法律コラム

公益社団法人の会員に対して懲戒処分!そもそもそんな訴え許されるの?【東京地裁令和6年10月18日判決】

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懲戒処分という言葉を聞くと、やはり少し気持ちが下がります。
会社でよくある「懲戒」というのは、従業員の方が会社の中や外で規律違反行為などを起こしてしまった場合に、会社内の秩序を守るために行われるいわば制裁です。
特に懲戒解雇ともなれば、従業員という身分すら失われることになるため、大きな処分といえます。

懲戒については、解雇権濫用法理がありますので、仮に会社側が懲戒権を濫用してしまった場合には、無効となります。
たとえば、配転命令拒否を理由に懲戒解雇できるか?が争われた事案としては、【F-LINE事件(東京地裁令和3.2.17判決)】などもあります。詳しくは、ぜひこちらのページをご覧ください。

裁判例のご紹介(損害賠償請求事件・東京地裁令和6年10月18日判決)

さて、今回は、公益社団法人の会員に対する懲戒処分について、この懲戒処分が違法性が問題になった裁判例をご紹介します。

どんな事案?

この事案は、将棋の主催などを行う公益社団法人Yの会員であったXさんが、Yから3か月間の対局停止の懲戒処分を受けたことから、この懲戒処分などが違法であると主張し、Yに対する損害賠償を求めたものです。

何が起きた?

当事者について

Yは、将棋の主催などをする公益社団法人でした。
Xさんは、Yの正会員の地位にある将棋の棋士でした。

Yの規定

Yは、令和4年2月1日、コロナ禍であったことから、臨時対局規定(本件規定)を施行しました。
本件規定1条では、「対局者は、対局中は、一時的な場合を除き、マスク(原則として不織布)を着用しなければならない。」などと定めていました。
また、本件規定3条では、本件規定1条に違反した場合には、反則負けとなることが定められていました。

Xさんの違反行為

ところが、Xさんは、合計3回の公式戦において、鼻を露出した態様でのマスク着用で対局を行いました。

反則負け処分

そこで、Yは、Xさんが本件規定1条に違反するものとして、これら3回の対局を反則負けとしました(本件各反則負け処分)。

懲戒処分

また、これにあわせて、Yは、本件各反則負けなどは、Xさんの実質的な対局の放棄でもあるとして、倫理懲戒規程に基づき、Xさんに対して、3か月間の対局停止の懲戒処分(本件懲戒処分)を行いました。
これにより、Xさんは、合計3回の公式戦において、不戦敗となりました。

訴えの提起

そこで、Xさんは、Yによる本件懲戒処分などは、Yが本件規定の解釈を誤ったものであり違法であると主張し、Yに対して、損害賠償などを求める訴えを提起しました。

※なお、Xさんの予備的な請求については、本解説記事では省略しています。

問題になったこと(争点)

Xさんの主張

裁判において、Xさんは、Yが本件規定の解釈を誤っており、本件懲戒処分等は違法であると主張していました。 

Y側の反論

これに対して、Y側は、本件懲戒処分等の適否は、いずれもY内部の自治的、自律的な解決に委ねられるべきであり、裁判所の司法審査の対象とはならないから、これを前提とするXさんの各請求にかかる訴えはいずれも却下されるべきである、と反論していました。

争点

そこで、裁判では、

①そもそも本件懲戒処分等の違法を前提として提起された損害賠償請求の訴えが適法と言えるのかどうか?(=司法審査の対象となるのかどうか?)
※上記①について訴えが適法であるとして
②本件各反則負け処分は違法かどうか?
③本件懲戒処分は違法かどうか?

などが問題になりました。

裁判所の判断

裁判所は、Xさんの訴えが司法審査の対象になるとした上で、本件各反則負け処分や本件懲戒処分いずれも違法ではない、と判断しました。

問題になったこと裁判所の判断
①そもそもXさんの訴えは司法審査の対象になるのか?(訴えは適法か?)司法審査の対象になる
②本件各反則負け処分は違法か?違法ではない
③本件懲戒処分は違法か?違法ではない

判決のポイント(要旨)

問題①そもそもXさんの訴えは司法審査の対象になるのか?(訴えは適法か?)

