労働問題

暴行加害者に対する解雇が無効に?【鹿島建設事件】

当社は川崎市内で建設業を営んでいます。当社の従業員に非常に粗暴な者がおり、他の従業員に対する暴言などを繰り返しており困っておりました。その都度、厳重注意をしつつ、配属先を工夫していましたが、ついに受け入れ先を見つけることができなくなったため、普通解雇を検討せざるを得なくなりました。普通解雇に当たって注意するべき点はありますでしょうか。
解雇をする場合、解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には、その解雇は解雇権を濫用したものとして無効になるおそれがあります。つまり、有効な解雇をするためには、直ちに労働契約の継続を期待することができないほどの重大な事情が必要になってきます。
当該従業員に粗暴な言動がある都度、適切な懲戒処分を講じ再発防止を努めてきたか、他の従業員に同様の事由が生じたときに同様の処分を行ってきたか、社内において再発防止への適切な周知を行ってきたか、他に適切な配属先が本当にないかなどを総合的に対応する必要があります。
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解雇とは?

解雇とは、使用者である会社側からの一方的な申し出により、労働者との間の雇用契約を終了することをいいます。
契約自由の原則の下で、解雇はいつでもできると思われがちですが、実は会社がいつでもこれを行使できるものではありません。
仮に、解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には、その解雇は解雇権を濫用したものとして無効となってしまいます。

また、使用者は、就業規則に解雇事由を記載しておく必要もあります。

さらに、解雇に合理的な理由があるとしても、解雇は行う場合には、少なくとも30日前の解雇予告を必要とするため、この解雇予告なく即時解雇する場合には、会社は30日分以上の平均賃金(いわゆる解雇予告手当)を支払わなければならないことにも注意が必要です。

裁判例のご紹介(鹿島建設事件東京地裁令和6年10月22日判決)

さて、今回は職場における暴行加害者に対して、会社が行った解雇が無効と判断された裁判例をご紹介します。

どんな事案?

この事案は、Y社との間で労働契約を締結して就労していたXさんが、Xさんによる他の労働者に対する暴行、脅迫、暴言を理由としてなされた普通解雇の意思表示(本件解雇)は無効であると主張して、Y社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、解雇期間中の賃金などの支払いを求めた事案です。

何が起きた?

Y社について

Y社は土木建築及び機器装置その他建設工事全般の請負または受託等を主たる事業とする株式会社であり、令和4年3月末当時、その従業員数は約8000名でした。
また、Y社は、本社に土木管理本部、営業本部などの様々な部門を有するほか、北海道から九州まで全国に12支店を有していました。

Xさんについて

Xさんは、平成7年、Y社との間で期間の定のない労働契約を締結し、同年4月1日、Y社に入社しました。
Xさんは、事務職として複数の支店で勤務した後、平成27年9月1日付で横浜支店P部P1グループ課長に就任しました。
その後、平成29年、Xさんが首都圏での異動を希望したため、Y社はXさんを関東支店に異動させました。
なお、Xさんの就職後、上記異動までは、Xさんに本件解雇の解雇事由となるような粗暴な言動は見られませんでした。

Xさんによる暴言等

ところが、Xさんは、平成29年8月以降、令和3年9月1日付でY社に人事部付として自宅待機を命じられるまで、複数回にわたって上司、部下、協力会社の従業員に対して粗暴な言動を繰り返しました。
特に、同年8月には、Xさんが立て替え払いした経費の精算処理について、他の業務があることを理由に当該処理を直ちに行えないと回答した上司に対して、事務所内で「やれっつってんだよてめえ。聞けよ俺のいうこと」「暴れるぞ、お前」「お前人間なのか」「殺すぞ、お前、本当に」などと語気鋭く申し向けたうえで、「聞けよ」などと怒鳴りながら当該上司の顔面を左手で1回叩き(これにより上司のメガネが床に落下)、「お前頭おかしいな本当に」「バカじゃねえか、お前」などといい、その背後に回って頭を触り、肩を掴むなどしました。

訓告書の交付と異動

この間、Xさんに対しては、注意喚起のため、
①十分に反省をするとともに、職場の秩序の維持を行うことを求める訓告書が交付されるともに、職場の秩序の維持に努め、自身の言動に注意し、誠実に業務を行うことを求める訓告書が交付されました(令和元年12月18日、令和3年8月6日。ただし、Y社の就業規則では、訓告は懲戒処分には挙げられておらず、事業所に関して生じた不祥事について労働者に故意または過失があったと認められる場合に、所属部署長が行うものとされている)。
②また、上記①とともに、2回にわたって支店間の異動が行われました(令和元年5月1日付、令和2年5月1日付)。

