精神障害が発覚した従業員に対して退職勧奨できる?【会社に求められる合理的配慮】
近年、職場において強いストレスを感じる労働者の数が増加し、業務による心理的負荷を原因とする精神障害などによって申請・認定される労働災害の件数も増加傾向にあります。
職場におけるメンタルヘルス対策は喫緊の課題ですが、メンタルヘルスの不調を個人の問題と捉えられてしまうことが多く、職場全体、社会全体でのメンタルヘルス対策が十分に図られているとはいえません。
メンタルヘルスの不調は精神面だけでなく、身体面にも悪影響を及ぼすおそれがあり、心身の不調を来してしまうと、なかなか個々人が本来もっている能力が発揮されなかったり、生産性が下がってしまったりすることもあります。
定期的にストレスチェックを行い、結果を十分に分析した上で、職場内の環境改善に取り組んでいく必要があるといえるでしょう。
さて、そんなメンタルヘルスと関連して、精神障害が発覚したことで、退職勧奨を受けた従業員が会社を訴えた事件がありました。
中倉陸運事件・京都地裁令和5.3.9判決
事案の概要
本件は、B社で勤務していたAさんが、精神障害等級3級の認定を受けている旨の書類を提出したところ即日解雇されてしまったため、解雇が無効であると主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、未払い賃金や慰謝料の支払いなどを求めた事案です。
事実の経過
Aさんの入社面接
Aさんは、大型自動車、大型特殊自動車等の運転免許を有するところ、令和2年4月初旬頃、ハローワークで貨物自動車運送事業等を目的とするB社a営業所の4トンウイング車乗務員の求人を紹介されました。
令和2年4月9日、Aさんは、同営業所において一次面接を受け、Aさんは、この面接の際に履歴書とともに、「自己PR欄」に「健康状態は良好ではあるものの持病があるため、月に1日通院しております」との記載がある職務経歴書を提出しました。
その後、Aさんは二次面接を受け、運転記録証明書及び令和元年6月4日にAさんが受診した健康診断報告書を提出しました。
Aさんは、平成29年9月29日付で交付された障害等級3級の精神障害者保健福祉手帳を有していましたが、同健康診断報告書には、うつ病で通院ないし服薬治療中との記載はありませんでした。
B社によるAさんの採用まで
令和2年4月21日、AさんはB社b営業所において半日ほどの体験入社をし、B社から手当の支払いを受けました。
ぜひお願いします!
この際、Aさんは、B社b事業所長であるCさんから持病に関して就労可能であることを示す主治医の診断書の提出を求められたため、同年5月中旬、「うつ病、高血圧、高尿酸血症、糖尿病、胆石症、左腎嚢胞、左副腎腫瘍」との傷病名が記載され、その下に「上記にてフォロー中であるが就労可能であることを証明します」と記載された診断書(本件診断書)を提出しました。
「働ける」っていう診断書を出してもらえるかな?
わかりました
令和2年6月30日、B社はAさんに対して採用内定を通知し、就労開始日を同年8月1日とする旨の合意をしました(本件労働契約)。
Aさんは、B社における就労を開始するに当たり、それまで勤務していた食品会社を「一身上の都合」と記載した退職届を提出することで退職しました。
これからがんばってね
ありがとうございます! 前の会社も辞めたのでがんばります!
Aさんの勤務
令和2年8月1日から、AさんはB社b事業所において就労を開始し、同月3日及び4日も勤務しました。
Aさんの勤務状況について、Cさんなどから、特段の指摘や指導などを受けることはありませんでした。
精神障害の発覚
令和2年8月4日、Aさんは、Cさんに対して、労働契約書、身元保証書、家族名簿、給与振込同意書、通勤方法調査表とともに、「精神障害3級 交付日平成29年9月29日」との記載がある給与所得者の扶養控除等(異動)申告書を提出し、Cさんは同日、これらの書類一式をB社本社に届けました。
B社業務第二部長のDさんは、Aさんの障害等級に関する記載を目にし、Cさんに架電して、Aさんがうつ病で月1回通院し、服薬治療を受けている旨を聞き及ぶと、Aさんの健康状態について医師等の意見を聴くなどして業務遂行の可能性について検討することもなく、服薬等があるのであれば本社として雇用を継続することは難しい旨の意向を告げました。
部長!Aさん「精神障害3級」だったそうです
ちょ、ちょっと!「精神障害3級」は聞いてないよ。これではうちで働くの難しいよ。
退職勧奨
Cさんは、令和2年8月4日、Aさんに架電し、Dさんから告げられた本社の意向を伝えたうえで、翌5日に退職手続のために出社するよう求めましたが、退職手続の準備の都合上、その翌日に出社するように指示をしました。
Aさんは、同月6日、B社b事業所に出社し、貸与物品を返還するとともに、日付欄に「2020年8月6日」「今般、一身上の事由により2020年8月6日付をもって退職いたしたくお届けします」との記載がなされた退職届について、退職事由欄に「一身上」と手書きで記入したうえで署名押印し、これを提出しました。
悪いけど辞めてもらえるかな
