法律コラム

民事保全手続とは?保全の必要性が問題となった最高裁決定も紹介【弁護士が解説】

民事保全という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
民事保全とは、民事上の権利や権利関係を実現または確定できるまでの間、暫定的に保護するものです。

たとえば、債権者が債務者に対してお金を貸していて、返してもらえない場合。
債権者は債務者に対して貸したお金の返還を求める訴えを提起することが考えられます。
しかし、民事訴訟は訴えを提起してから、実際に判決が出るまで一定程度の時間を要します。
そのため、債務者が、債権者に差し押さえられてしまうことを恐れて、唯一のめぼしい財産を訴訟が係属している期間中に第三者に譲渡し、移転登記も済ませてしまうという事態が生じることがあります。
この場合、仮に債権者が勝訴判決を得たとしても、民事執行法に基づく金銭執行の手続きによって、債務者の財産を差し押さえることができなくなってしまいます。

そこで、民事保全法は、債権者が債務者に対して金銭返還請求訴訟を提起する前に、仮差押えという措置を講ずることができるという道を作ることにより、債権者が金銭債権を保全できるような仕組みをとっています。

今回は、そんな民事保全について、簡単な概要を解説するとともに、“一筆の土地の一部について所有権移転登記請求権を有する債権者が所有権移転登記請求権を被保全権利として土地の全部について処分禁止の仮処分命令を申立てることができるか?”が争われた最高裁決定についても解説していきます。

民事保全とは

民事保全の意義

民事保全とは、民事上の権利や権利関係を実現または確定できるまでの間、暫定的に保護するものです。
したがって、民事保全の意義は、債権者の権利や権利関係を、強制的に実現または確定できるまでの間、暫定的に保護して安全を図ることにあります。

民事保全の種類

民事保全には、いくつかの種類があります。
まず、大まかに分けると、「仮差押え」と「仮処分」に分かれます。
そして、「仮処分」には、さらに「係争物に関する仮処分」と「仮の地位を定める仮処分」とに分かれます(民事保全法1条)。

仮差押えとは、金銭債権を保全するための制度です(民事保全法20条1項)。
これに対して、仮処分のうち、係争物に関する仮処分は、特定物に対する給付請求権を保全するための制度です(民事保全法23条1項)。
また、仮処分のうち、仮の地位を定める仮処分は、権利関係の確定の遅延による現在の著しい損害または急白の危険を避けるための制度です(民事保全法23条2項)。

簡単にまとめると次のような図になります。
まずは、金銭債権を保全するものであるか否か、という視点から考えるのが一番わかりやすいかもしれません。

民事保全の手続

民事保全の手続は2つのステップから構成されます。
1つ目は、保全命令手続
2つ目は、保全執行手続
です。

後述の通り、民事保全の申立てには、債権者による申立てが必要です。
しかし、債権者がこの申立てをしたからといって何でも認められるわけではなく、裁判所によって保全の必要性があるか否かなどが判断され、決定されることになります。
保全命令手続は、まさに民事保全をするか否かを審理・判断する段階です。

そして、裁判所によって保全命令手続がなされると、次のステップに進みます。
保全執行手続です。
保全執行手続は、まさに裁判所において決定された保全命令を執行する段階です。

保全命令手続とは

申立て

民事保全手続を始めるには、債権者が裁判所に対して、保全命令の申立てをすることが必要です(民事保全法2条1項)。
保全命令の申立てには、①申立ての趣旨と、②保全すべき権利または権利関係、および、保全の必要性を明らかにしなければなりません(民事保全法13条1項)。

申立ての趣旨とは

申立ての趣旨とは、保全命令の主文にあたる部分です。
裁判所に対して、どのような主文の保全命令を求めるのかを記載します。

保全すべき権利または権利関係とは

保全すべき権利または権利関係とは、一般的に被保全権利と呼ばれるものです。

保全の必要性とは

保全の必要性とは、なぜ民事保全という措置を現在とらなければならないのか、という事情です。
先ほども述べたとおり、民事保全手続はあくまでも、債権者の民事上の権利や権利関係を実現または確定できるまでの間、暫定的に保護するものです。
本案訴訟での決着がつくまで単に待っているだけでは、債権者にとって強制的な実現が不可能になったり、著しく困難になる恐れがあったり、著しい損害・急迫の危険が生じたりするということを明らかにしなければなりません。

