ネットニュース記事のコメント投稿が報道対象者の名誉を侵害【損害賠償請求】【名古屋地裁令和5年3月30日判決】
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総務省情報通信政策研究所が、令和6年6月に公表した「令和5年度情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査報告書」によると、「目的別の利用メディア」は各年代で以下のとおりとなっています(総務省HP:「令和5年度 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」(6月21日掲載)参照)。
目的 | 最も多い利用媒体 |
---|---|
「いち早く世の中のできごとや動きを知る」ため | ・10代から50代では「インターネット」 ・60代では「テレビ」 |
「世の中のできごとや動きについて信頼できる情報を得る」ため | ・20代では「インターネット」 ・30代は「テレビ」と「インターネット」が同率 ・それ以外の各年代では「テレビ」 (60代では「インターネット」を上回る水準で「新聞」を利用) |
「趣味・娯楽に関する情報を得る」ため | ・各年代で「インターネット」 (10代から30代では90%前後) |
このように、多くの年代層で「インターネット」がさまざまな目的の情報収集源として利用されていることが分かります。
さて、今回はそんなインターネット上のニュースサイトが報じたニュース記事欄のコメント投稿欄に投稿された“コメント”をめぐり、報道対象者の名誉侵害が争われた裁判例をご紹介します。

裁判例のご紹介(損害賠償請求事件・名古屋地裁令和5年3月30日判決)
どんな事案?
本件は、Xさんが、ニュースサイトのコメント欄における投稿によって名誉感情を侵害され、精神的苦痛を受けるなどしたと主張し、投稿をしたYさんに対し、慰謝料や発信者情報の開示に要した費用などの支払いを求めた事案です。
何が起きた?
Xさんに関する報道
C1社の専務取締役であったXさんは、Xさんに係る刑事事件(営業秘密不正開示)について、無罪判決を受けました。
この事実は、刑事事件の内容などとともに、C3社が運営するインターネット上のポータルサイトが提供するニュースサイトにおいて複数報じられました。
そして、それらの報道のうちの1つであるテレビ局が作成したニュース映像および記事(本件ニュース記事)は、Xさんが記者会見をする様子の映像などとともに報じるものでした。
Yさんによるコメント欄の投稿
ニュースサイトでは、掲載されたニュース記事の一部について、当該ポータルサイトのIDを有するユーザーがコメントを投稿できる機能等が備えられていました。
以前、C1社の従業員であったYさん(本件投稿当時はC2社に勤務)は、本件ニュース記事が掲載された翌日の深夜、このコメント投稿機能を利用して、本件ニュース記事のコメント欄に
「バカボン、岐阜の片田舎でやる必要あったのか?鼻から隠したかったんでしょう?金のためって菊◯言ってたじゃないか?どれだけ人を踏み台にして上がっていったか、自分自身が知ってるだろう。上告」
と記載した本件投稿を行いました。
なお、本件投稿は、遅くとも投稿から3日後までに削除されました。
弁護士への依頼
Xさんは、代理人(弁護士)との間で、C3社や経由プロバイダ等を相手方とする本件投稿の発信者情報開示請求事件に係る委任契約を締結しました。
この委任契約では、Xさんが、代理人に対し、手数料として22万円、成功報酬として22万円を支払うほか、本件投稿に係るアクセスプロバイダが複数社にわたる場合等のために3回以上の発信者情報開示請求が必要となる場合には、追加の発信者情報開示請求1件について5万5000円の追加手数料を支払うことを合意しました。
発信者情報の開示請求①
その後、Xさんは、代理人を通じ、裁判所に対して、本件投稿がされたコメント欄を管理するC3社を相手方とする発信者情報の開示を求める仮処分申立てをしました。
裁判所は、Xさんの申立てを相当と認め、C3社に対し、本件投稿に係るIPアドレス等の発信者情報を開示するよう命ずる仮処分決定をしました。
発信者情報の開示請求②
C3社による発信者情報の開示により、本件投稿の投稿者がC4社を経由プロバイダとして本件投稿を行ったことが判明しました。
そこで、Xさんは、代理人を通じて、裁判所に対し、C4社をYさんとして、本件投稿に係るIPアドレスの使用者等に関する発信者情報の開示を求める訴訟を提起しました。
C4社は訴訟提起を受けて、Xさんに対し、本件投稿に係るIPアドレスの事業主情報として、C5社の情報を開示しました。
そこで、Xさんは、C4社に対する訴えを取り下げました。
発信者情報の開示請求③
Xさんは、代理人を通じて、裁判所に、C5社をYさんとして、本件投稿に係るIPアドレスの使用者等に関する発信者情報の開示を求める訴訟を提起しました。
C5社は訴訟提起を受けて、Xさんに対して、発信者情報を開示しました。
そこで、Xさんは、C5社に対する訴えを取り下げました。
弁護士会照会
C5社に対する発信者情報の開示により、本件投稿は、C2社のサーバーを利用して行われたことが判明しました。
そこで、Xさんは、代理人を通じて、弁護士会会長に対し、C2社を照会先とする弁護士会照会の申出を行いました。
弁護士会会長は、この申出を受けて、C2社に対し、本件投稿の投稿者の住所及び氏名について照会を求めたところ、C2社は、本件投稿の投稿者がYさんであることなどを回答しました。