わかりました。「一身上の都合」で退職届けを書きます
なお、Aさんは、B社に入社する以前も転職する際に、自身の都合で退職するものとして、退職理由について、「一身上の都合」というように記載した退職届を提出したことが複数回ありました。
訴えの提起
その後、Aさんは、B社から精神障害等級の認定を受けている旨の書類を提出したことで、即日解雇されたが、この解雇は無効であるなどと主張して、B社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認や未払い賃金の支払い、障害者を差別した不当解雇また違法な退職勧奨に基づく慰謝料などの支払いを求める訴えを提起しました。
争点
本件では
①本件労働契約の終了事由がなにか
②退職合意が心裡留保または錯誤によるものといえるか
③退職合意の公序良俗違反となるか
④解雇権濫用及び解雇無効を前提とする賃金の請求が認められるか
⑤慰謝料の請求が認められるか
が争点となりました。
本判決の要旨
争点①本件労働契約の終了事由について
Aさんは、令和2年8月4日、C所長を通じてB社から雇用を継続することは困難である旨告げられ、退職手続のため出社するよう求められてこれに応じ、同月6日には、B社b営業所に出社し、B社からの貸与品を返還し、同月4日までの賃金を受領した上、退職事由欄に「一身上」と記載するなどした本件退職届を作成して、これをC所長に提出したというのであるから、同月6日、AさんとB社との間で退職合意が成立したと認めるのが相当である。
退職合意は成立してます
争点②退職合意の心裡留保、錯誤の有無について
Aさんは、自身に退職の意思がないことを認識しながら、事務的な手続のためのものとして本件退職届を作成、提出したもので、心裡留保に当たるとか、Aさんには、本件退職届作成、提出に対応する意思を欠く錯誤があるとか、あるいは、B社から令和2年8月4日に解雇されたものと誤認して本件退職届を作成、提出した点で動機の錯誤があるなどと主張する。
しかしながら、Aさんは、以前にも、勤務していた会社を退職する際、退職届を提出したことが複数回あり、B社において就労を開始するに当たっても、勤務していた食品会社を退職する際、同様に退職届を提出したというのである。
そうすると、Aさんは、本件退職届を作成、提出した際にも、その意味するところを十分に理解していたというべきであるから、Aさんの本件退職届の作成、提出につき、心裡留保があるとか、これに対応する意思の欠缺があるということはできない。また、Aさんがいう動機の錯誤は、自身が令和2年8月4日に解雇されたと認識していたことを前提とするところ、上記のとおり、Aさんが同日解雇されたと認識していたとは認められないから、その点で錯誤があるということもできない。
錯誤があるともいえません
争点③退職合意の公序良俗違反について
B社は、令和2年8月4日、Aさんから、本件扶養控除等申告書の提出を受けて、C所長を通じ、Aさんがうつ病で通院しており、服薬治療を受けていることを確認し、その際、C所長において、Aさんから、精神障害者手帳は返還できるなどと聞いたものの、本社として雇用を継続することは難しい旨の意向を伝え、退職手続のため出社するよう求めたところ、Aさんは、これに応じて、同月6日には、B社B営業所に出社し、持参したB社からの貸与品を返還し、同月4日までの賃金を受領した上、本件退職届を作成、提出したというのである。
上記退職勧奨行為自体は、その具体的内容や態様、これに要した時間等からみて、執拗に迫ってAさんに退職の意思表示を余儀なくさせるような行為であったとまでいうことはできず、後記のとおり不法行為に該当し得るとしても、退職に関するAさんの自由な意思決定を阻害するものであったとは認め難い。
そうすると、上記退職勧奨行為があったからといって、AさんとB社間で退職合意に至ったことそのものが、公序良俗に反するということはできない。
退職合意が公序良俗違反ともいえません
争点⑤解雇権濫用及び解雇無効を前提とする賃金請求について
本件労働契約は退職合意により終了したものであるから、解雇権濫用及び解雇無効を前提とする賃金請求は認められない。
争点⑥慰謝料請求について
B社は、Aさんから、二次面接時に過去5年間行政処分歴がない旨記載された令和2年4月10日付け運転記録証明書を受け、また、体験入社時や、同年8月1日、同月3日及び同月4日に勤務した際にも、その勤務状況等に特段の指摘や指導を受けるようなことはなかったにもかかわらず、同日、Aさんから「精神障害3級 交付日平成29年9月29日」との記載がある本件扶養控除等申告書の提出を受けたことを契機に、Aさんからうつ病で通院、服薬治療を受けていることを聴取したのみで、Aさんの健康状態や服薬がAさんの担当業務に及ぼす影響について専門家である医師等の意見を聞くなどして、その業務遂行の可能性等について検討するようなこともないまま、雇用を継続することは難しい旨の意向を示したというのである。
