労働問題

【判例解説】会社の行事で負傷すると労災が受けられない?【さくらんぼ事件】

厚生労働省が公表している労働災害発生状況によると、休業4日以上の死傷者数のうち、最も多い事故原因は“転倒”なのだそうです。

転倒による怪我なんて大したことないはず…と思われがちですが、実は一般生活の中でも、転倒による死傷者数は年々増加傾向にあり、転倒の予防はいまや国民的課題となっています。
厚生労働省も職場における転倒による死傷者数の増加に大きな懸念を抱いており、STOP転倒災害プロジェクトと題して、注意喚起も行っています。

会社と従業員が一丸となって、4S活動(整理・整頓・清掃・清潔)による災害原因の除去とKY活動(危険の予知)による職場内に潜む危険の早期発見を進めていき、職場内の転倒リスクを最小限に抑えていく努力が必要です。

さて、そんな労働災害をめぐり、会社の恒例行事において負傷してしまった従業員が、医療補償給付や休業補償給付を求めて訴えを起こした事件がありました。

さくらんぼ事件・仙台高裁令和3.12.2判決

事案の概要

Aさんは、さくらんぼや桃、ラ・フランスなどの果物を生産するB社で農作業に従事していました。

B社は、平成30年5月18日午後7時からそば処の座敷で、社長ほか8名の従業員全員と取引先従業員2名が参加し、さくらんぼ収穫に向けた決起大会を開きました。

この決起大会は、数年来、さくらんぼの収穫期の前に毎年開かれ、参加者全員による腕相撲大会が恒例行事として行われていました。

Aくん、腕相撲がんばってね!

B社長
B社長
Aさん
Aさん

まかせてください!

同日午後8時すぎ、Aさんは、B社の社長から指名され、座敷のテーブルで取引先の従業員と腕相撲をしたところ、右肘骨折等の怪我をしてしまいました。

Aさん
Aさん

あいたた!骨が! 労災だ!


Aさんは、Y労働基準監督署長に対して、この負傷についての療養補償給付を求めるとともに、療養のために労働できなかった期間の休業補償給付を求めました。
ところが、Y労働基準監督署長は、さくらんぼ収穫に向けた決起大会での負傷は、業務上負傷した場合にはあたらないため、給付の事由がないとして、Aさんに療養補償給付と休業補償給付を支給しない旨の処分(本件各処分)をしました。

決起大会でのケガでしょ? 業務上の負傷にはなりませんよ


そこで、Aさんは、本件各処分は労災保険法12条の8第2項に違反して違法であると主張し、本件各処分の取消しを求める訴えを提起したという事案です。

争点

本件の争点は、さくらんぼ収穫に向けた決起大会での腕相撲が、B社の業務に起因した業務上の負傷と認められるか否かです。

原審の判断

原審は、本件事故に係る本件腕相撲大会への参加には業務遂行性を認めることはできず、Aさんの負傷は業務上の負傷に該当しないと判断されました。

腕相撲大会のケガは業務上の負傷にあたりません

原審裁判所
原審裁判所

本判決の要旨

さくらんぼ等の果物生産という事業や労務の内容、さくらんぼ収穫期に向けた労働者の意識を高めるという事業の根幹にかかわる目的で従業員全員参加の下に事業主より毎年開催される決起大会の性質、そば処の座敷での酒食の提供を伴う決起大会の場で恒例行事として全員参加で腕相撲が行われる腕相撲と決起大会の一体性を考慮すれば、従業員わずか8名の会社の社長が、初めて決起大会に参加した新入社員のAさんに対して、直接指示して腕相撲に参加させたことは、業務命令に近い義務的な性質とAさんに受け止められるのは当然であって、Aさんが腕相撲に参加したことは、決起大会への参加と一体の会社の業務として、社長の指示にしたがって業務を遂行した行為であると認められる。
よって、Aさんの負傷は、療養補償給付及び休業補償給付の事由となる労働者が業務上負傷した場合にあたると判断されました。

裁判所
裁判所

恒例行事だったし、小さな会社の社長に言われて出た結果だから、それは業務を遂行した結果のケガですよね。だから業務上負傷した場合と認めます。

解説

業務災害とは

業務災害とは、業務上の事由による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等をいいます。
業務災害の保険給付は、労働者が、労災保険の適用される事業場に雇われており、事業主の支配下にあるときに、業務が原因となって発生した災害に対して行われます。
当該災害による負傷が業務災害として認められるためには、前提として「業務遂行性」と「業務起因性」の2つを満たす必要があります。
業務遂行性と業務起因性が認められるか否かは、当該災害が発生した状況等によってそれぞれ異なるため、事案に応じた個別的な検討が必要です。

本件のポイント

本件では、B社の決起大会という行事の中で行われた腕相撲が、B社の業務に起因した業務上の負傷と認められるか否かが問題となりました。
原審は、Aさんの負傷が業務上の事故であるとはいえないと判断していたのに対し、本判決では、Aさんが決起大会へ参加するに至った経緯、決起大会の性質、この中で開催された腕相撲の性質などを考慮した上で、Aさんの腕相撲への参加は、決起大会への参加と一体の会社の業務として、社長の指示にしたがって業務を遂行した行為に当たると判断されています。
本判決に照らして考えると、業務時間外に行われる宴会であっても、会社が開催した目的や当該宴会の性質、宴会の中での具体的な言動などによっては、その宴会への参加や宴会中の腕相撲のようなゲームへの参加に業務遂行性が認められる可能性があります。

弁護士に相談を

労働者の負傷が、業務上の負傷であると認定された場合、会社としては、さらに安全配慮義務違反に基づく損害賠償責任を問われるおそれもあります。
上述のとおり、業務上の災害として認められるか否かは、画一的に判断されるものではなく、判例の考え方に照らしながら当該事案の具体的な内容等を検討する必要があります。

弁護士
弁護士

業務上の負傷といえるかは、状況を総合的に考慮する必要があります。また、安全配慮義務違反も問題になります。

職場内・外を問わず、労働災害が生じないようにするためには、日ごろから弁護士に相談し、早期のリスク発見と事前の予防対策を講じておくことが肝要です。