労働問題

配転命令拒否後の解雇は有効か?【天翔物産福岡事件】

当社は、広く関東地区で飲食店チェーンを経営しています。川崎店の従業員が他の従業員との折り合いが悪く、この者に水戸店への配転を命令しました。そうしたところ、水戸店への配転を拒否し、出社も拒否したのでやむなく解雇することにしました。その後、この従業員から解雇が無効である旨の主張がなされました。当社の対応に問題はあったのでしょうか。
会社は、契約上許す限り、労働者に対して配転命令をすることができ、原則として労働者はこの命令を拒むことはできません。もっとも、その配転命令に業務上の必要性が存在しないか、配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであったり、通常甘受するべき程度を著しく越える不利益を負わせるものである場合などは、配転命令が権利の濫用として無効とされる可能性があります。
仮に配転命令が無効と判断されると、その後の配転先への出社義務もなくなりますので、解雇の理由がなかったことになり、解雇が無効となるおそれがあります。
詳しくは企業側労働問題に詳しい弁護士法人ASKにご相談ください。

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配転とは?

配転とは、同一の会社内で従業員の職務内容や職務場所を相当の期間にわたって変更することをいいます。
会社が労働者に対して配転命令を行った場合、従業員は、原則としてこれに従う義務があり、拒むことは許されません。

しかし、会社はどんな場合であっても配転命令をすることができる訳ではありません。
仮に会社側が権限を濫用して配転命令を行った場合には、無効であると判断されてしまうことがあります。

配転命令の有効性については、これまでの判例において、

①配転命令について業務上の必要性が存在しない場合
②上記①が存在する場合には、配転命令がほかの不当な動機・目的をもってなされたものであるとき又は労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき特段の事情の存する場合

でない限りは、当該配転命令は権利の濫用にならず有効であるという判断枠組みが示されています(最二小判昭和61年7月14日・東亜ペイント事件)

従業員の方に対して配転命令を行う場合には、慎重な検討が必要です。
配転についてお悩みがある場合には、弁護士に相談することもおすすめです。


裁判例のご紹介(天翔物産福岡事件・福岡高裁令和5年2月21日判決)

さて、今回は、配転命令を拒否した従業員を解雇することができるのか?が争われた裁判例をご紹介します。

※労働判例1334号(2025年9月15日)を参考にしています※

どんな事案?

この事案は、Y社との間で労働契約を締結していたXさんが、Y社により行われた解雇は無効であると主張して、Y社に対し、労働契約に基づく賃金の支払いなどを求めた事案です。

何が起きた?

Xさんについて

Xさん(単身)は、平成24年7月27日、Y社(飲食店の経営等を業とする会社)の親会社である天翔物産との間で、中華料理の製造、販売を作業内容とする労働契約を締結しました。
これまでXさんは、中国に居住していましたが、Y社の手続きにより日本国での就労資格を得て(在留資格:技能)入国しました。

Y社への転籍

Xさんは、平成25年5月15日付で、天翔物産からY社に転籍し、Y社との間で労働契約を締結しました。
なお、Xさんの業務内容及び基本的な労働条件は、昇給を除いて、転籍前と同一でした。
その後、Xさんは、平成26年5月15日付、平成27年7月22日付で、Y社との間で、それぞれ労働契約を更新しました。

Xさんの労働条件

平成29年7月30日以降、Xさんは、Y社の「料理店A」新名取店で勤務しており、同日以降のXさんの労働条件は、以下の通りでした。

本件労働契約の締結

平成30年7月26日、XさんはY社との間で、以下の内容を含む労働契約を締結(本件労働契約)し、労働契約を更新しました。

Xさんの異動

Xさんは、他の中国人労働者と同様に、店舗間の異動を伴う前提で入社し、その後、熊本クレア店、三光店、前橋店、米沢店、新名取店、仙台店、新名取店に順次異動して業務に従事していました。

Xさんに対する暴行等

新名取店は、スーパーの食料品売り場の裏にあり、作業スペースは約13.8㎡と狭く、5名でひしめき合って、火、油、包丁を使用して惣菜調理などの作業をしていました。
このような中で、Xさんは、平成30年10月20日、新名取店の店長であったJさんから、顔面を平手打ちされるなどの暴行を受けました。
これを受け、Y社は、平成30年11月1日、Jさんに対しては、停職4日間及び同年10月分の奨励金不支給の処分を行いました。

Xさんに対する配転命令

Y社は、平成30年11月1日、Xさんに対して、同月4日から秋田店に出勤することを命ずる旨の配転命令を行いました(本件配転命令)。

Xさんに対する解雇

その後、Y社は、平成30年11月30日付で、Xさんに対して、Xさんを解雇する旨の意思表示をしました(本件解雇)。
Y社が解雇の理由として挙げていたのは、以下のような事情でした。

