職場復帰への期待権が侵害された?【富士吉田市(職場復帰期待権侵害等)事件】
- 川崎市内で、病院を経営しています。先般、ある医師がハラスメントを繰り返したため懲戒解雇しましたが、その後の訴訟で懲戒解雇の無効が確定してしまいました。もっとも、そのまま復帰させるのも問題だと考えており、1年以上も職場復帰をさせられないでいます。なにか問題になるでしょうか。
- 懲戒解雇した医師が職場復帰を求め、訴訟後も同様に繰り返し復帰を訴えているなどの状況があれば、その医師の解雇前と同様の環境での職場復帰する期待は法的な保護に値すると判断される可能性があります。こうした期待に対して、合理的な根拠がなく復帰させなかったり、他の業務に就かせようとするなどをした場合、期待権の侵害として損害賠償義務を負う可能性があります。
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近年パワーハラスメントやセクシュアルハラスメント、アカデミックハラスメントなど各種ハラスメントにより、会社などから解雇処分が行われた・・・といったニュースをよく目にします。
とはいえ、これらのニュースは氷山の一角にすぎず、必ずしもすべての会社などで十分な対応がとられているわけではありません。
使用者としては、ハラスメントについて内容を理解した上で、ハラスメントを絶対に許さない職場環境を整えていかなければなりません。
いわゆる5大ハラスメントについては、別の記事でご紹介しておりますので、詳しくはこちらのページをご参照ください。
裁判例のご紹介(富士吉田市(職場復帰期待権侵害等)事件・甲府地裁令和5年6月27日判決)
さて、今回は、パワハラなどを理由に行われた懲戒免職処分をめぐり、労働者の職場復帰期待権について争われた裁判例をご紹介します。
(労働判例1332号(2025年8月1日号)を参考にしています。)

どんな事案?
この事案は、Y市が設置、運営するA病院に勤務する歯科医師であったXさんが、Y市から受けた懲戒免職処分について、その後に同処分を取り消す旨の判決が確定したにもかかわらず、6か月以上経過しても職場復帰ができなかったことで職場復帰に対する期待権が侵害されたと主張して、Y市に対し、損害賠償などを求めたものです。
何が起きた?
Xさんについて
Xさんは、Y市が設置、運営するA病院(本件病院)で勤務する歯科医師でした。
市立病院の歯科医師です。
Xさんに対する懲戒免職処分
ところが、平成28年11月15日、Xさんは、患者に対する不当な診療拒否やパワハラなどを理由として、Y市市長から、懲戒免職処分を受けました。
不当な懲戒免職を受けました!!
取消訴訟の提起
そこで、Xさんは、同年12月12日、甲府地方裁判所に対して、本件懲戒免職処分の理由となった不当な診療拒否やパワハラはなく、本件懲戒免職処分については、Y市市長に裁量の逸脱・濫用があるとして、取消請求訴訟(前訴)を提起しました。
取消判決の確定
そうしたところ、甲府地方裁判所は、令和元年11月22日、本件懲戒免職処分を取り消す旨の判決を行いました。
また、同判決に対する控訴についても、東京高等裁判所は、これを棄却する判決を行いました。その後、令和2年6月17日、最高裁判所は、上告を受理しない旨の決定を行いました(本件懲戒免職処分の取消が確定)。
懲戒免職処分の取消を勝ち取りました!!
市長の記者会見での発言
ところが、Y市市長は、令和2年7月10日、Y市市役所における7月市長定例記者会見において、記者から前訴について、Xさんの診療拒否やパワハラはあったという市長の受け止めは現在も変わらないのかを問われ、「変わりません」と述べました。
また、Y市市長は、合わせて、記者から、最高裁判所の決定は出たが、診療拒否やパワハラがあったと思っているのかを問われ、「そのように思っております」などと述べました。
Xさんの診療拒否やパワハラについて受け止めは変わりません
本件訴えの提起
そして、Xさんは、本件懲戒免職処分を取り消す旨の判決が確定したにもかかわらず、その後6か月以上経過しても、Xさんが職場復帰できなかったことは、Xさんの職場復帰期待権を侵害するものであると主張して、Y市に対し、損害賠償などを求める訴えを提起しました。

問題になったこと(争点)
Xさんの主張
Xさんは、裁判所の取消判決には拘束力がることから、Y市としては、判決の趣旨の実現に努め、判決と矛盾するような違法状態などがあるときは、これを除去する作為義務を負っているにもかかわらず、Xさんの職場環境を整えることなく、Xさんの職場復帰の期待権を侵害したなどと主張していました。
Y市側の反論
これに対して、Y市側は、取消判決後の原状回復の具体的な内容は、事案に即して個別具体的に決せられるべきであり、一概には決められないところ、XさんはY市の職員であり、職員をどのような職務に就かせるかは、Y市市長の権限に属する事項であるとして、Y市に作為義務の不履行はないなどと反論していました。
問題になったこと(争点)
そこで、この裁判では、Xさんの職場復帰の期待権が侵害されたことより損害が発生したといえるのかどうか?が問題(争点)になりました。
※なお、その他の争点については、本解説記事では省略しています。
裁判所の判断
この点、裁判所は、前訴判決確定を踏まえた、Xさんの職場復帰のための環境を整備する義務を果たしたとはいえないなどとして、Xさんの職場復帰期待権が侵害されたものと認めました。
本判決の要旨(ポイント)
裁判所はなぜこのような判断をしたのでしょうか?
