法律コラム

損害賠償請求権の消滅時効はいつから起算されるの?【東京高裁令和7年2月5日判決】

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不法行為による損害賠償請求権の消滅時効とは?

民法724条では、不法行為による損害賠償請求権について、一定期間が経過したときには、請求権が時効により消滅することを定めています。

具体的には、

  • 被害者または法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないとき(1号)
  • 不法行為の時から20年間行使しないとき(2号)


には、不法行為による損害賠償請求権が時効消滅してしまいます。

「3年」というと短いと感じるかもしれませんが、長期間が経過してしまうと、被害の立証も難しくなることから、あえてこのような長さになっています。

他方で、人の生命または身体を害する不法行為による損害賠償請求権については、民法724条の2により、別の定めがされています。
具体的には、「人の生命または身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効」については、
・被害者または法定代理人が損害及び加害者を知った時から5年間行使しないとき
・不法行為の時から20年間行使しないとき
には、損害賠償請求権が時効消滅することになります。


裁判例のご紹介(損害賠償請求控訴事件・東京高裁令和7年2月5日判決)

さて、今回は、民法724条2号(不法行為の時から20年間行使しないとき)による損害賠償請求権の消滅時効をめぐり、時効の起算点が争われた裁判例をご紹介します。

*判例時報2025.10.01(No.2629号)66ページ以下参照*

どんな事案?

この事案は、亡Aの相続人であるXさんが、Y(甲府市)はA所有の土地及びその周辺土地の土留改修工事を業者に発注し、当該業者は平成14年11月から平成15年3月にかけて工事を実施したところ、Yの不適切な指示監督等により本件土地の地盤沈下が生じた旨主張して、Yに対し、損害賠償の支払いを求めた事案です。

何が起きた?

Aさんによる土地の購入等

Aは、昭和61年5月28日、本件土地を購入し、以後、本件土地上の本件建物に居住していました。
他方、Yは、当時、本件土地に隣接する旧1250番12の土地を所有していました。
旧1250番12の土地は崖状の土地であり、土留めのための擁壁が設けられるとともに、擁壁の上部には水路が設けられていました。また、本件土地は崖上に位置しており、上記擁壁によって本件土地の土砂の流出が防止されていました。

土留改修工事

Yは、上記擁壁の老朽化等に伴い、本件土地を含めた周辺土地の地盤改良をして新たな擁壁を設置するとともに、上記水路を廃止して新たな水路を設けることとし、Aさん及びその他の周辺土地の地権者らの了承を得て、平成14年11月14日、株式会社Fに対して土留改修工事(本件工事)を発注しました。
なお、Aさんの所有する本件土地では、本件建物の基礎部分の下部を掘削し、複数の鋼管杭を打ち込み、埋め戻しを行って、もって沈下を防ぐ旨の工事が予定されていました。
そして、Fは、同月15日頃から平成15年3月12日頃までの間、本件工事を実施しました。

完了検査及び引渡し

Yが、平成15年3月19日、本件工事の完成検査を行い、同工事につき「合格」と決定するとともに、同日、Fから土地の引渡しを受けました。

旧1250番12の土地の譲渡

その後、Yは、平成16年5月18日、旧1250番12の土地を複数に分筆した上、同年6月22日から同年7月9日にかけて、Aさんを含む周辺土地の地権者らに譲渡しました。
そして、本件土地は、平成30年12月27日、譲渡を受けた土地と合筆されました。

Xさんによる相続

令和3年、Aさんが死亡したことに伴い、本件土地はAさんの子であるXさんが相続しました。

訴えの提起

令和5年3月27日、Xさんは、Y(甲府市)が発注したA所有の土地及びその周辺土地の土留改修工事について、Yの不適切な指示監督等により本件土地の地盤沈下が生じた旨主張して、Yに対し、損害賠償の支払いを求める訴えを提起しました。

消滅時効を援用する意思表示

これに対して、Yは、令和5年7月27日に実施された第1審の第1回弁論準備手続期日において、この損害賠償請求権について、民法724条2号の消滅時効を援用するとの意思表示をしました。

裁判で問題になったこと(争点)

Yによる消滅時効を援用する意思表示

この裁判において、Yは、損害賠償請求権について、民法724条2号の消滅時効を援用するとの意思表示をしていました。

最高裁判所の解釈

これまでの最高裁判所の判例(筑豊じん肺訴訟上告審判決・最三判平16・4・27民集58・4・1032)では、改正前民法724条後段(*改正後民法724条2号と同趣旨の規定)の消滅時効(除斥期間)の起算点について、
「当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきである。」
という解釈を示していました。

