労働問題

職場で無断で写真を撮られた!損害賠償請求が認められるか?【ガソリンスタンドA社ほか(盗撮)事件】

当社は、川崎市内で飲食店を営んでいます。この度、当社の男性従業員が女性従業員の働いている姿を無断で撮影するという盗撮事案が発生しました。更衣室やトイレではなく、普通に働いている姿を撮影したものですが、女性従業員は不快に思われたとのことで相談を受けました。当社は当該男性従業員に注意をしましたが、その後、女性従業員は体調を崩し休職に至りました。最終的に女性従業員は退職したのですが、このときの対応について、当社に対して損害賠償請求訴訟が起こされました。当社の対応に問題はありましたでしょうか。
雇用契約における使用者は、労働契約上の付随義務として、従業員が、その生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務を負うとされています。ハラスメント防止のポスターを貼ったり、研修を実施するなど一般的な施策のみならず、従業員からハラスメントの申し出があった場合には、関係者に事情を確認し、適切な配慮を行うなど具体的な対応も求められます。
ご相談のケースにおいては、こうした対応が取られていたかどうかがポイントになってきます。
詳しくは企業側労働問題に詳しい弁護士法人ASKにご相談ください。

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日頃のニュースでも盗撮をめぐる事件は後を絶ちません。
スマートフォンなどで簡単に撮影できる時代になったからなのかもしれませんが、カメラを悪用して人の心身を傷付ける行為は決して許されるものではありません。

今回はそんな盗撮をめぐり、会社が従業員から損害賠償請求を受けた事案をご紹介します。
使用者としては特に注意したい要注目の裁判例です。

裁判例のご紹介(ガソリンスタンドA社ほか(盗撮)事件・鳥取地裁倉吉支部令和7年1月21日判決)

どんな事案?

この事案は、Y2社の従業員であるXさんが、①勤務中にY1さんから盗撮されたことにより経済的損害及び精神的損害を被ったと主張して、Y1さんに対しては不法行為に基づく損害賠償等、Y2社に対しては使用者責任に基づく損害賠償等の連帯による支払いを求めるとともに、②Y2社が、職場での盗撮行為を防止するための体制を構築しておらず、また、Y1さんによる盗撮行為があった後も適切な対策を取らず、これにより精神的損害を被ったと主張して、Y2社に対して債務不履行に基づく損害賠償等の支払いを求めたものです。

労働判例第1333号(2025.9.1)を参考にしています。

何が起きた?

XさんとY1さん、Y2社との関係について

Y2社は、ガソリンスタンド等の事業を営む会社でした。
他方、XさんとY1さんは、いずれもY2社の従業員であり、令和2年8月頃からAサービススタンド内で勤務するようになりました。

Y2社におけるハラスメント対応

Y2社では、平成30年11月頃から、「ハラスメントは許しません」「相談を受けた場合、必要に応じて関係者から事情を聴くなどして事実関係を確認し、事案に応じた適切な対応をします。また、再発防止策を講じる」といった内容を記載し、相談窓口を知らせるポスターを掲示していました。
なお、従業員の勤務中のスマートフォン使用は、業務上必要であるとして禁止していませんでした。

「ハラスメントは許しません」というポスターを掲示して、周知していました!

Y2社
Y2社

無断撮影

Y1さんは、令和4年7月頃から同年8月頃までの間の勤務時間中、勤務場所であるAサービススタンド内において、自己のスマートフォンを用いて、勤務するXさんの姿を、Xさんに無断で撮影しました。

Xさんの姿を無断で撮影していました…

Y1さん
Y1さん

上司への相談

Xさんは、Y1さんの行動に不審感を抱き、防犯カメラの映像を確認したところ、Y1さんがXさんの姿を無断で撮影をしていることを知りました。
この撮影行為以外の行動も含めて、XさんはY1さんの行動が理解できず、悩みを抱いたため、上司に相談をしましたが解消はされませんでした。

Xさん
Xさん

わたし、盗撮されてる?! 上司に相談しても解消されない…

Xさんの休職

そして、Xさんは、令和4年9月13日、通院中の病院において心身症と診断され、同月15日以降休職しました(現在に至る)。

Y2社の把握

令和4年9月14日、Xさんからの上司を通じた本件撮影行為の報告を受け、Y2社は、防犯カメラ映像を確認しました。
しかし、Xさんを撮影したのかどうかについて、Y1さんに直ちに事実確認することはありませんでした。その理由は、平成27年11月頃、Xさんに対する別の盗撮事件が発生し、当該従業員が退職したことがあり、Y2社は、本件撮影行為が盗撮事件には至らないと捉えていたため、Y1さんが退職するような事態とならないように慎重に対応しようとしたことによるものでした。

