結局、マンガワンはどうすればよかったか 〜犯罪者の社会復帰とコンプライアンスの狭間で〜
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マンガワン騒動が提起した複合的な問題
2026年3月、小学館が運営するWebコミックサービス「マンガワン」に掲載されたマンガの原作者をめぐる騒動が、大きな波紋を呼びました。
この騒動は、企業のコンプライアンス、被害者の保護、犯罪者の社会復帰支援といった法的、営業的、倫理的な側面が複雑に絡み合う多面的な問題を含んでいます。本稿では、これらの論点を掘り下げて検討します。
※本項執筆中に被害者代理人から非常に寛大なメッセージがアップされ、これで一定の幕引きが図られたように思われますが、以下の検討はこれを踏まえる前のものであることをご承知おきください。
札幌地裁判決について | 最新情報
マンガワン「常人仮面」事件の経緯
私自身、この騒動があって初めてこれらのマンガや事件の存在を知ったので、改めて調べながら整理しました。誤りがあったらご容赦ください。
最初の事件と連載中止(2020年)
- 事象: 山本章一氏(当時『堕天作戦』を連載中)が、児童買春・児童ポルノ禁止法違反(製造)の疑いで逮捕・略式起訴。
- 処分: 罰金刑が確定。
- 小学館の対応: 当該作品の連載を中止。
再デビューと民事訴訟の開始(2022年)
- 事象: 山本氏が「一路一(いちろいち)」に名義を変更し、『マンガワン』にて新作『常人仮面』の連載を開始。
- 訴訟: 2020年の事件の被害女性(元教え子)が、高校在学中からの長期間にわたる凄惨な性暴力(強制性交等)を理由に、山本氏へ損害賠償を求め提訴(7月)。
- 編集部の関与: 提訴前後の和解協議(示談交渉)の場に、マンガワンの担当編集者が同席していた。
民事判決と騒動の表面化(2026年2月)
- 2月20日: 札幌地裁が山本氏に対し、1,100万円の賠償支払いを命じる判決(守山修裁判長)。
- 判決では、元教員という立場を利用した心理的支配(グルーミング)や、重度のPTSDを引き起こした凄惨な加害実態が認定された。
- ソース:読売新聞オンライン(2026/02/21)
- 2月24日: SNS(X等)にて、民事訴訟の被告が山本氏(=一路一氏)であるという特定情報が拡散され、炎上が開始。
- 2月27日: 『マンガワン』編集部が『常人仮面』の配信停止と単行本の出荷停止を「画像」によるお知らせで発表。
私が当初把握した訴訟の経緯はこのニュースによるものでした。
教え子に「おしおき」称する性行為、元高校講師の男性に1100万円の賠償命令 札幌地裁
口にするのもおぞましい、ひどい事実が認定されていました。が、この時点では、「講師による強制性交事件」という範疇の理解にとどまっていました。
しかし、時が経つにつれて、この事件の被告が小学館で連載していたマンガの原作者であり、逮捕→略式罰金後もペンネームを変えて小学館が起用を続けていたことが明るみになると、炎上が広まりました。
マンガワン編集部が『常人仮面』めぐり謝罪「本来起用すべきでなかった」、原作者は刑事罰受けた『堕天作戦』執筆者
漫画家の中にも炎上は広がり、対応に疑問視する見方が広がります。
マンガワン問題 一斉に声上げた漫画家、読者も支持…専門家「小学館のステークホルダーとして影響力行使」
そこで、小学館もさらなる対応を余儀なくされることになります。
小学館、『常人仮面』原作者起用で謝罪「何よりもまず、被害に遭われた方を慮るべきでした」調査委員会立ち上げへ
小学館が考慮したであろうこと
このように、山本章一氏が逮捕された後、小学館は当時連載していた「堕天作戦」の連載を中止しました。しかし、山本氏がその後略式起訴による罰金刑となると、ペンネームを変えて「常人仮面」の原作者として、連載をスタートさせることになります。
この経緯は、今後第三者委員会を設置して検証することになると思われますが、次のような要素が絡んでいたものと推測されます。
罰金刑に終わっていたこと
山本氏は、児童買春・ポルノ禁止法違反(製造)の罪で逮捕されたとのことでしたが、その後、同罪で略式起訴による罰金刑で終わっています。公判請求(正式な刑事裁判を求めて起訴すること)されず、刑も罰金という比較的軽微な結果に終わったことを考慮した可能性があります。
社会復帰支援を考慮したこと
山本氏の経済状況はわかりませんが、今回の逮捕によって小学館の連載が中止されるなど、一定の社会的制裁を受けることになりました。しかし、現代社会においては、人が生きていくためには生業が必要です。更生のチャンスを与えなければ社会としても機能しないことになります。そこで、小学館が、「比較的軽微な」刑罰に終わった山本氏の更生を支援することにしたことは想像に難くありません。
「原作者」という立場を考慮したこと
