警察官の精神障害発症と自殺について業務起因性が認められるのか?【熊本県(玉名警察署)事件】
- 労働者が、過労などによって精神疾患になり自殺に至ってしまった場合、会社はどのようなときに損害賠償責任を負うのでしょうか。
- 労働者が精神障害に罹患し自殺をした場合に、その自殺が使用者との雇用関係に基づく業務と因果関係があると認定されれば、会社が賠償責任を負う可能性があります。
自殺の原因となった精神障害が、当該業務に起因して罹患したものと認められること、及び自殺が、その精神疾患の症状に起因して行われたものであることの双方が認められることが必要とされています。労働者の置かれた具体的状況を踏まえ、業務による心理的負荷が、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発病させる程度に過重であるときは、特段の事情がない限り、精神障害の発症及びこれを原因とする死亡(自殺)は、当該業務に内在する危険が現実化したものであるといえるから、上記因果関係が認められます。そして、このような検討に当たっては、業務による心理的負荷の有無、程度、労働者側の要因(負荷への反応性、脆弱性等)の有無、程度等の諸事情を総合的に考慮して判断すべきである、とされています。
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人手不足の中で、労働者ひとり一人の業務負担がより高まっているのではないでしょうか。
厚労省は、過重な仕事が原因で発症した脳・心臓疾患や、仕事による強いストレスが原因で発病した精神障害の状況について、労災請求件数や、労災保険給付の支給決定件などを年に一度取りまとめて公表しています。
令和7年6月25日に公表された令和6年度の「過労死等の労災補償状況」(厚生労働省ウェブサイト参照)によると、
・過労死等に関する請求件数は4,810件であり、前年度比212件の増加
・支給決定件数は1,304件 であり、前年度比196件の増加
うち死亡・自殺(未遂を含む)件数は159件であり、前年度比 21件の増加
などとなっており、やはり全体的に増加傾向にあります。
使用者側としては、常に労働者の就業環境を注視し、常に改善を図っていかなければなりません。仮に、使用者がこれらの注意を怠っていた場合には、安全配慮義務違反に基づく損害賠償義務を負うことにもなります。
会社の安全配慮義務などについてお悩みがある場合には、弁護士に相談してみることもおすすめです。
裁判例のご紹介(熊本県(玉名警察署)事件・熊本地裁令和6年12月4日判決)
さて、今回は、警察官として勤務していたKさんが精神障害を発症し、自殺に至ったことをめぐり、業務起因性の有無や使用者である熊本県側の注意義務違反の成否などが争われた裁判例をご紹介します。

*労働判例2025/10/1号(No,1335)5ページ以下参照*
どんな事案?
この事案は、警察官として勤務していたKさんが自殺したことについて、Kさんの相続人であるXさんらが、この自殺は警察署での過重業務により精神障害を発症したことが原因であると主張して、Y県(熊本県)に対して損害賠償の支払いなどを求めた事案です。
何が起きた?
当事者について
Kさんについて
Kさん(平成5年生)は、高等学校を卒業後、平成24年に熊本県に入職し、平成29年9月11日に自殺し死亡するまで、警察官として勤務していました(本件自殺当時、A課A1係に配属)。
Kさんは、本件自殺当時、Y県玉名市内に所在する職員用の宿舎の一室に居住し、職場までは自家用車(本件車両)で通勤していました。
なお、Kさんは、平成27年11月頃から、職場の同僚であるBさんと交際をしていました。
Xさんらについて
Xさんらは、Kさんの母、兄、および妹です。
Y県について
Y県は、熊本警察を設置する地方公共団体です(熊本県)。
Kさんの勤務
Kさんは、平成25年1月28日に本件警察署に配属された後、複数回の異動を経て、平成29年3月31日、本件警察署のA課A1係に配属され、強行犯捜査に従事することになりました。
Kさんの平成29年4月から同年8月までの当直勤務の時間を除く時間外労働時間数は、最も多い月(同年7月)では143時間00分、最も少ない月(同年6月)では71時間00分でした。
また、Kさんの当直勤務の時間を含む時間外労働時間数は、最も多い月(同年7月3日から同年8月1日まで)で185時間30分、最も少ない月(同年5月4日から同年6月2日まで)で143時間25分でした。
KさんからBさんへのメッセージ
Kさんは、平成29年6月頃から本件自殺までの間、職場で怒られて落ち込んだことや上司との人間関係に悩みを抱えていることを内容とするメッセージをBさんに対して送るようになりました。
また、Kさんは、同年8月26日にBさんと会った際には、憔悴して気分が沈んだ様子であり、書類作成の仕事がたまっていることを嘆いていました。
当直勤務の内容