以下では、本判決の要旨(ポイント)をご紹介します。
Xさんの職場復帰への期待は法的保護に値する
まず、裁判所は、前訴に関する経過や懲戒免職処分の取消判決確定という事情に照らし、Xさんの職場復帰に対する期待権は法的利益として保護されるものとの判断を示しました。
「(…)Xさんは、前訴において、本件懲戒免職処分の取消しを求め、本件懲戒免職処分前と同様の職場環境の下で本件病院において勤務するために本件訴訟を提起し、前訴判決確定後も、繰り返し本件病院において職場復帰を求めていることが認められ、そして、そもそも取消・訴訟が、行政処分の取消しを求め、元の地位を回復することを目的として提起されることを併せ考えると、前訴判決確定により、Xさんには、本件病院において本件懲戒免職処分前と同様の職場環境において勤務する期待が生じているといえ、当該期待は、法的利益として保護されるべきである。」
Xさんの「懲戒免職前と同様の職場環境での職場復帰」の期待権は法的保護に値します
Xさんの期待権は侵害されていた
また、裁判所は、確かに前訴判決の確定後、Y市はXさんとの間で職場復帰に向けたやり取りを始めているものの、懲戒免職処分前のように本件病院で外来患者を受け入れることができるようになったのは、前訴判決確定から約1年4か月後であり、Xさんの期待権は侵害されていた、と判断しました。
「一方、(…)Y市は、前訴判決確定後、Xさんに対し電話及び書面で連絡を取り、一部、職場復帰に向けたやり取りを開始していることが認められる。
しかし、(…)Y市は、Xさんが職場復帰をするに当たって、Xさんに対し、本件病院での口腔内スクリーニング業務への従事を通知しているところ、証拠(…)によれば、Y市が予定していた口腔内スクリーニングとは、歯の状態や口の中の状態を確認するものにとどまり、一般歯科診療は予定されておらず、本件懲戒免職処分前にXさんが担当していた周術期口腔機能管理(…)の一環としての口腔内スクリーニングともその内容も大きく異なっていたものと認められる。また、(…)Y市は、Xさんに対し、上記業務のために診察室として使用する場所についても、本件懲戒免職処分前の診察室ではなく、健診センターにて行うよう求めているところ、実際に健診センター内に用意されていた歯科セットは、一般歯科診療ができるような器材ではなかったことからすると、Xさんが令和2年7月の時点で本件病院において、本件懲戒免職処分前と同様の診察、治療を行うことは不可能であったといえる。
さらに、(…)令和2年9月7日付け書面においてようやく、Xさんが従来使用していた歯科口腔外科の診察室の使用を可能とするために、歯科口腔外科の治療室を増設すべく作業に入っていると通知しているものの、(…)令和3年1月22日のXさんの職場復帰後も、器材や医療スタッフの不足により、診療は制限され、実際の診療も本件病院内の設備ではなく、Xさんが従前勤務していたC歯科の診察室を借りる形で行っており、結局、Xさんが本件懲戒免職処分前のように本件病院での外来患者の受入れを再開できたのは、令和3年10月6日の、前訴判決確定から約1年4か月後であった。
そうすると、Xさんは、約1年4か月もの間、本件病院において本件懲戒免職処分以前と同様の職場環境において勤務できるか否か、不安定な状態に置かれていたものといえることからすると、職場復帰への期待が侵害されたものというべきである。」
Xさんが1年4か月も不安定な地位に置かれたのは、期待が侵害されたというべきです。
結論
よって、裁判所は、Xさんの期待権侵害の程度は大きいとして、Y市がXさんに対して慰謝料を支払う義務があると判断しました。
「そして、このようなXさんの上記期待権侵害の程度は大きく、その期待権侵害を慰謝するには100万円を下らないというべきである。」
(判決確定)
弁護士法人ASKにご相談ください
今回ご紹介した裁判例では、懲戒免職処分の取消判決が確定した場合において、懲戒免職前と同様の職場環境で勤務する期待権(職場復帰期待権)が法的利益として保護されるという判断が示されています。
特に「懲戒免職前と同様の職場環境で」というところは、使用者として大きく着目すべきポイントでしょう。
もちろん従業員の方に対して無効な処分をしないことが最も大事ではありますが、万が一、その後に処分が無効であるという判断がなされた場合には、使用者としては、結論を真摯に受け止め、処分前の状況への回復措置を適切に講じていかなければなりません。
従業員の方に対する懲戒処分などについてお悩みがある場合には、弁護士法人ASKにご相談ください。
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