もともと山本氏は原作者でした。原作者は、通常、対外的に露出する仕事ではありません。また、犯罪となった事実関係と原作者の仕事は関連しないと思われたこと、女性や子供に接する仕事ではないことなども考慮されたと思われます。なお、こども性暴力防止法における事業者にも当たりません(同法は2026年12月施行なので当時これを考慮したであろうという意味ではありません。)。
ペンネームを変更したのも社会復帰を容易にするためであることに加え、会社なりに被害者に対する一定の配慮であるとも思われます。
小学館が考慮するべきであったこと(企業コンプライアンスの観点)
しかし、結果として、このような小学館の考慮は極めて不十分であった、あるいは裏目に出たといわざるを得ない状況になってしまっています。
犯罪の内容を過小評価していた
山本氏の犯罪は、2020年当時、児童買春・ポルノ禁止法違反(製造)で罰金刑となっています。しかし、この事実をもって、今回の犯罪自体を軽く見積もった、言い換えれば過小評価したことに判断の誤りがありました。後に報道される民事事件の結果を見るに、現在の刑法上は十分に不同意性交等罪に当たる内容であったといえるものであったように思われます。つまり、当時は児童買春・ポルノ禁止法違反でしか問えなかっただけで、十分に悪質性を有していたといえます。
もっとも、第三者である小学館は、略式起訴で終わると刑事公判を傍聴する機会もなく、これらの詳細な事情を把握するには限界があるのも事実です。
世の中の常識が進んでしまった
小学館が読み違えたことは、この間に様々な事件が起こり、性犯罪、性虐待に対する世論の見方が厳しくなったことです。2023年ころから、ジャニーズ事務所、松本人志氏、中居正広氏のそれぞれ性加害問題が立て続けに報道されました。長年にわたり強者とされる立場のものが比較的弱い立場のものに対して性加害を行ってきた事案が、後に報道される本件に見事に一致したことが上げられます。
隠蔽に見えかねない行為に及んでしまった
ある行為が、本人の意図から離れて悪く解釈される(されうる)ことがあります。
まず、小学館は山本氏のペンネームを変えさせました。仮に、先に述べた考慮要素があった上での変更だったとしても、同社があたかも山本氏の犯罪を隠蔽してかばっているように映ることは考慮するべきでした。
また、報道によれば、示談交渉の際、編集者が「口止め」を行ったとされています。(示談交渉に小学館の編集者がどの立場でいたかはわかりませんが、その点はさておき)示談の条件として、「口外禁止条項」を付けることは一般的に普通に行われていることです。口外禁止がないと、二次紛争に発展することもあり「解決」につながらないからですが、これも、悪意のある週刊誌が「口止め」と表現すると一気に否定的評価につながってしまいます。
まとめ 小学館はどうするべきであったか
多分に後知恵バイアスからの検証になりますが、実際、あの場面で小学館はどのような対応を取るべきであったのでしょうか。
山本氏の社会復帰は極めて重要です。一切の社会復帰を認めなければ、本人の問題だけではなく、マクロにおいても社会保障費の高騰や治安の悪化など、結局ツケを社会全体で負担しなければならなくなります。他方で、メディアである小学館はコンプライアンス遵守も欠かせません。
同じペンネームで復帰させるべきであった
仮に山本氏に再度のチャンスを与えるのであれば、「山本章一」として復帰させるであったといえます。不祥事のあった芸能人は、一定の謹慎期間を経て、世論の状況を考慮して同じ人物として「復帰」します(決してこれを奨励するという意味ではなく、実態としてそうだという意味です。)。「顔」が知れ渡った人間にとって看板を付け替えることは難しく、結果として、世の許しを得られそうなタイミングを見計らって復帰せざるを得ません。もちろん叩かれるでしょう。ただ、これが、事実上、一種のみそぎとして機能し、だんだんと社会が受け入れる契機になるわけです。
しかし、「顔」の見えない原作者が名前を変えてしまうと、社会が許すかどうかの判断ができず、「みそぎ」を飛ばしてしまうことになりかねません。後にそれがバレると、今回のように大炎上に至ってしまいます。いわば、名前ロンダリングのような状況です。
ここは、世の作法にならって、「みそぎ」を経た上で、正面玄関から堂々と同じ顔で復帰する選択をするべきでした。
復帰させる時期によっては当然同じような批判を浴びたことでしょう。ただ、小学館はその時期に復帰させる意図を説明できる機会は得られますし、少なくとも隠蔽のイメージは免れました。ペンネームを変えることによって、自らその機会を放棄してしまったのが、今回の原因の1つです。
ただし正解はない
ただ、身も蓋もないことをいえば、どんな選択をしても正解はありません。自らの選択を正解にしていくしかないのです。その覚悟ができる選択をするのが正解であったと考えれば、小学館のとった選択は不正解であったといえるのかもしれません。
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