当直勤務における業務内容は、主に電話対応、窓口対応、警察事象の処理、庁舎警戒などでした。また、当直業務に対応する時間以外の時間の過ごし方については、各職員の自由ではあり、一般的に当直用の執務室内で、当該職員が普段担当している書類作成などの業務を行うほか、食事や雑談をするなどして過ごすことが多いとされていました。
Kさんの当直勤務の際の状況
Kさんと一緒に当直勤務をしたことのある複数の職員によれば、Kさんは、当直勤務の際、当直業務のほか、A課A1係において担当していた捜査書類の作成などの業務を行うなど、常に何らかの仕事をしており、時には仮眠時間帯になっても就寝せずに業務を続けることがありました。
また、Kさんの当直勤務中、Kさんが対応した警察事象は、平成29年4月5日から同年8月31日までの間に35件でした。
なお、Kさんが本件自殺当時、不倫や借金、ギャンブルなどによるトラブルを抱えていたことや非違行為などに及んでいたことは確認されませんでした。
Kさんの様子
Kさんの周囲の職員によると、特に平成29年6月から同年8月までの期間は、A課全体が多忙であり、Kさんもこの期間を中心に忙しいと述べたり、悲観的な言動をしたりすることがありました。
他方で、周囲の職員から見て、A課に配属されてから本件自殺が発生するまでの期間について、Kさんの精神状態の悪化がうかがわれるほどの特異な様子は確認できていませんでした。
また、Kさんに精神障害の既往歴はなく、平成25年度から平成29年度までの各年度の健康診断において異常所見はありませんでした。
Kさんの自殺
平成29年9月11日、日勤を予定していたKさんの出勤が確認されず、本件警察署の職員がKさんの行方を捜索したところ、Kさんが九州自動車道のサービスエリア内の駐車場において、本件車両内で死亡した状態で発見されました。
本件車両内からは、七輪や燃えかけの練炭などが発見され、Kさんの死亡原因は自殺による一酸化炭素中毒と診断されました。
公務災害の認定
X1さんは、令和元年9月5日、地方公務員災害補償基金熊本県支部長に対して、本件自殺について公務災害認定請求をしました。
これに対して、同基金は、令和2年11月13日、本件自殺について、公務上の災害と認定する旨の処分(本件認定処分)を行いました。
訴えの提起
Xさんらは、Kさんの自殺は警察署での過重業務により精神障害を発症したことが原因であるなどと主張して、Y県(熊本県)に対して損害賠償の支払いを求める訴えを提起しました。

何が問題(争点)になったか?
この裁判においては、
①Kさんの本件自殺と業務との間に因果関係が認められるかどうか?
②使用者側であるY県に注意義務違反が認められるかどうか?
などが問題(争点)になりました。
*なお、その他の争点については、本解説記事では省略しています。
裁判所の判断
これらの問題点について、裁判所は、次のように判断しました。(確定)
| 問題点 | 裁判所の判断 |
|---|---|
| ①Kさんの本件自殺と業務との間に因果関係が認められるかどうか? | ○(因果関係が認められる) |
| ②使用者側であるY県に注意義務違反が認められるかどうか? | ○(注意義務違反が認められる) |
本判決の要旨(判断のポイント)
裁判所はなぜこのような判断に至ったのでしょうか。
以下では本判決の要旨をご紹介します。
争点①Kさんの本件自殺と業務との間に因果関係が認められるかどうか?について
判断枠組み
まず、裁判所は、自殺と業務との間の因果関係の有無の判断枠組みについて、次のように示しました。
「労働者が、精神障害にり患し、自殺をした場合に、その自殺が使用者との雇用関係に基づく業務と因果関係があるといえるためには、当該精神障害が、当該業務に起因してり患したものと認められること、及び当該自殺が、当該精神疾患の症状に起因して行われたものであることの双方が認められることが必要であるところ、当該労働者の置かれた具体的状況を踏まえ、業務による心理的負荷が、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発病させる程度に過重であるときは、特段の事情がない限り、精神障害の発症及びこれを原因とする死亡(自殺)は、当該業務に内在する危険が現実化したものであるといえるから、上記因果関係が認められる。そして、このような検討に当たっては、業務による心理的負荷の有無、程度、労働者側の要因(負荷への反応性、脆弱性等)の有無、程度等の諸事情を総合的に考慮して判断すべきである。」
Kさんの精神障害の発症の有無と時期
その上で、裁判所は、Kさんの精神障害の発症の有無と時期については、医師の意見を参考に、
「遅くとも8月末までにICD-10のF32「うつ病エピソード」を発病したと認められる。」
としました。
Kさんの時間外労働時間数
また、裁判所は、Kさんの業務の過重性を検討するに当たって、
