法律コラム

パプリシティ権とは?「エンリケ」の名称使用とパブリシティ権侵害【東京地裁令和5年11月30日判決】

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有名人には顧客吸引力がある

広告やテレビCMに有名人を起用すると、「あ!この人が紹介している商品なら間違いないな」「この人が使ってるものを、自分も使ってみたいな」と思わせる効果があります。最近では、芸能人やインフルエンサーが出演するインターネット広告を見ない日はありません。有名スポーツ選手が身につけるものは何でも売れる、という現象が生じることもあります。

この、有名人が消費者を惹きつける力を「顧客吸引力」と呼んでいます。

このような人の氏名や肖像が持つ顧客吸引力には経済的な価値があることから、他人に勝手に使われたくないという権利を保護するべきという考えが生まれました。

この権利を「パブリシティ権」と呼んでいます。

このパブリシティ権は、憲法13条の人格権に由来する権利と言われています。

パブリシティ権を侵害したといえるのはどのような場合か

他人が自分の名前や肖像などを無断で使用された場合、その他人に対してパブリシティ権の侵害だ!と主張して損害賠償請求したいところです。

パブリシティ権侵害がどのような場合に不法行為にあたるのかを判断したのがピンク・レディー事件判決(最高裁平成24年2月2日第一小法廷判決)です。

この判決では、肖像等(氏名や肖像)を無断で使用する行為が、「専ら顧客吸引力の利用を目的とする場合」に、パブリシティ権を侵害するものとして不法行為法上違法になると判断しました。

そして、「専ら顧客吸引力の利用を目的とする場合」として、

  • 肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用する場合
  • 商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付する場合
  • 肖像等を商品等の広告として使用する場合

という3類型を示しました。


裁判例のご紹介(差止等請求事件・東京地裁令和5年11月30日判決)

さて、今回は、そんなパブリシティ権をめぐり、「エンリケ」という名称等の使用がパブリシティ権を侵害するか否か?が争われた裁判例をご紹介します。

事案の概要

本件は、Xさんが、Y社らに対し、X肖像のほか、「エンリケ」、「ENRIKE」及び「enrike」との名称(X名称)をY社らが使用する行為が、Xさんのパブリシティ権を侵害すると主張し、パブリシティ権に基づき、X肖像やX名称を含む商号、商標、ドメイン名の使用の差止めなどを求めた事案です。

事実の経過

Xさんについて

Xさんは、「エンリケ」(アルファベット表記「ENRIKE」)という芸名のいわゆるキャバクラ嬢でした。

Y社らについて

他方、Y社らの商号は、「株式会社エンリケ空間」、「株式会社エンリケスタイル」及び「株式会社エンリケスタッフ」であり、いずれもBさんが関与する会社でした。
元々、XさんとBさんは、平成31年から婚姻関係にあり、Xさんは、エンリケ空間が設立された令和元年6月6日、エンリケ空間の代表取締役に就任しました。
しかし、XさんとBさんは令和4年10月26日に離婚し、Xさんは令和4年10月14日にエンリケ空間の代表取締役を辞任して、Bが就任しています。

Y社らによる名称等の使用

Y社らの公式ホームページでは、その中で「エンリケ」という名称(日本語やアルファベット表記)が使用されたり、Xさんの肖像が使用されたりしていました。

訴えの提起

そこで、Xさんは、Y社らに対し、Xさんの肖像(X肖像)のほか、「エンリケ」、「ENRIKE」及び「enrike」との名称(X名称)をY社らにおいて使用する行為が、Xさんのパブリシティ権を侵害すると主張し、パブリシティ権に基づいて、

  • ・X肖像の使用の差止め
  • ・X名称を含む商号、標章及びドメイン名の使用の差止め
  • ・ウェブページからのX名称及びX肖像の削除
  • ・X名称を含むドメイン名の削除
  • ・X名称を含む商号登記の抹消登記手続

を、それぞれ求める訴えを提起しました。

問題になったこと(争点)

裁判所の指摘とY社らの対応

裁判所は、パブリシティ権を確立したピンク・レディー事件を踏まえて、Y社らに対して、パブリシティ権侵害の成否につき反論を尽くすよう求めました。
しかし、Y社らは、同最高裁判例を踏まえた具体的な反論をすることなく、「エンリケ」は普通名称であり顧客吸引力がないとして、本件請求を争うと主張しました。

ピンクレディー事件とは

ピンクレディー事件とは、パブリシティ権を確立し、パブリシティ権侵害に基づいて不法行為が成立する場合の3要件を示した最高裁判決です(最高裁平成24年2月2日第一小法廷判決・民集66巻2号89頁)。

「人の氏名、肖像等(以下、併せて「肖像等」という。)は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有すると解される(氏名につき、最高裁昭和58年(オ)第1311号同63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁、肖像につき、最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁最高裁平成15年(受)第281号同17年11月10日第一小法廷判決・民集59巻9号2428頁各参照)。そして、肖像等は、商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり、このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(以下「パブリシティ権」という。)は、肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから、上記の人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができる。他方、肖像等に顧客吸引力を有する者は、社会の耳目を集めるなどして、その肖像等を時事報道、論説、創作物等に使用されることもあるのであって、その使用を正当な表現行為等として受忍すべき場合もあるというべきである。そうすると、肖像等を無断で使用する行為は、〈1〉肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、〈2〉商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し、〈3〉肖像等を商品等の広告として使用するなど、専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に、パブリシティ権を侵害するものとして、不法行為法上違法となると解するのが相当である。」