防犯カメラを確認しましたが、Y1さんには確認をしていません

Y2社
Y2社

配置換えの保留

Y2社は、配置換えについて検討したものの、Y1さんの異動には、勤務するサービススタンドマネージャーの反対がありました。また、Xさんの異動には、Xさん並びに別のサービススタンドマネージャーの受入拒否がありました。
そのため、Y2社は、配置換えの実施を保留としました。

Xさんの相談

令和5年以降、Xさんは事態が解決しないことから、法務局や労働局、法テラスなどに相談をしていました。

Y1さんに対する事情聴取

令和5年3月22日、Y1さんは警察からの事情聴取に対して、無断でXさんを撮影したことを認めました。

Y2社による事実確認

Y2社の相談窓口は、令和5年4月頃、鳥取労働局からの連絡により、Y2社の対応が不十分であるとの相談が寄せられている旨を把握しました。
そして、同年5月20日、Xさんの要望に基づいて、初めてY1さんに対して本件撮影行為に関する事実確認を行いました。
この際、Y1さんは、撮影行為はしていないとの虚偽の説明をしました。
しかしながら、Y2社がXさんからの同年9月6日付「損害賠償請求書」を受けて、改めてY1さんに対して事実確認を行ったところ、Y1さんは性的目的を否定しつつ、本件撮影行為を行なったことを認めました。

訴えの提起

そこで、Xさんは、①勤務中にY1さんから盗撮されたことにより経済的損害及び精神的損害を被ったと主張して、Y1さんに対しては不法行為に基づく損害賠償等、Y2社に対しては使用者責任に基づく損害賠償等の連帯による支払いを求めるとともに、②Y2社は、職場での盗撮行為を防止するための体制を構築しておらず、また、Y1さんによる盗撮行為があった後も適切な対策を取らず、これにより精神的損害を被ったと主張して、債務不履行に基づく損害賠償等の支払いを求める訴えを提起しました。

 問題になったこと(争点)

この裁判では、

  • Y1さんの撮影行為が不法行為に該当するか
  • Y1さんの撮影行為によってXさんが被った損害の有無及び額
  • Y1さんの不法行為がY2社の事業の執行についてなされたか
  • Y2社による安全配慮義務違反等の有無
  • Y2社による安全配慮義務違反等によりXさんが被った損害の有無及び額


が争点となりました。

以下では、これらの争点のうち“Y2社による安全配慮義務違反等の有無”に着目して解説します。

Xさん側とY2社側のそれぞれの主張

Xさんの主張

Xさんは、Y2社には、使用者としての安全配慮義務、職場環境調整義務があるにも関わらず、Y1さんによる職場での盗撮行為を防止するための実効的な体制を構築することを怠り、また、Xさんから盗撮行為による被害申告を受けて、問題を認識した後も不適切な対応に始終して迅速かつ適正な対応を怠ったと主張して、Y2社の安全配慮義務違反等を追及していました。

Y2社の反論

これに対して、Y2社は、会社としてハラスメント行為の防止措置を講じていたこと、また、XさんからY1さんによる撮影行為の報告を受けた後、事実関係の調査を行って再発防止措置を講じ、Xさんの職場復帰に向けた検討を行うなど、必要かつ相当な事後的対策を講じたことなどから、安全配慮義務違反等はないと反論していました。

裁判所の判断

そして、裁判所は、Xさん・Y2社それぞれの主張を踏まえながら、確かにY2社が必要な体制整備を怠ったとはいえないものの、Y2社はXさんに対する適切な配慮をする義務(安全配慮義務ないし職場環境調整義務)に違反したものと判断しました(確定)。

本判決の要旨(ポイント)

なぜ裁判所はこのような判断に至ったのでしょうか?
以下では本判決の要旨をご紹介します。

Y1さんによる撮影行為以前にY2社の安全配慮義務違反等があるか?

まず、Xさんは、Y2社が、「Y1さんによる職場での盗撮行為を防止するための実効的な体制を構築することを怠った」と主張していたことから、裁判所は本件撮影行為以前のY2社の安全配慮義務違反の有無について検討をしました。
しかし、Y2社がハラスメント行為を許さないことや相談窓口を周知するポスターを掲示していたことなどからみて、Y2社が必要な体制整備を怠ったとはいえない(安全配慮義務違反は認められない)と判断しました。

「(…)確かに、前記認定事実(…)によれば、Xさんは、平成27年11月頃、当時の従業員からガラス越しに屋外で待機していた姿を盗撮されたことがあり、Y2社においてもこの事態を把握したことがあったことが認められる。
しかし、職場における盗撮行為は、Y2社の事業の執行に当たって特異な出来事であるといえ、盗撮行為をした職員が在職しなくなった場合、一般的には再発の危険性が高いとはいえないし、業務上必要のないスマートフォン等のデジタル機器の使用は、特別に周知するまでもなく通常は許容されない行為であると従業員において理解すべきといえるから、過去に盗撮行為があったとしても、ハラスメント行為は許されない旨の告知やハラスメント行為があった場合の相談窓口を周知することを超えて、盗撮行為を防止するため、改めて勤務中に業務上必要のないスマートフォン等のデジタル機器の使用を禁止ないし制限する措置を告知したりする義務までは負わないと解することが相当である。これを本件について見ると、前記認定事実(…)によれば、Y2社は、ハラスメント行為を許容しない旨や相談窓口を明らかにするポスターを各サービススタンドに掲示していたことが認められるから、Y2社において、必要な体制整備を怠ったとはいえない。
したがって、Xさんの主張は採用することができず、Y2社に安全配慮義務違反等があるとはいえない。」

Y1さんによる撮影行為後にY2社の安全配慮義務違反等があるか?

