労働問題

経歴詐称による内定取り消しはできる?【アクセンチュア事件】

横浜市内でコンサルティング会社を経営してます。このたび、中途入社の求職者に対して内定を出しました。その後、バックグラウンド調査において、職務経歴書に虚偽があり、前職との間で紛争に発展していたことが分かりました。内定を取り消したいのですが、注意する点はありますか。
内定とは、会社側が解約権を留保した、いわゆる始期付解約権留保労働契約とされています。もっとも、解約権が留保されているといっても、どのような場合であっても自由に解約権を行使できるわけではなく、内定の取り消しには解雇に準じた厳格な要件、つまり客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認される場合にのみ認められると考えられています。
今回、内定後に発覚した職務経歴書の虚偽記載が、内定を取り消すにあたり客観的に合理的な理由があるといえ、社会通念上相当として是認される程度のものかを立証する必要があります。
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内定とは?内定の取消しは可能?

内定とは、雇用契約の効力発生日を決めて、会社から採用候補者に対して、雇用契約締結の意思を表示することです。

内定には、雇用契約の効力発生日が定められていることから、会社は、その日までは内定を取り消す権利があります(このような観点から、始期付解約権留保労働契約といわれることがあります。)。

他方で、基本的に、採用候補者の方は、特定の会社や特に入社を希望する会社から内定をもらえれば、他の会社の面談を断ったり、他の会社へのエントリーを止めたりするなど、「内定をもらった会社に入る」決意を固めることになります。
そのため、会社に内定取り消しの権利があるといっても、内定の取り消しには、解雇に準じた厳格な考え方が採用されています。
すなわち、会社が内定を取り消すには、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認される場合であること、という要件を満たす必要があるのです。
実は内定の取り消しは、かなり限定された場合にしか認められないのだ、と考えておくことが大切でしょう。

内定や内定取り消しについてお悩みがある場合には、早めに弁護士に相談することがおすすめです。


裁判例のご紹介(アクセンチュア事件・東京高裁令和5年12月17日判決)

さて、今回は、経歴詐称による内定取り消しが許されるのか?が争われた裁判例をご紹介します。

どんな事案?

この事案は、Y社から虚偽の経歴申告を理由として採用内定を取り消されたXさんが、内定の取消しは無効であると主張して、Y社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認や未払い賃金の支払いなどを求めたものです。

何が起きた?

Y社について

Y社は、コンサルティング業務を主たる事業とする会社でした。

Xさんの面接の実施と資料の提出

Xさんは、令和4年初め頃、Y社の中途採用の求人にエントリーし、履歴書と職務経歴書をY社に提出しました。
そして、Y社との一次面接(Web会議)に合格したXさんは、同年5月中旬頃、二次面接(Web会議)を受けました。また、Xさんは、この面談に先立って、B社、F社、G社を支払者とする源泉徴収票をY社に提出していました。

採用内定

Y社は、令和4年5月30日、雇用期間を同年9月1日から期間の定めなしとするなどの雇用条件が記載されたオファーレターと雇用契約書をXさんに送付しました。
これに対して、Xさんが承諾をしたため、XさんはY社から採用内定(本件採用内定)を受けたことになりました。

オファーレターの記載内容

なお、Y社からXさんに対して送付されたオファーレターには、以下のような記載がありました。

雇用契約書の記載内容

また、Y社からXさんに対して送付された雇用契約書には、上記オファーレターに記載された禁止条件などとともに、本雇用の特別条件(4条)として、以下のような記載がありました。

バックグラウンドチェックの実施

本件採用内定後、Y社は、Xさんに関するバックグラウンド調査を実施しました。
そうしたところ、Xさんが令和3年6月から同年11月まではF社に、令和4年3月の1か月間はG社に、それぞれ雇用されていたことが確認されました。