保全命令の申立てにおいて、保全の必要性は特に大切な部分でもあるので、少し詳しく説明すると、
・仮差押えにおける保全の必要性は、「強制執行をすることができなくなるおそれがある」こと、または「強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれがある」こと(民事保全法20条1項
・係争物に関する仮処分における保全の必要性は、「現状の変更により、債権者が権利を実行することができなくなる恐れがある」こと、または「権利を実行するのに著しい困難を生ずるおそれがある」こと(民事保全法23条1項
・仮の地位を定める仮処分における保全の必要性は、「争いがある権利関係について債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるため」必要であること(民事保全法23条2項
です。

審理

債権者は、被保全権利と保全の必要性を「疏明」しなければなりません(民事保全法13条2項)。
先ほども述べたとおり、民事保全手続きは暫定的な措置であるため、「疏明」で足りるとされています。
疏明とは、証拠による裏付けが証明の程度に至らな句とも、裁判官が一応確からしいとの心証があれば事実認定をすることができるというものです。
いわゆる一般民事訴訟において求められる「証明」よりも緩やかな基準です。

また、民事保全手続は、決定手続であるため、口頭弁論を開くことなく、書面審理で行うことができます(民事保全法3条)。なお、口頭弁論を開かない場合には、当事者を「審尋」することができます(民事訴訟法87条2項)。
ただし、仮の地位を定める仮処分命令に関しては、原則として、口頭弁論または債務者が立ち会うことができる審尋の期日を経なければならないとされています(民事保全法23条4項本文)。

裁判

保全命令手続はじめとする民事保全手続における裁判は、決定の形で行われます(民事保全法3条)。
また、保全命令が発令される場合、保証金(担保)を立てることが求められるのが通常です(民事保全法14条)。
この担保は、民事保全によって債務者が受ける可能性のある損害の賠償を担保するとともに、濫用的な保全命令の申立てを予防する趣旨が含まれています。
担保金は各事案によって異なり、裁判所が決定します。
債権者は、担保金が決まった場合には、これを供託所に供託しなければなりません(民事保全法4条)。

不服申立て

民事保全法では、保全命令の申立てに対する裁判に対して、不服申立ての制度が定められています。
不服申立て制度はやや複雑ですが、大きく分けると、申立てが却下された場合と認容された場合に分けられます。
まず、申立てが却下された場合は、債権者は、告知を受けた日から2週間以内に即時抗告をすることができます(民事保全法19条1項)。
他方、申立てが認容され、保全命令が発令された場合は、債務者は、保全異議(民事保全法26条以下)や保全取消し(民事保全法37条以下)を申立てることができます。
また、保全異議または保全取消しの裁判については、保全抗告の申立てをすることができます(民事保全法41条以下)。

保全執行手続とは

先ほども述べたとおり、裁判所によって保全命令手続がなされると、次のステップに進みます。
第2段階は、保全執行手続です。
保全執行手続は、裁判所において決定された保全命令を執行する段階です。

申立て

保全執行手続も、債権者による申立てにより始まります(民事保全法2条2項)。
しかし、民事保全命令を発令した裁判所が執行も担当する場合には、保全命令の申立ての中に民事執行の申立ても含まれているものとされ、新たな申立てをする必要はないとされています。
なお、保全執行は、債権者に対して保全命令が送達された日から2週間が経過すると、執行することができなくなる(執行期間)ので、注意が必要です(民事保全法43条2項)。