争点

そこで、本件では、
Xさんのパブリシティ権を侵害するか否か(特に「エンリケ」にかかる顧客吸引力が認められるかどうか)?
Xさんの請求が権利濫用にあたるかどうか
が問題になりました。

裁判所の判断

裁判所は上記①、②の問題点について、次のように判断しました。

争点裁判所の判断
①Xさんのパブリシティ権を侵害するかパブリシティ権を侵害する(「エンリケ」にかかる顧客吸引力が認められる)
②Xさんの請求が権利濫用にあたるか権利濫用には当たらない

本判決のポイント

なぜ裁判所はこのような判断をしたのでしょうか

争点①Xさんのパブリシティ権を侵害するか否か?について

Y社らが主張していたこと

Y社らは、「「エンリケ」という用語はスペイン語又はポルトガル語の男性名に使用される一般用語であり、Xさんが著名であるとしてもキャバクラのホステスという狭い世界で著名性を有するにすぎないため、Xさんの名称には顧客吸引力がない」と主張していました。

Xさんは広く世に認知されている

しかし、裁判所は、
〈1〉Xさんは、キャバクラでホステスの仕事をしていたところ、次第に売上げを稼ぐことができるようになり、平成29年には2日間で1億円以上、平成30年には3日間で2億5000万円以上、令和元年には引退式4日間で5億円を、それぞれ売り上げた旨周知されたこと
〈2〉Xさんは、平成30年には「日本一売り上げるキャバ嬢の指名され続ける力」という書籍を、平成31年には「日本一売り上げるキャバ嬢の億稼ぐ技術」という書籍を、令和2年には「結局、賢く生きるより素直なバカが成功する 凡人が、14年間の実践で身につけた億稼ぐ接客術」という書籍を、次々に出版し、令和3年には著書累計15万部を突破したこと
〈3〉さらに、Xさんは、あらゆる職業に役立つコミック実用書として、令和3年には、上記「日本一売り上げるキャバ嬢の億稼ぐ技術」をコミック実用書として出版し、全ての仕事に通じる稼ぐ技術を広く紹介したこと
〈4〉Xさんは、伝説のキャバクラ嬢として、テレビのバラエティ番組にも出演するようになり、平成21年から令和4年にかけて20本以上のテレビ番組に出演したこと
〈5〉Xさんのインスタグラムでは、令和5年2月4日時点におけるフォロワー数が66万人を超えていること
を指摘し、これらの事実からすれば、Xさんは、「一キャバクラ嬢にとどまらず、書籍を多数出版しテレビにも多数出演しフォロワー数も極めて多く、日本一稼いだ伝説のキャバクラ嬢として、世の中に広く認知されていることが認められる。」としました。

Xさんの名称や肖像には顧客吸引力が認められる

したがって、裁判所は、「X名称又はX肖像には、商品の販売等を促進する顧客吸引力があるものと認めるのが相当である。」と判断しました。

Xさんのパブリシティ権を侵害する

なお、裁判所は、「念のため」として、ピンクレディー事件の3要件についても検討し、

「X名称及びX肖像には、商品の販売等を促進する顧客吸引力があるところ、X名称及びX肖像の掲載態様等を踏まえると、Y社らが提供する全てのサービスに共通してエンリケというブランド価値を全面に押し出していることからすれば、Y社らは、エンリケ空間にあっては内装の設計等の事業につき、エンリケスタイルにあってはエステティックサロンの経営等の事業につき、エンリケスタッフにあっては労働者派遣事業等の事業につき、上記顧客吸引力により他の同種事業に係るサービスとの差別化を図るために、商号、標章、ウェブページ、ドメイン名においてX名称又はX肖像を付したものと認めるのが相当である。」

として、「Y社らがX名称又はX肖像を使用する行為は、ピンク・レディー判決の第2類型に該当するものとして、パブリシティ権を侵害するものといえる。」と判断しています。

争点②Xさんの請求が権利濫用にあたるか否か?について

Y社らが主張していたこと

また、Y社らは、「X名称の使用ができないことによるY社らの不利益や損害の程度によれば、Xさんによる本件請求は権利濫用である」と主張していました。

Xさんの権利行使は正当である

しかし、裁判所は、「Y社らは、X名称及びX肖像の商業的価値を無断使用しているにもかかわらず、Xさんのパブリシティ権を侵害している事実を認めようとせず、Xさんとの間で、X名称及びX肖像の今後の使用につき誠実に協議しようとしたこともうかがわれないことからすると(…)本件請求は、パブリシティ権の正当な行使というほかなく、権利濫用であると認めることはできない。」と判断しました。

結論

よって、裁判所は、X肖像やX名称を含む商号、商標、ドメイン名の使用の差止めなどを求めたXさんの請求を認めました。


弁護士にもご相談ください

今回ご紹介した裁判例では、「エンリケ」という名称等についてパブリシティ権が認められるかどうかが争われました。
そして、裁判所は、従来の最高裁判例に照らしつつ、Xさんの活動状況やY社による使用実態を具体的に検討し、パブリシティ権の成立を認めています。

これまで芸能人や著名人の権利・利益については保護が希薄な部分が多く見られました。
近年、さまざまな紛争を通じて、その権利・利益について改めて焦点が当てられています。
本件のように、パブリシティ権などの人格権が侵害されている場合には、適時に差止めなどを求めていく姿勢を改めて大切していかなければなりません。

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