「労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、これに該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まると解されるところ、当直勤務の時間を除く時間外労働時間数は、(…)刑事事件の捜査等のために時間外労働を行うことを要したものであるから、Kさんの業務の過重性を検討する基礎となることは明らかである(…)。
また、これらの当直業務に対応する時間以外の時間の過ごし方は各職員の自由であるとされているが、本件警察署の管内において警察事象が発生した際には、休憩時間や仮眠時間であると否とを問わず、当直勤務の時間を通じて、当直業務に従事する職員において直ちに対応すべき義務があり、Kさんの当直勤務中に上記警察事象が発生した頻度及び内容等の事情を考慮すると、当直業務に対応する時間以外の時間についても、少なくとも第三次支給決定において時間外労働時間から除外された休憩時間1時間を除いては、労働からの解放が保障されているものではなく、使用者の指揮命令下に置かれているといえ、時間外労働時間に当たると認められる(…)。」
としたうえで、
「当直勤務の時間を含む時間外労働時間数(…)をもって、本件自殺と業務の因果関係の判断の基礎となる時間外労働時間数と認めるのが相当である。」
との判断を示しました。
本件自殺と業務との因果関係
そして、裁判所は、Kさんの自殺についての業務起因性について検討し、
「Kさんの時間外労働の具体的状況は、認定基準上の業務により強度の精神的又は肉体的負荷を与える事象のうち認定基準〈5〉に当たると認められるところ、Kさんの警察官としての経験年数や刑事課に異動するまでの経歴(…)等に照らすと、Kさんが刑事課の業務を要領よく処理していくことは必ずしも容易ではなかったこと、Kさんは、刑事課異動後、Bさんに対し、書類作成の業務がたまっていくことを嘆いたり、上司から怒られたことに落ち込む趣旨のメッセージを送っていたりしたこと(…)等の事情から窺われるKさんの精神状況の推移も考慮すると、Kさんの刑事課異動後の業務による精神的・肉体的な負荷は強度のものであったと認められる。」
などとして、Kさんは
「刑事課の業務により上記精神障害を発症し、本件自殺に至ったものであり、業務と本件自殺との因果関係が認められる。」
との帰結を示しました。
争点②使用者側であるY県に注意義務違反が認められるかどうか?
判断枠組み
また、Y県の注意義務違反に関して、裁判所は、これまでの最高裁判例を参照し、注意義務違反の有無の判断枠組みについて、次のように示しました。
「労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険があることから、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、職務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当である(最高裁平成10年(オ)第217号、第218号同12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。」
Y県側に注意義務違反が認められる
そして、裁判所は、
「Kさんの時間外労働の具体的状況は、精神障害を発症させる程度の心理的負荷を与えるものであるところ、Kさんの上司である刑事課長等の職員は、その立場上、Kさんの当直勤務の時間を含む時間外労働時間数を当然に認識し、又は容易に認識し得たというべきであるが、上記職員は、Kさんの時間外労働時間数を削減するなどして、その業務の過重性を解消する措置を講じておらず、上記注意義務に違反したと認められる。」
として、Y県側の注意義務違反を認定しました。
結論
これらの検討を踏まえ、裁判所は、Y県が、Xさんらに対して、国家賠償法に基づく損害賠償義務を負うものとの結論を導きました。
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今回は、警察官の自殺をめぐり業務起因性や使用者側の注意義務違反の有無などが争われた裁判例をご紹介しました。
冒頭でもご紹介したとおり、近年、過重な仕事が原因で発症した脳・心臓疾患や、仕事による強いストレスが原因で発病した精神障害などに伴う労災請求の件数、支給決定件数などは増加傾向にあり、各労働者の負荷が非常にあがっていることが見て取れます。
会社は雇用主として従業員一人ひとりに対して安全配慮義務を負っています。
側から見ている限り特に何も問題はなさそう、と思っていても、当該従業員の方は悩みを抱えておられたり、過重な業務を一人で背負ってしまっていたりするケースも多々あります。そのため、常に職場の就業環境などに注意をして、業務負荷も含めて見直しを図ることが大切です。
会社の安全配慮義務などについてお悩みがある場合には、弁護士法人ASKにご相談ください。
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