法律コラム

プロ野球選手契約の実態とフリーランス保護法が与える影響

Recently updated on 2025-11-10

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日本シリーズ間際に戦力外通告?

今シーズン、大いに盛り上がったNPBもMLBもチャンピオンが決まり、ストーブリーグが始まっています。

さて、2025年10月末、福岡ソフトバンクホークスが8選手に、来期の選手契約を締結しない旨を伝えたという報道がありました。日本シリーズを直前に控えた時期だったこともあり、従来あまり考えられなかった時期に“戦力外通告”を実施したことになります。他球団も、これまで11月末までだった「戦力外通告」を10月末に前倒ししています。
球団によれば、昨年11月に施行された特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(通称「フリーランス保護法」)にしたがったものと説明されています。
今回は、プロ野球の選手契約の基本的な構造を整理した上で、フリーランス保護法の概要と、両者がどのように関わりあっているかを考察します。

NPB(プロ野球)選手契約の実態

契約期間について

まず、日本野球機構(NPB)加盟球団と選手との間で一般的に結ばれている契約形態について説明します。なお、加盟球団と選手の間の契約は「野球協約」と「統一契約書」で決まっており、統一契約書の条項は当事者間の合意によって変更することができないとされています(野球協約第47条。特約条項の追加は可能)。

第45条(統一契約書)
球団と選手との間に締結される選手契約条項は、統一様式契約書(以下「統一契約書」という。)による。
ただし、球団と監督並びにコーチとの間の契約条項は、これらが選手を兼ねる場合を除き、統一契約書によらない。

第47条(特約条項)
統一契約書の条項は、契約当事者の合意によっても変更することはできない。ただし、この協約の規定及び統一契約書の条項に反しない範囲内で、統一契約書に特約条項を記入することを妨げない。

出典:日本プロフェッショナル野球協約2025

支配下選手は、2月1日から11月30日までの稼働に対する参稼報酬を球団から受け取ります。

第3条 (参稼報酬)
球団は選手にたいし、選手の2月1日から11月30日までの間の稼働にたいする参稼報酬として金・・・・・・円(消費税及び地方消費税別途)を次の方法で支払う。
契約が2月1日以後に締結された場合、2月1日から契約締結の前日まで1日につき前項の参稼報酬の
300分の1に消費税及び地方消費税を加算した金額を減額する。
ただし期間中に消費税率の改定があった場合、消費税額は新たに適用される消費税率により計算する。

出典:2018統一契約書様式

もっとも、支配下選手の「契約期間」をハッキリと定めた条項は統一契約書にも見当たりません(それなのになぜか、統一契約書の第19条には「本契約期間中」という記載があります…)。

なお、育成選手については1月1日から12月末日までを契約期間とする定めがハッキリと記載されています(日本プロ野球育成選手統一契約書第3条)。

契約の更新と戦力外通告

このような定めがある一方、野球協約第49条、第66条では、

第49条(契約更新)
球団はこの協約の保留条項にもとづいて契約を保留された選手と、その保留期間中に、次年度の選手契約を締結する交渉権をもつ。

第66条(保留の手続)
(1)球団は毎年11月30日以前に、コミッショナーへその年度の支配下選手のうち次年度選手契約締結の権利を保留する選手(以下「契約保留選手」という。)、任意引退選手、制限選手、資格停止選手、失格選手を全保留選手とし、全保留選手名簿を提出するものとする。

(2)略

という規定があります。

つまり、球団は、翌年以降も選手契約をする意思のある選手を「契約保留選手」として確保し、その選手と独占的に次の契約に向けた交渉に入ることができます。契約が成立すれば、翌年2月1日から11月末日までの契約を締結することになります。なお、保留が翌年1月10日以降に及ぶときは、1日あたり一定の保留手当てが支払われます。
参稼報酬の期間である翌年2月1日までに契約が成立しない場合、支配下選手でない状態(保留選手のまま)でキャンプに参加する俗に言う「自費参加」の状態になります。球団が保留権を放棄した場合は自由契約選手となります。

他方、保留名簿から漏れた選手は

第69条(保留されない選手)
支配下選手が契約保留選手名簿に記載されないとき、その選手契約は無条件解除されたものと見做され、コミッショナーが12月2日に自由契約選手として公示する。

として自由契約選手になるわけです。いわゆる「戦力外通告」とは、「翌年の保留者名簿に載せないよ」という通告なのです。

契約に空白がある?

お気づきのとおり、プロ野球の選手契約は非常に特殊で、(支配下選手の場合)12月1日から1月末までは参稼報酬の対象外なのです。保留期間に契約が成立しても、参稼報酬の対象は2月1日からで、それまではオフシーズンです。12月にプロ野球選手がテレビ番組に出まくるのはこんな事情です。

余談ですが、多くの選手は1月に「自主トレ」を行っていますが、これはあくまでも参稼報酬の期間外に自分で行うトレーニングですよ、という意味です。新人選手は、全員集まって「合同自主トレ」をしていますが、これも契約期間外のトレーニングです。