仮差押えの執行

仮差押命令が発令されると、その執行としては、仮差押えの登記がなされることになります(民事保全法47条)。
差押えとは異なり、対象物の換価、債権回収などの満足には進むことはできません。
しかし、仮差押えをしておけば、後に債権者が本案の訴訟において勝訴して本差押えをすると、仮に債務者が対象物を第三者に譲渡して移転登記などを済ませていたとしても、民事執行法59条2項により仮差押え後の処分の効力が失われるため、債権者の権利が保全されます。

仮処分の執行

民事保全法24条では、仮処分の方法として、「裁判所は、仮処分命令の申立ての目的を達するため、債務者に対し一定の行為を命じ、若しくは禁止し、若しくは給付を命じ、又は保管人に目的物を保管させる処分その他の必要な処分をすることができる。」と規定されています。
そのため、仮処分には、場面ごとにさまざまなものが考えられます。
中でも、実務上、特に用いられる場面が多いのは、不動産の登記請求権を保全するための処分禁止の仮処分(民事保全法53条)や占有移転禁止の仮処分(民事保全法25条の2第1項参照)、建物収去土地明渡請求権を保全するための建物の処分禁止の仮処分(民事保全法55条)などです。
また、仮の地位を定める仮処分の典型例としては、仮の地位を定める仮処分が挙げられます。
たとえば、会社から解雇されてしまった従業員が会社に対して解雇無効を主張し、従業員の地位にあることの確認及び賃金の支払いを求める訴えを提起する場合、従業員としては、勝訴判決を得られるまでの間、会社からは賃金の支払いを受けることができないため、生活に支障を来す恐れがあります。
そこで、本案訴訟の確定(雇用関係の確定)までの間の生活困窮を回避するために、仮の地位を定める仮処分が用いられることがあるのです。

保全の必要性が問題になった事例

さて、ここまで、民事保全手続について簡単な概要を説明してきました。
最後に、保全の必要性が問題になった最高裁決定をご紹介します。
具体的には、一筆の土地の一部について所有権移転登記請求権を有する債権者が所有権移転登記請求権を被保全権利として土地の全部について処分禁止の仮処分命令を申立てることができるか?ということが問題となった最高裁決定(最高裁令和5年10月6日 第三小法廷決定)です。

処分禁止の仮処分命令申立て事件・最高裁令和5年10月6日決定

事案の概要

本件は、Xさんが、いずれも1筆である土地について、その一部分の所有権を時効により取得したなどと主張して、各土地の当該取得部分について、所有権の登記名義人であるYさんらに対し、所有権移転登記請求権を被保全権利として、各土地の全部について処分禁止の仮処分命令の申立てをした事案です。

問題の所在

本判決において問題となったのは、一筆の土地の一部について所有権移転登記請求権を有する債権者が、所有権移転登記請求権を被保全権利として、土地の全部について処分禁止の仮処分命令を申立てることができるか否かです。

原審の判断

原審は、本件処分禁止の仮処分命令申立ては、保全の必要性が認めないとして、Xさんの申立てをいずれも却下すべきと判断しました。

「1筆の土地の一部分についての所有権移転登記請求権を有する債権者は、当該一部分についての処分禁止の仮処分命令を得た場合、債務者に代位して分筆の登記の申請を行い、これにより分筆の登記がされた当該一部分について処分禁止の登記がされることによって、当該登記請求権を保全することができるから、当該登記請求権を被保全権利とする当該土地の全部についての処分禁止の仮処分命令は、保全の必要性があるとはいえない。」

最高裁の判断

これに対して、最高裁は、次のとおり原審の判断は是認することができないとして、原決定を破棄し、高等裁判所に差し戻す旨の決定をしました。

原則

1筆の土地の一部分についての所有権移転登記請求権を保全するためには、当該一部分について処分禁止の登記をする方法により仮処分の執行がされることで足りるから、当該登記請求権を被保全権利とする当該土地の全部についての処分禁止の仮処分命令は、原則として当該一部分を超える部分については保全の必要性を欠くものと解される。

