法律コラム

不当な人事は違法【熊本地裁令和5年2月7日判決】

採用や人材育成、人事評価、人事異動などのいわゆる人事に関しては、使用者側に裁量がありますが、他方で労働者との間にトラブルが発生しやすい問題でもあります。

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たとえば人事異動や人事評価は、その人の給与や賞与、キャリアアップの形成につながるだけでなく、一定期間の自己の働き方に関する会社の評価や判断を突きつけられるものであり、従業員の心身にも大きな影響を与えるからです。

もちろん故意に不当な人事権の行使をすることは許されません。
しかし、わざと(故意)ではなくても、たとえば会社内の人事評価の基準が不明確であったり、会社の古い組織体制が影響したりすることによって、会社の人事権の行使が偏ってしまっていることもあります。

使用者としては、人事権の行使が従業員に与える影響、その重要性を認識した上で、客観的な基準に基づいてこれを行使するように注意しなければなりません。

さて、今回は、陸上自衛隊の自衛官が、幹部自衛官名簿の登載順序が示す自衛官の順位と部隊等の指揮権を行使する順序が逆転する人事の後に適応障害を発症したことについて、国が損害賠償義務を負うか否かが争われた事案をご紹介します。

損害賠償請求事件・熊本地裁令和5.2.7判決

事案の概要

本件は、陸上自衛隊の自衛官として勤務していたXさんが、幹部自衛官名簿の登載順序が示す順位と部隊編成における指揮権の行使の順位を逆転させる違法な人事により精神疾患を発症し、退職に追い込まれたほか、違法な公務災害認定手続により損害を被ったなどと主張して、Y(国)に対して、国家賠償法1条1項に基づき、損害金等の支払いを求めた事案です。

事実の経過

XさんとAさん

XさんとAさんは、いずれも自衛隊の自衛官であり、3等陸佐でした。
他方で、自衛官の順位を示す幹部自衛官名簿の登載序列は、XさんがAさんよりも上位にありました。

本件人事に伴う変更

ところが、新たな情報隊の編成に当たり、Aさんが同情報隊の副隊長、Xさんが情報処理班長に補職されたことに伴い(本件人事)、部隊の指揮権の行使の順位については、AさんがXさんよりも上位となりました。

適応障害の発症

その後、Xさんは、適応障害の診断を受けて休職し、職務復帰した後に依願退職しました。

公務災害の申出

Xさんは、職務復帰の際に公務災害の申出を行なったものの、補職事務主任者である業務隊長は、実施機関である西部方面総監に対して報告することなく、公務上の災害とは認められないとの判断をし、Xさんの退職後に、口頭でXさんにその旨を通知しました(本件通知)。

公務災害の認定

これに対して、Xさんの代理人弁護士が、連絡文書を送付するなどしたところ、公務災害の申出から1年以上経過した後に、西部方面総監は公務災害の認定を行いました。

訴えの提起

そこで、Xさんは、

  • ①本件人事は、陸上幕僚長が定めた自衛官の順位と指揮権の行使の順位を逆転する違法なものであり、仮に違法でないとしてもそのような人事を行なった場合に予見される問題への対策や配慮を怠った注意義務違反がある
  • ②本件公務災害認定について、西部方面総監及び業務隊長は、申出、調査・判断及び通知の各段階において公務災害認定を迅速かつ適正に判断すべき職務上の義務に違反した

と主張して、Y(国)に対し、損害賠償を求める訴えを提起しました。

争点

本件では、①本件人事の違法性の有無、及び②本件公務災害認定に関する違法性の有無が争点となりました。

本判決の要旨

争点①本件人事の違法性の有無について

裁量権には一定の制約がある

まず、裁判所は、自衛隊の「特殊性」から定められている「上官の職務上の命令に服従する義務の内容・性質や上官の職務上の命令が隊員の生命・身体等の安全に直接影響し得ることなどを考慮すると、部隊等の指揮権を行使するなどを考慮すると、部隊等の指揮権を行使する順序は、原則として、階級の上下、幹部名簿登載順、同一階級内における選任順等の順位によるのが適当であり、例外的にこれにより難い特別の事由がある場合に限り別段の定めができるにとどまるものと解するのが相当」であり、「その限度で、任用権者又は補職権者が有する補職又は補職替えの裁量権には一定の制約が存するというべき」であるとしました。

本件人事は違法性の疑いあり

その上で、本件人事について検討すると、「本件人事には、特段の事由がないにもかかわらず、陸上幕僚長が定めた幹部自衛官名簿における登載序列に反して補職がされたものとして補職権者の有する裁量権の範囲を逸脱した違法がある疑いが強い」と判断しました。

