振動病の発症と会社の安全配慮義務違反につながりはあったのか?【兵庫県公立大学法人(振動病)事件】
- 当社は横浜市内で製造業を営んでおり、工場を運営しています。当社敷地内の草刈りを担当する職員がいるのですが、毎日電動工具を使って丁寧に仕事をしてくれていました。ある日、その従業員が身体の調子がおかしいと訴え、病院に行ったところ、「振動病」と診断されました。当社として、損害賠償責任はあるのでしょうか。
- 使用者は、労働者に対して安全配慮義務を負います。電動工具を使用する場合、その振動により振動障害を生じさせる可能性があるため、この障害の発生を防止する義務があります。使用者として、労働者の工具の使用時間を管理したり、健康状態を把握するよう努めたりするなど、安全配慮義務としての安全措置を講じたか、が争点となります。また、仮に労働者に障害が発生した場合、その障害がこの安全配慮義務によるものかどうか(相当因果関係があるかどうか)も問題になります。
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電動工具を使用する場合には注意が必要です
工事や建設関係のお仕事では、従業員の方に対して、電動工具を使用しての業務従事をお願いすることになると思います。
特に最近では外国人労働者の方も増加傾向にあり、会社として従業員の方への安全衛生についても、より一層高度な注意が求められます。
厚生労働省が公表している「外国人労働者に対する安全衛生教育教材作成事業(建設業)『電気通信業務』安全衛生のポイント」をみてみると、例えば振動工具(ランマー、バイブレーションドリル等)の使用については、「手指や腕のしびれ、冷え、こわばりなどの振動障害が発生する危険」があることが示されています。
また、守るべきこととして、
① 振動工具を使用する作業は、振動工具の取扱いに関する安全衛生教育を受けた者が行うこと
② 振動工具は、振動や騒音ができる限り少なく軽量なものを選び、定期的に点検・整備すること
③ 防振手袋、耳栓などの保護具を使用すること
が挙げられています。
会社の安全配慮義務は、業種などに関係なく気をつけなければならないことですが、このように工具などを使用する場合には、厚労省が示している指針なども参考にしながら、さらに慎重に配慮していかなければなりません。
安全配慮義務についてお悩みがある場合には、弁護士に相談してみることもおすすめです。
裁判例のご紹介(兵庫県公立大学法人(振動病)事件・神戸地裁姫路支部令和7年1月23日判決)
さて、今回は、振動工具を使用する仕事についていた労働者の振動病発症をめぐり、会社の安全配慮義務違反が認められるか?が争われた裁判例をご紹介します。

どんな事案?
この事案は、振動工具を使用して業務に従事していたXさんが、使用者たるY法人が、振動工具の使用時間制限や適切な作業計画策定を怠ったことにより、振動病を発症したと主張して、Y法人に対し、損害賠償を求めた事案です。
何が起きた?
Xさんについて
Xさん(昭和26年生/男性)は、平成30年5月17日に、任用期間を平成31年3月31日までとして、Y法人(当時の名称:公立大学法人兵庫県立大学)の事務嘱託員に任命されました。
その後、Xさんは契約を更新し、令和2年3月31日まで兵庫県立大学のAキャンパスで学内の清掃等の環境整備に従事していました。
大学キャンパス内の清掃をしています!
