懲戒解雇後の教職免許取上処分は適法か?【神奈川県・県教委員(A学園)事件】
- 神奈川県内で私立の中学・高等学校を経営しています。このたび、当学園の教員が生徒にわいせつな行為をした疑いがあり、懲戒解雇することになりました。この教員は、教員免許自体も取り上げられてしまうのでしょうか。
- 公立中学や高校の教員が懲戒免職処分を受けたときには、教職員免許は当然に失効してしまいます。ところが、そもそも公務員ではない私立学校の教職員や、みなし公務員とされている国立大学法人や公立大学法人の職員は、「懲戒免職処分」の適用がありません。そこで、教職員免許法11条では、「国立学校、公立学校(公立大学法人が設置するもの)又は私立学校の教員」が、「懲戒免職の事由に相当する事由により解雇された」と認められるときは、「その免許状を取り上げなければならない」とされています。もっとも、懲戒解雇の手続は各法人によってまちまちですので、公立学校の職員と同等の手続保障がされているとは限りません。そこで、免許を取り上げるには、単に懲戒解雇されたという事由では足りず、「懲戒免職の事由に相当する事由」が客観的に存在していることが必要となってきます。解雇に当たっては企業側労働問題に詳しい弁護士法人ASKにご相談ください。
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学校生活とセクシュアルハラスメントの関係
セクシュアルハラスメントについては、職場内だけでなく、学校生活全般でも大きな問題になっています。
実際、神奈川県のHP上で公開されている「令和6年度学校生活全般におけるセクシュアル・ハラスメントの実態把握に関する調査結果について」をみると、「自分自身が被害を受けた」という回答の行為者は、先生(教職員)が減少している方で、生徒が増加しています。
また、「自分自身が被害を受けた」と回答されたものの中で、その具体的内容を見てみると、「性的なからかいや冗談などを言われた」、「必要もないのに体を触られた」とする回答の合計が過半数を占めています。
さらに、「自分自身が被害を受けた」と回答した性別属性について、男子生徒の被害件数が増加しており、この点も非常に懸念されます。
加えて、「先生を行為者」とする被害で特定された教職員の年代属性については、60 代以上が半数近くを占めているとのことであり、使用者側による意識改革や継続的な研修の実施などが強く求められるところです。
このように職場や学校現場におけるセクハラ対策は喫緊の課題であるといえます。
職場におけるセクハラ対策について、詳しくはこちらのページで解説しておりますので、ぜひご覧ください。
また、ハラスメント対策についてお悩みがある場合には、ぜひ弁護士法人ASKにご相談ください。
裁判例のご紹介(神奈川県・県教委(A学園)事件・横浜地裁令和6年11月6日判決)
さて、今回は、A法人の高校教諭として勤務していたXさんが、本件学園から懲戒解雇されたことを理由に、神奈川県(Y)の処分行政庁である神奈川県教育委員会から教育職員免許法11条1項の規定に基づく教育職員免許状の取上げの処分を受けたことから、同処分が違法であると主張し、Y(神奈川県)に対して取消しを求めた事案をご紹介します。

何が起きたか?
Xさんについて
Xさんは、A学園(本件学園)において、B語科専任教諭として勤務していました。
そして、Xさんは、平成28年度に女子生徒C及び女子生徒Dに対して、
- ①生徒Cに対して個人的に連絡を取った(本件対象行為1)
- ②生徒Dに対して個人的に連絡を取った(本件対象行為2)
- ③生徒Cと待ち合わせをし、食事をして、自分の車に乗せた(本件対象行為3)
- ④生徒Cに対し、手を握り、キスをし、性的な関係を求めることをほのめかした(本件対象行為4)
- ⑤生徒Dと待ち合わせをし、食事をした(本件対象行為5)
- ⑥生徒Dと待ち合わせをし、映画を観て、食事をした(本件対象行為6)
といった各行為を行いました。
X先生は、こうしたセクシュアルハラスメント行為をしたと認めます


……
懲戒解雇
本件学園は、Xさんに対し、本件各対象行為を理由に、就業規則等に基づいてXさんを論旨解雇の懲戒処分とすること、これについて10日以内に退職願の提出がない場合は、懲戒解雇とすることを通知し、Xさんが期限までに退職願を提出しなったため、令和3年9月5日付でXさんを懲戒解雇しました。
X先生を諭旨解雇とします。退職願を出さないので、懲戒解雇とします。