直ちに国賠法上の違法性は認められない

もっとも、裁判所は、「本件人事が違法であるとしても、これをもって直ちにXさんの具体的な権利利益が侵害されたとはいえない」としています。

人事にあたり心理的負荷に配慮すべき義務に違反している

他方で、裁判所は、「部隊等の指揮権を行使する順序と同一階級内における選任順等の順位について逆転が生じる場合には、逆転される上位の順位の隊員に対して業務の遂行に伴う心理的負荷が掛かることは十分予見することができることから、Yにおいては、その逆転状態を解消するか、又は心理的負荷が過度に蓄積しないように配慮をすべき注意義務があったというべきである。」とた上、Yは、本件人事において「Xさんにかかる心理的負荷に対する特段の配慮をしていたとは認め難い」とし、「Yは、上記注意義務違反により、Xさんに心理的負荷を過度に蓄積させ、(…)Xさんに適応障害を発症させたものと認めるのが相当である」と判断しました。

Yは損害賠償義務を負う

したがって、裁判所は、Yが、Xさんに対して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うと判断しました。

争点②本件公務災害認定に関する違法性の有無について

本件通知当時の取扱いは効力を有しない

まず、裁判所は、「陸上自衛隊においては、本件通知当時は、補償事務主任者である業務隊長等が、被災隊員等から公務災害に該当する旨の申出を受けた場合であっても、当然に実施機関である方面総監に対して人事院規則16-0第20条後段の規定による報告をせず、①業務隊長等において公務災害であると判断したとき、又は②公務災害ではないと判断して被災隊員等に通知し、かつ、再度公務災害に該当する旨の申出があったときに、方面総監に対して同条後段の規定による報告を行なっており、②の場合に再度公務災害に該当する旨の申出がない時は公務災害認定に係る手続を終了させる取扱いをしていたことが認められる」ところ、この取扱いは、「補償事務主任者である業務上隊長等は、公務災害に該当する旨の申出があっても、速やかに実施機関である方面総監に対して人事院規則16-0第20条後段の規定による報告をせず、また、認定権限を有しないにもかかわらず、公務災害該当性について実質的な判断を行い、終局的に公務災害ではない旨を判断して、公務災害認定に係る手続を終了させる取扱いを行なっていたものであり、人事院規則16-0第20条及び8条2項に反する取扱いであると言わざるを得」ず、「効力を有しない」と判断しました。

補償事務主任者は速やかに報告すべき義務に違反している

そして、本件においては、「補償事務主任者である本件業務隊長は、Xさんが公務災害申出を行いたい旨伝えた令和元年11月1日(…)ないしYの主張する受理日である同月5日(…)以降速やかに、書面により、実施機関である西部方面総監に対して人事院規則16-0第20条後段による報告を行い、実施機関である西部方面総監において、同22条の規定により申出をに係る災害が公務上のものであるかどうかの認定・判断を行い、同23条に基づき、その判断結果をXさんに通知すべき義務を職務上の義務として負っていた」にもかかわらず、「本件業務隊長は、上記(…)職務上の義務に違反して、人事院規則16-0第20条後段の規定による報告を怠り、かつ、認定権限がないにもかかわらず、同8条2項の規定に反して、公務災害に該当しない旨の本件通知を行ったものであり、これにより、Xさんは、被災職員が有する迅速かつ公正な手続により公務上の災害に対する補償を受ける利益を害されたものと認められ」る判断しました。

Yは損害賠償義務を負う

したがって、裁判所は、Yが、Xさんに対して、国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うと判断しました。

結論

よって、裁判所は、以上の検討から、Xさんについて、慰謝料50万円及び弁護士費用5万円の損害が生じているとして、Yに対して損害賠償義務があるとの判断を示しました。

解説

どんな事案だった?

本件は、陸上自衛隊の自衛官として勤務していたXさんが、幹部自衛官名簿の登載順序が示す順位と部隊編成における指揮権の行使の順位を逆転させる違法な人事により精神疾患を発症し、退職に追い込まれたほか、違法な公務災害認定手続により損害を被ったなどと主張して、Y(国)に対して、国家賠償法1条1項に基づき、損害金等の支払いを求めた事案でした。

何が問題になった?

本件では、①本件人事の違法性の有無、及び②本件公務災害認定に関する違法性の有無が問題となりました。

本判決のポイント

本判決の大きな特徴としては、自衛官の補職において部隊等の指揮権を行使する順序と同一階級内における選任順等の順位に逆転が生じる人事について、「例外的にこれにより難い特別の事由がある場合に限り」できるものと判断した点が挙げられます。
その上で、このような逆転人事が起きる場合、「逆転される上位の順位の隊員に対して業務の遂行に伴う心理的負荷が掛かることは十分予見することができることから、Yにおいては、その逆転状態を解消するか、又は心理的負荷が過度に蓄積しないように配慮をすべき注意義務があった」として、注意義務の存在を認定し、Yがかかる注意義務に違反したと判断している点で注目されます。

弁護士にご相談ください

本件はあくまでも自衛隊という特殊性を前提とする判断ではあるものの、私企業においても、やはり使用者側の人事権の行使が労働者に与える影響の大きさに照らして考えれば、同様に労働者の心理的負荷に配慮する必要があるといえるでしょう。
原則として使用者側の人事権の行使には裁量権が認められますが、裁量に委ねられているからといって、その裁量権限を濫用することは許されません。
裁量権の濫用と判断されないためには、社内に客観的かつ合理的な判断基準を作っておくこと、誰からもわかりやすい制度設計にしておくことなどが大切です。

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