Mホテルへの勤務

Xさんは、平成31年4月7日から、L温泉のMホテルにおいて勤務し、月額29万円の給与を得ています。

労働審判の申立て

そして、Xさんは、令和元年10月23日、仙台地方裁判所に対して、Y社を相手方とし、労働審判を申し立てました。
仙台地方裁判所は、令和2年6月10日、
①XさんとY社が、Y社がXさんに対する本件解雇の意思表示を撤回したこと及びXさんが同日、Y社をY社都合により合意退職したことを相互に確認すること
②Jの本件暴行についてXさんに非がないことを相互に確認すること
③Y社がXさんに対し本件解決金として150万円を支払うこと
などを内容とする労働審判をしました。

本件訴えの移行

しかし、Xさんは、令和2年6月29日、本件審判に対して異議を申し立て、訴訟(本件訴え)に移行しました。

問題(争点)になったこと

Xさんの主張

この裁判において、Xさん側は、
・Y社による解雇は、就業規則上の解雇事由に該当する事由がないにもかかわらず行われたものであること
・仮に解雇事由が存在したとしても、Y社による解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められないこと
を指摘し、本件解雇が無効であると主張していました。

Y社の反論

これに対して、Y社側は、
・Xさんが、Y社の行った配転命令を拒否しただけでなく、勝手に懲罰と捉え、辞令を他の従業員の前で破り捨て、新名取店に勝手に出勤し、Nの注意・指導を聞き入れないばかりか同人を脅迫し、無断欠勤までしていること
・Xさんは、平成30年12月2日から秋田店に出勤すると申し出ているが、同時に同年12月4日から同月20日までの長期の年次有給休暇を取得するとも申し出ており、Y社は、これまでのXさんの言動から見て、年次有給休暇の申請は秋田店への異動を拒否する対抗手段であり、配転命令を拒否する態度を取り続けていると判断したこと
などの点を挙げて、本件解雇が有効であると反論していました。


裁判で問題になったこと(争点)

そこで、この裁判では、Y社により行われた本件解雇が有効であるかどうか?が問題(争点)になりました。
※なお、その他の争点については、本解説記事では省略しています。


原審(第一審裁判所)の判断

裁判所は、Xさんが本件配転命令を正当な理由なく拒否したとは認められないとしたうえで、本件において認められる事実関係を考慮しても、本件解雇は客観的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められず、無効であると判断しました。

本件配転命令は不当な動機・目的で行われたものである

まず、裁判所は、配転命令の有効性に係る判断枠組みを示したうえで、本件配転命令は、不当な動機・目的により行われたものであって、権利の濫用として無効であると判断しました。

「使用者は、業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えるものであるから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することは許されないものである。しかし、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき又は労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。そして、当該業務上の必要性については、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである(最高裁昭和61年7月14日第二小法廷判決・集民148号281頁参照)。

前記前提事実に加え、証拠(…)及び弁論の全趣旨によれば、①本件暴行事件により、XさんとEとの関係が険悪となったところ、新名取店は店舗内が狭く、火、油、包丁などを使用する業務であることから、両者を同じ職場に置くと喧嘩が再発し、生命・身体に危険が及ぶおそれがあると判断したため、Xさんを新名取店から異動させることとしたこと、②同時期に、秋田店の調理師1名が中国に帰国するために、その補充としてXさんを秋田店に異動させることとしたことが認められ、本件配転命令について業務上の必要性が存在したことは認められる。

もっとも、本件通知の記載内容に加え、本件暴行事件発生から本件配転命令までの期間や本件暴行を行ったEに対する懲戒処分と同時に本件配転命令を行っていること等からすると、本件配転命令は、上記の業務の必要性と同時に、本件暴行に関し、Xさんが手を挙げてやり返したことやXさんがEの命令に従わずに同人をひどく侮辱したことを理由として、Xさんに対する懲戒目的でされたことが推認され、これを覆すに足りる証拠はない。Y社は、本件配転命令はXさんに対する懲罰ではない旨主張するが、本件通知の記載内容にも反する上、懲戒目的と業務上の必要性と併存し得るのであって、業務の必要性があることをもって懲戒目的がないということはできず、Y社の主張は採用することができない。そして、本件就業規則において、制裁の種類は、①譴責、②減給、③出勤停止、④諭旨退職及び⑤懲戒解雇と定められている(本件就業規則第45条)ところ、上記の理由により懲戒目的で配転命令を行うことは、制裁について種類を定めている本件就業規則の趣旨を潜脱するものであり、不当な動機・目的があったものと評価せざるを得ない。

なお、Xさんは、単身であり、店舗間の異動を伴う前提で入社したものであるとしても、本件配転命令は転居を伴うものであって、当時、仙台市内において日本語を勉強しており(‥)、本件配転命令の日から秋田店への出勤日までの期間が短期間であること(‥)などを考慮すると、本件配転命令による不利益の程度も小さくないというべきである。

