年3月18日、B社、X社及びYさんは、移籍契約書を締結し、これによって、X社は、B社の本件専属契約上の地位を承継しました。
芸能活動の停止
Yさんは、平成12年3月のCDデビューにより本件芸名「A」を用いた芸能活動を開始しました。
しかし、Yさんは、平成22年12月31日をもって、本件芸名を用いた芸能活動を停止しました。
なお、Yさんは、X社との間で、本件専属契約を終了させる旨の書類を作成していないものの、同日より後に、X社からいわゆる印税以外の金員の支払いは受けていませんでした。
本件芸名の使用
Yさんは、平成27年9月頃から「P」の名称で、また、平成30年頃からは「Q」の名称で、それぞれ芸能活動を行っていました。
しかし、令和3年3月、Yさんは、本件芸名「A」を用いて芸能活動を行うことを公表しました。
Yさんは、本件芸名「A」で芸能活動を行うことについて、X社の承諾を受けていませんでした。
訴えの提起
X社は、Yさんが、本件契約にかかる契約書の条項に違反して、X社の承諾なくYさんが本件芸名「A」を使用して芸能活動を行っていると主張し、Yさんの芸能活動における「A」という芸名の使用の差止めを求める訴えを提起しました。
争点
本件においては、本件専属契約における芸名使用を制限する条項(本件契約書10条)の有効性が主要な争点となりましたが、その前提として、本件芸名にかかるパブリシティ権がX社とYさんのいずれに帰属するかという点が問題となりました。
本判決の要旨
本件芸名にかかるパブリシティ権の帰属先
パブリシティ権とは
人の氏名、肖像等は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有する。こうした氏名、肖像等は、商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり、このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(いわゆるパブリシティ権)は、氏名、肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから、上記の人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができる(最高裁平成24年2月2日第一小法廷判決・民集66巻2号89頁)。そして、芸能人等がその活動で使用する芸名等の名称についても上述したことが当てはまる。
本件芸名にかかるパブリシティ権
(‥)Yさんが、平成12年から平成22年末までの約10年間に、多数のCDを発売したり、テレビ番組に出演したりするなどの本件芸名を用いた芸能活動を継続し、その芸能活動に係る配信やCDの販売は、現在も続いていることが認められる。このような事実関係に照らせば、上記期間におけるYさんの芸能活動の結果として、需要者にYさんを想起・識別させるものとして、本件芸名には相応の顧客吸引力が生じているといえるから、本来、Yさんに、本件芸名に係るパブリシティ権が認められるというべきである。
ところで、本件契約書8条は、Yさんの出演業務により発生するパブリシティ権がX社に原始的に帰属する旨を定めている(…)。この点、パブリシティ権が人格権に由来する権利であることを重視して、人格権の一身専属性がパブリシティ権についてもそのまま当てはまると考えれば、芸能人等の芸能活動等によって発生したパブリシティ権が(譲渡等により)その芸能人等以外の者に帰属することは認められないから、本件契約書8条のうちパブリシティ権の帰属を定める部分は当然に無効になるという結論になる。しかし、パブリシティ権が人格的利益とは区別された財産的利益に着目して認められている権利であることからすれば、現段階で、一律に、パブリシティ権が譲渡等により第三者に帰属することを否定することは困難であるといわざるを得ない。
本件契約書8条の有効性
もっとも、仮に、パブリシティ権の譲渡性を否定しないとしても、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分が、
〈1〉それによってX社の利益を保護する必要性の程度
〈2〉それによってもたらされるYさんの不利益の程度及び
〈3〉代償措置の有無といった事情
を考慮して、合理的な範囲を超えて、Yさんの利益を制約するものであると認められる場合には、上記部分は、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして無効になると解される。
(…)以上で検討したことからすれば、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分は、X社による投下資本の回収という目的があることを考慮しても、適切な代償措置もなく、合理的な範囲を超えて、Yさんの利益を制約するものであるというべきであるから、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして無効になるというべきである。
まとめ
そして、本件契約書8条のパブリシティ権に係る部分(及び上述した本件移籍契約書の同趣旨の定め)が無効となる以上、本件芸名に係るパブリシティ権は、需要者が本件芸名によって想起・識別するところのYさんに帰属するものと認めるのが相当である(…)。
本件契約書10条の有効性について
本件契約書10条は、本件契約の契約期間中はもとより、本件契約の終了後においても、Yさんによる(芸能活動における)本件芸名の使用をX社の諾否にかからしめるものである(…)。
本件契約書10条に、X社がYさんの芸能人としての育成等のために投下した資本の回収機会を確保する上で必要なブランドコントロールの手段をX社に付与するという目的があるとしても、前述したとおり、そもそも、投下資本の回収は、基本的に、X社とYさんとの間で適切に協議した上で、合理的な契約期間を設定して、その期間内に行われるべきものであって、上記の目的が、パブリシティ権の帰属主体でないX社に、Yさんに対する何の代償措置もないまま、本件契約の終了後も無期限にYさんによる本件芸名の使用についての諾否の権限を持たせることまでを正当化するものとはならない。
したがって、本件契約書10条のうち少なくとも本件契約の終了後も無期限にX社に本件芸名の使用の諾否の権限を認めている部分は、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして、無効であるというべきである。
結論
裁判所は、以上の検討より、X社の請求は認められないと判断しました。
ポイント
本件は、芸名のパブリシティ権をめぐり、芸能事務所と芸能人との間の専属契約における芸名の帰属及び使用に関する契約条項の有効性が問題となった事案でした。
この点について、裁判所は、
①それによって芸能事務所(会社)の利益を保護する必要性の程度
②それによってもたされる芸能人(当該個人)の不利益の程度及び
③代償措置の有無
といった事情を考慮し、合理的な範囲を超えて、芸能人(当該個人)の利益を制約するものであると認められる場合には、社会的相当性を欠き、公序良俗に反するものとして無効になるとしています。
冒頭でも述べたとおり、パブリシティ権も人格権に由来する権利の一内容を構成しており、本来は、芸能人に帰属するものと解されます。
他方で、芸能人から見れば、パブリシティ権が制約されるような契約条項は、芸能事務所の側から見れば、投下資本を回収するという目的をもって置かれていることがあります。
したがって、本判決に述べられているとおり、このような契約条項の有効性については、芸能人の視点(利益)と芸能事務所の視点(利益)を総合的に検討し、慎重に判断しなければなりません。
弁護士にもご相談ください
芸能人の権利・利益をめぐる芸能事務所との間の紛争は近年増加傾向にあります。
本件のような「芸名」をめぐる紛争もその一つですが、この他にも、形式的には業務委託契約の形がとられているにも関わらず、実質的には労働契約であるといったような契約の実態面の紛争などもあります。
残念ながら、日本の芸能活動における芸能人の権利等はいまだに軽視されており、いわば芸能人が泣き寝入りになってしまっているケースが多々あります。
本判決を通じて、改めて芸名をはじめとする芸能人の権利について焦点を当てて考えていくとともに、パブリシティ権などの人格権が侵害されている場合には、適時に差止めなどを求めていく姿勢も大切にする必要があります。
なお、Xさんの現在の所属事務所の発表によれば、本件は芸名を継続利用できる前提で和解が成立したとのことです。
芸名の使用や肖像権、芸能活動に関する契約などについて、お悩みがある場合には、ぜひ弁護士にご相談ください。