処分行政庁の取上処分
処分行政庁は、令和4年10月28日付で、Xさんに対し、聴聞を行うことを通知し、令和5年1月30日に聴聞期日が実施されました。
その後、同年4月14日付通知書により、処分行政庁は、教育職員免許法11条1項の規定により、Xさんの教育職員免許状の取上処分(本件処分)をしました。
Xさん、A学園から懲戒解雇されたので、教員免許の取上処分とします。

処分行政庁の基準
なお、処分行政庁では、事案の態様ごとに懲戒処分の程度の標準的な目安を示すために「懲戒処分の指針」(本件指針)が定められており、「自校の児童生徒等に対する猥褻な行為(同意による行為を含む。)及びセクシュアル・ハラスメント(以下「セクハラ」)という。に及んだ場合」の処分の目安は「免職」とされていました。
別訴の提起
Xさんは、令和3年9月13日付で、横浜地方裁判所に対し、本件学園を相手方とし、本件懲戒解雇が無効であると主張して、Xさんが本件学園の労働契約上の権利を有する地位にあることの確認などを求める訴えを提起しました(係属中)。

解雇は無効です!
この裁判はまだ続いています…

本訴えの提起
そして、Xさんは、本件学園から懲戒解雇されたことを理由に、処分行政庁である神奈川県教育委員会が行った教育職員免許状の取上げの処分は違法であると主張して、Y(神奈川県)に対して本件処分の取消しを求める訴えを提起しました。

問題になったこと(争点)
教育職員免許法11条1項とは
教育職員免許法11条1項には、教育職員免許の取上げについて、次のように定められていました。
「国立学校、公立学校(公立大学法人が設置するものに限る。(中略))又は私立学校の教員が、前条1項2号に規定する者の場合における懲戒免職の事由に相当する事由により解雇されたと認められるときは、免許管理者は、その免許状を取り上げなければならない。」
Y側の主張
そして、Xさんの訴えに対して、Y(神奈川県側)は、
「処分行政庁は、Xさんが本件懲戒解雇に係る懲戒解雇事由である本件対象行為1ないし6に及んだ事実があるか否かについて判断するまでもなく、Xさんが本件学園から懲戒解雇されたこと及びその懲戒解雇事由が法10条1項2号に規定する者(公立学校の教員)の場合における懲戒免職の事由に相当する事由であると認められたことから、本件処分をした」のであり、本件処分は適法である
と反論していました。
争点
そこで、裁判では、Yが行った本件処分が適法であるのかどうか?が問題(争点)になりました。
※なお、より具体的には、裁判所は、争点を次のように詳細に整理しています。

