【判例解説】管理監督者として扱えば、残業代は支払わなくてよい?【管理監督者の残業代支給をめぐる問題】
昨今の深刻な物価上昇の影響に伴い、賃上げが要求されるケースが増えてきています。
しかし、多くの会社にとって、固定費である人件費の負担は大きく、場合によっては、人件費によって経営状況が圧迫されてしまうこともあります。
人件費を削減すれば、固定費も下げられるうえ、その分の費用を他の事業投資にまわしたり、会社の財務状況を改善して、金融機関から融資が得られやすくなったりするため、会社としては、少しでも人件費を低く抑えていきたいと考えるのではないでしょうか。
他方で、人手不足の中では、リストラの方法で人件費を削減するわけにもいかず、人件費の問題は経営者にとって頭痛の種です。
今回は、そんな人件費に悩む会社の社長が、残業代を支払わずに済む方法として専門家から紹介されたスキームを実践したところ、元従業員から訴えられてしまった事件をご紹介します。
そらふね元代表取締役事件・名古屋高裁令和5.2.22判決
事案の概要
Aさんは、平成27年9月1日、介護保険法による居宅介護支援事業等を目的とするB社に介護支援専門員(ケアマネジャー)として雇用されました。
Aさんの平成31年3月分までの賃金は、合計30万2159円(基本給17万円、資格給1万円、固定残業代9万2159円、役職手当3万円)であり、主任ケアマネジャーに就任した同年4月分以降の賃金は合計34万円(基本給22万1000円、資格給1万5000円、オンコール手当1万円、役職手当7万円、役職責任手当2万4000円)でした。
ところが、その後、B社の代表取締役であるC社長は、令和2年2月分のAさんの労働条件を、合計23万9000円(基本給20万円、資格給1万5000円、調整手当2万4000円)に変更しました。
主任になったら、固定残業代がなくなって給料が減ってしまった…
令和元年9月頃、B社には46名の利用者がいたにもかかわらず、ケアマネージャーが3名退職してしまい、ケアマネージャーはAさんだけになってしまいました。
この結果、B社は事業継続が困難な状況に陥り、令和2年3月末日をもってB社の居宅介護支援事業所は廃止しました。
事業を続けられないので居宅介護事業所を閉めます!
同日、Aさんは、B社を退職し、B社は令和2年6月30日をもって解散しました。
その後、Aさんは、令和2年6月19日、B社を相手方として、平成30年1月5日から令和2年2月28日までの未払残業代等の支払いを求める労働審判を申立てたところ(本件労働審判)、労働審判委員会は、B社がAさんに対して未払残業代等の支払い義務があることを認めました。
しかし、Aさんは本件労働審判において認められた残業代等の支払いを受けられなかったため、C元社長に対して、会社法429条1項に基づき、残業代等相当額を含む損害賠償を求める訴えを提起したという事案です。
会社が払えないなら、C社長、あなたが払ってもらえますか?
え?私個人が???
会社法
会社法
第429条(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
一 役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
二 (省略)
争点
本件では、
①平成31年3月以降のAさんの管理監督者性、
②C元社長の任務懈怠の有無、
③任務懈怠についてのC元社長の悪意または重大な過失の有無、
④令和2年2月のAさんの賃金、
⑤Aさんの損害、
⑥C元社長の任務懈怠とAさんの損害の因果関係
が争点となりました。
原審の判断
第一審は、Aさんの管理監督者性を否定した上で、C元社長は、B社に労働基準法第37条を遵守させる義務があったことから、Aさんに対する残業代等の未払いは任務懈怠に当たるとしつつも、Aさんに対する同未払いは、B社の事業継続が困難な状況になっていたことが原因であり、C元社長の任務懈怠が原因であったとは言い難いとして、Aさんの請求を棄却しました。
給料の未払いは社長の責任とはいえませんね
本判決の要旨
①平成31年3月以降のAさんの管理監督者性ついて
Aさんは、B社の営業会議に参加して従業員の雇用についての提案をするなどし、同社の事業全体について一定の影響力を有していると認められるものの、同社の従業員の雇用の決定にまで関与しているとは認められないこと、Aさんに自らの労働時間について裁量があるとは認められないこと、Aさんが管理監督者としてふさわしい待遇を受けていると認め難いことなどからすると、Aさんが主任ケアマネジャーでなかった時期はもちろんのこと、主任ケアマネジャーであった時期についても、Aさんが管理監督者であったとは認められない。
なお、Aさんは他のケアマネージャーの出勤簿に承認印を押したり、休暇等の申請書に「事業所管理者」の印を押しているが、Aさんが他のケアマネージャーがどの利用者のところへ行くかを指示していたわけではなく、前記押印等も単に申請書を確認したという以上の意味がないため、Aさんと経営者との一体性は裏付けられない。
加えて、Aさんの勤務時間が自己申告になっていたのは、残業代を支払わないためにAさんを管理監督者にし、その結果、勤務時間の厳格な管理が不必要になったことに由来するものであるため、これによってAさんが管理監督者であることが裏付けられるものでもない。
したがって、平成31年3月以降のAさんの管理監督者性は認められないと判断されました。
Aさんは「管理監督者」とは認められませんね
②C元社長の任務懈怠の有無について