以上を考慮すると、本件配転命令は、不当な動機・目的によるものとして、(…)特段の事情の存する場合に該当するというべきであり、権利の濫用により無効である

Xさんは正当な理由なく配転命令を拒否したとはいえない

そして、裁判所は、仮に本件配転命令が有効であるとしても、Xさんが正当な理由なく配転命令を拒否したとはいえない、と判断しています。

「仮に本件配転命令が有効なものであるとしても、Y社は、平成30年11月6日、Xさんに対し、同年12月6日までに秋田店に出勤しない場合には退職扱いとする旨通知していた(…)ところ、Xさんは、同年11月27日の時点で、Y社に対し、同年12月2日から秋田店で勤務することに応じていた(…)のであるから、本件解雇の時点で本件配転命令を拒否していたものではない。
これに対し、Y社は、Xさんが同年11月27日にした同年12月4日から同月20日までの長期の年次有給休暇を取得する旨の申請が秋田店への異動を拒否する対抗手段であると主張するが、Xさんの年次有給休暇申請は適法なものであると認められる一方、Y社がXさんに対して時季変更権を行使する要件を充たしていたとは証拠上認められないことからすると、Y社の上記主張には理由がないというべきである。
しかも、Xさんは、本件配転命令が懲罰としてなされたものであり無効であると認識したものであって、(…)かかる認識が不合理であったとはいえない。そして、Xさんが、Eに対する懲戒処分の内容と比較して、秋田店に異動させられることに不満を持ち、これを拒否する言動をしたとしても、Xさんに帰責事由があるとはいえず、本件配転命令を拒否したことについて、正当な理由がないとはいえないし、これをもって解雇することは社会通念上相当とはいえない(…)。
したがって、Xさんが、本件配転命令に対して正当な理由無く拒否した(本件就業規則56条1項4号)とは認められない。

無断欠勤の主張は通らないこと

さらに、Y社側はXさんが無断欠勤をしたと主張していましたが、裁判所は、そもそも本件配転命令は無効であり、Xさんが出勤しないことが無断欠勤と評価することはできないなどとして、Y社の反論を一蹴しています。

「Y社は、Xさんが無断欠勤した旨主張する。しかし、Y社は、平成30年11月6日、Xさんに対し、同日から秋田店に赴任するまで秋田店以外の店舗に出勤することは禁止する旨告げていた(…)ところ、前記のとおり本件配転命令は無効でありXさんが秋田店に出勤する義務はないのであるから、Xさんが出勤しなかったことをもって無断欠勤と評価することはできない。仮に本件配転命令が有効であるとしても、Xさんが本件配転命令を無効であると認識したことが不合理であるとはいえないことから、Xさんが出勤しなかったことをもって解雇することは相当でないというべきである。」

協調性の欠如も認められない

加えて、Y社側はXさんの協調性の欠如も主張していましたが、裁判所は、Xさんに著しく協調性が欠ける態度があったとは認められないとして、この点も否定しています。

「Y社は、Xさんの協調性の欠如は人格傾向と評価できるものであり、指導・教育で是正できるものではない旨主張する。
しかし、本件暴行事件の際、Eが命じた当番を一方的に拒否した事実やXさんがEに対して「売春婦」と述べて侮辱した事実は、証拠上認めるに足りない。また、Y社は、Xさんが他の従業員と度々トラブルを起こしていた旨主張するが、前件懲戒処分(…)を除き、これを認めるに足りる証拠はない。さらに、Y社代表者は、約6年間におけるXさんの店舗異動はXさんの協調性に欠ける態度であったためであると陳述する(…)が、Y社とXさんとの間の労働契約は、当初、1年ごとの期間の定めがある労働契約であったにもかかわらず、平成30年7月26日に雇用期間の定めがない労働契約を締結しており、従前からXさんに著しく協調性が欠ける態度があったとは認めることができない。
したがって、Xさんに、解雇に相当する程度の協調性の欠如(本件就業規則56条1項3号)があったとは認められない。

結論

よって、裁判所は、以上の検討を踏まえて、

「その他、Xさんの処分歴などを含め、本件で認められる事実関係を考慮しても、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められ」ず、「本件解雇は、労働契約法16条により、無効である。」

との結論を導きました。

本判決(控訴審)の判断

なお、本判決も第一審判決を一部補正したほかは引用し、同じ結論を導いています。

弁護士法人ASKにご相談ください

さて、今回は、配転命令と配転命令拒否後に行われた解雇の有効性が争われた裁判例をご紹介しました。

冒頭でもお伝えした通り、会社には従業員に対する配転権限がありますが、これを濫用的に行使してしまうと、のちに配転が無効であると判断されてしまう恐れもあります。
また、その配転命令に従わないことを理由として、本件のように解雇といった重い処分につき進んでいってしまうと、のちに取り返しのつかないことにもなりかねません。

配転命令を検討する場合には、ぜひそのリスクや潜在的な問題点などについて、弁護士法人ASKにお気軽にご相談ください。

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