上記一連の経緯に照らすと、B社は、Aさんが精神障害等級3級との認定を受け、通院して服薬治療を受けていることのみをもって、その病状の具体的内容、程度は勿論、主治医や産業医等専門家の知見を得るなどして医学的見地からの業務遂行に与える影響の検討を何ら加えることなく、退職勧奨に及んだものといわざるを得ない。
そうすると、B社の上記退職勧奨行為は、Aさんの自由な意思決定を阻害したものとまで評価できないにしても、障害者であるAさんに対して適切な配慮を欠き、Aさんの人格的利益を損なうものであって、不法行為を構成するというべきである。
そして、B社の上記退職勧奨行為の内容のほか、本件記録に表れた諸事情を考慮すると、Aさんの精神的苦痛を慰謝するには80万円をもってするのが相当である。
でも、会社の配慮も欠いていたから慰謝料は認めます
結論
以上より、Aさんの訴えについては、80万円の慰謝料請求のみが認められました。
解説
本件事案のおさらい
本件では、Aさんが精神障害等級3級の認定を受けている旨の書類をB社に提出したところ、B社では雇用を継続することが難しいとして、退職手続のために出社することを求められ、退職届を提出したことについて、①AさんとB社との間で退職合意が成立したと認められるか、②退職届の作成や提出について心裡留保や錯誤があるといえるか、また③B社による退職勧奨行為が公序良俗に反するといえるか、④解雇権濫用等を理由とする賃金請求権が認められるか、⑤退職勧奨行為が不法行為に該当するかなどが問題となりました。
裁判所は、①から⑤については、AさんがB社の求めに応じて自ら出社し、退職事由欄に「一身上」と記載した退職届を作成して提出しており、B社との間で退職合意が成立していたといえることなどを前提として、いずれもAさんの主張を退けました。
他方、⑥については、B社による退職勧奨行為が、Aさんの自由な意思決定を阻害したものとまでは評価できないにしても、精神障害等級3級の認定を受けている障害者のAさんに対して適切配慮を欠き、Aさんの人格的利益を損なうものであるであるとして、80万円の慰謝料請求を認めました。
ポイント
本判決では、慰謝料請求権(争点⑥)に関する判断において、B社がAさんの精神障害と通院治療の事実のみをもって退職勧奨に及び、症状の具体的な内容や程度、主治医や産業医等の専門家からの医学的知見に基づく業務遂行の影響について何ら検討しなかったことが問題視されており、B社の退職勧奨行為が「障害者であるAさんに対して適切な配慮を欠き、Aさんの人格的利益を損なうものであ」ると示されています。
B社本部としては、突然Aさんの精神障害の事実を知らされ、どうすればよいかもわからず焦って退職勧奨という方針を採用してしまったのかもしれません。
しかし、B社としては、Aさんに対して退職勧奨に及ぶ前に、まずはAさんから精神障害に関してヒアリングしたり、医師などの専門家からAさんの就労可能性や業務を遂行する上で必要な配慮の有無を確認したりすることができたはずであり、これはAさんを雇用しているB社としての務めでもあったといえます。
今回のケースでは、慰謝料請求が認められたにとどまりますが、事案によっては、このような退職勧奨がなされた場合、退職届の提出が錯誤により取消されるべきものであると判断されたり、会社による解雇権の濫用であると判断されたりする可能性もあります。
したがって、従業員の入社後に精神障害の事実が発覚したとしても、安易に退職勧奨といった手段をとることがないように注意しなければなりません。
障害者差別解消法について
令和3年(2021年)に障害者差別解消法が改正され、令和6(2024)年4月1日からから事業者による障害のある人への合理的配慮の提供が義務化されました。
仮に、事業者が同法に違反する行為を繰り返し、自主的な改善を期することが困難であるなどの場合には、行政機関から報告を求められたり、助言や指導、勧告を受けたりすることになります。
「合理的配慮」と突然言われても、聞き慣れない言葉で何を言われているか分からない、と思われる事業者も多いかもしれません。
しかし、現時点で“わからないこと”はなんら問題ありません。
むしろ“わからない”のに“わかる”振りをして軽率な対応をしてしまうことこそ、最も避けなければならない行為です。
一番大切なことは、障害のある方と「建設的対話」を心がけることです。
会社の中でどんなバリアがあると感じているのか、そのバリアを解消していくために会社としてはどんなことをしたらよいのか、その都度その都度確認しながら一歩ずつ慎重にコミュニケーションを図っていく必要があります。
政府広報もぜひご確認ください。
顧問弁護士にご相談を
多くの会社が人手不足に悩むこの時代。
従業員は会社にとって最も価値のある存在であり、何にも代えることのできない財産です。
ハンデの有無にかかわらず、すべての従業員にとって働きやすい環境を提供していくことは、現代の会社に課せられた義務でもあります。
障害のある従業員を初めて雇用した会社にとっては、なかなか対応に苦慮する部分があるかもしれません。
そんなときこそ、顧問弁護士に相談して具体的な対話の方法を相談したり、顧問弁護士も交えながら会社としてどんなことができるのかを考えたりするなど、障害のある人への合理的配慮の道を模索していくことがおすすめです。