Xさんの主張

そこで、Xさんは、
・今回の裁判も、この最高裁判所の判例の解釈が妥当するところ、損害である地盤沈下の発生は本件工事の完了から相当期間が経過した時点であること
・Xさんはその起算点から20年を経過する前に裁判を提起したから、Yの消滅時効の主張は理由がないこと
を主張していました。

Yの反論

これに対して、Y側は、
・この最高裁判所の判例では「身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように」とも示していること
・この最高裁判所の判断は、人身損害に関するものであり、今回の裁判は人身損害に関する事案ではないから、この解釈は妥当しないこと
を主張していました。

裁判で問題になったこと(争点)

そこで、この裁判では、土留改修工事の不備により生じた地盤沈下を原因とする損害賠償請求権について、民法724条2号の消滅時効の起算点がいつになるのか?が問題(争点)になりました。

裁判所の判断

裁判所は、筑豊じん肺訴訟上告審判決の判断は、民法724条2号の消滅時効の起算点を判断する際にも適用されるとしたうえで、今回の裁判における消滅時効の起算点は地盤沈下が発生した時点とするのが相当である、と判断しました。

本判決の要旨

なぜ裁判所はこのような判断をしたのでしょうか?
以下では、本判決の要旨をご紹介します。

筑豊じん肺訴訟上告審判決の内容

「〔改正前〕民法724条後段所定の除斥期間の起算点は、『不法行為ノ時』と規定されており、加害行為が行われた時に損害が発生する不法行為の場合には、加害行為の時がその起算点となると考えられる。しかし、身体に蓄積した場合に人の健康を害することとなる物質による損害や、一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる損害のように、当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には、当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解すべきである。」

筑豊じん肺訴訟上告審判決の判断は改正後民法724条2号の場合も妥当する

「そこで検討するに、筑豊じん肺訴訟上告審判決の上記判断は、改正前民法724条後段所定の除斥期間に関するものであるが、その理由として、①このような場合に損害の発生を待たずに除斥期間の進行を認めることは、被害者にとって著しく酷である、②加害者としても、自己の行為により生じ得る損害の性質からみて、相当の期間が経過した後に被害者が現れて、損害賠償の請求を受けることを予期すべきである旨を挙げている。
 これらの理由は現行の民法724条2号の場合にも妥当するのであって、筑豊じん肺訴訟上告審判決の上記判断は、同号所定の消滅時効の起算点を判断する際にも適用されるものと解される。」

民法724条2号の消滅時効の起算点は地盤沈下が発生した時点

「これを本件についてみるに、Xさんの主張は、(‥)本件土地の地盤沈下の発生をもって損害とした上、これは本件工事により直ちに発生したものではなく、小粒の砕石の使用、不十分な転圧、鋼管杭の一部の不設置、雨水の継続的な浸透などの諸事情が積み重なり、本件工事が終了してから相当の期間が経過した後に本件土地に地盤沈下が発生したとするものである(その上で、Xさんは、本件土地の地盤沈下を発見したのは令和3年5月30日頃である旨主張している。)。現に、Yにおいて、平成15年3月19日に本件工事の完成検査を行い、同工事につき「合格」と決定していることからすると、本件工事の終了時点では本件土地の地盤沈下はまだ発生していなかったものと推認されるところであり、加害行為時とされる時点において損害は発生していなかったことになる。そのため、本件において地盤沈下という損害の発生を待たずに消滅時効の進行を認めることは、AないしXさんにとって著しく酷であるとともに、Yとしても、仮に業者に対する適切な指示及び監督等を怠った場合、地盤沈下という損害の性質からみて、相当の期間が経過した後に被害者が現れることを予期すべきであるということができる。
したがって、Xさんの本訴請求債権は、筑豊じん肺訴訟上告審判決のいう「当該不法行為により発生する損害の性質上、加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合」に該当し、民法724条2号の消滅時効の起算点は、地盤沈下が発生した時点であるとするのが相当である。」

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さて、今回は、民法724条2号(不法行為の時から20年間行使しないとき)による損害賠償請求権の消滅時効をめぐり、時効の起算点が争われた裁判例をご紹介しました。

冒頭でもご説明したとおり、損害賠償請求権は、民法に定められた一定の期間が経過すると、時効により消滅してしまいます。そのため、不法行為による損害賠償請求をご検討の場合には、早めに弁護士に相談しておくことがおすすめです。

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