C元社長は、B社の代表取締役として、平成31年3月以降、Aさんを管理監督者として残業代を支払わないと決めたものである。
したがって、B社が平成31年3月以降、Aさんの残業代を支払わないことは、B社の代表取締役であるC元社長の任務懈怠に当たると判断されました。
Aさんに残業代を払わないと決めたC社長には落ち度がありますね
③任務懈怠についてのC元社長の悪意または重大な過失の有無について
C元社長は、Aさんから給料を上げることを要望され、社会保険労務士と相談してAさんを管理監督者にすれば残業代を支払わなくてもよいといわれたことから、管理監督者とはどのような立場のものか、Aさんの業務がB社の管理監督者としてふさわしいかについて社会保険労務士に相談することなく、残業代の支払義務を免れるために管理監督者という制度を利用したにすぎない。
したがって、C元社長が、Aさんを管理監督者として扱ったことについては、重大な過失があると判断されました。
社労士のアドバイスを「いいとこ取り」したC社長の落ち度は重大といわざるを得ませんね
④令和2年2月のAさんの賃金について
B社は、令和2年2月分のAさんの労働条件は変更されたと主張していました。
しかし、この賃金の変更について、Aさんの同意はなかった上、在職中、Aさんに対して説明したことや、給料の減額を規定した就業規則などが存在することを認めるに足りる証拠もないことからすれば、その有効性は認められないと判断されました。
⑤Aさんの損害について
Aさんが主張する労働時間、時間当たりの賃金単価を前提として、平成31年4月から令和2年3月までの割増賃金の未払額がAさんの損害として認められると判断されました。
⑥C元社長の任務懈怠とAさんの損害の因果関係について
Aさんが超過勤務をしたことによる残業代は月々発生するものであるため、Aさんが残業代の支払いを受けられなかったことによる損害も月々発生するものである。
他方で、本件において、B社がさほど多額とはいえないAさんの各月の残業代を支払うことすらできなかった経営状態であったことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、C元社長の任務懈怠とAさんの損害との間には、因果関係が認められると判断されました。
いくら経営状態が悪くても、Aさんの給料くらいは払えましたよね。だからAさんへの未払いはC社長の責任ですね
結論
以上の検討より、AさんのC元社長に対する請求は認められました。
解説
本件事案のおさらい
本件は、C元社長が、Aさんから賃上げを要求されたことから、社会保険労務士に対応を相談したところ、Aさんを管理監督者にしてしまえば残業代を支払わなくてよい、とのアドバイスを受けたため、Aさんを管理監督者として扱って残業代を支払わなかったところ、Aさんから未払い残業代の支払いを求められてしまったという事案でした。
そして、労働審判によって、B社はAさんに対して未払残業代の支払い義務があることが認められたにもかかわらず、B社がこれを支払わなかったことから、結局はB社の元代表取締役であるCさんが、会社法429条1項に基づく第三者責任の規定により訴えられてしまいました。
裁判所は、Aさんの職務実態や権限、平均給与額との比較などを通じて、Aさんには管理監督者としての実態が伴っておらず、単にB社が残業代の支払義務を免れるために管理監督者という制度を利用したにすぎないとして、Aさんの請求を認めました。
注意すべきポイント
本件において最も問題であると考えられるC元社長の行為は、まさに“残業代の支払義務を免れるため”にAさんを管理監督者として扱ったことです。
C元社長が相談した社会保険労務士の先生がどのような方であったのかはわかりませんが、多くの社会保険労務士の先生方は、経営者に対して過不足のない適切なアドバイスをしています。
おそらく、C元社長は、「管理監督者なら残業代を支払わなくてよい」という部分だけを聞き取ってしまい、管理監督者とはどのようなものか、また、Aさんの業務が本当にB社において管理監督者として扱うにふさわしいのか否かなどの点については、十分に確認しないまま、上記のような行為に飛びついてしまったのではないかと考えられます。
専門家に相談する際には、言葉尻だけをとらえるのではなく、その背景にある根拠や理由についても説明を求め、納得した上で実行する必要があります。
専門家のアドバイスを勝手に一般化するのは危険です。「こうした状況においては」の部分を無視すると結論が逆になってしまうことがままありますので注意してください。
日頃からの顧問弁護士への相談も大切
管理監督者該当性は、単に名称によって判断されるものではなく、実態に即して判断されなければなりません。
具体的には、
①当該者の地位、職務内容、責任と権限からみて、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にあること
②勤務態様、特に自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有していること
③一般の従業員に比してその地位と権限にふさわしい賃金(基本給、手当、賞与)上の処遇を与えられていること
などが判断基準とされています。
もっとも、本判決で示されているとおり、管理監督者該当性の判断基準のあてはめは容易に判断することができないものです。
安易に管理監督者に該当するものとして扱ってしまうと、後にトラブルが発生する可能性もあります。
そのような紛争を未然に防ぐためには、日頃から顧問弁護士に相談し、各従業員の状況などについて情報を共有しておくことが大切です。