清掃業務について
Aキャンパスでの清掃業務は、一部の場所を除いて、Xさんのほか女性5名で行っていましたが、草刈りを担当するのはXさんの業務でした。
Xさんは、Y法人から支給された充電式チェーンソー、エンジン付刈払機、植木バリカン、ブロワ、自走式草刈機のほか、私物のヘッドトリマ、充電式草刈機を使用して業務に従事していました。
草刈りは私の担当です。充電式チェーンソーやエンジン付刈払機などを使っていました。
チェーンソーに関する指針
チェーンソー及びチェーンソー以外の振動工具については、厚生労働省労働基準局庁通達により、振動障害等の健康障害の予防のために作業指針が策定されていました。
(「チェーンソー取扱い作業指針について」(平成21年7月10日付基発0710第1号)/「チェーンソー以外の振動工具の取扱い業務に係る振動障害予防対策指針について」(平成21年7月10日付基発0710第2号))。
本件各指針によると、1日当たりの振動曝露時間は2時間以内とすることが望ましいとされていました。
業務日報の記載
Xさんは、毎日の作業内容について、業務日報に記載し、Xさんの上司であったMさんに提出し、Mさんはその内容を確認して押印していました。
Mさんによる指示
Mさんは、振動工具の使用時間について作業指針による制限があることを知って、Xさんに対して年2回の面談を行ったほか、顔を合わせた際には制限時間を守っているかどうかの確認や制限時間を守るように、という話をしていました。
また、Mさんは、令和元年5月20日には、Xさんに対して、振動が生じる作業を連続30分、その後5分以上の休憩を1セットとし、全体で1日当たり4セットまで(作業時間は合計2時間まで)とすることや、健康診断を受診する様に指示していました。
しかし、Mさんは、実際のXさんの振動工具の使用時間については、把握していませんでした。
労災保険の給付請求
令和2年3月31日、Xさんは、C病院において振動病と診断されました。
そして、Xさんは、姫路労働基準監督署長に対して、Y法人での作業従事中に振動病にり患したとして、労働者災害補償保険の給付を請求しました。
これに対して、同年8月25日、姫路労働基準監督署長は、Xさんに対し、療養補償給付及び休業補償給付を支給する旨の決定を行いました。
(なお、令和3年10月21日付で、姫路労働基準監督署長は、振動病による障害の程度は傷害等級には該当しないとする決定をしています。)
振動病になってしまいました…
訴えの提起
そこで、Xさんは、Y法人が、振動工具の使用時間制限や適切な作業計画策定を怠ったことにより、振動病を発症したと主張して、Y法人に対し、損害賠償を求める訴えを提起しました。

何が問題(争点)になったか?
Xさん側の主張
この裁判において、Xさん側は、Y法人には、振動工具の使用時間を2時間以内に制限する義務や適切な作業計画策定をする義務があるのに、Y法人がこれを怠ったため、Xさんが振動病を発症したと主張して、Y法人に損害賠償を求めていました。
Y法人側の反論
Xさん側の主張に対して、Y法人側は、
・Xさんの振動工具の使用時間を2時間以内に制限すべき義務を怠ったとはいえない
・Xさんについて適切な作業計画を策定すべき義務を怠ったとはいえない
・Xさんの振動病の原因はY法人における業務のみに起因するものではなく、安全配慮義務違反と振動病の発症との間に因果関係は認められない
などと反論していました。
裁判で問題(争点)になったこと
そこで、裁判では、
①Y法人がXさんの振動工具の使用時間を2時間以内にすべき義務を怠ったのか?
②Y法人がXさんについて適切な作業計画を策定すべき義務を怠ったのか?
③Y法人の安全配慮義務違反とXさんの振動病の発症との間に因果関係が認められるのか?
などが問題(争点)になりました。
*なお、その他の争点については、本解説記事では省略しています。
裁判所の判断
裁判所は、①から③の問題点について、次のように判断しました。
| 問題点(争点) | 裁判所の判断 |
|---|---|
| ①Y法人がXさんの振動工具の使用時間を2時間以内にすべき義務を怠ったのか? | ×(Y法人が振動工具を一律に2時間以内にすべき義務があるとは認められない) |
| ②Y法人がXさんについて適切な作業計画を策定すべき義務を怠ったのか? | ○(Y法人が適切な作業計画を策定すべき義務を怠った) |
| ③Y法人の安全配慮義務違反とXさんの振動病の発症との間に因果関係が認められるのか? | ○(安全配慮義務違反と振動病発症との間に因果関係が認められる) |
本判決の要旨(ポイント)
なぜ裁判所はこのような判断に至ったのでしょうか?