まず、裁判所は、本件各反則負け処分や本件懲戒処分は、

・「Yの内部的事項にとどまらず、Xさんの生活基盤である報償金等に具体的な影響を生じさせるものであり、一般市民法秩序に関わるものというべきである。」こと
・「Yには、各種将棋の自律的な運営のために合理的な裁量が認められるところ、上記各処分が違法・無効であるといえるかどうかという本件の争点については、上記各処分の前提となる本件規定やYの倫理懲戒規程の解釈・適用において、Yに裁量の逸脱が認められるかどうかにより判断することができるものであるから、司法判断になじむものであるということができる。」こと

を指摘し、「Xさんの(…)訴えは、裁判所の司法審査の対象となる。」と判断しました。

問題②本件各反則負け処分は違法か?

その上で、裁判所は、本件各反則負け処分について、

・「政府は、当時、鼻まで覆う態様でのマスク着用を推奨しており(…)Yにおいて、本件規定1条にいうマスクの着用を鼻まで覆う態様でのマスクの着用をいうものと解釈することが不合理であるということはできない。」こと
・「本件各反則負け処分に際して、Xさんは、対局の立会人から複数回にわたり、鼻まで覆う態様でマスクを着用するように事前に注意を受け、反則負け処分となる可能性がある旨を告知され(…)ていたのであるから、Yにおける本件規定1条の解釈を前提としてXさんに適用することが同人に対する不意打ちとなるものではなかった」こと
・「本件において、Xさんに本件規定1条を適用することが相当でないといえる事情があるとも認められない」こと

を指摘し、「Yによる本件規定1条の解釈・適用に不合理な点があったとは認められず、Yが、本件規定1条を適用して、Xさんに対し、本件各反則負け処分をしたことはいずれもYの裁量の範囲内の行為であるということができる」として、本件各処分が「違法であるとは認められない」と判断しました。

問題③本件懲戒処分は違法か?

そして、裁判所は、本件懲戒処分についても、

・「Xさんが本件規定1条違反による反則負けとなることを承知の上で鼻マスクを是正しなかったことは明らかであるから、(…)Xさんが実質的に対局を放棄したものとするYの評価に不合理な点があるとはいえない。」こと
・「判断は、倫理委員会の答申を受けて先例等を踏まえて行われており(…)、その過程にも不備があるとは認められない。」こと
・「3か月という対局停止期間が、Xさんの違反行為の内容・態様等に照らし、Xさんの棋士としての活動を不当に制約する過酷なものであるということもできない。」こと

を指摘し、

「本件懲戒処分の判断過程や内容等に不合理な点は認められず、Yが本件懲戒処分を行なったことは裁量の範囲内の行為であるということができる」

として、本件懲戒処分が「違法であるとは認められない」と判断しました。

結論

このような検討を踏まえ、裁判所は、

「本件各反則負け処分及び本件懲戒処分は、いずれもYの裁量の範囲内の行為であり、違法性はないから、同各処分がXさんに対する不法行為を構成するということはできず、(…)Xさんの損害賠償請求は認められない」

として、Xさんの請求を棄却しました。

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今回ご紹介した裁判例では、公益社団法人の会員に対して行われた懲戒処分などの適法性をめぐり、そもそも会員から公益社団法人への訴えが適用であるのかどうか?(司法審査の対象となるのかどうか?)が問題になった事案でした。

本判決では、本件懲戒処分等がYの内部的事項にとどまらず、Xさんの生活基盤に具体的な影響を生じさせるものであること、Yの自律性を踏まえた裁量の存在を前提として、本件懲戒処分等の適否を判断することができることなどを挙げ、Xさんの本件訴えが司法審査の対象になると判断しています。

もっとも、裁判はどんな場合でも認められるものではなく、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって、かつ、それが法令の適用により終局的に解決することができるものに限られています(最高裁昭和56年4月7日判決)(=「法律上の争訟」(裁判所法3条1項)として認められる)。

まず訴えを提起したいけれど、こんな裁判って起こすことができるのかな・・・?
そんなお悩みをお持ちの場合には、ぜひ弁護士法人ASKにご相談ください。