労働問題

「誰も止められなかったパワハラ」分限処分の有効性【判例解説・長門市市消防長事件】

最近、ハラスメントを巡る問題が社会を賑わせています。

もしかしたら「この業界ではキツく言われるのが当たり前だ」「上下関係は絶対だ」「取引先に絶対に逆らうな」という風潮がある業界もまだ残っているのかも知れません。
何年も前の話が今になって蒸し返されることもしばしばです。ベテランの方々にとって、「これまでの当たり前」が当たり前でなくなった時代。当たり前を見直す必要があるかも知れません。

ハラスメントは自分が加害者にも被害者にもなり得る、とてもセンシティブの問題です。
企業としては、どんな言動がハラスメントに当たるのか、また、ハラスメントがあった場合にどのような対処をするのかという企業方針を明確に定めた上、従業員に対する研修を通じて企業方針を周知・徹底すること、更にはハラスメントを訴える従業員の声が十分に届くような体制を整えることなどが必要でしょう。

さて、消防署という特殊な環境の元で上司による長年にわたるパワハラが繰り返され、誰も注意できないままエスカレートし、ついに分限免責(要するにクビ)の処分がなされてしまった事案がありました。今回は、その分限免責処分の有効性を巡る裁判の紹介です。

長門市・市消防長事件 最高裁令4. 9. 13判決

事案の概要

Aさんは平成6年4月にB市に採用され、平成25年4月から消防署の小隊の分隊長を務めるなどし、平成29年4月からは小隊長を務めていました。

Aさんは、平成20年4月から平成29年7月までの間、B市の消防職員約70人のうち、部下等の立場にあった約30人に対し、約80件のパワハラ行為(本件各行為)を行いました。

具体的には、
①訓練中に蹴ったり叩いたりする、羽交い絞めにして太ももを強く膝で蹴る顔面を手拳で10回程度殴打する、約2kgの重りを放り投げて頭で受け止めさせるなどの暴行や、
②「殺すぞ」「お前が辞めたほうが市民のためや」「クズが遺伝子を残すな」「殴り殺してやる」などの暴言
③トレーニング中に陰部をみせるよう申し向けるなどの卑わいな言動
④携帯電話に保存されていたプライバシーに関わる情報を強いて閲覧したうえで「お前の弱みを握った」と発言したり、プライバシーに関わる事項を無理に聞き出したりする行為
⑤Aさんを恐れる趣旨の発言等をした者らに対し、土下座を強要したり、Aさんの行為を上司等に報告する者がいた場合を念頭に「そいつの人生を潰してやる」と発言したり、「同じ班になったら覚えちょけよ」などと発言したりする報復の示唆
でした。

Aさんによるパワハラの被害を受けた約30名の消防職員の内、退職予定の人は2名、自宅待機処分を受けたAさんが復職したら退職を考えると答えた人は4名、Aさんの報復を懸念する人は16名、Aさんと同じ小隊に属することを拒否する人は17名にのぼりました。

 本件各行為は、平成29年5月以降に消防職員2名が退職の意向を伝えるとともに、消防組織内でパワハラが行われていることをほのめかしたことを契機として、消防署内で行われた聞き取り調査等により発覚したものでした。

しかし、Aさんによるパワハラ行為が顕著となった平成24年頃以降、B市がパワハラ防止に関する研修等の機会を付与したことはありませんでした。

消防長は、長門市職員分限懲戒審査会における調査及び審議、またAさんに対する聞き取り調査や弁明の機会の付与などを踏まえ、平成29年8月22日付でAさんに対し、消防職員としての資質を欠き改善の余地なく、本件各行為によるB市の消防職員としての資質を欠き改善の余地がなく、本件各行為によるB市の消防組織全体への影響が大きい等として、地方公務員法28条1項3号等に基づき、分限免職処分をしました。

Aさんは、分限免職処分を不服として、B市に対し、処分取消の訴えを提起したという事案です。

争点

 本件の争点は、Aさんについて地方公務員法28条1項3号等に該当する事由が認められるか否かです。

➤地方公務員法28条1項
職員が、次の各号に掲げる場合のいずれかに該当するときは、その意に反して、これを降任し、又は免職することができる。
一 人事評価又は勤務の状況を示す事実に照らして、勤務実績がよくない場合
二 心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合
三 前二号に規定する場合のほか、その職に必要な適格性を欠く場合

原審判決のポイント

原審は、Aさんのパワハラ行為が冗談や悪ふざけの域をはるかに超えた悪質なものであり、Aさんがそのうちの一部の行為について刑事処分を受けていることも併せ考えると、消防吏員としての適格性には問題があるといわざるを得ないから、Aさんが相応の重い分限処分を受けるのは避けられないというべきであるとしました。