以下では、本判決の要旨をご紹介します。
争点①Y法人がXさんの振動工具の使用時間を2時間以内にすべき義務を怠ったのか?について
まず、裁判所は、
「チェーンソーを含む振動工具を使用する場合には、それにより振動障害が生じる可能性があるのであるから、使用者であるY法人においては、これを防止するために必要な措置を講じるべき義務を負うと解されるところ、本件各指針や証拠(…)に照らせば、使用者においては、本件各指針が適用される振動工具については、基本的にはその使用時間を最大でも2時間以内とすべき義務を負う」と共に、「本件各指針が適用されない振動工具を使用する場合にあっても、(…)振動工具を使用する以上振動障害が生じる可能性があるのであるから、Y法人において、これを防止するために必要な措置を講じるべき義務を負う」
と判断しました。
他方で、裁判所は、
「振動の程度は工具によってさまざまであるから、その使用時間を一律に2時間以内にすべき義務があるとは認められない」
として、
「Y法人が、本件各指針の対象となる工具の使用時間について、2時間以内とすべき義務に違反したとは認められない」
(=Xさんの主張は認められない)と判断しました。
争点②Y法人がXさんについて適切な作業計画を策定すべき義務を怠ったのか?について
次に、裁判所は、
「振動工具を使用する以上振動障害が生じる可能性があるのであるから、Y法人において、これを防止するために必要な措置を講じるべき義務を負うと解されるところ、本件各指針の内容にも鑑みれば、具体的には、Y法人においては、Xさんについて、振動工具の作業時間や作業方法等の適切な作業計画を策定し、Xさんの振動工具の使用時間について把握し、その使用時間や程度に応じて必要な措置を講じるべき義務を負う」
と示しました。
その上で、裁判所は、
「Xさんは、本件各指針の対象となるものも含め、振動工具の使用時間が相当の長時間に及んでいたことがうかがわれる」こと、「Y法人において、Xさんが刈払機を含む振動工具の使用時間が長時間に及んでいることを十分に認識し得たといえる」こと、「Xさんについて、振動病を発症する可能性もあることが示唆されて」おり、Y法人において「Xさんの振動工具の使用状況を把握する必要性が高かったといえる」ことからすれば、Y法人は「Xさんの振動障害が生じることを避けるべく、Xさんに対し、振動工具の使用時間を確認したり、作業計画を策定し、その計画に従って作業を行う旨指示するなどの義務があったと認められる」
と指摘しました。
もっとも、
「Y法人は、Xさんの振動工具の使用時間を把握せず、その使用時間や程度に応じて、適切な作業計画を策定していない」
ため、裁判所は、Y法人はかかる義務に違反したものと判断しました。
争点③Y法人の安全配慮義務違反とXさんの振動病の発症との間に因果関係が認められるのか?について
そして、裁判所は、争点②における判断を踏まえて、
「Y法人においては、Xさんの振動工具の使用時間を把握し、作業計画を策定したり、これに沿って作業を行う旨指示するなどの義務があったと認められるところ、Y法人がこのような措置を講じていれば、Xさんの振動工具を使用する時間が少なくなり、振動障害が生じる蓋然性は相当程度低下する」こと、「Xさんが振動病を発症したことについて他原因が考えにくいこと」
に照らせば、
「Y法人が上記義務を講じていれば、振動病発症を防止することができたといえる」として、「安全配慮義務違反と振動病発症との間に因果関係が認められる」
との結論を導きました。
弁護士法人ASKにご相談ください
さて、今回は、振動工具などを使用する業務に従事していた労働者の振動病の発症をめぐり、会社の安全配慮義務違反の有無が争われた裁判例をご紹介しました。
本判決においては、振動の程度は工具の使用時間を一律に2時間以内にすべき義務があるとは認められないとしつつも、他方で厚労省の指針を前提に、使用者が振動工具の作業時間や作業方法等の適切な作業計画を策定して、振動工具の使用時間を把握し、使用時間や程度に応じた必要な措置を講じるべき義務があると示している点で注目されます。
従業員の方を雇用する上で、安全配慮義務を尽くすことは、使用者としての最も基本的かつ重要なことです。安全配慮義務に違反した場合、会社は損害賠償義務を負うことにもなります。
安全配慮義務などについてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士法人ASKにご相談ください。
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