採用内定の取消し

この調査を経て、令和4年8月30日、Y社は、Xさんに対して、本件採用内定を取り消す旨の通知をしました。
また、同月31日、Y社は、Xさんが選考過程において、令和2年6月から現在に至るまでB社契約(個人事業主)という申告が虚偽であることが確認されたことを記載した、オファー撤回通知書を送付しました。

訴えの提起

そこで、Xさんは、経歴調査により虚偽の経歴の申告が判明したことを理由とする本件採用内定取消しは無効であると主張して、Y社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認や未払い賃金の支払いなどを求める訴えを提起しました。

問題になったこと(争点)

この裁判では、Y社がXさんに対して行った本件採用内定取消しが有効であるのかどうか?が問題(争点)となりました。

第一審(原審)の判断

第一審の裁判所は、Xさんの虚偽申告は背信行為であるなどと指摘した上、Y社が行った内定取消しには、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が認められるとして、本件採用内定取消しが有効であると判断しました。

XさんとY社との間の雇用契約は始期付解約権留保労働契約であった

まず、裁判所は、XさんとY社との間では、「雇用の効力発生の始期を令和4年9月1日とする雇用契約が成立した」ものと考えられるところ、

「採用内定期間におけるバックグラウンドチェックを含む経歴調査の実施が合意された上で、本件雇用契約書第4条の(…)条件を満たさなかった場合の一態様として、当該経歴調査により、XさんがY社に提出する経歴書等の書類に虚偽の記載をし、真実を秘匿して経歴を詐称したことが判明した場合には、これを原因としてY社にはXさんとの上記雇用契約を解約しうる旨の解約権が留保されたものと解するのが相当である」

として、始期付解約権留保労働契約の性質を有することを示しました。

採用内定の取消しは厳格に解するべき

他方で、裁判所は、採用内定の取り消しに対しては、

「雇用契約の締結に際しては企業者が一般的には個々の労働者に対して優越した地位にあり、かつ、採用内定を受けた者は当該企業との雇用関係の継続についての期待の下に他企業への就職の機会と可能性を放棄するものであることは、いわゆる中途採用に当たる本件採用内定に当たっても同様に妥当することを考慮すると、上記解約権の行使は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られるものと解するのが相当」

という厳格な基準を示しました。

採用内定の取消しが有効な場合とは

また、具体的に採用内定の取消しが有効な場合とはどのような場合なのか、という点について、裁判所は、

「本件では、バックグラウンドチェックを含む経歴調査により、単に、履歴書等の書類に虚偽の事実を記載し或いは真実を秘匿した事実が判明したのみならず、その結果、労働力(ママ)の資質、能力を客観的合理的に見て誤認し、企業の秩序維持に支障をきたす恐れがあるものとされたとき、又は、企業の運営に当たり円滑な人間関係、相互信頼関係を維持できる性格を欠いていて企業内にとどめおくことができないほどの不正義性が認められる場合に限り、上記解約権の行使として有効なものと解すべきである」

という判断枠組みを示しています。

Xさんの虚偽申告は背信行為である

このような判断枠組みの上で、裁判所は、Xさんにより行われた虚偽申告(※Xさんが、令和3年6月から同年11月まではF社と雇用関係にあり、同年12月から令和4年2月までは職歴の空白期間であり、同年3月はG社と雇用関係にあったにも関わらず、履歴書や職務経歴書に記載されていない)について、以下のように「背信行為」であると評価しています。

「Xさんが虚偽の申告をした事項は、Xさんの経歴のうち、職歴という労働者の職務能力や適格性を判断するための重要な事項であった。そして、使用者が労働者を雇用するに当たり、職歴を申告させる理由は、その申告された職歴に基づいてその労働者の職務能力や従業員としての適格性の有無を的確に判断するためであり、そうであるからこそ、Y社においても、本件履歴書及び本件職務経歴書の提出に当たり「提出した書類の記載内容はすべて正確であり、採用審査で誤判断を招くような虚偽の記載や隠れた事実はありません。」との免責事項の確認を求めているものと推認できる。Xさんは、上記免責事項に「はい。」と回答した上で本件履歴書及び本件職務経歴書を提出した以上、信義に従い真実を記載すべきであったにもかかわらず、F社及びG社について、本件履歴書及び本件職務経歴書にそもそも雇用関係があった旨の記載をせず、虚偽の申告をしたものであって、背信行為といわざるを得ない。」