他方、Aさんが一応は反省の情を示し、上司からの指示に従っていること、パワハラ行為等の防止のために、職員に対して研修等を実施すべきことは今日の社会的要請であるのに、B市がAさんに対してパワハラ行為の防止の動機付けをさせるような教育指導や研修等を具体的に行った事実がうかがわれないこと、本件分限免職処分を行うに当たりAさんの改善可能性の有無や程度が十分に考慮されたかに疑問がないとはいえないこと、アンケート調査の結果によっても、Aさん以外によるパワハラ行為が行われたのではないかと疑われるものも見受けられるが、それに対する相応の処分がされたのかも、パワハラ行為の防止に向けた指導や教育が職場内でされたのかも明らかでなく、Aさんに対して更生の機会を与えることなく、分限処分のうち最も重い分限免職の措置をとることが相当であったのか、Aさん以外の者によるパワハラ行為と処分の均衡が図れているのかについても疑問がないとはいえないことなどを指摘し、これらの事情を考慮すると、Aさんを分限免職処分とするのは重きに失し、本件処分は違法であると判断しました。

したがって、原審は、Aさんに対する分限免職処分の取消しを認めました。

本判決の要旨

①判断枠組み

 地方公務員法28条に基づく分限処分については、任命権者に一定の裁量権が認められるものの、その判断が合理性を持つものとして許容される限度を超えたものである場合には、裁量権の行使を誤った違法のものであることを免れないというべきである。

 免職の場合には公務員としての地位を失うという重大な結果になることを考えれば、この場合における判断については、特に厳密、慎重であることが要求されるものと解すべきである(最高裁昭和48年9月14日第二小法廷判決)。

②本件分限免職処分の適法性

 まず、本件各行為は5年を超えて繰り返され約80件にも上ること、被害者も30人と多数であって、B市の消防職員全体の半数近くを占めること、その内容は現に刑事罰を科されたものを含む暴行、暴言、極めて卑猥な言動、プライバシーを侵害した上に相手を不安に陥れる言動等、多岐にわたることからすると、このような長期間にわたる悪質で社会常識を欠く一連の行為に表れたAさんの粗野な性格について、公務員である消防職員として要求される一般的な適格性を欠くとみることが不合理であるとはいえない。

また,本件各行為の頻度等も考慮すると、Aさんのかかる性格を簡単に矯正することはできず、指導の機会を設けるなどしても改善の余地がないとみることにも不合理な点は見当たらない。

さらに、本件各行為によりB市の消防組織の職場環境が悪化するといった影響は、公務の能率の維持の観点から看過し難いものであり、特に消防組織においては、職員間で緊密な意思疎通を図ることが、消防職員や住民の生命や身体の安全を確保するために重要であることにも鑑みれば、このような悪影響を重視することも合理的であるところ、本件各行為の中には,Aさんの行為を上司等に報告する者への報復を示唆する発言等も含まれており、現に報復を懸念する消防職員が相当数に上ること等からしても、Aさんを消防組織内に配置しつつ、その組織としての適正な運営を確保することは困難である。

 これらの事情を総合考慮すると、Aさんに対して分限免職処分をした消防長の判断が合理性を持つものとして許容される限度を超えたものであるとはいえず、本件処分が裁量権の行使を誤った違法なものであるということはできない。

 また、このことは、B市の消防組織において上司が部下に対して厳しく接する傾向等があったとしても何ら変わるものではなく、本件では本件処分に他の違法事由も見当たらない。

 したがって、最高裁は、本件処分は適法であると判断しました。

解説

 本件の下級審は、ⅰB市が指導や研修の実施など、Aさんに更生の機会を与えるべきであったが、B市においてハラスメント対応などのオーソドックスな方法が履践されていなかったこと、ⅱB市の消防組織においては、濃密な人間関係やハラスメントと紙一重ともいえる言動について許容的な雰囲気が醸成されていたこと、ⅲ職務柄、上司が部下に厳しく接する傾向があったこと、ⅳ類似の言動が見られる他の消防職員に対する相応の処分の有無に疑いがあることなどの事情を重視し、本件分限免職処分が違法であると判断していました。

その一方で、最高裁は、分限免職処分が公務員としての地位を失わせるという重大な結果を伴うことに照らし、かかる処分に関する判断は特に厳密・慎重であることが要求されるという一般論を示しつつも、Aさんの各行為の内容や程度、B市の消防組織に与える影響の大きさなどを総合的に考慮すれば、Aさんに対する分限免責処分という判断が消防長に与えられた裁量権の範囲を逸脱するものとはいえず、このような処分も適法であると判断しています。

 本判決の内容からすると、最高裁は、組織のハラスメント対応の状況や職場内のハラスメントを許容するような雰囲気の有無、上司が部下に厳しく接する傾向などの点は、もはや処分の適法性の判断において重視すべきではなく、より具体的なハラスメント行為の頻度や悪質性、組織に与える影響等を考慮すべきであるということを示そうとしているのかもしれません。

 本件は、公務員に対する分限免職の事案ではあるものの、一般のハラスメントとそれに伴う処分に関連する事案においても参考になるのではないでしょうか。