保全の必要性が認められる場合

もっとも、上記一部分について処分禁止の登記がされるためには、その前提として当該一部分について分筆の登記がされる必要があるところ、上記登記請求権を有する債権者において当該分筆の登記の申請をすることができるか否かは、当該債権者が民事保全手続における密行性や迅速性を損なうことなく不動産登記に関する法令の規定等に従い当該申請に必要な事項としての情報を提供することの障害となる客観的事情があるか否かに左右されるから、当該債権者において当該申請をすることができない又は著しく困難である場合があることも否定できないというべきである。そして、その場合、上記債権者は、上記一部分について処分禁止の仮処分命令を得たとしても上記登記請求権を保全することができないから、当該登記請求権を保全するためには上記土地の全部について処分禁止の仮処分命令を申し立てるほかないというべきである。上記の申立てにより仮処分命令がされると、債務者は上記一部分を超えて上記土地についての権利行使を制約されることになるが、その不利益の内容や程度は当該申立てについての決定に当たって別途考慮され、当該債務者において当該権利行使を過度に制約されないと認められるだけの事情がない場合には当該申立ては却下されるべきものと解される。

結論

以上によれば、上記債権者が上記登記請求権を被保全権利として上記土地の全部について処分禁止の仮処分命令の申立てをした場合に、当該債権者において上記分筆の登記の申請をすることができない又は著しく困難であるなどの特段の事情が認められるときは、当該仮処分命令は、当該土地の全部についてのものであることをもって直ちに保全の必要性を欠くものではないと解するのが相当である。

さらに審理が求められる点

以上と異なる見解に立ち、本件各土地の分筆の登記に関する登記官の回答を記載した抗告代理人の報告書が提出されているにもかかわらず、当該回答を裏付ける資料による疎明を求めるなどしてXさんが地積測量図等の分筆の登記の申請に必要な事項としての情報を提供することの障害となる客観的事情があるか否かを検討せず、上記特段の事情が認められるか否かについて審理を尽くさないまま、保全の必要性があるとはいえないとして、本件申立てをいずれも却下すべきものとした原審の判断には、裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原決定は破棄を免れない。そして、上記特段の事情の有無、本件登記請求権の存在や内容、相手方らの不利益の内容や程度等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

ポイント

本件は、Xさんが、1筆である土地について、その一部分の所有権を時効により取得したなどとして、土地の当該取得部分について、所有権の登記名義人であるYさんらに対し、所有権移転登記請求権を被保全権利として、各土地の全部について処分禁止の仮処分命令の申立てをした事案でした。

本件においては、Xさんが取得したのは一筆の土地の一部であり、所有権移転登記請求権も当該一部であるXさんが、所有権移転登記請求権を被保全権利として、当該土地の全部について処分禁止の仮処分命令を申立てることができるか否かが問題となりました。

この点について、裁判所は、1筆の土地の一部分についての所有権移転登記請求権を保全するためには、当該一部分について処分禁止の登記をすれば足りるから、かかる登記請求権を被保全権利とする土地の全部についての処分禁止の仮処分命令は、原則として当該一部分を超える部分については保全の必要性を欠くものと判断しています。

他方で、1筆の土地の一部分についての所有権移転登記請求権を有する債権者が、当該債権者が分筆の登記の申請をすることができない又は著しく困難であるなどの特段の事情が認められるときは、当該土地の全部についての処分禁止の仮処分命令であったとしても、「土地の全部」であるからといって直ちに保全の必要性を欠くものではない、との判断を示しており、実務上も注目されます。

弁護士にもご相談ください

民事保全は債権者にとって特に重要な手続です。
適時に申立てを行わないと、せっかく本案訴訟において勝訴判決を得たとしても、実際に債権を回収したり、権利を実現したりすることができなくなることもあります。
しかし、保全の必要性などはなかなか理解が難しいものです。
お金を貸しているのに返してもらえない、不動産を明け渡してもらえない・・・などの場合には、どんな手続をとることができるか、まずは弁護士に相談することがおすすめです。

また、こちらでは、一般債権者が相手方の相続権に基づく審判前の保全処分を申し立てることができるか?が問題になった事案もご紹介しておりますので、ぜひご覧ください。