背信性が高く、履歴書や職務経歴書の提出意義を没却させるものであった

また、裁判所は、このような虚偽申告が行われた動機や秘匿された事項の内容、虚偽申告の方法・態様についても、次のように分析を加えています。

「そこで、その背信性に関し、Xさんが本件履歴書及び本件職務経歴書に真実の職歴を記載しなかった動機について検討を進めると、(…)Xさんは、F社及びG社の職歴を本件履歴書及び本件職務経歴書に記載すれば、これらの雇用関係の解消を巡り上記各社との間で紛争が生じたことが明らかになる可能性があり、自己の採用に不利益に働くと考えたからこそ、上記各社との紛争の存在がY社に発覚する端緒となるような上記各社との雇用関係や上記各社との雇用関係の間の職歴の空白期間について、真実を申告しなかったものと推認される。かかる動機からするとXさんの背信性は高い。

(…)そして、F社及びG社とXさんとの紛争の態様は上記のとおりであり、上記各社のいずれも、従業員であったXさんに帰責事由があるとの認識でXさんとの雇用関係の解消に至ったものであったことが認められることからすると、その法的な当否はおくとしても、これらの事実は、Y社にとってXさんの採否の判断において従業員としての適格性に関わる重要な事項たり得るものであったといえる。

また、Xさんによる虚偽申告の方法や態様について見るに、(…)Xさんの行為は、故意による経歴詐称というべきものであり、詐称の態様としても、上記動機の下に、なるべく秘匿の事実が発覚しないようにしていたと推認できるものであって、不正義である。

これらに加え、本件バックグラウンドチェックによって判明したF社及びG社との雇用関係のみならず、I社との雇用関係についてもXさんが本件履歴書及び本件職務経歴書に記載していなかったことが、本件バックグラウンドチェックを踏まえたY社との面談により、本件内定取消し前に判明していた(…)。このように、Xさんによる経歴詐称の程度は、本件履歴書に記載された期間の半分近くを占めるものであり、履歴書や職務経歴書の提出意義を没却させるものである。」

結論(内定取り消しには客観的な合理性と社会通念上の相当性が認められる)

このような検討を踏まえ、裁判所は、Y社が行った本件採用内定取り消しは、客観的に合理的であり、社会通念上も相当であるとして、有効なものであるとの結論を導きました。

「以上によれば、Xさんが本件履歴書及び本件職務経歴書に真実と異なる記載をしたことは、Y社において本件採用内定当時は知ることができなかった事実であって、Xさんが虚偽の申告を行った動機や秘匿した事項、秘匿の方法や態様などを考慮すれば、XさんがY社の運営に当たり円滑な相互信頼関係を維持できる性格を欠き、企業内にとどめおくことができないほどの不正義性が認められるのであるから、本件内定取消しは、客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものといえる。」

本判決の判断

Xさんは、この第一審判決の判断を不服として控訴しましたが、控訴審である本判決も第一審判決の判断を維持しました。

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さて、今回は、採用内定の取り消しの有効性が争われた裁判例をご紹介しました。
この事案では、内定取り消しが有効であるとの判断が示されていますが、冒頭でもお話した通り、内定取り消しについては、解雇に準じて厳格に考えられています。

経歴詐称が発覚したぞ!内定取り消しだ!といったように、把握した情報をもとに内定取り消しに飛びついてしまうと危険なこともあります。

新卒・中途採用、内定取り消しなどについてお悩みがある場合には、弁護士法人ASKにご相談ください。

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