フリーランス保護法(フリーランス新法)の概要

次に、フリーランス保護法の概要を整理します。

  • 正式名称は「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」。通称「フリーランス保護法」または「フリーランス法」です。
  • 2023年に法案成立、2024年11月1日から施行されています。
  • 主な義務・特徴として:
    • 業務委託を受けるフリーランスに対して、発注者が契約前に書面または電子的方法で取引条件を明示する義務。
    • 報酬の支払期日が定められ、納品から一定日数以内の支払いを義務付ける旨の規定・実務通達あり。
    • 禁止行為として、「不当な値下げ」「やり直し強制」「成果物返品強制」など、フリーランスとの契約関係・取引関係における発注者側の優越的地位の濫用を制限。
    • フリーランスが労働者と同様の立場に近い長期の業務委託を受けていると判断される場合、育児・介護等への配慮義務、ハラスメント防止体制の整備義務など就業環境面の配慮も求められています。

詳しくは、こちらの記事をご覧ください。

この法律の背景には、「名称こそ業務委託・フリーランスという形態だが、実質的には従属性や単一の発注先への依存が強いなど、従来の雇用に近い働き方=“ギグワーカー”“準労働者的な立場”を守る必要性」が指摘されており、発注者‐受託者間の力関係是正を目的としています。

NPB選手契約とフリーランス保護法の関係について

ここから、タイトルの核となる「プロ野球選手契約において、フリーランス保護法がどのような影響・関係をもたらし得るか」を考察します。

野球選手契約の性質について

そもそも、野球選手って法的にはどのような立場なんだろう?というところから考える必要があります。

統一契約書の第2条には次のとおり記載されています。

第2条 (目的)
選手がプロフェッショナル野球選手として特殊技能による稼働を球団のために行なうことを、本契約の目的として球団は契約を申し込み、選手はこの申し込みを承諾する。

契約上の建前としては、球団が、野球選手に対してプロフェッショナル野球選手として特殊技能による稼働を球団のために行うことを目的とする業務を委託し、選手がそれを受諾するものとされています。契約の性質上は業務委託契約(特殊技能提供契約)といえるでしょう。その意味では、契約上は、選手は独立した事業者と捉えられています。

もっとも、プロ野球という興行の性質上、契約の内容が自由ではあり得ず、また、球団と選手の立場が同等とも言えません(球団の選手契約譲渡(いわゆるトレード)に応じることを承諾する条項(統一契約書21条)や、契約更新権が球団にしかない(統一契約書31条)など)。
さらに事実上、球団や監督らの指揮監督に服しているという評価も成り立ち得ます。
このように考えると、労働基準法上の「労働者性」を帯びてくるという理解もあり得ます。

なお、公正取引委員会で過去に、新人選手の契約に上限を設けることが独禁法に違反しないかという問題において、「プロ野球選手の契約関係については,労働契約ないしは労働関係としての性格を備えているものとみられる点などを踏まえますと,独占禁止法に直ちに違反するものとの認識は現在有していない」という答弁がされた記録が残っています。

仮に独立した事業者であったとしても、選手は、労働組合法上の労働者にはあたります。プロ野球選手会は、労働組合法上の労働組合として認定されています(くわしくはこちら)。

フリーランスとしての保護

選手が独立した事業者であることを前提とする球団の立場に立ってみれば、気にしなければならないのがフリーランス保護法(フリーランス法)です。

選手はフリーランス保護法の適用がある?

選手は、「個人であって、従業員を使用しないもの」(法2条1項1号)ですので「特定受託事業者」にあたり、その業務は「事業者がその事業のために他の事業者に役務の提供を委託すること」(法2条3項2号)にあたるので「業務委託」となるため、フリーランス保護法の適用があります。

契約を更新しない場合の措置

フリーランス保護法上、契約期間の満了後に更新しない場合、少なくとも30日前までに予告する必要があります。

(解除等の予告)
第十六条 特定業務委託事業者は、継続的業務委託に係る契約の解除(契約期間の満了後に更新しない場合を含む。次項において同じ。)をしようとする場合には、当該契約の相手方である特定受託事業者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、少なくとも三十日前までに、その予告をしなければならない。(以下略)

厚生労働省等は、「更新」というためには次の契約までに1か月以内の空白期間で次の契約が開始される必要があると考えられているようです。

しかし、先に見たように、プロ野球選手契約は特殊で、「参稼期間」が11月30日に終わり、翌年2月1日以降に翌年度の「参稼期間」が始まるわけです。その間は「保留期間」として、対価の発生しない期間となる反面、統一契約書上、「契約期間」の定義が明確でなく、いつから起算して「30日前」までに予告をする必要があるのか、解釈に悩ましい点があります。

このようななかで、各球団は、できる限り選手に有利に解釈するために前倒しをして、参稼期間の終期である「11月30日」を起点にその30日前までに来季の選手契約を結ばない旨の予告をしたものと思われます。

選手にとっても、今後の身の振り方や移籍先を探すなど、予告時期の前倒しは有益でしょう。

まとめ

以上、プロ野球選手契約とフリーランス保護法の関係を説明してみました。
企業法務の視点から言えば、球団という大きな“発注者”側も、中小企業と同様に契約関係を整理・説明しておく必要があります。

余談ですが、このコラムを書くために野球協約や統一契約書をかなり読み込みました。せっかくなので、NPB代理人届けを出してみたいと思います。NPB選手の方、お仕事待ってます!

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