裁判所の判断
裁判所は、本件において、Xさんには、教育職員免許法11条1項に規定する免許状の取上げの要件を欠くことから、この要件を満たすことを前提に行われた本件処分(免許状の取上処分)は違法であると判断しました。
本判決の要旨(ポイント)
なぜ裁判所はこのような判断に至ったのでしょうか?
以下では、本判決の要旨をご紹介します。
法11条1項に基づく免許状の取上げの要件とは
まず、裁判所は、法11条1項に基づく免許状の取上げの要件について、懲戒解雇事由に該当する事実の存在も免許状取上げ処分手続において慎重に判断する必要がある、と示しました。
「免許状取上げの処分は、公立学校の教員の場合における懲戒免職の処分と同様、私立学校等の教員の免許状の効力を失わせるものであるところ(法10条1項2号、11条4項)、公立学校の教員に対して懲戒免職の処分をする場合、懲戒免職の事由に該当する事実の存否が判断され、免許状取上げの処分に係る聴聞において、当該聴聞の当事者は、聴聞の期日に出頭して意見を述べ、証拠書類又は証拠物(…)を提出し、又は聴聞の期日への出頭に代えて、陳述書及び証拠書類等を提出することができ(行政手続法20条2項、21条1項)、利害関係人も証拠書類等を提出することができる(法12条)。これと対比すれば、私立学校の教員の免許状取上げの処分に係る手続においても、公立学校の教員の場合における懲戒免職の事由に相当する事由に該当する事実の存否について、審理、判断することが想定されているといえる(…)。
他方、(…)免許状取上げの処分の効力及び影響は重大であり、懲戒免職の処分を受けた公立学校の教員と異なるところもないから、公立学校の教員の場合と同様、当該懲戒解雇事由(公立学校の教員の場合における懲戒免職の事由に相当する事由)に該当する事実が存在することについても、免許状取上げの処分に係る手続において、慎重に審理判断する必要性があるというべきである(…)。
以上において検討したところによれば、免許管理者が法11条1項に基づき免許状取上げの処分をするには、当該免許状を有する者が懲戒解雇されたこと、その懲戒解雇の事由が公立学校の教員の場合における懲戒免職の事由に相当する事由であることのみならず、当該懲戒解雇の事由に該当する事実が存在することが必要であると解するのが相当である。」
本件対象行為の存否
その上で、裁判所は、本件対象行為1〜6のうち、4については、存在を認めるには足りないとして、1〜3、5及び6についてのみ行為の存在を認めました。
「(…)しかし、生徒Cが受けたという性的被害の内容は、キスを含む身体接触をされたり、性的関係を求められたりするといったものであり、わいせつの程度としては軽いとはいえず、生徒Cの申告内容を前提にすれば、強制わいせつ罪を構成し得る重大なものである。そうすると、事の重大性に気付いていなかったなどとする生徒Cの説明内容は、その当時の生徒Cの年齢等に鑑みると直ちに不自然とまではいい切れないとしても、疑問を差し挟む余地があることは否定できない。また、生徒Cが同学園を卒業して以降、同学園に在校中に原告から受けたとされる性的被害を相談したり申告したりすることについて、心理的制約を含め何らかの制約があったか否かは明らかではなく、そのことを考慮すると、生徒Cの上記説明内容は、性的被害を申告するに至った経緯として、直ちに不自然とまではいい切れないとしても、疑問を差し挟む余地があることは否定できない。
以上において検討したところによれば、本件において提出された本件各対象行為に関する証拠によっても、上記のような疑問の余地があるのであり、本件全証拠及び弁論の全趣旨によっては、本件対象行為4の存在を認めるには足りないといわざるを得ない。」
公立学校の教員の場合における懲戒免職事由の存否
そして、裁判所は、存在が認定される本件対象行為1〜3、5、6の内容はわいせつな行為やセクハラに該当するということはできず、公立学校の教員の場合における懲戒免職事由には当たらない、と判断しました。
「(…)本件各対象行為のうち、本件対象行為1ないし3、5及び6の存在は認められるところ、それらの行為が高等学校の教員として適切なものであるかどうかはさておき、その内容からすれば、本件指針におけるわいせつな行為には当たらない。
また、Xさんと生徒C及び生徒Dが同じ学校の教員と生徒の関係にあったことや、両生徒の年齢等を考慮しても、本件対象行為1ないし3、5及び6がセクハラに該当するということもできない(…)。したがって、本件対象行為1ないし3、5及び6は、公立学校の教員の場合における懲戒免職の事由に相当する事由に当たるとはいえない。」
結論
よって、裁判所は以上の検討から、
「Xさんについては、法11条1項の免許状の取上げの要件を欠くから、同要件を満たすことを前提として本件免許状を取り上げる内容の本件処分は、違法である。」
との結論を導きました。
弁護士法人ASKにご相談ください
今回ご紹介した裁判例では、教育職員免許法11条1項による教育免許状の取上げをめぐり、免許取上処分の適法性が争われていました。
Y側は、免許の取上げにあたり、当該教員が懲戒免職事由に相当する行為をしたか否かの審査は特段行われておらず、私立学校の場合の懲戒解雇事由のうち公立学校の教員の場合の懲戒免職事由が含まれていれば、法11条1項の要件を満たすものと反論していました。
しかしながら、本判決は、「免許管理者が法11条1項に基づき免許状取上げの処分をするには、当該免許状を有する者が懲戒解雇されたこと、その懲戒解雇の事由が公立学校の教員の場合における懲戒免職の事由に相当する事由であることのみならず、当該懲戒解雇の事由に該当する事実が存在することが必要」との判断枠組みを示しており、この点で着目されます。
教職員に限らず懲戒解雇は、懲戒の被対象者にとって非常に大きな不利益を与えるものであり、常に慎重な手続や判断を要します。安易に行ってしまうと、後に労使間の紛争にも発展するリスクがとても高いものです。
ハラスメントなどをめぐり従業員に対する懲戒処分を検討している場合には、ぜひ事前に弁護士法人ASKにご相談ください。
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