訴えの提起
そこで、Xさんは、Yさんに対して、不法行為に基づく損害賠償として、慰謝料や発信者情報の開示に要した費用などの支払いを求める訴えを提起しました。

裁判所の判断
裁判所は、本件投稿はXさんの名誉感情を侵害するものとして違法であり、Xさんを侮辱する内容であるとして、Yさんに対して慰謝料の支払いを命じました。
また、裁判所は、このほかにも、Xさんが本件投稿の投稿者を特定するために要した費用についても、Yさんによる不法行為と相当因果関係を有する損害であるとして、Yさんに対して同費用の支払いも命じました。
本判決のポイント
なぜ裁判所はこのような判断をしたのでしょうか。
以下では本判決の要旨を紹介します。
本件投稿はXさんを侮辱するものであり精神的苦痛は大きい
まず、裁判所は、本件投稿は、Xさんの名誉感情を侵害するものであり、Xさんを侮辱するものであったことなどを指摘し、Yさんによる不法行為によるXさんの慰謝料は30万円とするのが相当である、と示しました。
「本件投稿は、その内容等に照らして、社会生活上許容される限度を超えてXさんの名誉感情を侵害するものとして違法であり、Yさんが本件投稿をした行為が、Xさんに対する不法行為を構成することについては当事者間に争いがないところ、本件投稿は、知能が劣り、愚かなことを示唆する「バカ」を含む「バカボン」という表現を用いてXさんを揶揄した上で、本件刑事事件で無罪判決が言い渡された事実について、真実は、Xさんが金銭を得る目的で当該犯罪事実に及んだことを前提とし、かつ、Xさんが不当な手段でAにおける地位を獲得したことを示唆する表現を用いてXさんを侮辱する内容であると認められる。
(…)このような本件投稿の内容等に加え、本件投稿によって侵害されたXさんの権利の内容、長年にわたって本件刑事事件に係る公訴事実を争い、無罪判決を受けたXさんが、本件投稿によって被った不利益の程度、精神的苦痛の大きさ、その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、Yさんの前記不法行為によるXさんの慰謝料は、30万円とするのが相当である。」
発信者情報の開示に要した費用も相当因果関係が認められる
また、裁判所は、本件投稿の投稿者を特定するための各手続を、法律の専門家ではないXさんが行うことは困難であったことを指摘し、本件投稿をしたのがYさんであることを明らかにするために必要となった費用についても、Yさんの不法行為により生じた損害である、、と示しました。
「前記(…)のとおり、Xさんは、本件投稿の投稿者を特定するため、Xさん代理人に対し、本件投稿に係る各発信者情報開示手続を委任したところ、証拠(…)及び弁論の全趣旨によれば、Xさんは、上記各手続のための費用として、Xさん代理人との委任契約に基づき、弁護士費用として合計55万円の支払義務を負ったことが認められる。そして、上記各手続は、いずれも法律の専門家ではないXさんが行うのは困難であったと認められるし、上記各手続に係る費用は、Xさんにおいて、本件投稿をした者がYさんであることを明らかにするために必要となった費用であり、Yさんに対する民事上の損害賠償請求訴訟の前提として必要不可欠な手続のための費用といえるから、Yさんによる前記不法行為と相当因果関係を有する損害として認めるのが相当である。」
インターネットやSNS上の書き込みには注意しましょう
今回ご紹介した裁判例では、Yさんがインターネット上にあるニュースサイトのコメント欄に行った投稿をめぐり、慰謝料や発信者情報の開示に要した費用などの支払いを求められた事案でした。
いまではインターネットやSNS上のコメント欄に誰でも簡単に書き込みや投稿ができるようになっています。もっとも、この書き込みや投稿を通じて、悲しみを受ける人が出てくることを忘れてしまうと、今回のYさんのような言動につながってしまいます。
情報には発する側もいれば受け手側も存在します。
何らかの書き込みやコメントなどを残すときには、相手を傷つけることのないように注意をしましょう。
弁護士にもご相談ください
今年(令和7年)4月には、プロバイダ責任制限法(「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」)が改正され、法律の名称が「情報流通プラットフォーム対処法」(「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」)に変わりました。
情報流通プラットフォーム対処法では、SNSや掲示板の書き込みなどにより権利侵害がなされた場合に、プラットフォーム事業者やプロバイダ、サーバの管理・運営者等の特定電気通信役務提供者の損害賠償責任が免責される要件を明確化するとともに、プラットフォーム事業者等に対する発信者情報の開示を請求する権利、発信者情報開示命令事件に関する裁判手続について定め、あわせて、侵害情報送信防止措置の実施手続の迅速化及び送信防止措置の実施状況の透明化を図るための大規模特定電気通信役務提供者の義務を定めています(総務省HP:「インターネット上の違法・有害情報に対する対応(情報流通プラットフォーム対処法)」参照)。
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このように、近年、インターネット上の誹謗中傷などをめぐる問題について、規制が進んでいます。発信者情報開示手続などについてお悩みがある場合には、弁護士法人ASKにご相談ください。