また、Xさんは、Y2社が、Xさんからの被害申告を受けて、Xさんに対する適切な配慮をするべきであったにもかかわらず、Y2社がこれを怠ったと主張していました。
この点、裁判所は、「不適切な認識の下」で「事実関係の確認をせず、Xさんに対する適切な配慮もしなかった」として、Y2社の安全配慮義務違反を認めました。

「雇用契約における使用者は、労働契約上の付随義務として、従業員が、その生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をする義務を負うと解されるところ(労働契約法5条参照)、前記認定事実によれば、Y2社はハラスメントを許容しない旨を従業員に対して周知しており、また、ハラスメントの相談窓口を設けた上、相談を受けた場合、必要に応じて関係者から事情を聞くなどして事実関係を確認し、事案に応じた適切な対応をし、かつ、再発防止策を講じる等適切に対処する旨を従業員に対して周知していたこと(…)、ハラスメントの相談窓口であるBは、令和4年9月14日、Y1さんから盗撮された旨の申告を受けるとともに、Xさんが、心身症と診断され、1か月間の自宅療養を要するとされるほどの精神的苦痛を受けていることを認識したこと(…)、Bは、Y1さんがXさんに対して携帯電話を向けて(…)撮影している様子が記録されている防犯カメラの映像を確認したこと(…)、Bは、令和4年9月27日、Xさんから、「心身ともに辛く、家族とも相談した上で、今回の件を警察に相談する事になり、相談いたしました。」とのメッセージを受信したこと(…)が認められる。これらの事実によれば、Y2社は、遅くとも令和4年9月末頃の時点において、被告Y1から盗撮被害を受けたとのXさんの訴えが虚偽や勘違いといったものではなく、Xさんに深刻な精神的苦痛が生じている可能性が極めて高い状況を認識したのだから、労働契約上の付随義務として、Y2社が従業員に対してかねてから周知していた方針に従い、速やかに関係者から事情を聞くなどして事実関係を確認し、事実関係を終えた後には、Xさんが更なる精神的苦痛を被らないよう、配置換えを行ってXさんが被告Y1に接触しないで済む体制を整えるなど、Xさんに対する適切な配慮をしていく義務(Xさんが主張する安全配慮義務ないし職場環境調整義務と内容は同趣旨である。)があったというべきである。
これを本件について見ると、Y2社は、XさんからY1さんによる撮影行為に関する申告を受け、Xさんに対する休職を認めながら、Xさんに対する詳細な事情聴取はおろか、Y1さんに対しては速やかな事情聴取さえ行わず(…)、その後も、Xさんに対しては、Cサービススタンドへの配置換えを打診した程度で、特段の配慮ある行動をとっていない。しかも、Y2社は、服を着た姿を撮影されたもので盗撮事件とまではいえないとか、Y1さんが退職するような事態とならないように慎重に対応しようとしたなどという認識の下で上記の対応に及んだものであるところ、このような認識は、心身症と診断され休職するに至ったというXさんが被った被害結果を適切に評価しておらず、また、被害者と加害者の優先順位を見誤った不適切なものといわざるを得ない。以上によれば、Y2社は、不適切な認識の下、従業員に対してかねてから周知していた方針に反し、事実関係の確認をせず、Xさんに対する適切な配慮もしなかったもので、労働契約上の付随義務に違反したというべきである(…)。
以上によれば、Y2社には、被告Y1による撮影行為後の対応について、労働契約上の付随義務違反(安全配慮義務ないし職場環境調整義務違反)がある。」

弁護士法人ASKにご相談ください

今回ご紹介した裁判例では、従業員による他の従業員に対する無断撮影行為(盗撮)をめぐり、会社の安全配慮義務・職場環境調整義務違反の有無が争われました。
本判決では、撮影行為前の会社の義務違反は否定されたものの、撮影行為後に被害申告を受けた会社側の不適切な対応による会社の安全配慮義務違反・職場環境調整義務違反が認められています。

会社はそもそも職場におけるハラスメントを防止するべき義務を負っていますが、万が一、ハラスメントが生じてしまった場合には迅速かつ適切な対応措置を講じていく必要があります。これを怠った場合には、会社が損害賠償責任などを負うことにつながるため要注意です。

職場のハラスメントについてお悩みがある場合には、弁護士法人ASKにご相談ください。

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