自宅待機命令

Y社人事部は、令和3年9月1日付でXさんに人事部付として自宅待機を命じるとともに、同年8月26日から同年10月12日までの間、8回にわたってXさんと面談を行いました。
面談では、Xさんの異動が検討されたものの、結局Xさんの配属先が見つからず、自主退職または解雇以外にはないとされました。
なお、Y社がXさんの異動先として検討していたのは一つの支店のみでした。

Y社による解雇

Y社は、令和3年12月14日、Xさんに対して、解雇通知書と解雇予告手当支払通知書を交付しました。
また、Y社は、同月20日、Xさんに対して、解雇事由を記載した解雇理由書を交付しました。

これまでの暴行事件の発生と会社の対応

なお、Xさんが在籍した支店では令和2年に、I1部の部長級または次長級に相当する安全総括とJ1部の課長代理が口論となり、安全総括が課長代理の頭を頭突きし、手で頭部右側を1回叩いたという事案が発生しているものの、当事者に対しては注意ないし厳重注意がされるにとどまり、訓告や懲戒処分はなされていませんでした。

訴えの提起

このような経緯を踏まえて、Xさんは、Y社において訓告は懲戒に値しない軽微な行為についてなされるものであるから、懲戒処分を経ることなく解雇を選択することは、処分として相当性を欠くなどと主張し、本件解雇は無効であるとして、Y社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、解雇期間中の賃金などの支払いを求める訴えを提起しました。

問題になったこと(争点)

本件では、主にY社がXさんに対して行った本件解雇の有効性が問題になりました。

裁判所の判断

裁判所は、Y社がXさんに対して行った本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとも認められないとして「無効」であると判断しました。

判決の要旨

なぜ裁判所はこのような判断をしたのでしょうか?
以下では本判決の要旨をご紹介します。

Xさんには粗暴な言動がみられる

まず、裁判所は、Xさんについて、確かに「上司、部下等に対し、粗暴な言動がみられ(…)Xさんの粗暴な言動は、根深いものがあることがうかがわれる」と示しました。

解雇には労働契約の継続を期待できないほどの重要な事情が必要

もっとも、裁判所は、「解雇が労働者にもたらす結果の重大性に鑑み」れば、解雇には、「直ちに労働契約の継続を期待することができないほどの重大な事情」が必要であり、

  • ・過去に「Y社において、職場における他の従業員に対する暴行を内容とする不祥事であり、かつ、当該暴行をした者が、部長級等の職位の高い者であっても、訓告や懲戒処分が行われているわけではなく、(…)直ちに労働契約自体を終了させなければならないものとして取り扱われているわけではない」こと
  • ・Xさんの言動が行われるまでの間に、Y社における「取扱いが改められ、職場における暴行等に対して厳しい措置をとる旨を従業員に周知した等の事情もうかがわれない」こと
  • ・「XさんがY社から懲戒処分を受けたことがないこと」
  • ・「Xさんが北陸支店及び東北支部に異動する際にも、課長の地位は保たれたままであり、人事上の降格等によって従前の行為の重大性を反省させるなどの措置も採られていないこと」
  • ・Y社は全国に支店を有する大企業であるにもかかわらず「配属先として具体的な検討対象となったのは横浜支店のみであり、配転による解雇回避の検討が十分に尽くされていたとは言い難いこと」

などの「諸点を考慮すると、本件各解雇事由をもって、直ちに労働契約の継続を期待することができないほどの重大な事情があるとまでは認められない」と判断しました。

結論

裁判所は、このような検討を踏まえて、「本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められず、無効というほかない」と判断しました。

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今回ご紹介した裁判例では、上司や部下などに対して暴行や暴言といった粗暴な言動を行った従業員に対して、会社が普通解雇を行ったところ、その解雇の有効性が争われた事案でした。

いわゆる従業員の職場規律違反を理由とする普通解雇の有効性も、解雇権濫用法理(労働契約法16条)に照らして判断されます。そのため、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」には、その解雇は無効となります。

特に、本判決において、裁判所は、Y社によるXさんに対する普通解雇の有効性の判断にあたって、「解雇が労働者にもたらす結果の重大性に鑑み」れば、「直ちに労働契約の継続を期待することができないほどの重大な事情」が必要であると示しています。

確かに、従業員による粗暴な言動は職場環境そのものに与える影響が大きく、解雇を検討せざるを得ない場合もあります。
しかし、本判決が示すとおり、これまでの会社の同種事案に対する対応の状況や、会社から当該従業員に対する注意・指導の有無、解雇回避措置などの諸般の事情を総合的に勘案し、「直ちに労働契約の継続を期待することができないほどの重大な事情があるとは認められない」場合には解雇は無効となってしまいます。

したがって、解雇を検討する場合には、過去の同種ないし類似事案などにも照らしつつ、会社が可能な限りの解雇回避措置をとっているのかどうかなども併せて考えていく必要があります。

従業員に対する解雇についてお悩みがある場合には、弁護士法人ASKにご相談ください。

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